第60話 過去と未来を隔離した場所
あら? ここは木々が立ち並ぶ林の中のハズでした。しかし、私の目の前には林ではなく、花畑が存在しているのです。その奥には小川が存在し、不思議な丸い透明な泡のようなものが宙にいくつも浮いています。
「ここは妖精の国?」
「正確にはアクアイエロの管理する土地だな。妖精国とは隔離された妖精の住まう地と言えばいい」
アルが説明してくれましたが、そういうことなのですか。だから他の妖精の姿は見えず、美しい風景の中に寂しさが感じられるのですわね。
「ここには何が……?」
そう言って、アルに視線を向ければ、ふと気が付きました。
どういうことなのでしょうか?
「アル様。コルトとエリスの姿がありませんわ」
「ああ、ここはアクアイエロの許可がないと入ることができない」
そうなのですね。あの青い妖精の方の許可がいるのですね。
私はアルに右手を繋がれ、青い花畑の中を進みます。空は冬のように白群色に染まっているものの、太陽があるようには見えません。そのことがここが別空間だとヒシヒシと感じられます。
別空間……今、ふと恐ろしいことが浮かんできましたわ。
「アル様。ここが妖精国と同じような空間だということは、時間の流れはどうなっているのですか? 今日の夕方には前ネフリティス侯爵様がいらっしゃいますわ」
「アクアイエロの力で作られた空間だから、俺達が入っている間はアクアイエロが補正をしてくれている」
「まぁ! この空間をお一人で?」
流石、元妖精女王ということですか。凄いです。
凄いのですが、やはり物寂しい感じがします。
花畑の先には一軒の建物が見えてきました。あら? 何だか見覚えがある建物ですわ。
「ガラクシアース家の屋敷が……なぜ?」
そうなのです。消滅してしまった屋敷がそのままの姿で残っているのです。でも……
「こちらの屋敷の方が綺麗です」
ええ、修繕の跡が見られないため、きっと綺麗に修繕すればこのような姿で建っていたであろうという感じです。
「この建物はリアンバール公爵家の別邸の模倣だ」
「模倣?」
「ここはアクアイエロが創った空間だからな。因みにリアンバール公爵家の別邸の移築先はガラクシアース伯爵家だ」
「ふぇ! そんな事、聞いたことはありませんわよ」
駄目ですわ。何だか、ここ一週間から二週間ほどで予想もしなかったことを色々聞かされているような気がします。
しかし、我が血の問題は多方面でご迷惑をおかけしていたのでしょう。どういう理由かはわかりませんが、屋敷を失ってリアンバール公爵家の別邸をいただいたのでしょう。私達三姉弟で消滅させてしまいましたが。
「ああ、俺もここに連れてこられるまで、知らなかった。お祖父様にガラクシアース伯爵家の屋敷と同じなのは何故かと聞けば、王都に魔物が襲撃してきたときに、屋敷を投げつけて王都の侵入を阻止したらしいと聞いた」
あ、それは有り得そうです。
領地にいるお父様とお母様が喧嘩しているときに、お手玉のように騎獣舎を持ち上げていたお母様の姿が今でも鮮明に思い出されます。あれは確か、外に出かける
「ただ、口伝のみで書物には残されていないらしい」
ええ、あのような姿を見てしまえば、書物に残そうだなんて思いませんわよね。お母様は怒らせてはいけませんわ。
「シア。中に入るか?」
「え?」
あの別邸は模倣だと言っていましたわよね。中の構造まで作られているのですか?
「アクアイエロの創ったものだが、中に入れる」
しかし、別邸をこの空間に模倣してまで残したということは、特別な場所ということではないのでしょうか?
「あの? 私に見せたい物はこの別邸のことだったのですか?」
「別邸の中にあるものだな」
「では、入ります。妖精様の許可が得られているのであれば」
そうですか。アルが先程妖精様に許可をもらっていたので、問題ないと思いますが、人外を怒らすと恐ろしいのは身にしみております。ええ、ガラクシアースの迷いの森のヌシであるフェンリルに、ちょっかいを掛けすぎて、領地内を追いかけっこすることになったので、気を付けないといけませんわ。
「まぁ。シャンデリアがあります」
建物の中に入って、玄関ホールの頭上から光があることに疑問を覚えて、見上げますと、ガラクシアースの薄暗い玄関ホールにはなかった大きなシャンデリアがあるではないですか。
きっとどこかの時点でお金に変えられたのでしょう。
「青い絨毯ですか。落ち着いた感じで雰囲気が全く違いますわ」
見慣れた感じはするものの、全く違う屋敷に足を踏み入れた感じです。ええ、そうでしょうね。調度品など我が家にはありませんでしたし、床も木の板がむき出しでした。
「素敵なお屋敷ですわね」
私は隣にいるアルを見上げて言うと、その隣に先程の妖精の女性がいることに気が付きました。
『そうであろう? リアンバールの拘りが詰まっておる』
妖精様の横顔は何だか嬉しそうに見えました。
「アクアイエロ。屋敷内には出てこないと聞いていたのだが?」
アルが何故か呆れたような口調で言っています。それに屋敷内では顕れないとは、どういうことなのでしょう。
『リアンバールが残した物を褒められたのだ。それは嬉しくもなると言うものだ』
すみません。その公爵様が残したものを消滅させてしまいました。
これは言うと怒られそうなので、絶対に口に出したりはしませんわ。
「シアとの二人っきりのデート中なんだが?」
『良いではないか。ネーヴェは妾の友である』
「シアはシアであって、神竜ネーヴェではない」
『細かいことを気にするでない』
「全く細かくはない」
無表情のアルと他者を拒絶するような冷たい声の妖精様が言い合っていますと、喧嘩をしているように聞こえてしまいますが、これは普通に話をしているだけなのでしょう。二人の纏う気配はとても穏やかなものです。
「ふふふっ。お二人は仲がよろしいのですね」
そう言えば、アルは最初から妖精様を呼びすてにしていましたね。
「仲は良くない。ただ、シアと共に在るために強くなる方法を教えてもらっていただけだ」
「まぁ、ではアル様の師と言うことなのですか?」
ならば、この様に妖精様と仲が良いこともわかります。それにアルが古い陣形術式を使うことも理解できました。妖精様から直接教えてもらっていたのでしたら、あの様な立体陣形も使えるのでしょう。
私の耳にコロコロと笑う声が聞こえて来ました。そちらに視線を向けますと、妖精様が肩を揺らして笑っておられます。
『師か。今の妾はただ時を生きる存在だと思っていたのだが、子孫に知を伝授する存在にはなれるようだ』
ただの時を生きる存在ですか。役目を終え、一人でこの場所に身を置く、この方はまるで時が過ぎるのを待っているように思えてなりません。
「アクアイエロ様は何故ここにいらっしゃるのですか? 妖精国にはお戻りにならないのですか?」
私がこの場所に来て一番に思ったことは、美しい場所ですがとても寂しい場所ということです。この方は未だにリアンバール公爵の死に囚われているのではないのでしょうか?
『それはリアンバールに「後は頼む」と言われたからだな』
六百年も生きたという公爵はいったい何を頼んだのでしょう? 六百年といえば、孫すら生きてはいないでしょう。リアンバール公爵家も一代限りと聞きましたので、継ぐ人も居ないのです。
「何を頼まれたのですか?」
『え?』
「アクアイエロ様は何を頼まれたのかと思いまして」
『何を……』
妖精様が歩む足を止めて、考え込んでしまいました。
何が妖精様をこの地に留めさせるのでしょうか? この四百年という時をです。
「ではネーヴェ様と友とおっしゃるのでしたら、私に色々お話を聞かせていただきませんか? 今はネフリティス侯爵邸でお世話になっているのです」
私は足を止めてしまった妖精様に振り返って笑みを浮かべます。
すると氷のような瞳が揺れて、私を見てきていました。
『ネーヴェ。いつも妾はそなたの笑顔に助けられていた。あの混沌とした戦いの中、そなたはいつも明るい未来を語っておった』
だから私はネーヴェ様ではありません。
『しかし、そなたはその未来を犠牲にして、妾に未来を託した。のぅ、ネーヴェ。それでもなお、そなたは笑っておられるのだな』
あの……私はネーヴェ様ではないと言っているのですが。
『妾に頼まれたものか。そうであるなぁ……一つは子孫の子たちである。一つは封印という形を取らなければならなかった暗黒竜の監視。一つは未熟であった妾たちの過ちを繰り返さないこと……弱き事は罪である……ああ、何故このような事を忘れておったのであろうな。感謝するネーヴェ。いつもそなたには助けられる』
ですから私はネーヴェ様ではないのですよ!
妖精様は一人満足して、その姿は消えていきました。妖精の知り合いはいませんのでわかりませんが、私は何か対応を間違ってしまったのでしょうか?
「アル様どうしましょう? 何だか私をネーヴェ様と勘違いして、去って行かれてしまいました」
「大丈夫だ。よくわからないことを言われるのはいつものことだから」
あの……よくそれで、教えてもらうことができましたわね。考え方の違いというものなのでしょうか?
しかし、話の中で気になる言葉があったのも事実。ネーヴェ様が未来を犠牲にしたというのはどういうことなのでしょう。我々の教えの中では、この世を光に満たした神竜ネーヴェ様は我々を護り続けているということ。
いいえ、史実と事実が違うように、この教えもまた、何かを隠しているのかもしれません。
「ああ、シア。この部屋だ」
ん? あら? 以前あったガラクシアースの屋敷には部屋がない場所に扉があります。
位置的には応接室の向かい側。北側の庭を見渡せる何もない空間でしたので、その昔は長椅子が置かれて、休憩スペースのようになっていた記憶があります。その長椅子も売られて無くなってしまいましたが。
「ここに本来は部屋があったということでしょうか?」
「さぁ? どうだろうな。アクアイエロが創った別邸だからな」
そうですわね。あの妖精様が創ったのでしたら、本来無いものも存在することが可能です。
アルが扉を開けますと、そこは……。
「子供部屋ですか?」
この屋敷の雰囲気の中では異質と言って良いほど、明るい色で構成された部屋であり、木の玩具や絵本、動物を模したぬいぐるみ、それから妖精の姿をした人形が所狭しと棚に綺麗に並べて置かれています。
「ネフリティスの名を名乗るものは、全てが等しくアクアイエロの子だと意味で、この中から一つ持ち出していい」
「この中からどれでも良いのですか?」
しかし、十八になる私が選ぶには全てが幼すぎるものです。ネフリティス侯爵夫人もこの中から選んだのですか?
それに面白いものとアルは言いましたけど、これはちょっと……あら? これは。
私は棚に所狭しと並べられた中の一点に視線が釘付けになりました。この場には異質な二本のダーガー。見た目は真っ白で百合のような花の模様が描かれた鞘が印象的です。
そのダーガーを鞘から抜きます。あら? ダーガーではありませんわね。片刃で刃が湾曲し獲物を斬るために作られた剣? ハンジャル? なんという武器かわかりませんが、私の手によく馴染む片刃剣ですわ。
「これが良いです」
まるで私の為に作られたように、手に吸い付くような柄も気に入りました。何かの鱗でしょうか? 白い鱗は滑り止めの役目もあるようです。
「やっぱりそれを選ぶと思っていた」
「あら? そうですの?」
アルには私の嗜好がバレバレのようです。可愛らしいものより、実用性があるものを選びますわ。
「実はここに在るものは全て持ち主が決まっているらしい。だから持ち出せるのは、決められた物のみなんだ」
「それでは、まだここにある物は、未来に受け取る人がいるということですか?」
「そうだ」
妖精女王の地位にいた方にはそのようなこともできるのですか。私には想像もつきません。
未来のネフリティスの子孫たち全てにですか。
妖精様はリアンバール公爵様から言われたことを守ろうとされたのですね。
――――――――――
ごめんなさい。今日も遅れます。頑張ったけど書き上がらない(´;ω;`)ウッ…61話、今日中には上げます。
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