第62話 穏やかな晩餐が……
晩餐が前ネフリティス侯爵様の神への祈りと共に始まりました。楽団が呼ばれたのか食堂の一角から生演奏が聞こえてきます。穏やかな雰囲気ではあるものの、アルの向かい側に席についていらっしゃるギルフォード様の視線を先程からチラチラと感じますわ。
恐らくこれは先程、前ネフリティス侯爵様とネフリティス侯爵様が私のところにわざわざ足を運んできたことが。気になっておられるのでしょう。
私の頭に付けられている赤い薔薇と青い牡丹の花を確認しにこられたことです。
「ふむ。アルフレッドからの話を聞く限り、妖精女王もガラクシアースには一目を置いているということか」
「父上の判断に間違いはなかったということですね」
「いや、恩義に思うべきは全ての者が思わなくてはならぬ。しかし、真実は口にすべき事ではない。歯がゆいものである」
「歯がゆいですか。確かに全ての責を前ガラクシアース伯爵夫人に負わすべきではなく、この世界に住まう者が背負うべきだと」
なにやら、お二人で難しい顔をして話していますが、その声は互いにしか聞こえないほど、小さなものです。
まるで前ネフリティス侯爵様が言われた『真実』という物は、ここにいるご家族の中にでさえ知らない人がいるようです。
「それからリアンバール公爵夫人の青花。これはネフリティスにとっては、重要なことじゃ」
「公爵夫人の加護は絶大ですからね。お陰で妖精女王も盟約に応じてくれます。あの地を治める者にとっては、必要な物」
「そうであるなぁ。見た目がただの木の玩具であってものぅ」
あら? お二人の話からいくと元妖精女王の血筋だから、ネフリティス侯爵領に妖精の国があるのではなくて、元妖精女王に認められた血族であるから、妖精の国がある土地を治められると聞き取れますわ。
そして、御二方は良いものを見せてもらったと言って、私の側を離れていかれました。本当に私の頭に付けられた妖精女王の花を見に来ただけだったようです。
前侯爵様と侯爵様は満足されたようですが、それ以外の方々に説明されることはなく、晩餐が始められたのです。
私の頭に付けられた花は見ようによっては、生花を模した髪飾りにしか見えません。それに価値があるとは思えないでしょう。
となれば、一介の伯爵令嬢に……それも普通であれば挨拶に伺わなければならない伯爵令嬢に、前侯爵様と侯爵様がわざわざお二人一緒に声を掛けてきたのです。それは普通はあってはならないこと。
そして、挨拶された伯爵令嬢は無礼にも立ち上がるどころか、挨拶もぜずにいるのです。それはお前は何様だという感じになるでしょう。
クレアとエルディオンはお二人の話が聞こえていたので、私の頭の花飾りを一瞥して、いつもと変わらない感じです。ファスシオン様は隣に座っているエルディオンからコソコソと先ほどあった会話の説明を受けたようで、何やらキラキラとした視線を私に向けて来ています。
エルディオン。いただいた花はもらったと表現するのではく、下賜されたと言いなさい。
夫人方は事前に説明されていたのか、私に好意的な視線を一度向けただけでした。ただ、何も知らされていなかったのか、ご長男のギルフォード様だけが、私に不審的な視線を向けてきているのです。
そんなにチラチラ見られては、晩餐の料理に集中できないです。
このお肉はあの魔鳥のお肉ですわよね。
素材だけでも美味しいですのに、このソースは何でしょうか? とてもお肉を引き立てています。やはりプロの料理人の料理は美味しいですわ。
「ちっ!」
何故か突然隣から舌打ちが聞こえてきました。料理が美味しくないのでしょうか?
「アル様? どうかされたのですか? お料理が美味しくないのですか?」
ええ、晩餐が進んでいくにつれて、アルの背中から怪しい気配が醸し出されていることには気がついていました。
ただ、和やかな晩餐の雰囲気を壊すのも失礼ですので、話しかけるのを控えていたのですが、舌打ちをするほど、料理が口に合わないのでしょうか。
「ギルフォード兄上が俺のシアを見ていることに苛つく」
そんなことで怪しい気配を出していたのですか?
声を押し殺したように話しているので、ギルフォード様御本人には聞こえてはいないでしょうが、私の隣のクレアからため息がこぼれ出ています。
「アル様。ギルフォード様にはまだ何もご説明がされてないのでしょう。私の先ほどの態度に不満を持ってしまっても仕方がありません」
「ファスシオンはいつも通りだが?」
「ファスシオン様は隣にいるエルディオンから状況の説明をされておりました。ですから、ギルフォード様の態度が普通なのですよ」
やはり、伯爵令嬢如きがこのネフリティス侯爵家の主である侯爵様に挨拶をしない態度は許されることではありませんわ。
「そうなのか? ……しかし、シアを見すぎだ」
そう言われましても、私がここで何かを言うことはできませんから、アルにはその様なことは気にしないで欲しいものです。
「アル様。私が思いますに頭の両側に違う花をつけているのが、おかしいと思われているのではないのでしょうか?」
「何を言っている。シア。それが良いのではないか。ちっ!」
普通は、このように両側に花飾りをつける場合は同じ種類の花にすると思います。
そして、再びギルフォード様からの視線を感じてアルが舌打ちをしていました。
「アル様。今は気にしないでくださいませ」
恐らくこの後に、ギルフォード様は前ネフリティス侯爵様から今後のことを聞かされるのでしょうから。
アルの機嫌の悪さ以外は、穏やかな雰囲気で晩餐を終え、食後のお茶を出されたところで、前ネフリティス侯爵様がお話を始めました。
「今日この場に皆を集めたのには理由がある」
前ネフリティス侯爵様が話を始められたことで、穏やかだった場の雰囲気に緊張が走ります。
もし何かあるときは普通であれば、ネフリティス侯爵様から話があるでしょう。しかし、今回は第一線を退いた前ネフリティス侯爵様から話があるのです。普通のことではありません。
「昨日のことを耳にした者もいるであろう。定期的に繰り返される魔物の暴走が始まった」
「それは、王都内で魔物が暴れたという話のことでしょうか?」
前ネフリティス侯爵様の言葉を受けて、ギルフォード様が確認をされました。やはり、あの魔鳥の襲撃は噂にもなりますわよね。
「ギルフォード。口を慎め」
ですが、ネフリティス侯爵様がギルフォード様を叱咤されました。これは話を遮るなということなのでしょうか?
「申し訳ございません」
「まぁ、よい。この件は赤竜騎士が対処したために、解決しておる」
前ネフリティス侯爵様の言葉に、皆様の視線がアルに集中しますが、そのアルといえば、無表情で背中から不機嫌な雰囲気を醸し出しています。ええ、私の言葉だけではアルの機嫌は戻りませんでした。
「我々ネフリティスは周期的に起こる魔物の暴走に対処しなければならない。過去の過ちは絶対に繰り返してはならぬ」
前ネフリティス侯爵様の力強い言葉に、皆様は頷いておられますが、この言葉はきっと前ネフリティス侯爵様の後悔から出てきた言葉なのでしょう。
護るべき世界樹にまで被害が及んでしまったことに。
「それにより、次期当主を決めることとした」
次期当主。現ネフリティス侯爵様に何かあれば、代わりに一族を率いることが求められる立場です。
その言葉にギルフォード様の表情が緊張したように硬くなりました。きっと嫡男として育てられたギルフォード様はご自分が選ばれると信じていらっしゃるのでしょう。
アルがお家騒動に発展することを言わなければ、きっとそうなっていたのでしょう。私はとても胸が痛いです。
「次期当主は次男のアルフレッドとする」
「え?」
名を呼ばれたアルは立ち上がって、前ネフリティス侯爵様に向かって頭を下げます。
「拝命、
ネフリティスの皆様。使用人の方々が拍手をしています。
ただ一人呆然とアルを見ているギルフォード様以外。
全ては事前に決められていたこと。知らなかったのは、お一人だけ。この場の雰囲気で見て取れます。
何故なら使用人の方々の中にギルフォード様と同じく驚いている人はいません。使用人の人たちにも既に情報が行き渡っていたのでしょう。
「意義がある者はいるか?」
ネフリティス侯爵様が、問いかけます。このように皆が認めた雰囲気の中、否定する方はいらっしゃらないでしょう。なんて用意周到。全てはギルフォード様に反対意見を出させないため。
「父上!」
しかし、ギルフォード様はこの場の雰囲気を跳ね除け、立ち上がりました。
「何故、アルフレッドなのですか! 嫡男は私のはず!」
ええ、アルがお家騒動を口にして、前ネフリティス侯爵様に侯爵に成る意を伝えるまでは、ギルフォード様が侯爵となるはずでしたのでしょう。
「そもそもアルフレッドに統治の能力があるとは思えません! 魔物と戦うだけしか脳がないではありませんか!」
えっと……そんなことは無いと思います。魔物と戦うのにも情報判断能力が必要になるのです。戦うだけでも大変なのです。
「ふむ。儂はアルフレッドの問題はそこだとは考えておらぬ。こやつがやると決めたのあれば、やり遂げるであろう」
前ネフリティス侯爵様。そうですよね。アルの問題はそこではありませんわよね。
「ギルフォード。お前はネフリティスを何だと思っている?」
「ネフリティスをですか?」
「そうだ。ネフリティスは何を一番に掲げなければならない」
ネフリティス侯爵様が冷たい声で問いかけます。アルから聞きますに、ネフリティス侯爵様は息子であるギルフォード様を見限っていると言っていましたが、この感じからアルの言葉は本当なのでしょう。
冷たい声の中には何も感情が入っていないように思えます。
「ネフリティス侯爵家は調和と制裁の役目を担っています。そのために全ての者に平等でなければなりません」
……厳しい内容です。この全ての者に平等というところにアルの問題点があるのでしょう。
「違う」
「え?」
「我々ネフリティスは妖精に生かされている。妖精に認められなければ、領地にも入ることができない。妖精女王の威が全てだ」
妖精に生かされている? これはどういうことなのでしょう? 領地と妖精の国が重なるように存在していることが関係しているのでしょうか?
「アルフレッドはお前と違い妖精に認められている。一番のお前の問題はこの点だ。妖精との関係を改善することを怠った」
「しかし! あれは母が!」
「それにリアンバール公爵夫人の屋敷への道が開かれなかったお前には、何も期待はしていなかった」
え? 妖精様のお屋敷に招かれなかったのですか? ギルフォード様が?
しかし、それ以前にギルフォード様の母親である前妻の方が、何かをしでかしたようですわね。ですから、ネフリティス侯爵夫人の座から追われたのでしょう。
「シュリヴァス。儂はその報告は聞いておらぬぞ」
「言っていませんから」
「一番重要なことじゃろうが!」
「私は以前からギルフォードを跡継ぎにするつもりは無いと言っていましたが?」
「己の中で全てを解決するのを止めるように散々言っておったはずじゃ!」
一番上座に座っている前ネフリティス侯爵様とその斜め九十度前のところに席に付いているネフリティス侯爵様との間で魔力のぶつかり合いで、小さな光が飛び散っています。
何故かここで親子喧嘩が始まってしまいましたわ。
「あなた。シュリヴァス。喧嘩するのでしたら、外に行きなさい」
前ネフリティス侯爵夫人の一言に、お二人の間で飛び散っていた火花が霧散しました。いつもは前ネフリティス侯爵様の後ろでニコニコとしていらっしゃる前侯爵夫人は慣れたように言っています。
「ゴホンッ! リアンバール公爵夫人の屋敷への道が開かれなかったのであれば、それが答えじゃ。あの方に認められなかった者を当主にするわけにはいかぬ。それに……」
気を取り直した前ネフリティス侯爵様はそう言って、私の方に視線を向けてきました。
「フェリシア嬢を見てみよ。本日、妖精女王から下賜された女王の薔薇に、リアンバール公爵夫人から贈られた夫人の青花を付けておる。女王と夫人に認められた者を侯爵夫人にしない選択肢などありえぬ」
あら? これは私に赤い薔薇と青い牡丹が贈られてしまったことが、アルが侯爵の地位を得る決定打になってしまったということなのでしょうか?
何だか、皆様から視線を受けて恥ずかしくなってきましたわ。
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