第52話 長い一日の終りに……
「そうだったのですか?」
「とは言ってもいつものことだ」
はい。食事を終えた私は、私に充てがわれた部屋でアルと二人だけのお茶会のときのように、話をしています。
ソファーに座っている私の隣には無表情ながらも機嫌がいいアルがいます。
あの……そろそろお休みになった方がよろしいのではないのでしょうか?
私はチラチラと壁際に控えている侍従コルトに視線を送ります。アルも今日は忙しかったと思います。……主に私に付き合っていた所為ですが、侍従コルトもそろそろ休んだ方がいいと思うのです。
「アル様そろそろお休みになった方がよろしいのではないのでしょうか? 明日もお仕事ですよね」
「……」
何故、無言になるのですか? 私は今日は冒険者として活動しておりませんし、あのような魔鳥如きでは、準備運動ぐらいにしかなりませんでした。だから疲れてはいません。
しかし、アルは明日もお仕事なのですよ。
「俺の部屋はここだ」
「違いますよね」
よくわからないことを言っているアルは、私を抱き寄せてきました。
「ここで良いと思う」
「ここは客棟ですよ」
「じゃ、シアが俺の部屋に「アル様!」くればいい」
アルの言葉を遮りましたのに、アルは言いたいことを言い切ります。それは色々問題があるので駄目だと思います。
「アル様。私とアル様はまだ婚約者ですからね。それから、先にギルフォード様の結婚式がありますからね」
「シア。俺がネフリティス侯爵家を継ぐから、その辺りは大丈夫だ」
大丈夫ではありませんわ。これだと、ギルフォード様との関係が悪化の一途をたどります。
「今日父上に俺の意思は伝えた」
「伝えてしまったのですか! 今日はお時間はなかったと思いますよ」
思わず声を上げてしまいました。それに今日アルは、午前中に会議を抜け出し、私とあの存在の話し合いの場所に来ていましたし、昼からは赤竜騎士団に命じられた命令の中、カルドール伯爵家のお茶会に現れましたし、それから魔鳥の討伐に、一旦赤竜騎士団の本部に戻ってから、再び私を迎えに来ましたので、どこにもネフリティス侯爵様とお話する暇は、なかったと思われます。
「ああ、コルトに言われて、サリエラ離宮からそのまま父上の執務室に足を運んだ」
あのときですか。サリエラ離宮からの帰りに散々私と帰ると駄々を捏ねていたアルが、侍従コルトに連れて行かれた後のことですか。
「父上からは妖精女王の盟約を受け入れる気があるなら別に構わないと言われたから、何も問題ない」
またここでも妖精女王の名が出てきました。ネフリティス侯爵領に妖精国があるのでわかるのですが、あまりにも頻繁にその名が出てくるのが気になります。それに、私にこうも妖精女王の存在を言っても良いのでしょうか?
「しかし、アル様。それだとギルフォード様のお立場が……」
「別にいいだろう? あの女を上手く扱えていないのなら、その先も知れている。結局妖精に嫌われたら、領地にすら入れないからな」
「え?」
妖精に嫌われたら領地に入れないのですか? そこまで妖精という存在は影響力を持っているのですか?
「あの女が妖精に好かれるとは思えない。ならば、兄上が当主になることも難しい」
ん? あれ? これはおかしな言葉が耳に入ってきましたわ。
「あの? シャルロット様の性格は昔から変わりませんわよ? それだと、ギルフォード様との婚約話が、そもそもおかしいとになってしまいますわ」
「おかしくはないだろう。あの兄上だぞ。兄上にとってあの女は侯爵位を受け継ぐための試験みたいなものだろうな」
侯爵位を受け継ぐための試験ですか? あのシャルロット様を? ……あのシャルロット様を矯正するなんて無理だと思います。プライドの塊のような方ですもの。
「だから、何も行動を起こさなかった兄上に、父上は期待をしていない。所詮、文官止まりだとな」
侯爵様はとても厳しい方のようです。自分の子でも、容赦がありません。しかし、これほどの厳しさがなければ、国庫を任せられないのでしょう。
「と、言うことで、明日結婚式を挙げても何も問題はない」
「問題ありますわ! ……それに、今日はアル様に誓いました。それでは駄目ですの?」
サリエラ離宮の帰りに、二人で誓いましたわ。共に生きると。
「だから、俺の部屋はここでいいと思う」
元に戻ってしまいました。私はガクリと、うつむきます。
アルと同じ部屋だなんて、私の心臓が持ちません。
「失礼します」
そこに侍従コルトが声を掛けてきました。
「アルフレッド様。フェリシア様に無理強いをされますと、嫌われますので、今日はお戻りになられた方がよろしいのではと、私めは愚考いたします」
「はぁ、嫌われるのは嫌だから、今日は自分の部屋に戻るか」
そう言いながら、アルはうつむいている私の顎を持ち上げて……アルの顔のどアップと唇にふにっという感触が……不意打ちでキスされちゃいましたぁぁぁぁ!!
「おやすみ。シア」
放心状態の私にアルはそれだけを言って、部屋を出ていきました。私の耳にはキャーキャーと言っている侍女エリスの声と、カツカツという足音が聞こえてきます。
「フェリシア様。こちらをお預かりしておりました。お渡しが遅くなり、申し訳ございません」
そう言って侍従コルトは二枚の封筒を差し出しています。これはきっとアルには見せれないものであるため、私に渡すタイミングを測っていたのでしょう。
「ありがとう。コルト。貴方も今日はお疲れだったでしょう? ゆっくり休んでね」
「勿体ないお言葉、痛み入ります」
侍従コルトは頭を下げて、私の部屋を出ていきました。私は大きくため息を吐き出して、二枚の封筒を確認します。
一枚はヴァイオレット様からの手紙です。恐らく今日のことで連絡をしてくれたのでしょう。
そしてもう1枚は宛名も差出人の名もありません。しかし、甘い香りが封筒から香ってきます。
あの存在からですか? それは横に置いておいて、ヴァイオレット様からの封筒を手に取ります。そして、封筒の端を右手の人差し指で撫ぜるようにして切ります。
開けた封筒の中を見ますと1枚の手紙が入っていました。その手紙を取り出し、中身を確認します。
「あら? あれを二百万
冒険者ギルドだと、ここまでの値段では買い取ってもらえなかったでしょうね。
その先を読み進めますと……お金が手に入ることに浮かれていた気分が、一気に沈みこみました。
「なぜ、あの状態で決闘をすることになっているのですか」
ヴァイオレット様の手紙には止められなかったことを謝っていますが、どうもアズオール侯爵と連絡が取れなかったようなのです。
まぁ、そうですわよね。領地に帰っている途中ですから、それは難しいのでしょう。しかし、しかしですね。アズオール侯爵子息はアルにボコボコにされたはずです。それなのに決闘だなんてよく言えたものです。
「あら?」
いいえ、そうでもなさそうです。あちらはアズオール侯爵子息の代理を立てるそうです。
……あの? そこまでして決闘をしなければならないのでしょうか? わかりませんわ。
「今日あれだけ痛めつけられたのに、何故決闘をすることになっているのでしょう? 代理ということは、エルノーラ様から言えば、代理の代理ということですわね」
全く意味がわかりませんわ。
すると私の疑問に壁際でくねくねしていた侍女エリスが答えてくれました。
「それは、噂が広がり過ぎたからではないでしょうか?」
やはりそんなところですか、引くに引けなくなったと。金ピカまで話が行き渡っている時点で王都の貴族のほとんどに、決闘の件が耳に入っていると思っていいでしょう。
「はぁ、これは困ったことですわ。しかし、ヴァイオレット様の手紙には代理人が誰か書かれていませんわ」
恐らくそこまで調べられなかったのでしょう。ヴァイオレット様もお忙しい方ですから。
「フェリシア様。私どもが調べたところですと、青竜騎士の第五十三部隊長に頼んだそうです」
「誰?」
第五十三部隊って微妙ではありませんか? せめてガラクシアースとやり合うなら、団長クラスを……駄目ですわ。第二王子でも片手で捻り潰す自信がありますもの。
それに青竜騎士ですか。代理を頼むぐらいですから強いのでしょうか?
「その方はクレアの相手ができるほど強いのですか?」
すると侍女エリスは首を傾げます。
「さぁ、見た感じですと、私でも勝てそうでした。それに貴族の方ではありませんので、貴族の決闘という意味を理解しておられないのかと……」
「家同士の決闘の代理は命をかけることになりますものね。身分がないと特に」
これは別に決闘相手に殺されるという意味ではありません。代理を頼んだ相手にです。負ければ、その貴族に首をはねられても文句を言えません。
だから普通は貴族の決闘の代理は受けたがらないものだと、冒険者の人たちが噂していたのを聞いたことがあります。
「しかし、身分がない者に貴族が負けたとなれば、それもまた貴族社会は受け入れてくれません。はぁ、どうすれば良いのかしら?」
「それなら戦わずに勝てばよろしいのではないのでしょうか?」
戦わずに勝つですか? 私は首を傾げます。どういう意味でしょうか?
ちょっとその件は保留ですわ。
私はもう一つの手紙を手に取り、封筒の端を切り、中身を確認します。これも手紙が一枚入っていました。
紙を広げますと……
「魔術の陣?」
なんでしょうか? 四角い紙いっぱいに、円状に描かれた魔術文字と不思議な図形。一般的に詠唱術式が主流ですので、陣形術式は使われません。しかし、お母様から譲られたテントに施されているように、使われてない術式ではなく、どちらかと言えば、古い術式という認識です。
ですが、この陣形は見たことありませんわ。
「場所? 確定? 速度? 飛ぶ? 断片的にしか読み取れないのですが、この紙一枚だけ入っていてもなんのことか……え? 術式が!」
突然術式の陣が光出しましたので、思わずその紙を手放し、空間からショートソードを取り出して切り刻もうと、宙を舞う光る紙に向かって振り下ろすと、手首が掴まれました。
手首が掴まれた!! それも光る紙から腕が出てきています。すると光る陣が描かれた紙より広がり、人型の影が浮かび上がってきました。
「物騒だね」
その声に肌が粟立ちます。距離を取ろうにも右手を掴まれているため、距離が取れません。
「何か用ですか?」
右手を目の前のモノから逃れるように捻りますが、全く動きません。睨みつけながら私の言う言葉に、金色の瞳はあざ笑うように私を見下ろしています。
「用ってほどじゃないのだけど、アレを食べるのは止めた方がいいと忠告をしにきたんだよ」
「え? あんなに美味しいのに?」
今日討伐した魔鳥は久しぶりの高魔力の獲物でしたので、食べるべきですわ。肉質も少し筋張っているものの、噛みごたえがあって肉の甘味と旨味が調和しており、その上から覆い被さるように、高魔力が行き渡っていくのです。絶対に食べるべきですわ。
「違う違う。そっちの雑魚はいいけど、最後に倒した方だよ」
その場に居なかったのに、まるでその場に居たかのように言うのですね。
「あのコッコもどきですか?」
「そうそう、あれは駄目。すぐに消滅させること」
最後に倒した魔鳥の群れのボスが駄目だと言うことですか。
「何故?」
「君は暗黒龍の残滓のことをどう思っているのかな?」
どう思う? この国を危機的状況に陥れる魔物でしょうか?
「わかってないよね」
見下ろしてくる王族を彷彿させる容姿にイラッときます。第二王子とは従弟同士ですが、なんだかその見た目に、拒否反応が出てきます。
「暗黒龍の残滓は暗黒龍そのモノだと言って良い。自由にならないその身を魔物に移しているんだよ。たとえ倒したとしても、それは暗黒龍と繋がっている」
それを聞いた私は、空間に手を入れ、触れたものを結界に包み、取り出しました。
「
黒と白のまだらだった魔物は、真っ黒な何かに変化しており、私の魔術によって、燃やされていきます。
と同時に私の部屋の扉が吹っ飛びました。
「浮気は許さないぞ!」
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