第48話 チートの中では俊才も庸才と化す
結局、死屍累々たちは、大剣の赤竜騎士の人たちと合流して、治療して王都の方に戻っていきました。精鋭の赤竜騎士団といえども、流石に新人には大型魔鳥はきつかったようです。
「あの? アル様。部隊を三つに分けたと言っていましたが、その三分の一が新人というのは、今期の新人採用が多かったのですか?」
私達は西第三層外門に向かっております。その間もちらほら魔鳥と遭遇しておりますが、殆どがアルとグラナード辺境伯爵が倒してしまい、私の出番がないのです。
いいえ、アルは騎士団の仕事をしておりますので、私が手を出すことではないのです。
あまりにも暇なので、足を進めながら、新人が多いことを聞いてみました。
「新人の採用はいつもとかわらない。ただ、一年後に残るのは五分の一ほどだ」
え? それは赤竜騎士団の仕事中に生命を落とすということでしょうか?
「アルフレッド。フェリシア嬢はそういう事を聞きたかったわけではないと思うぞ。王都にいるのが、一部隊だけとは知らない者から出た質問だ」
「一部隊?」
あ……私は王都にいる赤竜騎士団が赤竜騎士の全てだと思っていましたが、王都には赤竜騎士団の一部しかいないのですね。アルがずっと王都に居て、お仕事があるときに嫌々王都を離れて行っているので、てっきり普段は赤竜騎士団の人たちは王都にいるものだと思っていましたわ。
「一部隊が百五十人というのは、どの騎士団でも変わらない。ああ、白竜騎士団は別だ。赤竜騎士団は中隊規模を一部隊として、それが十部隊ある。王都に常駐しているのは、精鋭部隊と教育のための新人で構成された第一部隊だ」
ということは、赤竜騎士団全体で千五百人ですか。あれ? 精鋭がついていますのに、新人は一年後に十人ほどしか残らないってどういうことですの?
「アル様。先程のように新人の方々だけで戦わせるのは、流石に人が減っていくと思います」
私も新人と言われた彼らよりも年下のクレアを単独で戦わせましたけど、クレアの欠点を補えるほどの武器を渡して、いざとなれば私が駆けつけられるように気を配っていたのです。
違いますわね。確か死屍累々の中に、アルの同期の方がいらしたと。
「フェリシア嬢。勘違いしているようだが、人が減っていく原因はコイツの所為だぞ」
グラナード辺境伯爵は隣で歩いているアルを指で差しながら言っています。アルが原因なのですか?
私は意味がわからず首を傾げてしまいます。
「アドラセウス。いらないことを言うな!」
「俺にも噂が聞こえて来るくらいだぞ。赤竜騎士団の鬼人の訓練が厳しすぎると」
訓練が厳しいのですか? 噂にされる程の訓練とはどんなものなのでしょうか?
「別に普通だ。朝に王都の周りを一周走らせて、その後模擬戦を行ってから、昼まで王都の周りの小物の討伐だ。昼からは地下道の小物の掃除と夕刻に王都の周りを一周して終わり。定時には帰れる。途中で体力不足を理由に行き倒れなければだが」
「それは訓練か? ヌルいな」
「まぁ! 王都の周りも地下道も小物しかいませんから、新人向きの仕事ですわね」
グラナード辺境伯爵も私もアルが言った内容に、どこに問題があるのかと首を傾げています。
「王都の周りなんて、一時間もあれば一周できますわ」
半径
「一時間は切るだろう?」
グラナード辺境伯爵も同じ意見のようです。
「それが早くて三時間ぐらいはかかる」
「それは無いな」
「途中で休憩しているのではないのでしょうか?」
訓練と言うには、物足りなさを感じる内容で、王都を一周走るというだけに、何故そこまで時間が掛かるのかわからないと、表情を曇らせている三人に斜め上から声が降ってきました。
「普通に走れば三時間は早い方ですよ」
騎獣の上にいる人物が見下ろすように、声を掛けてきました。風になびく長い銀髪にイラッとします。
「ジークフリート。何のための訓練だ? 普通に身体強化を使わずに走らせて、負荷もなくただ走るだけで、何の意味があるんだ?」
グラナード辺境伯爵の言葉に、私は思わず頷いてしまいました。だから、馬鹿王子は弱いのですよ。
「はぁ、それではますます、新人が他の騎士団に取られてしまうではないですか。これでもアルフレッドの言う訓練内容を取り下げさせたにも関わらず、続かないのです」
「まぁ! お母様の弟子を名乗りながら、それは無いですわ! そんな事を弟子が言っていると、告げ口しておきます」
お母様は嫌々であっても、手抜きはしないはずです。第二王子には基礎の基礎を叩き込んだはずです。迷いの森で最低限生き抜けるぐらいに、その基礎を元に成長できるかは、第二王子の努力しだいというように。
あ……わかってしまいました。第二王子がお母様の弟子を名乗りながら、弱い理由を。
お母様が言っていた基礎訓練を続けなかったことですわ。
「ちょっと待ちましょうか、ガラクシアース伯爵令嬢。ガラクシアース伯爵夫人に告げ口とは意地が悪いですね」
私は緊急時に使用してもいいと言われているお母様との通信機を取り出します。え? 屋敷が消失した時になぜ使わなかったのかですか?
私にお金が掛かることをお母様に言えと? そんなことを通信機で言おうものなら……恐ろしいですわ。
「お母様。フェリシアです」
「早まってはいけません! その通信機を仕舞って……そ……そうです。魔鳥の群れのボスを倒さなければなりません」
慌てて騎獣から降りてきた第二王子は、青い顔色をして、私から通信機を奪おうと手を伸ばしてきましたが、その手はアルに叩き落されてしまっています。
『何かしら? 急ぎ? そう言えば屋敷を破壊したのですって?』
はっ! その情報が既にお母様の元に行っているなんて予想外です。ここは全身全霊を持って私は悪くないアピールをしなければなりません。
「それは神王の儀の影響で、隣の十字架が屋敷を貫いたのが原因ですわ」
『チッ! やっぱりあの高魔力は儀式の影響だったのね。それで、ジークフリートが中央に収まったのかしら? 自分は王族だから偉いとか、こんなことしなくても強くなれると、口で文句を言う割には大したことない子』
お母様の容赦がない言葉に、第二王子は項垂れています。そのお母様の言葉に後ろの赤竜騎士団の方々はコソコソと『やっべー帰りたくなってきた』とか『逃げていいですか』とか『神よ。我が身をお守りください』だとか祈りを捧げる声も聞こえてきます。
「お母様。依代に選ばれたのはヴァンアスール公爵家のご子息です」
『あら? それは私が課した最後の試練が、役に立ったということかしら?』
「そのようです」
『あはははは! ざまぁ、ないわね! アイツどんな顔をしていたかしら? 悔しそうだったかしら? その場に居て見たかったわ』
お母様はあの存在を相当恨んでいるようです。してやられた私もとても嫌な気持ちになりましたもの、お母様のお気持ちもわかります。
「笑っておりました」
『ガシャン! バキッ! ドン! ガラガラ「奥様!」「エミリア!」「奥様がご乱心に!」……』
これは持っていたカップをテーブルに置いたと同時に壊れ、テーブルを破壊して、手に残ったカップの取っ手を壁に投げつけて、壁を破壊したというところでしょうか?
しかし、お父様の声が聞こえたということは、お母様はガラクシアース領に戻っているのですか。
「お父様。いらっしゃいますか?」
『なにかな? フェリシア』
「教会の枢機卿の件はご存知ですか?」
父にはまどろっこしいことは言わずに、ズバッと聞くのが一番です。
「私、教会との関わりがあるなんて知らなかったのですが、とある人から聞いたところによりますと、枢機卿という役目が課せられているそうではないですか。職務放棄ですか?」
「まぁ……これは……あれだね……うん」
父は知っていたようです。普通にお祖父様からその役目を受け継いでいたらしいですが、放置していたようです。
「その件で王都に早急に来てください。四の五の言わずに、来てください。因みにお聞きしたと思いますが、屋敷は消滅しましたので、ネフリティス侯爵家まで来てください」
来たくないと言わせないように、来るようにと連呼しました。私には教会と話の席につく権利はありませんから、ここは何が何でもお父様に出てきてもらわないといけません。
「それから、お母様も連れてきてください。第二王子はお母様が基礎訓練として課した訓練を、サボっているようですから」
『フェリシア、その言い分だとクソガキがそこにいるようですが?』
「はい、地面に五体投地をしそうな勢いですわね」
通信機越しからでも、お母様のイライラが伝わってきます。そして、第二王子は立っていることもできずに、両手を地面につけてしまっています。
『クソガキ! 最後の試験で生き残ったからといって、いい気にならないことね。私は全て見ていましたよ。お前が役立たずだったことを。それでも、基礎訓練は欠かさずにするという約束で、及第点をあげたというのに……もしかして、団長の地位を得たからといって、いい気になっているのかしら? 馬鹿ねぇ。そんな記号なんて、実力が伴わないけど、王族だから仕方がないわねという意味だって、気づいていないのかしら?』
第二王子の精神防御は紙のように薄く、お母様の言葉がグサグサと突き刺さっているのでしょう。すでに額が地面についてしまっています。
『今は手が離せないことがあるので、今すぐにはいけませんが、三日後には王都に着きます』
「それは今すぐと言うのでは?」
『クソガキ。何か言いましたか?』
「何もありません! 先生のお越しを心より、お待ち申し上げております」
『よろしい』
お母様の言葉と同時に、通信が切れました。よくこの状況で、お母様に口答えする気になったものです。だからこそ、お母様を怒らすことを平気でできたというのもあるでしょう。
「ジークフリート。恐らく今回で今生の別れとなるだろうが、残りの人生……頑張れよ」
グラナード辺境伯爵が第二王子に同情の視線を向けながら、別れの言葉を口にしています。先程も思ったのですが、グラナード辺境伯爵の中のお母様はどんな人になっているのでしょうか?
「おい、アドラセウス。冗談にも程がある」
第二王子は立ち上がって、隊服に付いた土を払っています。冗談と言うわりには、手が震えていますわね。
「ジークフリート。あのガラクシアース伯爵夫人だ。今すぐだと言えば、数時間後には王都に姿を現していると思うが?」
「アルフレッド。物理的に無理だ。ガラクシアース領からだと馬車で三日で、単騎駆でも二日はかかる」
アルの言葉に一瞬肩をビクッと揺らした第二王子ですが、冷静に物事を考え、馬車でも三日は掛かる距離では無理だと結論つけました。
私達ガラクシアースの血が濃い者には翼がありますので、数時間で王都まで来れますわ。
「俺はかなり本気で言っている。今回の魔鳥のことの失態を知られれば、「やめろ!」……」
第二王子はグラナード辺境伯爵の言葉を遮り、首を大きく横に振っています。
「まだ、失態ではない。残り一体をヤれば問題ないだろう!」
第二王子は慌てて騎獣に乗って、駆け出していきました。終わりよければ全てよし、と言いたいところですが、訓練をサボっている時点でアウトですわ。
そして、結論からいけば、赤い
できはしましたけど、最終的にアルがトドメをさした感じになりました。
「思ったより、力が足りませんでしたわね」
「いや、あの甲高い鳴き声はキツいだろう。最初のひと鳴きで半分が脳震盪で倒れたからな」
確かにあの甲高い鳴き声は顔をしかめるほどではありましたが、ただそれだけです。
「でも、仲間を呼んでも来なかったときの焦った隙を、突くべきだったのではないのですか?」
「それもそうなのだが、魔鳥も一瞬で戦闘スタイルを変えたじゃないか」
仲間を呼んでも来ないことに一瞬呆然とした魔鳥は、鳴き声の音波から風の刃を使う攻撃スタイルに変わりました。流石群れのボスというところでしょうか?
「あの魔鳥はどんな味がするのでしょうね。とても美味しそうですわ」
「いや、魔鳥の死骸を見て美味しそうという感想はでないだろう」
「あら? あの強烈なキックを繰り出す足とかオーブンで皮ごと焼けばいけそうですわ。あと丸焼き」
「それはもう少し小型のコッコ鳥のことだろう。普通の食用の家畜とは大きさも強さも違うぞ」
「おい、アドラセウス。何、シアと楽しそうに話をしているんだ」
私とグラナード辺境伯爵が、第二王子の無様な戦いの酷評をしていますと、アルが戻ってきました。
「アルフレッド。フェリシア嬢があの魔鳥を食べたいそうだ。という話しか、していない」
それは私が食い意地が張っているような言い方ではないですか。きちんと第二王子の戦いを見て改善すべき点を洗い出していましたわよ。
「そうなのか? シア。今日の夕食はあのコッコもどきにしよう」
見た目は大型の羽の色が異なるコッコですが、鷹型の魔鳥のボスですからね。つけるのであれば、別の名が良いと思いますわ。
「さて、私はそろそろ領地に戻るとするか、冬にはまた王都に来るだろうから、その時にジークフリートの墓の場所を教えてくれ」
あら? グラナード辺境伯爵の中では第二王子はお母様に殺されていることになっていますわ。
「アドラセウス〜! 勝手に殺すな〜!」
地面と仲良しになっている死屍累々から、地獄の叫びのような声が聞こえて来ました。それは放置して、私も魔鳥を回収して戻りましょうか。
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補足(フォロー)
第二王子は一般的視点からいくと、まさに指揮官にふさわしい人物ですが、チート中のチートに囲まれてしまえば、使えない人に成り下がってしまっています。……フォローになってない。
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