第50話 王都の闇の街

 流石に夕刻からですと、冒険者ギルドの外に出ると太陽は沈み、空には星が瞬いています。空に浮かぶ二つの月はまだ昇ってきてはおらず、店の明かりと外灯のみの光が王都の石畳を照らしています。少し、受付の女性と長話をしてしまったのもありますね。勿論、魔鳥の話ですよ。私の後ろで舌打ちや文句を言ってくる者たちがいましたが、ひと睨みすれば大人しくしてくれました。


 今回の臨時報酬で、クレアの知り合いの公爵令嬢の誕生日の贈り物が買えそうですわ。お呼ばれされて、魔物の素材を持っていこうものなら『獣臭くて嫌ですわ』と足で踏み潰されてしまいますもの。

 公爵家という方々はプライドが高くて、プレゼント一つ選ぶのも大変です。百三十万Lラグアもあれば、何か質のいい小物が買えそうです。


 はぁ、貴族というものは付き合いにもお金がかかって大変です。

 あと貴族の噂好きにも困ったものですわ。まさか、あの金ピカの耳にまでクレアの決闘の話が行き渡っているなんて、これは問題にならないと良いのですが。



 そう言えば、このように遅くまで、屋敷に戻らなかったのは久しぶりですわね。


 まだギルドランクがDランクで畑仕事の依頼を受けていたとき以来ですわ。これは害虫駆除という依頼で、王都の畑は狭いと勘違いしていた私の誤算が、招いたことでした。いいえ、領地の畑と比べれば狭いのですが、依頼の範囲を見誤っていたのです。まさか東区の畑全てが依頼対象だったなんて……。それがあってからは、依頼の内容を隅から隅まで確認するようになりました。


 エルディオンが学園に通い始めた頃以来の夜の王都の賑やかな第二層です。家路を急ぐ人。これから飲みに行こうとする人。路地から人々の姿を観察する人。奥まった通りに客を呼び込もうとする人。光あれば闇がある。そんな王都の街です。


 視界の端に黒竜騎士の姿が映り込みます。あちらの通りから悲鳴が聞こえてきましたので、何か事件があったのでしょう。しかし、人々は感心を持つこともなく、日常生活を送っています。


 この王都には色々な人々が国中から集まってきます。夢を抱えて王都にやってくる人。王都で名を売って成り上がろうとする人。貴族と縁を作って商売をしようとする人。

 しかし、必ずしも王都で成功するわけではなく、細い路地の影に目を向ければ、今日の寝床もままならない人たちの姿が見えます。

 この人たちの中に闇組織と関係を持つ者たちが出てくるのでしょう。黒竜騎士団がいて、一見秩序が保たれているようにも見えますが、それは見えているところのみ。王都の闇はとても深く、黒竜騎士団も手を焼いているほどです。それに教会が関わっているとなると、中々手が出せなかったのも理解できます。

 しかし、教会の件はお父様……の背後で睨みを利かせたお母様が解決してくださるでしょう。

 あれだけ各地で魔物の討伐の依頼を受けながら、領地まで完璧に治めているお母様のことです。これはお父様が教会との関わりをお母様に伝えていなかった可能性が高いですわ。それで今回連絡を取ったときに言いどもっていたのでしょう。


 お母様に叱られればいいのです……駄目ですわ。ごめんねーと言いながらニコニコしているお父様の顔しか浮かんできません。



 さて、どうしましょうか。冒険者ギルドから私の後をつけてくる人たちがいるのですが、このまままっすぐ貴族街に入ってしまうのも問題ですわね。そこの路地に入って撒きましょう。


 私は薄暗い路地に入ります。昼間はただの路地ですが、日が暮れると浮浪者の溜まり場となっています。


「逃げたぞ!」


 背後から聞こえる声を無視して地面を蹴り、建物の屋根まで飛びます。厄介事は避けたいですわね。


「うわっ! 消えた?」

「チッ! どこに逃げた!」

「おい! てめぇらぁ! 何処のモンだぁ!」


 まぁ、私の後をつけるような人は、冒険者としては細身で大金を受け取っているからと、その大金を奪い取ろうとしている人が多いのです。眼下の薄暗い路地で無頼漢たちにボコボコにされている冒険者風の二人は、冒険者ギルドで私の後ろに並んで舌打ちをしてきた人たちです。


 何の躊躇もなく夜の王都の路地に入り込むなんて、きっと王都に来たばかりの人たちなのでしょう。良い教訓になりましたわね。王都には色々な人が集まっているので、安易に薄暗いところには飛び込んでは駄目ということに。


 このまま屋根伝いに貴族街まで……


「アル様。どうされたのですか?」


 私は南から建物の屋根をつたって姿を現したアルに視線を向けます。それも少し機嫌が悪そうです。いいえ、表情はいつもどおり無表情ですが、まとっている雰囲気からひしひしと機嫌の悪さが伝わってきます。

 今の時間ですとお仕事は終わっている時間ですから、赤竜騎士団のことではなさそうですね。何かあったのでしょうか?


「シア。先に戻ると言っていたのに、帰ったら居ないとはどういうことだ?」


 討伐後のことですわね。確かに私はアルに先に戻るとは言いました。しかしその前が抜けていますわ。


「アル様。魔鳥を売って来ると言いましたよ」


 私はアルに戻ることを伝えるときに、ギルドで魔鳥の素材と情報を売ってくると言いました。その時点で夕刻に差し掛かろうとしていたときです。無駄に時間を過ごしていたわけではありませんわ。


「言っていたが、今日は帰ったらシアが出迎えてくれると思っていたのに」


 えっと……確かに私が戻るところはネフリティス侯爵家の邸宅ですが、あの時間から冒険者ギルドに行くのですから、時間がかかるのは必然的です。


「シアが冒険者ギルドで仕事を得るのは、やっぱり納得いかない。シアには屋敷に居て欲しい」


 納得ですか。アルは理解を示してはくれるものの、納得はしてくれないのですか。これは冒険者ギルドだから駄目だということなのでしょうか?

 私はどうあろうとも、ガラクシアースですから、ガラクシアースとして力を奮うべきときがあれば、何よりも優先してこの力を奮うでしょう。そうなれば、アルと共に過ごす時間も限られてくることでしょう。

 アルにもアルの立場がありますから。


「アル様、私は何度も言っていますが……」

「分かっている。シアの望みは叶えてやりたいが、納得はできない。下の騒ぎもシアが可愛すぎるから起きているんだろう?」


 アルが変な勘違いをしています。下の路地ではボコボコにされた二人組が身ぐるみを剥がされ、大通りにゴミのように捨てられて、周りから悲鳴が上がっています。これはアレですわ。公共猥褻物というものです。


「シアが可愛いからと後をつけていたんだろうが、当然の報いだ」

「あの? アル様。私の外套は認識阻害が掛けられていますので、容姿はわかりませんわよ」

「何を言っている。立っている姿だけでも可愛いじゃないか!」


 ……アルのかわいいの認識は、ぬいぐるみのフォルムを見てかわいいと言っていることと等しいのですが、外套を着ている姿がかわいいは無いと思います。


「恐らく下のお二人は私がギルドから受け取った報酬目当てだと思いますので、私がかわいいからという理由ではないと思います」

「は? 俺のシアから物を奪おうとしたのか?それは万死に値するな」


 奪おうとしただけで、奪われてはいません。それに彼らは逆に持っているものを奪われてしまっています。冒険者にとって身分証明となる首からかけるタグまで。あれでは冒険者を続けることも厳しいですわ。確か再発行には一万Lラグアかかったはずですから。


 しかし、今日はアルは私に構いすぎです。これでは赤竜騎士団のお仕事もままなりません。

 だって午前中に王城にあの存在を訪ねに行けば、アルが会議を抜け出して来てしまいますし、ヴァイオレット様の商会を訪ねれば、アルはグラナード辺境伯爵がムカつくという理由で赤竜騎士団としての行動中に抜けて来てしまいますし、アルが戻っても私が居ないからと迎えに来てしまいました。これでは私が冒険者をしていても、そうでなくても変わらないのでは無いのでしょうか?


 眼下の公共猥褻物の二人を、射殺さんばかりに視線を向けているアルに私は手を差し出します。


「アル様。迎えに来てくださって、フェリシアは嬉しいですわ。一緒に帰りましょう? それから、明日からはお仕事を抜け出してはいけませんわ」

「赤竜騎士団を辞めればいいと」


 どうして、そのようなことになるのですか?


「馬鹿王子を上手く誘導するのもアル様のお役目ですわ。でないと、これから大変になっていきますもの」

「はぁ、それを言われてしまったら、何も言えないな。シアと暮らす国が無くなってしまったら意味がない」


 そう言ってアルは私に近づいてきて、私の手を取ろうとしたところで


「てめぇーらぁ! こんなところでコソコソといちゃついてるんじゃねぇーぞ!」


 という声に阻まれてしまいました。声がした方に視線を向けると、先程眼下で冒険者風の二人組みをボコボコにしていた男と思われる人物が、屋根の上に上って来ようと顔を見せていました。


「ったく何処のどいつだぁ? こんな屋根の上で痴話喧嘩しているヤツ……ぅわぁ!」


 屋根に上って来ようとしてた無頼漢をアルは顔面を蹴飛ばす勢いで蹴りを入れましたが、流石この辺りに幅を利かせている人物なのでしょう。普通の人なら一撃で屋根から落ちているところですが、首を斜めに傾けアルの蹴りを避け、片手で屋根に飛び乗ってきました。


 体格のいい大男という風貌の男性は裏の仕事をしているようで、荒々しい雰囲気をまとっており、ニヤニヤとした笑みを浮かべています。確かに強そうではありますが、所詮人の域をでません。


 月が東の空に顔を出してきました。その淡い光は屋根の上にいる三人の姿を顕にします。


「ここはこの俺様が任された……」


 自分が勝者であることを疑わない態度が一変、驚愕の視線へと変化しました。


「やべぇ!鬼人と悪魔が共に居るなんて!」


 慌てて屋根と屋根の間にその巨漢を滑り込まそうとしている男性に、アルはみぞおちに右手の拳を叩き込みます。


 流石、裏の仕事をしている者だけあって、一歩二歩と下がるだけで、アルの拳を絶えきりました。 


「ああ? 誰が悪魔だって?」

「お前のことじゃねぇよ!」


 機嫌悪そうに言うアルに瞬時に言い返す無頼漢。しかし、言い返した途端に膝を折り、片膝を屋根の上に付けています。アルの蹴りが横腹に命中しましたわ。


 しかし、ここで裏の仕事をしている者たちと、モメるのはよくありませんわ。教会と裏組織が繋がっているとすれば、貴族の者と問題を起こしたことで警戒されても困りますもの。


「だったら誰のことを悪m……」

「お腹空いたなぁ。今日は魔鳥をたくさん討伐したから、たくさん食べたいなぁ」


 私の言葉に、巨漢の頭を鷲掴みにして、見下ろしていたアルが、その巨漢の頭を屋根に叩きつけて、私の側に瞬間移動したかのように現れました。


「わかった。帰ろう」


 私はアルの言葉にうなずきながら、空間に手を突っ込みます。そして手が触れたモノを掴み引っ張り出しました。


「お兄さん。これあげるからさぁ。今見たことと聞いたこと忘れてくれない?」


 引っ張り出したものを額が切れて血を流している無頼漢の側にドスッと置きます。


「ヒッ!」


 小さく聞こえた悲鳴を背にして、私はアルの手を取って、北側に向かって跳躍したのでした。



____________


「アレが『黒衣の悪魔』か」


 額から血を流している男がその身を起こした。起こした顔の視線の先には巨大な塊がある。それは鳥型の魔物の体の一部だと思われるが、その大きさは七ファルト2メートルほどだ。肩口から斜めに一刀両断されている姿をみると、本来は十ファルト3メートルはあったと思われる。


 話からするとこの鳥型の魔物は今日討伐してきたものだと思われるが、男からすればいったい何処からこの魔物の躯が出てきたのか理解できないでいた。


「ニクス様が言っていたとおりだ。あれは手を出しちゃならん部類だ」


 男はため息を吐きながら立ち上がる。下の路地の方では彼の部下であろう者たちが騒ぎ出してた。

 騒いでいる原因に再び視線を向ける。勿論鳥型の魔物にだ。その魔物の躯からは止め処無く、赤紫色の血が流れ落ちているのだ。ということは、屋根の上から流れ落ちる雨のように赤紫の液体が下の路地に落ちていっているということになる。それは騒ぎにもなるだろう。


「確か、突然王都に姿を現したのは三年前だったか?その二年後にはAランクの冒険者だ。それも大した功績も上げていないのにAランク。やはり噂は本当だったということか」


 噂。普通であれば人の噂など、所詮噂だと受け流すものだ。いや、一般的に受け入れられる噂とそうでない噂がある。


「血の雨を降らすとか、大型の魔熊を片手で締め上げていたとか、空を飛んでいたとか、アレは人の姿をした悪魔だというのは本当なのだろうなぁ」


 人に見られてはならないところを、見られているようだ。しかし、空を飛んでいる姿は翼は白いものの、悪魔と見間違えても、しかたがないところはあるかもしれない。恐らく悪魔という名が出てきたのは、これが原因だろう。


「しかし、あの悪魔がネフリティス侯爵家と繋がっていると分かれば、これはかなりやべぇなぁ。あのネフリティスだろう?じじぃもまだ健在だと言うしなぁ。ニクス様に報告して……」


 男はそこで言葉を切って頭を両手で抱えてしまった。


「やべぇのは俺じゃないか!なんだか知らないが、悪魔から贄を置いていかれたぞ!」


 男は混乱している。本来贄は悪魔に捧げるものであって、受け取るものではない。


「勝手に契約が成立していないか?」


 いや、だから……悪魔との契約に贄を差し出すことはあっても、差し出されることはない。そこに契約は発生はしないのだが、余りにもの非現実的なことが起こっているため、男は冷静さを欠いていた。


「くそぉ!」


 男は悪態をついてから、男が贄と称した魔鳥の躯の足を掴んで、己の身を屋根と屋根の間に滑り込ませ、狭い路地に着地をした。


「おい!今日は引き上げだ」


 男は滴り落ちている血を気にしないと言わんばかりに、贄を担いでその場を去っていく。

 路地に残されたのは、殺人現場だと言わんばかりの血溜まりと死体を担いで行ったかのような血の跡が点々と残されるのみ。


 後に駆けつけた黒竜騎士たちが、慌ててその殺人事件を調べるものの、翌朝に黒竜騎士団団長に詳細不明と報告して、鼻で笑われ冷たい視線を向けられることとなるのだが、それはまた別の話である。



____________


いつも読んでいただいてありがとうございます。


なんだかんだと連載を始めて50話まできました。いつもは100話でお礼話を入れるのですが、連載間隔といつもの倍の文字数を考慮しましてお礼話の次話を投稿しております。よろしければ、どうぞよろしくお願いいたします。


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