第61話 青き絢爛の花

「因みに俺がシアが好きそうだからと、それをこっそりと持ち出そうとしても、棚から動かなかったからな。そのあとアクアイエロに、この屋敷の外にある泉に落とされて怒られた」


 ……アルはこの片刃剣を持ち出そうとして怒られたのですか。よく無事でしたわね。


「さて、もうそろそろだろうな」

「何がですか?」


 アルが天井を見上げながら言いました。私も同じ様に見上げましても、ただの木の板の天井しか見えず、コレと言って何もありません。


「アクアイエロからの贈り物を手に取れば、ここから出される仕組みなんだ」


 アルが言葉にした瞬間。部屋全体に魔術の陣が出現しました。それも立体陣形です。

 今日はこの美しい陣形魔術を何度、目にしたことでしょう。


 すると展開している魔術の陣から手のひら程の小さな妖精が飛び出てきました。それも一人ではなく複数の妖精が出てきたのです。

 その妖精たちが円状になり、私達を囲みながら歌を歌い始めました。しかし、その言葉は理解できず、何を歌っているのかわかりません。


「アル様。これは……」


 アルにはこの歌の意味がわかるのか聞こうとしましたが、またしても話さないようにと、人差し指を立ててしめされてしまいました。すると色とりどりの花びらも、どこからか出てきて舞い散っています。


 あら? 違いますわ。小さな妖精も舞い散る花びらも実体はなく、ただの幻影です。この花には何も匂いがしませんもの。

もしかすると、これはアクアイエロがここに来た子どもたちを祝福しているのを、表現しているのかもしれません。


 妖精たちが歌い終わると、子供部屋のような部屋の風景がブレ、水の中の景色になりました。恐らくこれも幻影。水の中にいるにも関わらず、息が普通にできますし、水の感触もありません。

 水の中には、多種多様の魔魚が泳いでおり、宝石のような石でしょうか? 木にも見えなくはないですね。それは水の中でもキラキラと輝いている色とりどりの石のような植物が生えています。


 また景色が変わり、今度は雪山です。あら? この山の形はガラクシアース領にある山ですわね。でも私の記憶にはないものが映っています。雪山の頂上付近に下からでも見えるほど、立派な神殿が建っています。あんな場所に神殿ですか?


 また風景が変わりました。今度は木々が立ち並ぶ森の中。その奥には見た覚えがある巨大だ木。世界樹がそびえ立っています。森が開けた場所に妖精たちが円を描きながら踊っています。それは三重の円と横から大きく交わる円、外れた場所に複数ある円。なんだか意味がありそうな円ですわね。


 そう考えていた次の瞬間。私は泉の前に立っていました。そう、植物園の泉の前です。


「アル様。先程のは何だったのでしょうか?」

「これがシアに見せたかったものなんだ。面白かっただろう? 一度しか行けないけどな」


 先程の風景をアルが私に見せたかったものらしいですが、面白いのかどうかというよりも、なんだか意味がありそうな風景が気になりました。

 それに一度しか行けないということは、アクアイエロの贈り物を受け取ったら、術が発動し、元の場所に返される過程で、見せられるのでしょう。


「俺があれを見せられたときは、溺れると叫んで、お祖父様に笑われたものだ」


 確かに、妖精が幻影だと気づかなければ、その風景も本物と思って、息を止めていたかもしれませんわね。


「そうなのですね。アル様。私、思ったのですが、あの風景はアクアイエロ様のメッセージなのではないのかと。ガラークチカ山に神殿のような建物なんてありませんもの」

「そうかもしれないが、何が言いたいのか伝わらなければ意味がない。ただ、面白いと思っていればいいのではないのか?」


 言われてみればそうですわね。結局何を現しているのか、あの風景だけではわかりませんでしたもの。


「ええ、そうです……わ……」


 あら? 今気が付きましたが、木々の隙間から見える景色が赤く染まっているような気がします。もしかして……時間が経ってしまっています?


「アル様! 大変ですわ! 今日は早めに戻らないといけませんでしたわよ」


 これはアレでしょうか? 時間の概念が無いという妖精の国と同様に、時間の速度が違い。妖精様が調整してくれているとはいえ、やはり、妖精と人との感覚が違ったのではないのでしょうか?


「大丈夫だ。ここは既にネフリティス侯爵家の敷地内だから」

「はい?」


 え? 私の記憶ではネフリティス侯爵家の邸宅のお庭に泉なんて、あった覚えはありません。それにほら……私達が泉の中の妖精様が創った空間に行ったときのまま、侍従コルトと侍女エリスが背後にいますわよ。


 私がそんなことは無いはずと、首を傾げていますと、アルは私の手を引いてもと来た道を戻っていきます。

 すると木々の間から、建物の姿が見え始め、見たことがある建物の様相をしていました。


「あら? 裏側でしたの?」


 知っている建物ではありますが、前面が影となっていますので、建物の北側だということがわかります。

 確かに裏庭の方は行ったことはありません。いつもは南側の日当たりの良い整えられた庭園しか行きませんでした。


「え? でもコルトとエリスは何故?」


 そうなってくると、侍従コルトと侍女エリスが、ここにいるのはどうしてなのでしょう?


「私め共は、アルフレッド様とフェリシア様がリアンバール公爵夫人に招かれた後、ネフリティス侯爵家に戻ってまいりました」


 ……いつも思いますが、侍従コルトの行動が半端ないです。いいえ、あるじを持つ者の鑑と言えばいいのでしょうが、いつネフリティス侯爵家の方に戻ってくるかわからないアルを待つのです。凄いと言えばいいのですが、恐ろしいものも感じます。


「そうなのですね。でも、時間がまだあったら、植物園の散策をしてみたかったのですが、残念ですわね」


 広い敷地ですので、あの僅かな時間では薔薇園の一角を見ただけで終わってしまいました。


「また、行けば良い……シア。明日、行こうか。それが良い!」

「アル様。よくありません。明日はお仕事に行ってくださいませ」

「シア。明日は白の曜日だ」


 はっ! 確かに今日は紫の曜日ですので、明日は白の曜日です。元々はアルのお休みの日です。しかし、今日お休みしましたのに、大丈夫なのでしょうか?


「でも、アル様。今日お休みではない日でしたので、明日もお休みいただいてもよろしいのでしょうか?」

「大丈夫だ」


 言い切ってしまいましたが、本当に良いのかは、私にはわからないことです。何かあれば、第二王子が駆け込んでくることでしょう。


 そう言えば、あの妖精様が創られた空間の中に咲いていた青い花は、何という花だったのでしょう? 変わった花でしたわ。


 ネフリティスの邸宅に戻る中、私はアルに聞いてみました。


「アル様。妖精様のお屋敷の周りに咲いていた花は何という花なのでしょう? あの青い花は見たことがないものでしたわ」


 するとアルがクスリと笑い、足を止めました。

何でしょう?


「これの事か?」


 そう言って右手で私の頭に触れてきます。触れたあと、その手を私に差し出してきました。


 あ、この花です。アルの手には青い花弁が幾重にも重なっている花がありました。その姿は薔薇というより、牡丹か芍薬の花と言っていいほど大輪です。それが、野の花のように地面から葉と茎が出て生えていました。

 あれ? そう言えば先程アルは私の頭に手を当てていませんでしたか?


「あの? アル様? もしかして、この花も私の頭に付いていたのでしょうか?」

「そうだ。アクアイエロからも妖精女王からも花を賜わることなんて普通はないな。流石、俺のシアだ」


 アルはその青い花を再び私の頭につけます。


 ちょっと待ってください。もしかして今私の頭の左右に赤い薔薇と青い牡丹の花が付いているということですか? それも夜会に行っても問題がないドレスでです。は……恥ずかしいです。


「このまま付けておかなければなりませんか? ちょっと恥ず……恐れ多いですわ」


 恥ずかしいは駄目ですわね。ネフリティス侯爵家に関わり深い妖精様方からいただいたものですから。


「シア。今日は付けた方が良い。特にお祖父様の前ではだ」


 ああ、そうですわね。今日ぐらいは付けておかないといけませんわね。

 そうして、再びアルに手を引かれネフリティス侯爵家邸に足を進めたのでした。






「お姉様、この様な食事は初めてですので、緊張してきました」


 私の隣にいるクレアが、膝の上で両手を握って座っています。


 今日は前ネフリティス侯爵様がいらっしゃるということで、夕食は晩餐形式で行われます。

 私の記憶がある限り、ガラクシアース伯爵家では貴族らしい晩餐形式の食事は勿論、行われることはありませんでした。


 私達にとって初めての緊張する食事なのですが、私の向かい側に座るエルディオンはニコニコと緊張とは無縁の雰囲気で、席についています。そして、隣に座っているファスシオン様と何かを話しています。恐らくエルディオンの中ではたくさんの人との一緒に食事ができて嬉しいなぐらいの感覚なのでしょう。今日は何の集まりかわかっていない感じです。

 対象的にファスシオン様は若干緊張した感じで、笑顔が少し硬いです。


「クレア。こういうところは、エルディオンが羨ましいわね」

「お兄様は絶対にわかっていないと思います」


 やはりクレアも私と同じ意見のようです。いいえ、エルディオンのことですから、わかっていても、何も変わらないのでしょう。


「シア。お祖父様と父上がもうすぐいらっしゃるようだ」


 そう言いながら、アルが私の隣の席に座ってきました。久しぶりにアルの正装の姿を見ましたわ。今日は光沢のあるブルーグレーのイブニングです。キラキラ王子度がましていますわ。

 因みにネフリティス侯爵夫人と前ネフリティス侯爵夫人は向かい合って、最近の情報を交換しているようです。そしてご長男のギルフォード様は前ネフリティス侯爵夫人の隣で既に着席されています。


「わかりましたわ」


 そんなアルにニコリと笑みを浮かべます。しかし、アルは私に視線を向けたままです。どうかしたのでしょうか?


「アルフレッドお義兄様。穴が空くほど見ても、お姉様はお姉様ですよ」

「何を言っている。クレア。妖精のように可憐じゃないか。大輪の花がよく似合う」


 今の私は晩餐用に着飾っています。とは言いましても、赤と青の対象的な花を目出させるために、白みの強いシャンパンゴールドのドレスを着させてもらいました。可憐というよりも私には少し派手だと思いますわ。


「アルフレッドお義兄様。浮かれているのはわかりますが……あっ」


 クレアが言葉を止めて慌てて立ち上がります。私も立ち上がろうとしましたが、何故か両手を握られているので、身動きがとれません。


「アル様。前ネフリティス侯爵様が来られましたよ」


 しかし、無表情のまま見られているので、何が言いたいのかわかりませんわ。

 すると前ネフリティス侯爵様とネフリティス侯爵様がこちらに近づいているではないですか!

 このまま座っているだなんて、無礼ですわ。


「アル様」

「ああ、よいよい」


 前ネフリティス侯爵様がにこやかに、話しかけてきました。


「申し訳ございません。アル様、手を放してくださいませ」

「そのままで良いぞ。今日は別の話をしに来たのじゃが、良いものを拝見できた」

「『倫理の審判』を行うと聞いてはいたが、まさか女王から本物の薔薇を下賜されるとは」

「それにリアンバール公爵夫人の青花じゃな。これらが揃うとは、やはりガラクシアースの血が成せることかのぅ?」


 私が座っている椅子の後ろに前ネフリティス侯爵様とネフリティス侯爵様が来てしまいました。私は横目で視線を向けるしかできません。

 しかし、私の横に座っているアルと背後にいるお二人を見ると、思ってしまいます。やはりどこかアクアイエロ様の雰囲気があると。


_____


遅くなりました(_ _;)

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