第56話 妖精女王の審判

「お前ら。クレアに負けたんだから、さっさと去れ」


 アルは呆れながら青竜騎士の少年に言っています。勿論、呆れているというのは、アズオール侯爵子息に対してです。ヴァイオレット様への態度はいただけません。


「去らないのなら、今度は俺が相手になるからな」


 アルは青竜騎士の少年を追い払うように手を振っています。しかし、青竜騎士の少年からすれば、呆れられた態度に追い払われる行動に、怒りを覚えたようです。剣の柄を握って、鞘から抜こうとしています。


「馬鹿にするなよ! これでも俺は青竜騎士団の中でも……」


 少年の抜こうとしている柄が、アルの手で押さえられています。少年からすれば、瞬きの間にアルが目の前に現れたように感じたことでしょう。


「そうか。俺の自己紹介がまだだったな。赤竜騎士団副団長のネフリティスだ」

「赤竜騎士……ふく……だんちょう……」

「このまま剣を抜けば、その首と胴が離れると思え、竜騎士は基本的に私闘は認められていないのを知っているよな」


 アル。少年をそのように脅してはいけませんわ。ほら、震えて地面に倒れてしまったではないですか。


「アル様。そのような教育は青竜騎士団の方にお任せるべきではないのですか?」

「ああ。しかし、さっさと外野は去って欲しいものだ」


 無表情で震えている少年を見下ろしていると、アルがいじめているように見えてしまいますわ。それに少年は動こうと両足を地面の上でズラしているものの、腰が抜けているのか、動けていません。

 はぁ。もしかして、こういうところがアルの訓練が厳しいと言われている所以ゆえんかもしれません。アルの表情筋が無いことに慣れていない人には勘違いしそうですもの。


 私は腰を抜かしている少年の元に行きます。そして、少しかがんで、治癒の魔術を掛けてあげます。


「貴族の前で剣を抜けば、貴方の首は飛んでいたのよ。それをアル様は防いだの。それから、妹がごめんなさいね。手加減してあげられなくて」

「て…か…げん……」

「そうなのよ。あのクレアの相手をされた方、恐らく魔脈も切断されていると思いますもの」


 私の言葉に少年は慌てて立ち上がり、部隊長と思われる人物に駆け寄っています。

 その人物は青竜騎士の方々に運び出されているところです。これで、腕のいい治療師に診てもらえるでしょう。


「シア。なぜ他の男に愛想笑いをする」

「まぁ? アル様。アル様があの少年を脅して行動不能にさせていたからですわ」

「それにしても、愛想笑いなんてする必要はない。アイツ、シアに見惚れていたじゃないか!」


 え? それは無かったと思いますよ。私が言った言葉の意味が、理解できなかっただけだと思います。


「そんなことはありませんよ。それでアル様。青竜騎士の方々は居なくなりましたわ」


 何かをしようとしているアルの条件になりました。ええ、決闘の話の関係者のみとなりました。しかし、肝心のエルノーラ様がいらっしゃいませんが、それは仕方がありません。


「絶対にシアに見惚れていた」


 そんなことは無いと言いましたのに、困りましたわ。機嫌悪く私を見下さないでほしいです。そうですわね……。


「アル様。これが終わったら、買い物に付き合っていただけませんか?」

「わかった。さっさと終わらそう」


 昨日の魔鳥の料金とヴァイオレット様から振り込んでもらった買取り料金で、クレアの知り合いの公爵令嬢の誕生日プレゼントが買えそうですから。


「ロメルド・アズオール。そしてこの場には居ないため代理人としてヴァイオレット・マルメリア。最後にクレア・ガラクシアース。これから審判を受けてもらう」


 すると地面が光だし、魔術の陣が展開していきます。名を呼ばれた三人とアルと私を囲うように陣が展開されていきます。


「立体陣形! 初めて見ました!」


 陣形術式の中でも、かなり高度な術式と言われる立体陣形。するとアルから話さないように人差し指を立てて示されてしまいました。


 すみません。あまりにもの美しい陣形に興奮してしまいました。


 しかし、これをアルが展開しているのですか? ネフリティス侯爵家の役目として伝わるものかもしれませんが、凄い術式です。


 世界が光に満たされたと一瞬目を閉じ、次に目を開いたときには、教会のような建物の中にいました。私の知識など知れていますので、一番近いのが教会です。

 色とりどりの光が天窓から降り注ぎ、心が震えるほど清らかなようで、冷たい空気が頬を撫でる空間の中央に、先ほど名が呼ばれた三人が立っていました。それも鳥かごのような檻に入っています。


 私とアルは一段高いところに立っていました。

 え? 私もここなのですか? できれば、周りに囲うようにある椅子に座っていたいですわ。


「何だ! これは!」

「まぁ。これはどうなっているのかしら? この金属はなんでしょう?」

「アルフレッドお義兄様! 私はペットではありませんわよ!」


 この状況に一人順応している方がいらっしゃいますが、突然檻の中に閉じ込められれば、パニックになりますわよね。アル。せめて、クレアとヴァイオレット様には事前に教えていても良かったのではないのでしょうか?


「静粛に」

「何が静粛にだ! ……うぐっ」

「……」

「……」


 アズオール侯爵子息は、この状況には不服なのでしょう。しかし、その文句を言ったアズオール侯爵子息には茨が巻き付いていっています。それは檻から生えていました。

 茨は暴れるものを強制的に大人しくさせるものなのでしょうが、そこまでぐるぐる巻きにされては、息もできないのではないのでしょうか?


「直ぐに終わる。もうすぐ来られるから、誰も口を開くな」


 アルの言葉が終わるか終わらないか……天窓から降り注いでいた色とりどりの光が中央に集まり、光の柱となった。その光の柱から赤い髪の女性が顕れました。女性と言っても大きさは人の倍程あります。

 全身に光をまとっているように、煌めいています。赤い髪に合わせたような赤いドレス。赤い色はその女性の為に在るように似合っています。そして、頭上の王冠、金色の王錫、背中には薄い跳ねが二対あることから、この方が妖精女王なのでしょう。


『我は誓約により世界の調和と制裁を司る者。我の目に見通せぬモノは無い』


 妖精女王は静かに三人を見下ろし、にこやかな微笑みを浮かべています。


『汝はまだ未熟である。この審判を受けることは無い』


 クレアの檻に向かって王錫を向けますと、檻ごとクレアが消え去りました。この場から出されたのでしょう。

 私はほっと胸を撫で下ろします。結局クレアは手を出していますので、何かしらの裁きを受けるかと思っていましたが、まだ幼いということで、何ごともなくこの場から出されただけになりました。


『汝の妹であるが、欲は己を殺すもの、しかし汝の妹もまだ未熟であるが故に審判を受けるに値しない』


 そうしてヴァイオレット様もこの場から姿が消え去りました。良かったですわ。ヴァイオレット様との関係が悪くなることは避けられました。ヴァイオレット様とは良好な関係でいたいですもの。


『汝、そうであるな……呼び出された案件だけなら、領地に戻って民共に奉仕するが良い。これが汝への罰としよう。これを反故すれば、汝は激痛に苦しむだろう』


 アズオール侯爵子息は王笏を向けられ、この場から檻ごと消えました。しかし、呼び出された案件だけならという条件が気になりますわ。もしかして、他に何かあるのでしょうか?


 ん? 妖精女王がこちらを向きましたわ。とても美しい緑の瞳です。あの世界樹を思わせる緑。光に満ち青々と茂った大木の色です。


 あの? 何か?


『それでお主が我との盟約を受けると?』

「はい」

『……動機が少々不純であるのが気になるが、アレよりマシであろう』


 妖精女王は微笑んでいるものの、若干呆れているように思えます。アルの動機ですか。……これは侯爵に成りたい理由と一緒ということですわね。

 すみません。なんだか私の所為ですね。


『まぁ良い。準備が出来れば、こちらから声をかけよう。それからネーヴェの娘よ』


 え? 私ですか! 妖精女王に何か話しかけられるようなことをしてしまいましたか?


『我々はこの世界の生贄となった白き竜らには頭が上がらぬ。そして、その子らにも引き継がれておることに、心を痛めておる』


 生贄ですか。そう言われれば、生贄なのでしょう。あの存在は終わりなき時を生き続け、封印を維持していくのでしょう。

 しかし、白き竜とはどういう意味でしょうか?


『特に我らが守るべき世界樹を、その生命をもって維持してくれていることには、本当に感謝しておる。だからそのように、遠慮することなどない。そうであるな。我から加護を与えておこう。これから必要になるだろう?』


 妖精女王は王笏を床に叩きつけると、その場から消え去りました。

 加護ですか? 特に何か変わったわけではありません。


「シア。これで誰にも文句は言われない。流石、シアだ」

「え? 何のことですか?」


 アルが何のことを言っているのかわからず、首を傾げてしまいます。


「お姉様。それはどうされたのですか?」


 背後からクレアの声が聞こえ振り返りますと、いつの間にかアズオール侯爵邸の庭に戻っていることに気が付きました。

 あら? いつの間に、ここに戻って来たのでしょう?


「何がどうしたの?」


 クレアに何のことを言っているのか聞いてみますと、クレアは右手で自分の頭を指しています。

 ですから、私は右手を上げて頭に触りますと、硬い何かが手に触れました。それを手に取ってみます。


「赤い薔薇? これって以前に見た生花を加工したものと似ていますわ」


 赤い薔薇。ネフリティス侯爵領で見かけた、花びらを薔薇の形に仕上げた造花です。しかし、これは花びらというよりも鉱石という感じに硬く、キラキラと光っています。


「これが妖精女王の薔薇の本来の姿だ」

「え? 硬いですよ?」

「以前見たのは朽ちた花びらだから、普通の花びらと変わらない。本来は百年は咲き続ける薔薇だ」


 百年! なんて長期間咲き続けるのでしょう。それならば、この硬い花びらもわかります。


「元々誰も文句は言わないだろうが、妖精女王に認められたのなら、全ての妖精も従うだろう」

「アル様。とても大袈裟なことになっていますので、返した方がよろしいのでは?」


 全ての妖精が従うってなんですの!


「妖精女王から下賜されたものを返すのは失礼だ」


 アルからそう言われてしまえば、ぐうの音も出ません。下賜ですか。赤い薔薇を見ますが、見ているだけで普通ではないことがわかります。

 その赤い薔薇を私の手から奪われ、アルに先程あった頭につけられてしまいました。そう言えば、花びらとガクしかありませんでしたが、髪に触れるだけでくっついてしまいました。


「あと、これをシアから離すと暴れるから気をつけろ」

「……暴れるですか?」


 妖精女王の薔薇が暴れるとは何ですか? そんな恐ろしいものを髪につけているのですか!


「それはそうだろう。妖精女王はシアに渡したんだ。それ以外の者が付ければ、制裁を受ける」


 妖精女王の制裁とは、どのようなものなのでしょう。あら? そう言えばアズオール侯爵子息とヴァイオレット様の姿がありませんわ。


「クレア。ヴァイオレット様とアズオール侯爵子息様はどうされたのですか?」

「ああ、アレね。突然苦しみだして、屋敷の中に戻って行きましたわ。それでマルメリア伯爵令嬢様がついて行きました」


 これは妖精女王の審判の結果がもたらしたことなのでしょう。しかし、妖精女王の言葉は領地に戻って民に奉仕すること。このままではずっと苦しみ続けることになりますわ。

 何故なら、それを知っているアズオール侯爵子息は気が狂いそうな痛みに耐えているのです。耳をすましていますとアズオール侯爵子息の悲鳴が聞こえてきます。

 このままだと、領地に行くこともままなりません。せめて、ヴァイオレット様には言っておかないといけませんわ。


「シア。さっさと終わらせたから、今からデートに行こう」


 アルが私の手を繋いで言ってきましたが、ヴァイオレット様にお話はしますからね。

 それから……


「アル様。買い物は、クレアの知り合いの公爵令嬢様のお誕生日のプレゼントを買いに行きますので、クレアも一緒ですよ」

「え?」

「え?」


 何ですか? 二人共、その『え?』は。


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