第51話 何気ない夕食の時間
ネフリティス侯爵家の邸宅に、アルと共に戻ってきました。
アルは騎獣で王都内を移動しているのかと思えば、一旦ネフリティス侯爵家の邸宅に戻った早々に、単身飛び出してしまったらしいのです。
ええ、戻ってみれば玄関先に馬車で迎えに行こうとしていた侍従コルトの姿があったのです。
「アルフレッド様。お迎えに上がろうと馬車をご用意していたのですが、フェリシア様と共に戻って来られるとは、ご用意が遅くなり申し訳ございません」
侍従コルトは頭を深々と下げています。しかし、これはアルの行動が逸脱していただけだと思いますので、侍従コルトが謝ることではないと思うのです。それに、今日は侍従コルト自身、アルに振り回されたのではないのでしょうか?
前ネフリティス侯爵様に仕えていた侍従コルトです。その年齢は還暦を過ぎていると思われます。
「いや、構わない。それよりも、今日の夕食の件の話は通っているか?」
「はい。クレアローズ様が解体をしていた魔鳥を出すことになっております」
侍従コルトはこの間ずっと頭を下げたままです。侍従コルトは何も悪くはありませんわ。
「コルト。頭を上げて。今日は朝からありがとう。お陰で、あの存在と有意義な話ができましたわ。それから、一日アル様に付いていて大変だったでしょう? コルトも魔鳥をいただいてね」
「フェリシア様。勿体ないお言葉でございます。私めはアルフレッド様の侍従でありますが故」
アルの侍従ですから、私個人のことにまで付き合う必要はないということですのに、ますます頭を下げてしまいました。
「シアには不自由なく過ごして欲しいからな。それから、コルト。これから夕食は客棟で取る」
「え? アル様?」
昨日の夕食は各自の与えられた部屋でいただきましたが、今日はクレアとエルディオンとで客棟の食堂でいただくことにしておりました。それはネフリティス侯爵家の方々の戻られる時間が違うため、晩餐形式で夕食をされることは滅多にないからと伺っています。ですから私達、姉弟は皆がそろったところで、夕食をいただこうとクレアと話をしていたのです。
「アル様が客棟に来られなくても……」
「シアが居るところが、俺の居るところだ」
私の言葉を遮って、アルは堂々と言ってきました。こうはっきりと言われると、なにやら恥ずかしいですわ。
「ご夕食は客棟でご用意するようにしております。まだご夕食までお時間があります。湯浴みの用意もしておりますので、ゆっくりとお過ごしください」
侍従コルトはアルが客棟で夕食を取ることは決まっていたかのように言い。私の方を見て湯浴みの用意があると言ってきました。
私はそこまで汚れてはいませんよ。返り血を浴びることもありませんでしたし……ああ、ここはいつも過ごすガラクシアースの屋敷ではありませんから、身なりを整えろということですわね。
「ええ、ありがとう。コルト」
私はニコリと笑みを浮かべ、ネフリティス侯爵家の邸宅の中に入って行きました。
アルと別れた私は客棟の充てがわれた部屋に戻ってきました。そこにはウィオラ・マンドスフリカ商会の本店で置いていってしまった侍女エリスが出迎えてくれます。
「お帰りなさいませ、フェリシア様」
頭を下げて亜麻色の髪しか見えず、顔色がうかがえない侍女エリスに罪悪感が湧いてきました。
今まで侍女という存在が居なかった私には、誰かを連れて行動するという常識が、ポロッとどこかに置いてきていたのです。
ヴァイオレット様を見習わなければなりませんね。
ご自分の侍女と侍女エリスを連れてカルドール伯爵家の庭に現れたときに、侍女エリスを置いて行ってしまったと認識しましたのに、魔鳥の存在が気になって何も言うこと無く、私は再び侍女エリスを置いて行ってしまいましたわ。
「エリス。今日は色々ごめんなさい」
私が侍女エリスに謝りますと、はっとした感じで顔を上げて私の方を見てきました。そして、再び深々と頭を下げます。
「フェリシア様がそのようなお言葉を言うことは何もございません。フェリシア様がご不快に思ってしまったことは、全て私が至らぬ所為であります」
え? 私は何も不快には思っていませんわよ。どうして、侍女エリスが悪いことになってしまうのかしら?
「何か勘違いしているようだけど、違うのよ? エリスが侍女として付いて来てくれていたのに、私が置いて行ってしまったでしょう? それだと貴女の立場が無かったと反省していますの」
「滅相もございません。本来であれば、コルト様のように仕える主に付いて行くべきところ、私が未熟なため、フェリシア様にはご不便をおかけいたしました」
これはどう答えるべきかしら? 本当に付いてきてもらうと、それはそれで困ってしまいますもの、今は冒険者アリシアの姿でこの場にいるように、普段は冒険者として……あっ!冒険者アリシアのままの姿でしたわ。それはコルトも遠回しに着替えるように言いますわね。
「エリス。私は何も不便には感じてはいないわ。それに普段はこのように冒険者の姿でいますから、エリスが付いて来てしまうと、素性がバレてそれこそ困ったことになりますもの」
「冒険者アリシア様のことはコルト様より伺っております。このエリスはフェリシア様にもアリシア様にも仕える所存でございますので、このお役目は誰にも譲りませんから!」
何故か力強く言い返されてしまいました。
「フェリシア様。夕食の前に湯浴みの用意が整っておりますので、こちらに……」
「あ、それは昨日も言いましたけど、一人で入ります」
そうして、私はお風呂がある部屋にさっさと入って行きました。後ろから、フェリシア様の珠肌の秘密をと聞こえましたが無視です。
「えー! そうだったんだぁ。僕も行きたかったなぁ」
クレアの魔鳥討伐の話を聞いたエルディオンの感想です。せっかく学園に通っているのですから、勉学が優先ですわよ。
「お兄様だったら、普通に倒せたのかしら? 私は武器が無いと駄目だったの」
クレアは少し不機嫌そうに言っています。クレアでも戦える武器を渡しましたのに、何が問題だったのでしょう?
「グラナード辺境伯爵なんて一撃で五羽も倒したのに」
比べる人が間違っていますわね。まぁ、そのグラナード辺境伯爵が倒したという魔鳥のステーキが今日のメインディッシュとなっています。
「一撃で五羽って倒せるかなぁ? そういうのって試したことがなかったかな。今度試してみてもいいかも?」
それはその辺り一帯の魔物が居なくなりそうですわね。
「エルディオン。試すのであれば、ガラクシアース領のダンジョンでしなさい」
「うん。わかったよー」
本当にわかっているのかしら? エルディオンの返事に少し不安を感じます。
「お姉様。やはり、料理人の料理は美味しいですね」
クレアは飽きるまで鳥肉を食べると宣言した通り、鳥肉のステーキを既に三枚も食べています。普段はそんなに食事の量が多くないのに、食べ過ぎるとお腹が痛くなってしまいますよ。
「クレア。姉様が作る料理も美味しいよ」
私の料理が美味しいとエルディオンが言いましたが、所詮庶民の料理ですわね。
「その通りだエルディオン。フェリシアの作る料理は美味しい」
エルディオンの言葉に同意をしているのが、私の隣にいるアルです。
「アルフレッドお義兄様。確かに戻ったらお姉様を堪能してもいいと言いましたけど、ずっと見ていてもお姉様は変わりませんわよ」
はい。クレアとエルディオンは先程食事を始めたばかりですが、私とアルは何故か早めに食堂に通され、既に食事を終えているのです。ええ、アルと二人で食事をしていました。その後、食後のお茶を出された時にエルディオンとクレアが食堂に入ってきたのです。
恐らくこれは今朝アルが言っていた、二人で食事をしようというアルの要望が通ったのだと思います。
それから、隣に座っているアルから視線を感じていたのですが、これはいつものことと、大して気にすることはありませんでした。
「クレア。何を言っている。シアは可愛いじゃないか」
「……」
クレアはアルの言葉に、ため息を一つ吐いて、そのまま食事を続けます。きっとかわいいというところに疑問を持ったのでしょう。
「学園でも姉様は人気だからね。今日は何故、迎えに来ていないのか聞かれてしまったよ」
エルディオンがニコニコと笑みを浮かべながら言った言葉に、食堂の空気が一転しました。
クレアはお肉を切っていたナイフを床に落とし、隣に座っているエルディオンを唖然とした表情で見ています。
そして、給仕している使用人の方々も、ビクッと肩を揺らし、ソワソワとした雰囲気を出しています。
「エルディオン。シアは学園でどの様に言われているんだ?」
一番機嫌が変化したのは、私の隣に座っているアルです。無表情ではありますが、今まで機嫌が良かったのが、瞬時に不機嫌な雰囲気をまといだしました。
「姉様のことですか?」
しかし、エルディオンは食堂の雰囲気が変わったことに気が付かずに、ニコニコとしています。
「よく言われるのが、美人だねとか優しそうだねって言われます」
「で?」
「僕は美人と言われても……姉様だしなぁしか思わないし、優しそうっていう言葉には怒ったら恐いよって言っています」
エルディオン。その『姉様だしなぁ』の中には、何が入るのでしょうか? それから、私はそんなに怒ったことはありませんよ。
「あんな姉がよかった。とかも言われました。あと……」
「エルディオン。あとでシアに好意を持っているヤツの名前を全員教えろ」
アルがエルディオンの言葉を遮って、人の名前を聞き出そうとしています。しかし、エルディオンは首を傾げました。
「好意なのかな? ブラコンの姉と言ってくる人は?」
「シアの悪口を言うやつもだ」
あの? それだと学園全体になってしまいますわ。何故なら学園に迎えに行く者は、普通はその家の使用人です。しかし、我が家の使用人は、老人の二人しかおらず、爺やには御者をやってもらっているので、学園内にエルディオンを迎えにいくのは難しいのです。
ですから、姉である私がエルディオンを迎えに行くのです。それは悪目立ちもするでしょう。私の耳には色々言われているのが聞こえてきますから。
ええ、お茶会での噂話をしている人もいましたからね。
流石のエルディオンもアルが機嫌が悪いことに気がついて、私の噂話までは話しては駄目だと思ったのでしょう。両手を口の前に持ってきて、押さえています。
「アル様。学園での私の評価など、いいではないですか。家族が迎えにきているのは、我が家ぐらいなのですから、悪目立ちぐらいしますわ」
「だから、もう学園の方には行くな」
今度はエルディオンのお迎えに行くなと言われてしまいました。今年はファスシオン様がいらっしゃるからいいですが、来年からは卒業して居なくなりますので、それは無理なものですわ。
「アル様、人の噂など様々です。気にする必要はありません」
「はぁ、そうやってシアが怒らないから、代わりに俺が怒っているんだ。あの女にも色々言われているじゃないか」
「あの女?」
私は誰のことを言っているのかわからずに、首を傾げてしまいます。
「あの公爵令嬢だ」
ああ、シャルロット様ね。それは仕方がありませんわ。私がシャルロット様に色々言われているのがアルの耳にも入ってきているのでしょう。
「それは仕方がありませんわ。ギルフォード様との婚姻が近づいてきているので、ピリピリしていらっしゃるのでしょう」
「あの女がそんなことで、機嫌が悪くなるか?」
はい、アルの言っている通りに別の要因があるのですが、嫌われている原因が私だなんて言ったら余計におおごとになりそうなので、黙っておきます。ええ、シャルロット様に色々やらかしてしまいましたから。
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