第47話 ガラクシアースの常識は非常識

 赤竜騎士団の中でも大型の魔鳥となりますと、戦える者とそうでない者とで別れておりました。


 その中でも戦えていましたのが、あの大剣を背負った騎士の方でした。

 そうですわね。大剣を持つということは、大型の魔物の討伐を得意としているということなのでしょう。


 今、少し離れたところで、その騎士の方が指揮を取り、自ら数体の大型魔鳥を討伐しておりましたので、これぐらいの魔物であれば、問題ないということなのでしょう。


「シア。言っておくが、ガリウスの部隊は赤竜騎士の中でも精鋭だからな」


 私が感心していますと、アルからそんなことを言われました。


「え? どういうことですの? 三つに部隊を分けて、何故精鋭部隊を作ったのですか?」


 普通であれば、能力の均等化を行うべきではないのでしょうか?


「レイモンドが抜けた穴埋めだ。今回の命令は西区第三層の見回りだった」

「見回り? 魔鳥の討伐ではなく?」


 なんだか、話が怪しい感じになってきています。第二王子は……結局第二王子の口からは命令内容は聞き出せていませんでしたわね。


「正確には数日間は西区第三層を見回って、異常があれば対処するようにという、曖昧な命令だった。シアが言っていた魔素の多さが問題視されたのかもしれない」


 それは気軽に鎧をつけずに隊服のままで、対応しようとしますわね。なぜなら、第三層には大型の魔物は入ってこれませんもの。今回のように上空以外からはと付け加えておきますが。


「だから、ついでにガリウスの昇進試験も兼ねていたんだ。今日は小隊規模で精鋭部隊をまとめられるかというものだった。そのうち一部隊の中隊規模を指揮できればと」


 ……これは赤竜騎士団の内情を聞かされているのではないのでしょうか? 私が聞いてもよかった話なのでしょうか?


 あら? ということは……今、魔鳥と戦っている人たちは、大剣を持った人が指揮官であり、アルが本来いるべき、部隊ではないということですわね。


「アル様。ここはあの方たちに任せていいのでしたら、他の場所に行きましょう」


 ここに来るまでに、私もアルも十体以上の魔鳥を倒してきましたが、この第三層にいる魔鳥の全てを倒したわけではありません。


「このまま、何事もなければ、ガリウスに任せられそうだな」


 アルはそう言って、南の方に視線を向けました。ここからでも南の空を旋回している魔鳥の姿が見えます。


「シア。大丈夫なのか?」

「何がでしょうか?」

「あの辺りはクレアが行った方向だろう」


 確かに私達がいるところから、南に位置するあの辺りは、クレアが行った方向です。それに先程から爆発音が連続して聞こえてきていますから、クレアがいることは間違いないでしょう。


「大丈夫ですわ。見ていてください」


 私が言い終わった瞬間、上空を旋回している魔鳥が翼をもがれたように、突然地面に落下していきました。


「グラナード辺境伯爵様がクレアのいる方向に向かっていましたので、何かあってもフォローしてくれますわ」


 クレアだけでは力不足は否めないですが、ここには私もアルもいますし、グラナード辺境伯爵も……何故かアルの機嫌が急降下していませんか?


「何故、アドラセウスの行動を把握しているんだ?」

「え? 行動の把握というよりも、西区第三層の範囲で高魔力を持った存在を認識しているだけですわ」


 普段は一々個人の特定はしておりませんが、王都のように高魔力を持つ人が少ないと、どうしても目立ってしまいますわよね。ガラクシアース領内であれば、それほど目立つことはないでしょうけど。


「例えば、ギリギリ感知できるのが、第二王子ですわね。先程グラナード辺境伯爵様がいらっしゃった南側にいます。あと西第三外門の近くに、魔鳥の群れのボスと思われる魔物がいるとかですか」

「シア。それは先に言うべきではないのか?」


 群れのボスのことですか? 恐らくグラナード辺境伯爵も気づいていると思いますが、行動に移さないのは私と同じ考えなのでしょう。


「アル様。私が初めから群れのボスが西外門にいると言っていれば、行動はかわりましたか?」

「いや、変わらない。しかし、わかった時点で情報共有はして欲しい」


 情報共有? そのようなこと、すべきなのでしょうか?

 魔物の狩りなんて早い者勝ちですわ。相手の獲物に手を出すことは禁止していますが、相手に情報を渡すなんて、普通はしませんのに……。


「なぜ、そのようなことをするのか、わかりませんわ」


 するとアルは黙ってしまいました。

あら? 私は変なことを言ってしまったのでしょうか? だって、幼子でもどれぐらいの強さの獲物かわからなくても、位置の把握ぐらいできるではないですか。


「お姉様ー!」


 私とアルが微妙な雰囲気になっていますと、クレアがこちらにやってきました。


「お姉様! お肉をゲットしましたので、先に戻っていますわ」

「わかったわ。気をつけて戻るのよ」


 少し前まで不貞腐れていたクレアでしたが、体を動かしてイライラが発散されたようです。

 私達が人から色々言われてしまうのは仕方がありません。やり返すなら、誰がやったかわからないように、コソッと仕返しをするのですよ。特に高位貴族ともめるのは駄目ですからね。


「クレア。一つ聞きたいのだが」

「なんですか? アルフレッドお義兄様」


 アルの言葉に、早く戻りたいとソワソワ感を押し殺せていないクレアが応えます。


「何故、この第三層のどこに行くかという話の時に自ら、中央に行くことを口にしたんだ?」

「え? アレ程の獲物がいるのなら、辺境伯爵様とお姉様たちで周りの魔鳥を全部倒してから中央に行くと思ったからです」


 クレアは、当たり前のことを何故、聞かれるのだろうと首を傾げながら言っています。


「あの時点では作戦というものは何も無かったよな。アドラセウスも先に行ってしまったことだし」


 するとクレアはますます混乱してしまったかのように、私の方をチラチラ見てきました。

 もしかして、これは私達の常識が違うということなのでしょうか。


 このように突如として魔物が発生することはガラクシアース領ではよくあります。なんせダンジョンが領地内に所狭しと、十三も存在しているのですから。


 どこかで魔素が濃くなってきたと、情報を得られれば、近場の動ける者たちは現地に向かい対処に当たるのです。そこでわざわざ『あそこに魔物がいるから戦ってくる』なんて自分の行動を伝える者はいません。

 各々おのおのが各自の裁量によって動くのです。


 ですから、今回もクレアはグラナード辺境伯爵が己の未熟さを補うために、来てくれたとわかれば、直ぐ様その場を離れ、私の方に来ました。そして、このまま戦線を離脱し、この群れのボスとは戦わないということを言いに来たのです。


「アル様。クレアは自分にできることをしたまでですわ。中央の魔物を削る。群れのボスに近いところは数が多いですからね。クレアに持たせた遠くから獲物を狙う武器が有効なのですわ」

「ああ、これはあれか。ガラクシアース伯爵夫人に動きが悪いと言われた意味合いに含まれているのか?」


 アルの言葉に、私はどういう状況でお母様がそのようにおっしゃったのか、わかりませんので、アルの問いに答えることはできません。


「一度、ガラクシアース領で訓練した方がいいのか?」


 え?今の赤竜騎士団をガラクシアース領で?


「死人が出ますわ」

「死にますわ。アルフレッドお義兄様」


 私とクレアの言葉が被さります。稀に領地外の人が入り込んでいることがあるらしいですが、屈強な冒険者を雇っていない者たちは、残骸しか見つからないことがあるぐらいです。

 あの地は弱い者は生きてはいけませんわ。


「しかし、ジークフリートもだが、これからのことを考えると、かなり厳しいのではないのか?」


 確かに『死の森』で、いやいやと駄々をこねているようでは、駄目ですわね。


「第二王子に魔鳥のボスと戦わせてみますか? クレアでは厳しいですが、アル様なら簡単に倒せるぐらいだと思いますわ。配下のモノを全部倒してからの話ですが」

「そうだな。少しジークフリートと連絡を取ってくる」


 そう言ってアルは私とクレアから離れて行きました。


「お姉様! 私はお肉を持って帰りますので先に失礼します! これで英気を養って明日の決闘に挑みますわ」

「クレア! 待ちなさい!」


 私が引き止めましたが、クレアは背を向けて王都の中心の方に向かって行ってしまいました。


 明日の決闘……クレアはヤル気満々ですが、話の流れから無くなる可能性の方が高いですわ。

 既にアルがアズオール侯爵子息に制裁を加えたという形になりましたし、決闘の場所として選ばれたことにマルメリア伯爵は否定的という言葉をヴァイオレット様が言っていましたから、今日中には何かしらの連絡が入るのではないのでしょうか?


「シア。この辺りはガリウスに任せることになった。ジークフリートとは西第三層外門から少し離れたところで集合だ。そこに行くまでに、北側の魔鳥を全て討伐する」

「わかりましたわ」

「それから、ガラクシアース特有の感覚は俺にはわからないから、何か変化があるのなら言って欲しい」

「はい」




 そうして、私とアルは駆け出しました。大型の魔鳥といいましても、大した攻撃もして来ませんから、楽なものです。

 少し硬い羽が攻撃を阻害しているので、これが少々問題かと思いますが、補助魔術を駆使すれば、普通の人でも戦えるほどでしょう。

 これで死にかけるなんて、よっぽどの駆け出しの冒険者ぐらい……ですわ……ね。


「アル様。アル様と同じ隊服を着た人たちが、地面に転がっていますわ。まさかそこにいる魔鳥にやられたとか言わないですわね」


 私の目には勝ち誇って雄叫びを上げている魔鳥の足元に、臙脂色の隊服を更に赤く染めた、五十人ほどの人たちがいます。


「やられたんだろうな」


 なんてことでしょう! 赤竜騎士団というのは、騎士団の中でも実力主義の騎士団とお聞きしています。それがなんて体たらく。


「三人ほどは俺と同期だが、あとは新人ばかりだな」


 アルからとんでもない言葉が出てきました。新人を現場に! いいえ、元々は見回りという話でしたので、新人だけで行動を取らせていたのかもしれません。


 アルは死屍累々を飛び越えて、横に一線、剣を振るい雄叫びを上げている魔鳥を一刀両断しました。


 これは、アルとの実力差がありすぎますわ。いいえ、アルが鬼人と言われるぐらい逸脱しているということですわね。


「おい! ゲルト! お前が先に倒れてどうする。回復役が倒れたら元も子もないだろ!」


 アルは一人の人物のところに赴いて、足で蹴っています。……その人、肩口から血が出ていますわよ。


「オヴァール! 俺が抜ける間、指揮は任せると言ったよな。この部隊では敵わないと思ったら引かせるもの指揮官の役目だろう!」


 あの……その方、地面に血溜まりがありますから、相当深手なのではないのですか?

 私が、ここで口を出すのも違うと思いますので、黙ってはいますが、早く治療をした方がいいのではないのでしょうか?


「アルフレッド。お前、部下にトドメを刺しているのか?」


 呆れたような声に視線を向けますと、目の前の死屍累々と比べ、綺麗な身なりのまま、抜き身の大剣を肩に担いだグラナード辺境伯爵がいます。

 やはり、グラナード辺境伯爵からすれば、これぐらいの魔物は大したことは無かったようです。そうですわね。ガラクシアースのダンジョンに潜るぐらいですもの。


「おい、アドラセウス。こいつらを一から鍛え直すにはガラクシアース領のどこのダンジョンがいい」


 なんだかアルの中では赤竜騎士団を鍛え直すことが決定されてしまっているようです。


「はぁ? 今更何を言っているんだ? 王都なら、死の森に放り込んでおけ」


 グラナード辺境伯爵も、お母様と同じ手段が良いと判断されたようです。結局のところ死の森がこの辺りで、一番鍛えられる場所なのです。

 魔力も精神防御も力も


「あそこで死にかけていたヤツはどうすればいい?」

「ああ? そんなもの俺が知るか! 死の森で生き抜けないヤツが、ガラクシアース領で生き抜けるはずないだろう!」


 ごもっともだと思います。やはり、基礎から鍛え直すしかないと思いますわ。第二王子も一緒にですよ。

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