第46話 魔鳥の正体

 私達は西区の第二層と第三層の間にある高い石壁の上に立っています。あ……これはもちろんアルの赤竜騎士団の副団長という権力を使って、登らせてもらっています。


 そして、現状はというと……


「思った以上に広範囲だな」


 グラナード辺境伯爵はあまりにもの広範囲に被害が出ているため、どこから手を付けるべきか考えているようです。


「お姉様。こんな武器より広範囲の魔術の方がいいのではないのですか?」


 クレアは大規模魔術の展開を提案してきましたが、それは駄目です。


「クレア。それではこの西区第三層が灰燼化してしまいますわ。それから、鳥肉も持って帰れませんわ」

「それは駄目ですね。鳥肉は確保しなければ」


 クレアは考えを改めてくれたようです。ええ、高魔力を持つ鳥なんて滅多に出会いませんもの。


「フェリシア嬢。なぜこの現状を見て、肉の話になるんだ?」

「まぁ、グラナード辺境伯爵様。今晩の食材確保のためですわ」

「ネフリティス侯爵家で世話になっているんだろう?」

「あ……でもほら……今日の戦利品ですわ」

「むっ!戦利品と言われればそうか」


 ガラクシアースは狩猟民族ですので、グラナード辺境伯爵も戦利品というならばと、理解をしてくれたようです。


「アドラセウス。俺に殺されたいのか?」

「はぁ、アルフレッドはフェリシア嬢と行動をしろ、俺は俺で勝手に動く」


 アルに何かと突っかかられているグラナード辺境伯爵はため息を吐いて、そのまま石壁の上から降りていきます。


 グラナード辺境伯爵はアルと行動をするようにと言われましたが、西区第三層全体に大きな魔物の影を見ますから、分かれて行動をした方がいいのではないのでしょうか?


「アル様。グラナード辺境伯爵様は南に向かいましたので、私は北に行きますわ」

「わかった」

「あの? アル様……」

「お姉様。アルフレッドお義兄様と行動した方が、世界が平穏になります」


 クレア。世界って大げさですわ。


「ですから、私が中央で仕留めておきます。今日は鳥肉を飽きるまで食べるのです!」


 クレアはそう言って、石壁を降りて行きます。


「クレア! 矢が無くなったら無理をせずに私のところに来るのですよ」


 大型穹砲バリスタを肩で担いだクレアに声をかけましたが、無理をしなければいいわね。


「シア。俺たちも行こうか」

「はい。アル様」


 石壁を蹴り、重力の赴くままに身を任せ、片足が地面に着いた瞬間に北に向かう方に蹴り上げます。


 猛スピードで後方に流れる風景を横目に、状況を確認していきます。

 あのバカ王子はどのような命令を出したのでしょうか。私の目で見る限り、上からもここからも、赤竜騎士の姿が見えません。


「アル様。赤竜騎士団の姿が見当たらないのですが、既に引いていると思って良いのでしょうか?」

「いや、恐らく一部隊を三つに分けていたから、撤退の情報が行き渡ってない可能性がある」


 一部隊を三つに? それはもしかして……


「今は別の方が現地で指揮をとっていて、他の二つをアル様と第二王子が指揮をとる予定だったとか言いませんわよね?」

「凄いな、シア。そのとおりだ」


 駄目ではないですか! 何故アルは私のところなんかに来たのですか!


「アル様。アル様が指揮を取るはずだった人たちのところに向かいましょう。その人達に撤退命令を先に出すべきですわ……その前に」


 私は木の柵で囲まれた牧草地の中に入っていきます。今、正に襲われそうになっている、家畜がいるではありませんか。


 しかし、襲っている魔物は見たことがないモノですわ。私はいつものショートソードではなく、身の丈ほどの大剣を取り出します。

 これは大型の魔物を討伐用の大剣なのですが、普通に扱うと周りに被害が及んでしまいますので、滅多に使うことはありません。


 更に速度を上げ、地面を蹴り、人の三倍はあろう家畜のンモーモーに鋭い足の爪で引き倒そうとしている魔鳥の背後に周り、上から叩きつけるように鋼のような羽毛に包まれた首を断ち切ります。姿は鷲型の魔鳥のようですが、斬った感触が鱗を持つ爬虫類型の魔物を斬ったような感じです。これは厄介ですわね。


「アル様。思った以上に羽が硬質化していますわ」


 大剣に着いた赤紫の血を振るい飛ばしながら、アルに声をかけます。

 そのアルも別の魔鳥を一撃で倒していました。


「確かに竜種のような感じだな」

「竜種ですか? そこまで固くはないと思いますわ」

「いや、ここを見ろ。シア」


 アルは私が切り落とした魔鳥の頭部を剣で指し示しました。

 くちばしはあるものの、その中は肉食の魔物を思わせるような鋭い牙が並んでおり、頭部には短いながらも、角のような物が飛び出ていました。


 見た目は鳥型ですが、生態は竜に近いということでしょうか?


「それからここだ」


 喉元には一枚だけ色が違う羽が生えています。背中は斑な茶色という感じで、お腹の方は白い羽毛に覆われています。これは一般的な鷹型の魔鳥に見られる特徴です。獲物に気づかれにくい配色です。

 しかし、喉元の一枚だけは鮮やかな青色の羽が生えていました。


「逆鱗でしょうか?」

「恐らくそのような感じだろうな。見たことはないが、原始的な魔鳥なのではないのか?」


 原始的な魔鳥? その言葉にブルリと身体が震えます。

 話を聞く限り暗黒龍の残滓と呼ばれる魔物は、普段見かけるような魔物ではなく、おとぎ話の世界に存在した魔物ばかりでした。


 もし、暗黒龍の残滓というものが太古の時代に生きた魔物だとなれば、私が持っている魔物の知識など当てにならないということです。


 だから、周期的にこの国は混沌に陥るのでしょう。


「アル様。早く向かいましょう。これは空を飛ぶだけでも厄介ですのに、竜種となれば、普通の人では対処が厳しいと思いますわ」

「ああ、そうだな」


 アルの同意の言葉と共に私達は地面を蹴って、次の場所に向かったのでした。


_______________


一方その頃クレアSide


「そこの騎士! 邪魔!」


 着飾ったように整えられた白髪を少し乱し、黒い外套をまとった十三歳の少女は、己の体重よりも重いだろうと見て取れる大型穹砲バリスタを両手で構えながらも、矢を打ち出せないでいた。


 それは鎧もつけずに抜き身の剣を持った人の腕をくちばしで咥えられているからではなく、その周りに蟻のように群がっている騎士たちがいるからだ。しかし、魔鳥の硬質な羽に弾かれている。


 姉であるフェリシアはクレアローズに安全圏で戦えるように、わざわざ弓形の武器を渡したのだ。


 しかし、クレアはそんなフェリシアの思いを知ってか知らずか、大型穹砲バリスタを抱えながら、駆け出した。そして、地面を蹴り上げ、赤竜騎士の群衆を飛び越え、今にも人を飲み込もうとしている魔鳥に向かって大型穹砲バリスタを構える。

 一つだけ色の違う青い羽に向かって。


 そして、枷を外して矢を発射させる。空中で矢を発射させたため、反動が大きくクレアは後方に飛ばされるも、地面を転がるように衝撃を抑え、素早く立上り、斜めに掛けられた矢が刺さっているベルトから、矢を抜き取り、地面に立てて全身で次の矢をセットする。


 その間はほんの瞬きの程の時間だった。クレアが再び大型穹砲バリスタを構えた瞬間、魔鳥の首が吹っ飛んだ。

 いや、爆裂魔術が仕込まれた矢が青い羽に接触したことで発動し、魔鳥の首が爆発したのだ。そして周囲は爆風が吹き荒れ、周りにいた騎士たちも吹き飛ばされる。


 呆然とした騎士たちの中で一人地面に項垂れているクレア。


「お姉様。威力が強すぎてお肉が木っ端微塵ですわ」


 正確には魔鳥の足の周辺は残っているものの上半身と言って良い部分が見当たらなかった。


 因に飲み込まれそうになっていた人物だが、先に首が吹っ飛んだために、噛まれた跡は全身にあるものの、運良くくちばしから放り出され、命に別状はなかった。


「くー!流石お姉様の武器ですわ。扱いが難しい。今度は上手くお肉を手に入れてみせます」


 クレアは魔鳥の肉を得る為に、次の獲物を探して駆け出すのだった。

 そのクレアの姿を見た騎士たちは遠い目をしていた。


「ガラクシアース伯爵夫人を思い出すな」

「普通はこの状況で爆発魔術を使うか?」

「絶対に俺たちを殺す気でしたよね」

「死んでいてもおかしくなかったな」


 クレアのお陰でその生命が助かったにも関わらず、クレアに殺されかけたという風に受け止められていたのだ。これもまた、彼らに剣術の基礎を教えたガラクシアース伯爵夫人の悪影響であった。




「大体分かったわ」


 クレアは何体目であろうか。魔鳥の逆鱗と思われる青い羽めがけて大型穹砲バリスタを撃ち放っていた。


「まずは羽を落として、空を飛べなくさせてから、適切な距離でトドメをさす」


 フェリシアに与えられた大型穹砲バリスタの分析をしているクレアの耳には爆発する音が届いている。しかし、獲物である魔鳥には視線を向けずに、手に持っている一本の矢に視線を向けていた。


「はぁ、上手くいきだしたと思ったら、これが最後の矢になってしまった。どうしましょうか?」


 先程言っていたクレアの戦い方では、最低二本の矢が必要なのだ。現在クレアの手元にある矢は一本。これではクレアの望む戦い方はできない。


「そろそろ、お姉様と合流すべきでしょうか?」


 クレアはそう言いながら、青い空が広がっているはずの頭上を見上げる。青い空は見えるものの、太陽の光を背で浴びた黒い影が五つ、上空を旋回しているのだ。

 既にクレアを獲物として捉えられている。


「完璧なお肉」


 クレア自身が獲物と認識されていても、クレアの中では些細なことで、綺麗な魔鳥の肉を手に入れることで頭がいっぱいのようだった。


 旋回していた影の一つがクレアに向かって急降下してくる。そのことにクレアは慌てることもなく、身を捩って避け、クレアに向かって伸ばしてきた鋭い爪を持った足に向かって蹴りを入れる。

 そして、魔鳥から距離をとった。


「はぁ、やっぱり無理ね。お姉様なら、素手でも倒せると思うけど、私では無理ね」


 そして、クレアは後ろを振り返る。


「だから、あの獲物は譲るわ。その代わり綺麗なお肉が欲しい」


 そこには白髪で長身の青年が大剣を肩に担いでニヤニヤとした笑みを浮べていた。


「クレアローズ嬢はいいのか?」


 何がいいのか。それは獲物をそのまま他人に明け渡してもいいのかという最終確認だ。


「グラナード辺境伯爵様。私はまだ未熟者だから、お母様から武器の常時携帯の許可が出ていないのよ」

「ガラクシアース伯爵夫人は手厳しいな」


 そう言って、グラナード辺境伯爵は大剣を構える。そして、空に向かって大剣を一振りした。そのまま軽く地面を蹴り、目の前の魔鳥の首を切り落とし……そのまま大剣を三百六十度振り切る。そこには丁度空から翼をもがれて落ちてきた魔鳥が存在し、ついでと言わんばかりに、斬り伏せられていく。

 全てが計算されたように完璧だった。


「クレアローズ嬢。これならどうだ?」


 グラナード辺境伯爵はこんなことはいつものことだと言わんばかりに、普通の態度でクレアに対して一番に倒した魔鳥を指し示した。


 その首は綺麗に一刀両断されており、傷口からはとめどなく、赤紫の血が流れているのだった。


「これなら美味しそう!」


 クレアの感想に少々疑問を感じるが、魔鳥を示したグラナード辺境伯爵の表情が変わらないので、ガラクシアースからすれば普通の感想なのだろう。


「グラナード辺境伯爵様。お礼に余った矢を一本あげます。撃つ速度が速ければ早いほど、爆発の威力が増すお姉様の仕様なので、きっと役に立ちます。私はこれを持って先に帰りますから!」


 今まで機嫌が悪かったクレアは獲物を亜空間収納に入れたかと思うと、グラナード辺境伯爵に背を向けてさっさと、立ち去ってしまった。

 そして、矢だけを渡されたグラナード辺境伯爵はクレアの行動には特に反応しなかったにも関わらず、去っていくクレアの背よりも渡された矢を見て、引きつった笑みを浮かべているのだった。



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