第49話 解体屋のブライ


「なんじゃ! この見たことがないヤツは!」


 私はただいま南区第二層にある冒険者ギルドに来ています。勿論、黒目黒髪の冒険者アリシアの姿です。因みにアルは馬鹿王子を連れて帰るために、嫌々ながら赤竜騎士団に戻っていきました。


 そして、夕暮れの冒険者ギルドの広い裏庭に、横たわっているのは先程討伐した茶色い斑の羽を持った鷹型の魔鳥です。首と胴体が分かれており、比較的に綺麗なものを持ってきました。


 この魔鳥に驚いているのは、いつもならギルドの地下が職場の解体屋のブライです。地下では赤黒く見える作業用のエプロンは夕日の光を浴びて、いっそ赤く見えてしまっています。


「ブライでも見たことがないの?」


 長年この冒険者ギルドで解体屋をやっているドワーフの彼なら、何か知っているのではと思って持ってきたのですが、知らないのですか。


「この羽は一本一本がかなり硬度があるのぅ。羽ごと首を断ち切るのは中々なものじゃ」


 見たことがないと言った魔鳥を童心にでも返ったかのように、キラキラとした目で観察を始めています。


「あ、ここ壊しちゃったけど、本当はコレがあったんだよね」


 一枚だけ色が違う羽を私はブライに渡します。この個体は倒した時に逆鱗のような羽を首ごと斬ってしまったために、破壊されて原型を留めてはいません。


「ん? なんじゃ? この青い羽は?」


 私から青い羽を奪い取るように手に取ったブライは、元にあった場所に当ててみて考え込んでしまいました。

 あの? できれは早めに引き取り額を提示して欲しいのですが。


「おう! アリシア! おもしれ~もんがあるんだってなぁ」


 暇なギルマスがやってきました。きっと私がおかしな物を持ってきたと噂を耳にして、やってきたのでしょう。


「面白い物じゃないから、さっさと中で仕事をしろ、ハゲ!」

「何度も言うが、これはスキンヘッドだ。アリシアが訓練場を占拠したとクレームが入ったから、やってきたんだ。それからブライを独り占めしているから、文句を言っている奴らがいるぞ」


 確かに私が居るここは、裏庭という名の訓練場でもあります。しかし、このような大して広くもない庭が訓練場なんて、なんの意味があるのでしょう。新人の教育ぐらいにしか役に立ちませんわ。

 それから、ブライと話をしていると、地下でのモノの買い取り作業が進まないため、クレームがくるのでしょう。しかし、そんなことよりも、こちらの方が重要です。


「あのさぁ。事の重大さがわかっている? わかっていたら、面白いとか言えないよね」

「ああ? 何がだ?」


 きっと暇なギルマスは、私の噂だけを聞いて、受付でどのような用件できたのか、聞いていないのでしょう。


「この大型の魔鳥が王都の第三層に百羽ほど襲撃してきたって、私は受付で言ったはずだけど?」

「ひっ……百羽! おい! その一羽だけ狩ってきて持ってきたとか言わないよな」


 私にギルマスが慌てて詰め寄ってきました。暑苦しいから近づかないで欲しいですわ。

 思いっきり距離を取って、魔鳥越しに話します。


「え? 依頼が出されていないのに、何故私が全部狩らないといけないのかなぁ?」

「お前はそういう奴だよ」


 ため息を吐きながら、ギルマスは懐から紙とペンを取り出します。そして、何かを書き、私にその紙を見せてきました。


 百万Lラグア! 何の金額でしょう。


「情報と討伐報酬だ。これで全て討伐するか、王都から追い出してくれ」


 これは契約をかわさない内々の取り引きですか。どちらかと言うと、書類に残したくないという感じでしょうか? いいでしょう。ギルマスから金額とサインが書かれた紙を奪い取ります。あとで返してくれと言われても返しませんよ。魔鳥は既に全て討伐しているなら、なしだと言われても受け取ったものは返しません。


「情報はどんな情報が欲しい?」

「魔物の特徴だな。どれぐらいのランクの者に戦わせるべきかとかだな」


 とても大雑把でした。

 さて、どこまで情報提示が許されるのでしょうね。まぁ、駄目なら何かしら邪魔が入ることでしょう。


「特徴って言われてもさぁ。見ればわかるじゃない魔鳥だって」

「それ以外もあるだろ! コレだけの巨大だ。攻撃方法も様々あるだろうが!」


 うるさい。叫ばなくても聞こえています。そう言われましても、これが暗黒竜の残滓というモノであるのでしたら、私が言うことが全てではないと思います。


「暗黒竜の残滓」

「何!」

「また、あの地獄の日々が始まるというのかのぅ」


 この魔鳥単体のことは知らなくても、暗黒竜の残滓という言葉は知っているのですか。そうですわね。二十年から三十年ごとに繰り返している脅威ですもの。


「だとすれば、どうです?」

「なんだ? その曖昧な言い方は!」

「待て、フラゴルよ。昨日の嵐はアレじゃ! こうしてはおれん! 血肉沸き立つ解体地獄の始まりじゃ! 道具を整備しておかねば!」


 そう言って、解体屋のブライが何処かに行こうとしましたので、その行く手を遮るように目の前に立ちはだかります。


「何処かに行く前に、買取の金額を出してよね」

「さっきフラゴルから金額の提示をされたじゃろ」

「何を言っているの? それは情報と討伐報酬であって、この魔鳥の買い取り金額じゃない」

「先程百万も出してもらって、更に金を要求するつもりかのぅ」

「するつもりだけど? コレはコレ。ソレはソレ」

「相変わらずガメついのぅ」

「私はもらえる分をもらっているだけだからね!」


 解体屋のブライはブチブチと言いながらも、サイン入りの紙を私に渡してくれました。


「チッ! 三十万Lラグア?」

「なんじゃ。文句があるなら、その紙を返すがよい」


 まぁ、今回は百万の臨時収入があったから良いですわ。買取料が書かれた紙をさっさとしまいます。あまり解体屋のブライと金額でモメると買取拒否されてしまいますから。


「それで、また珍しいモノに遭遇したら、持ってきていいわけ?」

「おう! 新種の記録を取るのも儂の趣味じゃ」


 その言葉を言いながら、背を向けて去っていこうとしているブライの筋肉質な肩を掴みます。


「その馬鹿力で肩を掴むのはやめい!」

「その資料見せて!」

「それは儂の個人的な趣味じゃ!」

「新種見つけたら持ってくるから見せて!」

「儂の肩がミシミシ言うとるじゃないか! 手を離さんかい!」

「資料見せてくれると約束してくれるなら離す」

「わかった! わかったから離すのじゃ!」


 了承を得られたので、筋肉質な肩から手を離します。まさかこんなところで、暗黒竜の残滓の資料が見つかるとは思いませんでした。ドワーフ族は人より長命種族で、確か三百年ほどでしたか。これは期待できそうですわ。


「本当に、儂を力技で脅すのはお主ぐらいじゃ」


 そう言って私が掴んでいた肩を回しています。私は脅してはいませんわ。お願いしているだけです。


「一週間後に来るとよい。二十五年前の資料を用意しておくからのぅ」


 解体屋のブライは私に背を向けないように、後ろ向きに下がりながら、裏庭を出ていきました。私は後ろを向いたからと言って、襲いかかる獣ではありませんわよ。


「で、さぁ。曖昧な言い方なのは、私は知らないから。でも今回は国が赤竜騎士団を王都内で動かしたからね。何かあると思うよ」


 私と解体屋のブライとの言い合いを呆れた様子で眺めていたギルマスに話しかける。


「赤竜騎士団が動いたのか?」

「散々だったけどね。ああ、ボス戦の話ね」

「ボス! この魔鳥は群れで襲ってきて、そこに群れのボスがいたのか! で、散々って……アリシアが負けたのか?」


 失礼なことを言ってくるギルマスを睨みつける。私は戦ってはいませんわ!


「負けたのは馬鹿王子! 三日後ぐらいにお母様に殺される予定」

「は……まままままままさか! ガラクシアース伯爵夫人が王都にいらっしゃるのですか!」


 “ま”が多いですわ。それからいきなり丁寧な言葉づかいにしないで欲しいです。気持ち悪いです。


「私は三日後って言ったけど?」

「こここここれは、出迎える準備を!!!」

「ハゲ! まだ話が終わっていない!」


 “こ”が多いギルマスは、足をもつれさせながら、冒険者ギルドの建物の中に戻っていきました。


 そこ! 『やべぇ! ギルマスと偏屈ジジィを倒しやがった』とか言わないでください。『偏屈ジジィとの交渉がいつも長いと思ったら、ジジィを締め上げてたのか』って言わないでください。交渉はいつも真面目にしています! 『ギルマスに何を言って泣かせたんだ』って泣かせてはいません! それはお母様であって……ギルマス泣いていたのですか?


 取り敢えず、お金は思ったよりいただけたので、受付で換金してもらいましょう。

 私は混み合っていると思われる冒険者ギルドの建物に向かって行きます。


 それにしても、話の途中でしたのによかったのでしょうか? 魔鳥は全て討伐したとは受付に報告しましたが、巨大コッコもどきは赤竜騎士団が倒しましたので、私が報告すべきではないと、報告はしていませんでした。

 受付の人に伝言を頼んでおきましょう。戦うのであれば、Aランク以上の冒険者で……うーん、Aランクの方々はクセが強いですので、Bランク数グループと言っておきましょう。


 冒険者ギルドの中に入りますと、やはり混み合っていますわ。いつも受付してくれる女性の方が一番話しやすくていいのですが、彼女の列も中々長くて時間がかかりそうです。


「おや? 生きていたのですか?」


 背後から聞き覚えがある声が聞こえてきました。振り返ると……金色が目に刺さって痛いです。


「なに? 生きているって?」

「最近、冒険者ギルドに顔を出していなかったですよね」


 『黄金の暁』のリーダーのデュークが失礼なことを言ってきました。しかし、相変わらず、金色の鎧が鬱陶しいです。


「それに竜騎士団に連行されていると、噂が流れていましたよ」

「はぁ……そうなった経緯は知っているはずだけど?」


 馬鹿王子からの依頼を受ける時に、貴族という体裁を整えるため、あの場に目の前の金ピカがいたのですから。


「あと屋敷が消失したとお聞きしましたよ。黒竜騎士まで出てきたとか?」


 チッ! 普通の冒険者であれば、貴族街に入ることはできないので、ガラクシアースの屋敷の件が噂になるには、もう少し時間がかかるところですが、オルグージョ伯爵家の五男ともなれば、貴族の噂話は速攻耳に入ってくるようです。


「それはどこの屋敷の話? それで私にワザワザ声をかけてきた理由は何?」


 私は冒険者としては、滅多に人とは話さない。だから、周りでコソコソと噂話をする人たちはいますが、直接話しかける人はほとんどいません。


「いいえ、ちょうど我々は西区に居ましてね」

「……何が言いたいわけ?」

「忠告ですよ。いくら姿を変えようとも、今日のような姿を見せますと直ぐにバレますよ」


 何を話しかけてきたのかと思えば、白髪金目のまま黒い外套をまとっていた私に、見る人が見ればわかるというのをわざわざ忠告をしてくれたようです。


「あの有名な妹君が一緒なら特に……」

「有名?」


 何が有名なのですか?それもオルグージョ伯爵家の五男の耳に入るほど……。


「アズオール侯爵子息と決闘を行うと耳にしていますよ」


 え? この決闘の話は、どこまで広まっているのですか? この広がり方ですと。きっと面白半分で広めている人がいるのでしょう。


「私は冒険者アリシアだからねぇ。そんな事を言われても、だからって感じ」


 忠告だけはありがたく受け取っておくけど、それ以外は無視。何故なら冒険者アリシアなのですから。

 それだけを言って私は順番待ちの列に並びに行ったのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る