第59話 リアンバール公爵の謎


 私達は侍女エリスが作ってくれた、軽食というなの豪勢な昼食をとり、アルに案内され、泉の前に連れてこられました。

 そこは植物園でも奥まったところにあり、一般的には公開されてないエリアです。


 来る途中で、木々が立ち並ぶ林の中に柵が設置され、施錠されたところを通ってきたので、そういうことなのだと、私は勝手に解釈をしています。

 私はこの植物園には冒険者の依頼でしか来たことがないのですから。


 庶民の家なら入ってしまいそうなのほどの大きさの泉は、そこから水が湧き出ているらしく、泉の水面は常に波打っていました。


「アル様。ここは?」


 何故、ここに連れてこられたのでしょうか? 確か面白いものを見せてくれると言っていましたわね。


「シア。ネフリティス侯爵家は元々リアンバール公爵家の分家だったと知っているか?」

「はい」


 リアンバール公爵家は現在存在しておりません。この土地の所有者でしたリアンバール公爵家は自ら公爵の地位から退きました。アルが分家と言っているのは、リアンバール公爵とネフリティス侯爵が同時期に存在した期間があるからです。このとき何があったのかは歴史には記されていませんが、きっと公爵の地位から退くことに意味があったのでしょう。


「実はここにはリアンバール公爵時代から存在する妖精がいるのだ」

「え?ここに妖精が?」


 妖精がいるのですか? この泉にですか?

 そう思えば、このような平地に水が湧き出ていることが不思議ですわね。普通は川からの支流の水を引いてくるものです。


「ここは国の土地となっているが、正確にはその妖精の地のため、誰のものでもないのだ。まぁ、このことを知っているのは、ほんの一握りの者だけだな」


 あら? もしかして、土地を妖精に譲るために、名も爵位も変わったということなのですか? ……でもそこまでするものなのでしょうか?


「あの? アル様。ここに私を連れてきたということは、その妖精の方に会ってもいいということなのでしょうか?」

「ん? もしかして、イヤだったか?」


 イヤではなくて、そのような一部の人しか知らないことを、私が知っても良かったのでしょうかという不安です。今日お会いした妖精女王もそうなのですが、私がアルの隣に居て良いのかという不安を感じてしまうのです。


「私がこのように妖精という存在に深く関わっていいのかと思ってしまったのです」

「シア。何を言っているんだ。俺の妻はシアだけだから、知っていて欲しい」

「つま!」


 私はまだ婚約者ですわよ! まだ結婚していませんわよ! 婚姻届のサインもしていませんわよ!


「三度も一緒に寝たのだから、夫婦同然だ」


 三度……もしかして、王城の地下にある泉のダンジョンのときが二回カウントされているのですか?


「アル様それは飛躍しすぎると思います」

「でも、これから部屋は同じだろう」


 同じ部屋……私はアルの背後でにこやかな笑顔で控えている侍従コルトに視線を向けます。


「コルト。私がいた客室の扉の修理は終わっていますわよね」

「フェリシア様。今日は修理業者の都合で来られないということでしたので、客室はそのままでございます」


 修理業者の都合であれば仕方がありません。侍女エリス。貴女は何をオロオロして侍従コルトを見ているのですか?


「では、他の部屋を今日は用意してくれますよね」

「昨晩も申し上げましたが、我々ではあの御方からフェリシア様をお守りすることができません」


 なんてことでしょう。侍従コルトが完全にアルの味方になっているのではないですか! いいえ、アルの侍従でありますから、そこは問題視することはないのです。

 しかし、しかしですね。この問題は侍従コルトが私の味方になってくれないと、解決しないことなのです。


「あの存在はアルでも敵いませんよ」

「フェリシア様の防壁ぐらいにはなりましょう」


 侍従コルト。仕える主を防壁にしろという使用人もいないと思いますわ。


「シア。シアは俺と一緒にいるのがイヤなのか?」

「嫌ではありませんわ。しかし、何事にも節度というものがあると思うのです。ほら、私達はまだ婚約者でありますから」


 そうです。何事も節度というものが必要だと思うのです。


「そうか。シアは早く結婚すればいいと」

「アル様その件は何度も申しておりますが、私達の結婚式は二年後ですよ」

「シアは常識に囚われすぎている。コルト。お祖父様経由でいけば、最短でどれぐらいで許可が下りる?」


 許可ですか。その言い方ですと国王陛下からの婚姻の許可ということでしょう。


「明日には許可が下りるかと……」

「早いですわ!」


 え? なんですか? 前ネフリティス侯爵様経由でということは、直接国王陛下に許可を貰いに行くということなのですか?


「よし。それでいこう」

「アル様。急すぎて私の心の準備ができません」

「大丈夫だ」


 何が大丈夫なのですか!

 私はガクリとうなだれます。誰かアルを止めてくれる方はいらっしゃらないのかしら? ……戻ったらネフリティス侯爵夫人に相談してみましょうかしら?


「シアが心配することは何も無い。全部俺が始末をつけるから」


 始末。その言葉の意味を考えると、よくないことが浮かんで来てしまいました。シャルロット様を闇討ちするとかありませんわよね。それは絶対に駄目ですから。


「だから、今日ここに連れてきたんだ」

「どういうことなのですか?」


 何がどう話が繋がっているのでしょう。ここの泉には妖精がいるというだけですわよね。


 アルは見ていればわかると言って、魔力を練りだし、妖精女王を召喚するときに見た立体陣形の魔術を発現させました。ぱっと見た目、同じように複雑な陣を描いていますが、細かいところが違っています。

 その立体の魔術の陣が泉を覆うように展開し、淡い光を放っています。


 その魔術の陣から浅葱色の長い髪を泉の水につけながら、女性の人が現れたのです。衣服は時代を感じるドレスですが、妖精と言われなければ、その姿は人そのものです。


『何用か?』


 冷たい氷のような声が耳に刺さります。まるで何もかもを凍りつかせそうなほど冷たい声。


「アクアイエロ。新しくネフリティスの家に入る。俺の妻を紹介しようと思ってな」

「アル様。まだ婚約者ですわ」


 嘘は駄目ですわよ。

 すると泉から出てきた妖精は私の方に視線を向けて、大きく目を見開きました。


『ネーヴェ』


 神竜ネーヴェ様の名を呼んだ妖精は泉の上を滑るように、こちらにやってきます。そして、素足で地面を踏みしめました。

 なんだか私の中の妖精というイメージが違って来ていますわ。どちらかと言えば、ネフリティス侯爵領であった小さな緑色の皮膚の可愛らしい姿で飛んでいるのが、私の中の妖精なのです。しかし目の前の妖精は、なんだか実体的で人のように思えてしまいます。


『ネーヴェ。可愛らしい姿になったものだ』


 私を見下ろす冷たい氷のような瞳はほのかに熱を帯びたように揺れていました。

 あれ? もしかして、私を神竜ネーヴェ様と勘違いしていらっしゃいます?


「私はネーヴェ様ではありません。お初におめにかかります。フェリシア・ガラクシアースと申します」

『ガラクシアース……ああ、そうか。そうであったな』


 何か、お一人で納得されてしまいました。

 しかし近くで見ますと、美しいのですが、何だかこの雰囲気覚えがありますわ。

ちらりと私は隣を見上げます。

 無表情で人からは一歩引かれる雰囲気を持つアルと全てを拒絶するような冷たい視線と雰囲気がなんだか似ているように思えてきます。


『そうか。ネーヴェの血族が妾の血族と交じるのか……おや? ローゼンカヴァリエに会ったのか?』


 私に近づい来ながら妖精の方は、驚くことを言ったのです。『妾の血族』ということは……私はアルの左手を引っ張ります。どういうことですの?


「ん? ああ……ローゼンカヴァリエとは妖精女王の名だ。普段は口にはするなよ」

「そちらも気になりましたが、私が聞きたいのは別のことです」


 ええ、名前の方は予想ができましたから、後で確認はしようとは思っていましたよ。それよりもです。


「リアンバール公爵はただ一人のことを差すのだ」

「お一人なのですか? しかしリアンバール公爵家は六百年続いたと歴史にはあります」

「それは続くだろうな。この敷地を妖精国と繋げたんだ。そう言えば分かるだろう? シアのお祖母様と同じだ。時間があるようで無い場所で生きれば、歳も取らずに生きる事ができる」


 確かに、お祖母様は二十歳ぐらいの外見でした。私が十八歳になるというのにです。

 ということは、この妖精の方がネフリティス侯爵家の祖というわけですか。


「あの? ネフリティス侯爵家の歴史も長いですよね。確か建国からほぼ変わらない頃からありますよね」


 ちょっとわからなくなってきましたわ。リアンバール公爵家は建国時から存在していました。その後ネフリティス侯爵家が分家として存在しています。


 あれ? そもそも初代王の血筋が公爵家になったのですから、建国時から公爵家がある理由が崩壊しています。教えられた歴史に不具合が生じています。


「あの? リアンバール公爵は初代国王の血筋なのですよね?」

『そなたが言う初代国王とは誰を差しておる?』


 妖精の方がおかしなことを聞いてきました。初代国王とは誰かと。それは勿論。


「リア王ですわよね」


 歴史で初代国王として名が上げられるのはリア王です。


『それは正確ではない。初代は……いや、そなた達がそのように解釈しておるのであれば、それが正解か』


 妖精の方は何かを言おうとして、言葉を濁されました。それではリア王は初代国王の名ではないということですか? ではあの存在の名はリア王ではないと。


 これはあの存在と会い、話をしなければわからなかった歴史への違和感です。神王の間に掲げられている肖像画は初代国王だと侍従コルトは言っていました。もし描かれている初代国王という人物と歴史に記されている初代国王が別人であるとすれば、それには、どういう意味があるのでしょうか。


『まぁ、そなたが言うリアンバールは竜人の中でも最強であった。妾が惚れるほどにな。妖精女王であった妾と竜人のリアンバールとの子がこの者の祖であることは間違いはない』

「え? 妖精女王? あの……それでは妖精女王はお二人いるということなのでしょうか?」


 ちょっと待ってください。ネフリティス侯爵領に妖精国があるのは何故なのかと思っていましたら、妖精女王の血筋の一族が治めている土地ですから、妖精国があったのですね。あと、目の前の妖精の方が妖精女王とはどういうことなのでしょうか?


『あったと申したであろう。妾はローゼンカヴァリエに女王の地位を譲位した』

「あ……そういうことなのですね」


 何だか、この話を聞きますと増々私がアルの隣に居て良いのかと思ってしまいます。そもそも妖精女王の血筋って、私が聞いて良かった話ですの?それにアルはここに面白いものを見せてくれると言って連れて来ましたのに、心が重くなってきましたわ。


「アル様。こんな重い話は心構えがないまま聞く話ではありませんわ」

「ん? いや、シアにはこの話を聞かせたいから連れてきたわけじゃない。アクアイエロ。あれをシアに見せてくれ」


 え? この話を聞かせたいわけではなかったのですか?

 私が心が重く憂鬱になっていますと、妖精の方は私の頭に手を伸ばしてきました。


『ネーヴェの娘よ。何を気に病むことがある。所詮この国を作ったのは白竜だ。白竜の血はこの地に住まう者と混じり、竜の身に成ることも叶わぬ。妾の血もそうである。妖精の力を使えるものはほんの僅かしかおらぬ。それも子供だまし程度。血が薄まればその程度でしかない』


 そう言って私の頭をひと撫ぜしました。

 これは一族以外の血を混ぜようとしなかったガラクシアースが逸脱していると言っているのでしょうか。


『さて話はこれで仕舞である。地の水がざわざわとざわめいておる。気をつけるが良い』


 それだけを言い残して妖精の方は姿を消しました。そして、周り一帯には青い花畑が一面に広がっていたのでした。



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