第58話 公爵令嬢との出会い

 なんだか徐々に締められていっている気がしますわ。


「あの女、いい加減に始末しよう」


 え?しまつ……ですか?

 アル。私の背中がギリギリと締められていっていますよ。


「俺がネフリティスを継ぐ意思を示したんだ。あの女がこれ以上、兄上と関わる必要もない。元々兄上との婚約には不満を現していたのだからな」


 このままだと、背骨が折られそうです。


「アル様。力を緩めて欲しいですわ」


 すると力が緩み、アルは狂気を宿した瞳で私を見下ろして来ました。


「シア。どれが良いと思う? 取り敢えず、あの女を地面に這いつくばせるだろう? 簡単に首を落とすのも味気ないな。それなら……」

「アル様。シャルロット様は公爵家の方ですからね。手を出すのは控えた方がよろしいですわ」


 王家に繋がる血筋から行けば、アルの方が王家との繋がりが強いでしょう。第二王子の補佐役に選ばれたぐらいですもの。


 しかし、カルディア公爵の権力は五大公爵家の中でも上位にあります。喧嘩を売るような行動は控えた方がいいと思いますわ。


「そうか……そうだな。事故に見せて始末するか」

「駄目ですわよ」


 シャルロット様と何か問題があると、アルは物騒なことを言い出すので、私はそれをどう諌めようか、いつも困ってしまいます。


 私がどうしようかと悩んでいますと、侍女エリスが近づいてくる気配を感じました。


「それよりもアル様。お食事にしましょう。このような美しい場所で一緒に食事をするなんて、素敵ですわね」

「はぁ。何故シアはあの女のことで怒らない。一番怒るべきなのはシアだ」


 私が怒らないですか……。そのアルの言葉に遠い目になってしまいます。色々やらかしたのは私の方ですもの。


「初めて会ったときはシャルロット様もお優しい方でしたのよ?」

「シア。それは幻影だ」


 酷い言われようですわね。あれはいくつの時だったでしょうか?





 十歳になる第三王子のファルヴァール殿下の婚約者候補を集めるお茶会だったと思います。私はお母様の意向で、同じ年頃の令嬢の友人を作るようにと命令されて参加したのです。


 王族の方が来られるまで集められた令嬢たちは、出されたお茶を飲み、お菓子を食べながら、楽しそうに話をしているときでした。私がいるテーブルには誰もおらず、一人でご令嬢方が楽しそうにしているのを眺めていると、私に話しかけてくださったご令嬢がいたのです。


「本当に、ばあやみたいな白髪ね」


 声がしたほうに視線を向ければ、金髪を器用に縦にくるくると巻かれた髪が、印象的な可愛らしい令嬢が、琥珀色の瞳を私に向けていたのです。これが十歳のシャルロット様と九歳の私との出会いでした。


「貴女、名前はなんとおっしゃるの?」


 子供ながら上位爵位のご令嬢から声を掛けてもらわなければ、名前さえ名乗ることはできないことは知っておりました。

 私は慌てて立ち上がり、拙いながらもお母様のスパルタで、なんとか形になったカーテシーを行います。


「ガラクシアース伯爵家、第一子がフェリシアと申します」


 すると金髪のご令嬢はニコリと微笑んで言ったのです。


「そう貴女。このシャルロット・カルディアに仕えることを許してあげますわ」


 ガラクシアースの悪い噂が広まっており、誰も近づかない私に声を掛けてくださり、友達になってくださると言ってくれたのです。正確には取り巻きになるようにという意味なのですが、子供だった私にとっては、お母様の命令を遂行したと右手をこっそりと握ったものです。



「シア。それは優しくはないぞ。ただ単に親に言われて、ガラクシアースとは良好な関係であることを示すように言われたのだろう」


 私の思い出話をアルはバッサリと切ります。私が思うに、私への当たりが強くなったのはアルの所為もあったと思うのです。



 その後のことでした。アルがそのお茶会に乗り込んで来たのです。


「シア。どうしてここにいるんだ?」


 十四歳のアルは、少し今より幼い容姿であるものの、変わりはなく見た目はキラキラ王子で、無表情ながら機嫌の悪さがありありとわかりました。その背後ではご令嬢方がキャ―キャーと騒いでいます。そうですわね。突然の乱入者が現れたのですもの、驚きますわね。


「お母様の命令です」

「夫人の? ここが何のお茶会か知って来ているのか?」

「第三王子の婚約者になるご令嬢を探すお茶会です」

「……何を命令されたんだ?」

「お友達を作ることです。ですが、先程完了しました。私とお友達になってくださるシャルロット様です」


 私はうきうきとした気分で、シャルロット様をアルに紹介しました。しかし、アルはふ~んという感じで一瞥するだけにとどまり、私の手を取ってこの場から立ち去ろうとしました。


「お待ちになってくださいませ」


 そんなアルにシャルロット様は声を掛けます。それも熱があるのか顔が赤いですわね。


「ネフリティス侯爵家のアルフレッド様ですわよね」

「あ?」


 アルの口の悪さは昔からなので、私は気にしたことはありませんでしたが、公爵令嬢となると、一言だけ返されて感情の浮かんでいない顔に、見られることは無かったのでしょう。ビクッとシャルロット様は怯みます。

 しかし、シャルロット様は私の手を握っていないアルの右手を握って言ったのです。


「私の婚約者にしてあげますわ」


 シャルロット様のその言葉にアルは手を払い除け、淡々とした口調で言い返したのです。


「俺に触るなブスが」


 アルのその言葉に会場が静まり返りました。公爵令嬢にそのようなことは言ってはならないと、私は必死で考えてフォローしたのです。


「アル様。シャルロット様はとてもかわいらしいですわ。たくさんの赤いリボンが付いたドレスなんて、私には似合いませんもの」

「子供っぽいということだろう」


 え? そんなつもりで言ったのではないのです。


「金色の巻き髪も素敵ですわ。頭の上の赤いリボンがとてもお似合いです」

「ああ、リボンだらけだな」


 リボンだらけ……言われてみれば、頭にもドレスにも靴にも赤いリボンが……そうではなくてですね。


「琥珀色の瞳も綺麗ですわ」

「俺はシアの金色の瞳の方がいい。あんな金色をくすませたような色」


 ヒィー! シャルロット様が怒った顔をしてプルプルと震えていらっしゃいますわ。


「それに俺の婚約者はシアだから、ブスに用はない」


 アルはそう言って私をお茶会の会場から連れ出したのでした。あの空気の悪い中、どうお見合いと言う名のお茶会を進めたのかわかりませんが、シャルロット様は私達が出たあとに、会場を出てしまったそうです。


 本当であれば、第三王子のファルヴァール殿下の婚約者候補の筆頭はシャルロット様だったそうです。しかし、第三王子が会場に来られたときに、いらっしゃらなかったので、第三王子は別の方を婚約者に決められました。


 私が思いますに、これはアルが悪いです。それからというもの、シャルロット様に会う度に何かと小言を言われるようになりました。しかし、言われることは大したことではなく、私が悪いということを指摘するようなことばかりでした。


 お茶会のときに虫を入れられた時は、給仕した者に不備を伝えればよかったのでしょう。

 お誕生日のプレゼントは素材ではなく、加工した高級品でなければならなかったということです。

 顔を合わせたときには一番に挨拶をしなければならなかったのです。


 そういう私の令嬢らしからぬ行動を、シャルロット様は指摘しているので、私が怒ることはないのです。




「シア。それは全部あの女のわがままだからな」


 私は絶対に、あの時アルが言ったシャルロット様への発言が未だに根に持たれているのだと思っています。


「アルフレッド様は見た目は旦那様とそっくりでございますからね」


 侍従コルトが侍女エリスの作ってくれた軽食を配膳してくれています。休憩所となる四阿にはいつの間にかテーブルが用意され、その上に軽食とは名ばかりの料理が並んでいます。侍女エリス、侮れないですわ。これは我が家の夕食よりも豪勢なのではないのでしょうか?


「見た目に騙される方は多いかと存じます」

「コルトどういう意味だ?」


 騙されるとはどういう意味でしょう。私は首を傾げてしまいます。


「私めからは再度言うことではありませんが、ネフリティス侯爵となることをお決めになったのであれば、言葉遣いには気を付けていただきたいものです」


 侍従コルトもそう思いますよね。公爵令嬢に『ブス』は無いですよね。


「父上もこんな感じだろう?」

「ですから旦那様は奥様に小言を言われているのですよ」


 あの朝の光景のことですか。私はあまりネフリティス侯爵様とお話をしたことはありませんので、アルほど言葉遣いが悪いかまではわかりません。


「エリス」

「はい。コルト様。お食事に何か問題がありましたでしょうか?」


 侍従コルトは背後で配膳の手伝いをしている侍女エリスに声を掛けました。


「問題はありません。聞きたいことは、一般的な女性の視線から見て、アルフレッド様はどう映りますか?」


 何故、そこに一般的な女性と条件をつけたのでしょう?


「はい。ネフリティス侯爵家の現状から見ますと、ギルフォード様が嫡男であらせられるものの、第四王女でありました奥様を母君に持つアルフレッド様が侯爵の地位にふさわしいと見る方もいらっしゃいます」


 ネフリティス侯爵家の複雑なところは、前妻を母親に持つギルフォード様と、王家から降嫁された王女を母親に持つアルとファスシオン様がおられることです。そのギルフォード様の元々の婚約者のご令嬢が亡くなられたことが発端だったのですが、侯爵となる為に公爵令嬢であるシャルロット様を婚約者として充てがわれたのです。

 ただ、これはネフリティス侯爵様から与えられたギルフォード様への試練だったようですが。


「赤竜騎士団での評価も高く、見た目がよろしいことから、ファンクラブもございます」

「え?」

「そんなもの許した覚えがないぞ」

「因みにファンクラブの名誉会長はフェリシア様です」

「は?」

「では許す」


 ちょっと待ってください。何ですか? そのアルのファンクラブの名誉会長とは? 私は初耳ですわよ?


「あの? 私は何も知りませんわよ」


 それは勝手に私の名前を使われているということでしょうか?


「婚約者のフェリシア様の存在は、幻の伯爵令嬢と言われております」


 幻……言われてみてば、アルと毎週会う時はネフリティス侯爵家ですし、公式でアルの婚約者として出るのは王族主催のパーティーのみですし、あとは冒険者アリシアの姿で王都の街に出ていますので、この姿ではあまり人前には出ていません。


「幻と言われるほど人前に出ていないわけではありませんよ。今は回数は減りましたが、お茶会には出ていましたわよ」

「そのお茶会は全てカルディア公爵令嬢様からの招待だと伺っております。あと名誉会長の許可は奥様から出ておりますので、変更は不可能となっております」


 シャルロット様主催のお茶会。私にはシャルロット様以外のお茶会からの招待がされなかったということでもあります。

それに名誉会長の件はネフリティス侯爵夫人から許可が出ていたのですか。それでは私は何も言うことができません。しかし、名誉会長が私である必要はあったのでしょうか?


「そのように婚約者であるフェリシア様が滅多に表に出られないことから、アルフレッド様の婚約者の座を狙うご令嬢方がいらっしゃると耳にしております」


 これは毎週会うのをネフリティス侯爵家で行っていたことが、問題になっているのですか? しかし、私にはそれ以外の選択肢は無かったのです。お母様のお古の外出用のドレスを来て外に出れば、流行りでないドレスを着ていることを嘲笑われ、アルの機嫌が悪くなっていたことでしょう。


「シア。これから毎日デートに行こう」

「アル様。デートは毎週白の曜日と決めたではないですか」

「俺の婚約者はシアだとわからせるには、必要なことだ」

「アル様。明日はお仕事ですからね」

「大体ジークフリートは俺に仕事を押し付けすぎだと思う。まとまった休みをくれてもいいと思う」

「この前一週間のお休みをいただきましたよ」

「全然足りない」


 またアルが仕事に行かないと言い出してしまいました。これは侍女エリスがいらないことを言ったからではないですか。私は発端となることを口にした侍女エリスに視線を向けます。


「しかし、アルフレッド様。フェリシア様は人の好意には鈍感でありますから、気を付けた方がよろしいかと思われます」


 私が好意に鈍感? それはどういう意味でしょうか侍女エリス。


「そうだな。その通りだ。今日も知らないヤツに愛想笑いをしていたしな。見惚れられていたのすら気づいていなかったしな」


 ですから、あの青竜騎士の少年から見惚れられていたわけではありません!



補足

「あの赤竜騎士副団長様のファンクラブを作る許可をいただきたいのです」

「あら? 私に?」

「はい。ネフリティス侯爵夫人から許可をいただきたいのです」

「私は構わないのだけど、あの子の耳に入ると潰されるわよ」

「……ひっそりと……それはもうひっそりと」

「そうねぇ。あの子に婚約者がいることはご存知?」

「はい。あの王族主催のパーティー以外に姿を見せないガラクシアース伯爵令嬢ですね」

「そんな事は無いのだけど……その婚約者のフェリシアちゃんをトップに掲げておけば、バレても潰されないと思うわよ」

「わかりました。会員には絶対に過度な行動は取らないことと、口外しないことを入会時に誓約しまして、婚約者のガラクシアース伯爵令嬢様を名誉会長に掲げることで如何でしょうか?」

「いいと思うわ。私は関係ないもの」

という感じで今までファンクラブの活動は地下深くで行われてきた為に、本人にはバレてはいなかったが、エリスの所為でその存在がバレてしまったのだった。


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