第53話 攻防の勝者は
ふと意識が眠りの淵から浮上しました。もう起きなければならない時間ですか。今日の朝食はいつもの……そう言えばネフリティス侯爵家にお世話になっているので、朝食の準備はしなくてよかったのですわ。では、起きて訓練場に行ってから、クレアに今日の話をして……しかし、何故か身体が重いですわ。寝返りを打とうとしても、身体が動きません。
もしかしてこれが世にいう金縛り!
パチリと目を開けますと、薄暗い光でもはっきりと寝ているアルの姿が見えます。その姿に心臓がドクンと波打ち、何故私のベッドにアルがいるのでしょう。心臓がドクドクとうるさいぐらいに早打ちしだします。
何故、このようなことに……確か昨日はあの存在がいきなり魔術の陣を通じて姿を顕したのですわ。アルが討伐した魔鳥のボスの死骸を始末するようにと。
ショートソードを手にした私の腕を掴み、見下ろしてきたのです。
そこに自分の部屋に戻っていったはずのアルが私の客室の扉を壊して侵入してきたのです。
「浮気は許さないぞ!」
「この状況でそれはありませんわ」
アルの言葉にすぐさま返します。この状況が面白いと言わんばかりに笑みを浮かべている銀髪の男に右手を掴まれ、左手は結界でおおった魔鳥を掴んで燃やしているのです。
どこにも浮気なんてしている要素はありませんわ。
「だったら何故そいつを引き込んでいる!」
「不可抗力ですわ」
まさか紙に描かれた魔術の陣で転移ができるとは思っていませんでした。転移には膨大な魔力と安定した地盤が必要だと聞きましたもの、それをペラペラの紙で施行するなんて狂気沙汰ですわ。いいえ、目の前の存在は普通ではありませんでした。
「いい加減に離してくださいませ! それからこのような訪問はお断りします!」
左手に掴んだモノは黒炭化し、灰へと変化したため術を解き、私の腕を掴んでるモノに抗議をする。この場に来た用件は完結したはずだと。
「まぁ、話は終わったから帰るよ」
そう言って銀髪をふわりとなびかせた男は、光をまとって忽然と消えました。と、同時に銀色のきらめきが、目の前まで迫ってきたので、条件反射で右手を横一閃に振るい往なします。
「シア!」
そして私は振り返りました。そこにはニヤニヤと笑みを浮かべた銀髪の男が立っていました。どうやら、私とあの存在の場所が入れ替わり、アルがあの存在に剣を奮ったところに私が移動させられたのです。
「シア! 悪い! 怪我はないか?」
アルが剣を床に落として、私が怪我をしてないかと聞いてきましたが、アルの剣は私の剣に阻まれましたので、怪我はしておりません。
しかし、相変わらずいけ好かないですわ。
「大丈夫です。もう、普通に帰っていただけません?」
アルに大丈夫だと言い、ニヤニヤと笑っている存在には、さっさと帰って欲しいと願いました。
「帰るよ。その前にアルフレッド君にフェリシアちゃんを返しておこうと思ってね。痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんだからね」
「痴話喧嘩なんてしておりません! そもそも貴方がここに……! 消えた!」
私が反論している途中で銀髪の男の姿は魔力で描かれた陣を出現させて、消え去っていきました。確かに帰って欲しいといいましたが、せめてアルに一言説明してから消えてください!
「で、シア。なぜアレを引き入れたんだ?」
「引き入れたわけではありません。それにアル様はお部屋に戻っていったのではないのですか?」
あの存在がここに出現したのも問題がありますが、部屋の扉を蹴破って侵入してきたアルにも問題があると思います。
ええ、私の肩を掴んで見下ろしているアルにもです。
「そんなもの客棟が突如として膨大な魔力で覆われ、今日あったばかりの強烈な気配を感じれば、誰がここに来たかぐらいわかる」
はい。確かにそこにいるだけで、弱い存在など消し飛んでしまいそうなほど、圧迫感のある力の塊の存在ですから、バレバレなのはわかります。しかし、しかしですね。転移でこっそり来るぐらいなら、ご自分の周りに結界ぐらい張ってくれても良かったのではないのですか?
先程大人しく引き下がってくれたアルが、戻って来てしまったではないですか! これはワザとですか? この私にどうしろと? 後始末を押し付けないで欲しいですわ。
「そうなのですが、あちらが突然転移で顕れましたので、私にはどうすることもできなかったのをわかって欲しいですわ」
私は右手に持っていたショートソードを床に落とすように亜空間収納にしまい、ため息を吐きつつ答えます。
「転移は個人で扱えるものなのか? いや、アレなら使えるのか。それも古い陣形魔術だったな」
アルは納得してくれたのか、私の肩から手を下ろしてくれました……が、何故か抱きかかえられています。えっと、これはどういう意味でしょうか?
「シア。やはり部屋は一緒でいいと思う」
「駄目ですわ」
どうして、その話に戻ってしまったのですか! それとも、諦めてくれたわけではなかったのですか?
「シアは常識に囚われ過ぎている」
「……」
常識。私達ガラクシアースの常識と貴族の常識が違うのは、王都に来てから痛いほど感じています。少しでも貴族らしくない行動や言動をしようものなら、クスクスと影で笑われ『これだからガラクシアース伯爵家は』と言われるのです。
私の失敗をエルディオンやクレアには引きつがせたくなかったので、貴族の令嬢の姿でいるときはとても気を使っていました。まぁ、その分冒険者アリシアでは好きにしていましたけど、
「シアは困ったことがあっても、俺には言ってくれないだろう?」
言わないというより、これ以上ネフリティス侯爵家のお世話になるのも違うと思っていますので、私からアルを頼ることはないのは事実です。
「共に生きると誓ってくれたのなら、困ったことがあるなら、言って欲しい。俺はシアのためになら何でもできる」
「何でもはしないでください」
クレアにも言われましたが、私はそんなに任せられないほど頼りがないのでしょうか?
それに、あまり困ったことはないのです。流石に屋敷が消滅したことは、ネフリティス侯爵家に頭を下げて、支援をしてもらえるように願い出ることですが。
「アル様。王都の屋敷のことをお願いしていますわ。それに、姉弟共々ネフリティス侯爵家でお世話になっています。これ以上に困ったことはありませんわ」
下ろして欲しいという意味も込めて、ニコリと笑みを浮かべ話を終わらせようとしました。
「シア自身のことは?」
え? まだその話を続けます? そろそろ下ろして欲しいですわ。
私自身と言われましても、何かあるのでしょうか? 首を傾げて考えますが、特に困っていることはありません。今の状態から解放されたいということ以外。
「何もありませんわ」
「はぁ……」
アルからため息を吐かれてしまいました。ですが、いくら考えても何もありません。
「取り敢えず、今日から同じ部屋だ」
決定事項ですか! 何故そうなってしまったのですか? いくら婚約者だからと言って、同じ部屋というのは駄目ですわ。
「アル様。私はここで休みますので、アル様はご自分の部屋にお戻りくださいませ」
「扉が壊れているから駄目だ」
その扉を壊したのはアルですよ。
「それに、またアレがシアと二人きりでいるとなったら、今度こそ殺す!」
それは私をということですか! しかし、正確には二人だけということではありませんでしたよ。
「エリスがいましたよ」
私の部屋には侍女エリスが控えていましたので、私とあの存在の二人だけという状態ではありませんでした。
「そこに存在しているだけで、動けなくなるヤツに、何を期待するんだ? ということで、シアの部屋は俺の部屋だ」
「違います!」
「お話中失礼します」
私とアルが部屋のことで攻防していますと、侍従コルトが声をかけてきました。
「フェリシア様。本日は既に遅く、新たな部屋をご用意できないので、アルフレッド様のお言葉に甘えさせていただきたいのです」
侍従コルトがアルの味方になってしまいました! いいえ、元々アルの侍従ですので、味方とかそういうことではないのです。しかし、貴族の体裁というものを守るために、侍従コルトは私の味方になってくれていると思っていましたのに、まさかアルと私で同じ部屋を使っていいと判断をくだすとは予想外ですわ。
「我々ではあの御方からフェリシア様をお守りすることができません」
そこは最初から頼ろうとは思っていませんわ。あの存在に勝てる者など居ないでしょう。
現に侍女エリスはあの存在が顕れて、床に伏したまま今も動けないのです。恐らく気を失っているのでしょう。
こうして侍従コルトを味方につけたアルの意見が通ることになってしまったのです。
そして、私はアルに金縛りかと思うぐらいに抱きしめられた状態で目が覚めることになったのです。はい、今ここですね。
そっと抜け出したいところですが、ここまで抱きかかえられていると、抜け出した時点でアルが起きそうですわ。しかし、そろそろ訓練の時間です。
私がモヤモヤと考えていますと、アルの目がパチリと開きました。そして、いつもは機能していない表情筋が動いて、朗らかな笑みを浮かべています。その笑顔にドキリと心臓が高鳴ります。
アルに表情筋が!
「シアがいる」
ええ、昨日散々攻防を繰り返しましたが、侍従コルトという味方を得たアルの意見が通ったのです。私が寝るまで色々文句を言っていたにも関わらず、アルは機嫌がよく眠ったのです。
「かわいいなぁ」
以前も思いましたが、寝ぼけているアルは表情筋が仕事をしているようです。キラキラ王子度が倍増してるので、これは私の心臓に悪いですわ。
「たべたいなぁ」
その言葉を聞いた私の高鳴りをしていた心臓の速度がいっそ早くなりました。
「タベテモオイシクナイデスヨ」
何度か噛みつかれた私にとっては、食べても美味しくないアピールはしておかなければなりません。あの存在は
するとアルの笑みがすっと無くなりました。これはこれでわかりやすいですわね。
「アル様。おはようございます。そろそろ訓練に行きたいので、離して欲しいですわ」
と言っているにも関わらず、アルの力が徐々に強くなっていませんか?
「シア。おはよう。今日ぐらい訓練をサボってもいいと思う。このままでいいと思う」
「良くないですわ」
否定している私を抱き寄せ、アルは口づけをしてきました。朝から心臓に負担が!
小鳥がついばむように、角度を変えながら口づけしてくるアルに私は距離を取ろうと体をよじりますが、抜け出せません。
「あるさま」
アルの胸板を叩いて解放を願って、やっと離れたアルを涙目になりながら睨みます。これ以上は駄目ですわ。
「朝からシアが居るなんて幸せだなぁ」
機嫌のいいアルは、私を解放する気がないのか、ぎゅうぎゅうに抱きしめてきます。
「アル様。私は起きます!」
私の言葉にアルはイヤイヤと言わんばかりに、首元に顔を埋めてきました。困りましたわ。
「アル様。本気でふっ飛ばされるのと、私を離してくれるのと、どちらがよろしいですか?」
これは実力行使を行いますがいいですか? とアルに言ったのです。私に本気を出させるのですか? と。
私は子供の頃からアルに怪我を負わせてきたため、無意識で力を制御できるようにしてきました。でなければ、クレアのように、ふとした瞬間にガラクシアースの力を発揮して、周りに被害を及ぼしかねないからです。
幼い私に散々怪我を負わされてきたアルは、体をビクッと震わせ、私を解放したのでした。ええ、私の手があたっただけで、アルの腕が変な方向に曲がったこともありましたものね。
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