第50.5話 フェリシア作矢じりの使い道
第50話と同時投稿です。
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「旦那様。ご無事のお戻り心からお待ち申しておりました」
青鈍色の長い髪を肩口から垂らしながら、大きく頭を下げている者の前には、変わった乗り物に乗った人物がいる。その人物は乾いた風に老人のような白髪を揺らし、頭を下げている人物に血のような赤い瞳を向けていた。
「ああ、で。状況は?」
旦那様と呼ばれた男は、乗っていた物から降りる。
それは大きな車輪が前後にあり、あとは二本のハンドルと座席があるだけの物体だ。いや、車輪を動かす可動部分が下の方に設置されているだろうが、その部分は外装が施されて構造が目視できない。これはここ数年商品化された魔導式二輪車というものだが、実際に使っている者は殆どいない。
何故なら、身を護る装甲部分が全くないのだ。ならば、馬車を改造したような魔導式自動車なるものの方が貴族には好まれるというもの。
「どうやら、旦那様の不在を感づかれているらしく……」
頭を上げた者は苦虫でも噛み潰したかのような表情をしながら答えている。
「状況は芳しくないか」
白髪の男を出迎えた者の言葉は、本当に心からの言葉だったようだ。主が帰ってくるのを今か今かと待っていたのだろう。
「詳しく話せ」
「はい、現在ユリエース地区の西東
その言葉に白髪の男は南西方向に視線を向ける。向けたからと言ってその状況が目視できるところではない。国境から領都まではかなりの距離があるのだ。
「ふむ。では試してみるか」
男は独り言のように呟いて、右手を空間に差し込んだ。まるでそこに透明な何かがあるかのように。しかし、そんな姿を見慣れているのか、男に仕えている者は何も反応を示さない。
空間から右手を引き抜き、手にしていたのは先の尖った金属だった。形は矢じりと言うべきなのだが、如何せん大きさが普通の弓矢で使う大きさではない。矢じりの先だけでも
「旦那様。それは?」
流石に男に仕えている者でも眉をしかめる物だったらしい。どう見ても矢じりだが、大きさから推測するに人が撃ち放てる大きさではない。
「ああ、本家のお嬢様が作ったヤツだ」
本家と言いながらも、その意味合いには馬鹿げているというニュアンスが含まれているように聞こえる。
「本家……ということは、ガラクシアースのご令嬢ですか!」
あまりにも予想外のことだったのか、青鈍色の髪の男は、白髪の男から一歩距離を取る。
「それはどちらの?まさかあのガラクシアース伯爵夫人と同じぐらい喧嘩っ早いクレアローズ嬢ですか?」
「違う。猫を被った竜のフェリシア嬢だ」
「ヒッ!あの大奥様があの子は化け物になるわよと褒めていたフェリシア嬢の!」
化け物という言葉は決して褒め言葉ではない。しかし、力が全てだというガラクシアースの中では褒め言葉なのだろう。
「え?旦那様。それを本当に使われるのですか?」
青鈍の髪の男は己の主に恐る恐る確認する。
「とは言っても残りはコレだけしか無い。クレアローズ嬢が使っているところを見たが、硬い魔物を貫通するほどの威力しかなかったな」
白髪の男はそこまで恐れることはないと言っているが、男は肝心なところを目にはしていない。
そのクレアが一撃目を入れたときのことを。周りの被害を最小限に抑えようと獲物に近づいて放たれた矢じりは、空気抵抗も重力も殆ど影響を受けていない状態だった。その威力は獲物の頭部を破壊し上半身を肉片に変える威力だった。
そして命からがら助かった者は魔物の硬いくちばしに守られていたためだ。飲まれかけていたことで命が助かったと言って良かった。
そんなことを知らない白髪の男は南東に向かって、矢じりを両手に挟み込む。そして己の魔力で包み、手を離す。魔力に包まれた矢じりがただ宙に浮いているだけだったが、矢じりが徐々に横に回転を始めた。その速度は上がっていき、風を切る音も混じって聞こえだす。
「南西
辺境という地を治める者にはある程度の武力を有することが認められている。白髪の男もまた、国の防衛というもののために、一個師団を持つことが許されていた。
「あと十分で撤退完了と報告が来ました」
青鈍色の髪の男は何処かと連絡を取っていたらしく、白髪の男の言葉を伝え、味方の引き上げが完了する時間を告げる。
「遅いな」
「どうも陽動作戦を実行中だったらしく、少々時間がかかると」
「それはタイミングが悪かったな」
十分後と言うなれば、もう少し後でも良いかと判断した白髪の男は己の魔力に包まれた矢じりを止めようと手を伸ばしたとき……覆っていた魔力に触れたとき、矢じりが飛び出していった。それは南西の空に向かって甲高い音を立てながら発射されてしまった。
「旦那様!」
「いや、俺は止めようと……」
ふと男の頭の中に白髪の少女の言葉が蘇る。
『撃つ速度が速ければ早いほど、爆発の威力が増すお姉様の仕様なので、きっと役に立ちます』
男が気になったのは『お姉様の仕様』という言葉だ。ガラクシアースの領地でも危険人物扱いされており、ダンジョンで暴れまわっていると噂されている姉の方だ。
「まさか、一定量の魔力を込めると撃ち放てる仕様とか言わないよな」
ダンジョン内では大型武器が使用不可能なところがある。そのため武器の小型化が求められるのだが、弓を取り出すスペースが無くても矢じりが撃てる仕様だったのではと白髪の男は頭を抱えた。
そして、空気を伝って聞こえる爆音。それに続く大気を揺るがす衝撃。
乾いた大地の空にはドクロマークに見えてしまうほどの爆煙が立ち上り、その爆煙に混じって粉砕された地面の破片か何かが落ちてきている。
「旦那様。ここは人がゴミのようだというセリフを言うべきでは?」
「それはヴァイオレット嬢が稼働実験のときに言ってた言葉だ。ここで言えば人間性が疑われるだろうが!」
白髪の男は先程乗っていた魔導式二輪車に再び乗って、舌打ちをしながら南西方向に走り出したのだった。
結論から言えば、魔導兵器というべき矢じりは戦闘区域から少し外れ、巨大なクレーターを作っていた。しかし、敵国側からすればそれは脅威的なものであり、軍神と謳われるグラナード辺境伯爵の帰還を示すものだ。
それにより、一旦帝国は兵を引くこととなったのだった。
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