第8話 この依頼の目的はどこにあるのか
「私が言っておきたいことは一つ。私が進むペースを決めます」
岩の亀裂の前で両手を腰に当てて、私は私より背の高い赤竜騎士団の人たちを見上げます。
その私の言葉にスッと手を上げてきた人がいます。細身の体格ですが、背中に四角い箱のような物を背負い空のような青い髪で片目を隠し、満月のような片目の瞳は戸惑う様に私を見てきました。
「申し訳ないのですが、私はこの中身を目的地まで運ばなければなりません。あまり早すぎても私が付いていけません」
確かに背負っている箱のような物は大きく頑丈な作りだということから、その箱自体の重量もそこそこあるのでしょう。
「わかりまりました。死ぬ気で付いてきてください」
「え? ですから、少し考慮というものを」
「貴方、お母様の指南を受けましたよね」
第二王子が人数を減らしてきたということは、この二人は第二王子についていける人物ということです。ならば、お母様からの指導が入っているでしょう。
「……はい」
「死の森の最終試験を生き残れたのであれば、大丈夫です」
すると、箱を背負った赤竜騎士の人は第二王子の元に行き、涙目で訴えています。
「団長。私は死の森で死にかけたので無理そうです」
「レイモンド。結果としては生き残っている。団長命令だ。我々には後がない」
第二王子、後が無いとはどういうことでしょうか? 結局私はこのダンジョンに潜る目的を聞いてはいません。
「レイモンド。俺もフォローするから、心を決めろ」
ガタイがよく、箱を背負った騎士より更に背が高い人物です。よく鍛えているようです。その騎士が、箱を背負った騎士の肩を叩き、意志を固めるように言っています。
ですが、背中に背負った大剣が気になりますね。ダンジョンがその大剣を振れるほど広いとは思えないのですが。
「いざとなったら、俺ごと箱を背負って欲しいです」
「それは嫌だ」
思いっきり拒否られています。その言葉に増々うなだれていますね。
「冒険者アリシア。何故そこまで急ごうとするのですか? 三日後には戻ってこれますよ」
第二王子のその言葉に、ため息がこぼれます。あの母のことを何も理解していないのですね。
「赤竜騎士団団長様。お母様は日数に付いてどのように言いました?」
「それは……『あら? ダンジョンの攻略? そんなもの三日あれば十分でしてよ』と言われましたね」
お母様の口真似は必要ありませんわ。これはものの考え方の違いですね。
「それは目的地に行くだけの日数なの。皆様の荷物が少ないからおかしいとは思っていたけど、相変らずのお馬鹿な思考をいい加減に直したら?」
「お馬鹿とはまさか私のことを言っているわけではないですよね?」
あらあらあらあら。第二王子以外に誰がいるのでしょう? お母様の弟子になりたいからと言って、アポイントメントも取らずに、庭から侵入してくる時点で馬鹿ですわ。それも凝りずに繰り返すのもお馬鹿ですわ。お母様が嫌がる王命を持ってくるのもお馬鹿ですわ。
「赤竜騎士団団長様以外に誰がいると?」
「やっぱり、仲がいいじゃないか」
……私の斜め上から、背筋が凍るような冷たい声が降ってきました。アル、この状況でどこが仲がいいと思えるのですか?
「アル様。仲はよくありませんよ」
そう言って私はアルの手を握ります。第二王子とは絶対に手を握らないですよ。
「それで、その荷物では六日間は生き抜けないよね。だから、死ぬ気で付いてきてと言った」
ガタイの大きな騎士は空が見えない天井を仰ぎ、箱を背負った騎士は地面に座り込んで頭を抱えており、第二王子は私の言葉に納得していないように、睨みつけてきます。
「何故、目的地までが三日だと言い切れるのです」
「目的を達する。それが我々の一番の考えです。ですから、目的地までが三日なのよ」
ダンジョンの攻略と問われれば、最深部に行くまでにかかる日数を言い、行って戻ってくる日数を言ったわけではないのです。
「さて、心の準備はできたよね。お母様の修行に耐えられたら大丈夫。短剣だけ持たされてダンジョンの最深部から戻ってこいだとか、スタンピードの魔物の海の中に投げ入れられるとか、パニックルームに三日間閉じ込められることに比べれば、可愛らしいもの」
「自分たちはそんなことはしていない」
「ガラクシアース伯爵夫人の修行は鬼畜だと思いましたが、まだ地獄の修行があったのですね」
「……」
あら? どうやら修行内容が違ったようです。それなら、少し厳しいかもしれません。
「レイモンド。その荷物をかせ、俺が持っていく。ガリウス、食料を団長と俺たちの分に分けろ。お前たちは詰め所で待機だ」
結局、人数を更に減らして、目的を達成するということのみに重点をおく選択肢を、アルはしたようです。第二王子、それは貴方がしなければならないことですよ。
「アル様。だから私はお聞きしましたよね。今回の依頼内容を。こういう事を防ぐためにも、情報開示は必要なのです」
そして、薄暗いダンジョンの中を足早に進んで行きます。私を先頭にして、その後ろに第二王子、
「すまない。しかし、俺の一存では」
話をしながらでも進む速度は落とさず、邪魔な障害物は剣で吹き飛ばします。ああ、表現がおかしいですわね。剣で切りつけながら、頭上に飛ばします。飛ばされた肉塊はアルの背後に落とされるように計算しているので、進行の邪魔になることはありません。何れダンジョンに飲み込まれていくことでしょう。
「右側に落とし穴ありますよ……それは馬鹿王子が口止めしたのですか?」
本当にこのダンジョンは何かおかしいです。水妖系の魔物が多いのは、そのダンジョンの特性と言うべきなのでしょう。しかし、道が一つしかないのがおかしいのです。まるで、最深部に導くように。
罠がありますが、まるで子供だましのようなものばかり、普通であれば、行くてを阻むように落とし穴があってもいいのですのに、右の端にあって誰が引っかかるというのでしょう。
「言っておきますが、私の指示ではありません。国王陛下の命令です」
国王陛下ですか、お母様が異様に国王陛下を嫌っていますので、もしかして娘の私に嫌がらせでもしようとされたのでしょうか。
「それから私は馬鹿王子という名ではありませんよ」
私の言葉に文句を言ってきましたが、馬鹿王子でいいのではないのでしょうか?
「それで、ここには何があるかいい加減に教えて欲しいのだけど馬鹿王子」
「いやですから。私にはジークフリートという名がありますよ」
「団長と呼ぶように強要したにも関わらず、指揮が取れない団長に名前があったのですか? 馬鹿王子」
「ぐっ……」
第二王子は押し黙ってしまいました。団長となれば、その一言で多くの命を失うこともあるのです。どのようなことがあっても思考を止めるというのは愚かなことです。
「やはり、仲がいいじゃないか」
「アル様。仲はよくありません」
そんなことを言いながら進んで行くと、少し開けたところに出ました。周りを見渡すと、杭を打った跡や、地面をならした痕跡がありますので、ここで休息を取るところなのでしょう。
「休憩しましょう。仮眠を取ったら出発しますよ」
すると第二王子は崩れるように地面に倒れ込みました。情けないですわね。
私は亜空間収納から一人用のテントを取り出します。これは休憩用に買ったものでしたが、ほとんど使うことはありませんでした。組み立ててあるまま、亜空間収納に仕舞っていましたので、取り出せば使える状態にはなっております。
「どうせこういう物を用意していないと思っていたけれど、馬鹿王子。寝るならここで寝てもらえる?死体のように転がっていたら踏むよ」
私の悪口に返す元気もないのか、大人しく身体を引きずりながらテントに入っていく第二王子。よくこれで死の森から生きて帰れましたね。
「シア。あれはシアのテントだろう?」
アルが既にテントの中に身を隠してしまった第二王子を睨みながら言ってきました。
「あれは王都の冒険者ギルドで初心者にはコレが必要だリストに乗っていた安物です。使ってみれば雨とか風とかが入ってきたので、使えなかったものです」
これは繕い物もすべきだという教材なのかと思うことにして、放置していたテントです。
そして、私は空間に手を突っ込んで、別の物を引っ張り出します。それは先程より一回り大きなテントですが、見た目は一人用のテントです。
「今はお母様のお下がりを使っています。少しお茶休憩したいと思ったときに重宝しているのですよ」
すでに組み立てられたテントを地面に置き、革で出来た入り口をめくりあげれば、木の床が広がっていることが窺い知ることができます。
「このテントの周りでは弱い魔物は寄ってきませんから、ゆっくり休めますよ」
「もしかしてドラゴンの革で作られているのか?」
そうなのです。このテントの布地はドラゴンの革で作られており、弱い魔物はそれだけで寄ってこれないのです。
すると、アルが背負っている箱からゴソゴソという音が聞こえてきました。え? 生き物が入っているのですか?
しかし、聞いても答えてはくれないでしょう。今は休めるときに休むべきです。
「アル様どうぞ入ってください。中は空間拡張が施されているので、休むには十分な広さはありますよ」
私が勧めると、アルは身を屈めて中に入っていきます。その後ろから私は入っていき、入り口を閉じました。
入り口からは木の床の廊下が伸びており、その両側に扉が二つずつあり、突き当りにも扉が存在します。
その突き当りの扉を開くとキッチンとダイニングとリビングが一つの部屋に存在する広い空間が広がっています。これを私が譲り受けたということは、お母様の使用しているテントはもっと機能が充実しているということなのです。
「ここで料理ができるのであれば、携帯食などいらなかったな」
「アル様。だから、教えてくださいと何度も言ったのです。それにダンジョンの中で数日過ごしますのに、テントもお持ちでなくてどうするつもりだったのですか?」
はっきり言って私のような亜空間収納持ちはほどんど存在しません。これは維持をするのに膨大な魔力を消費するのです。戦う身で荷物を入れるためだけに、膨大な魔力を消費するなど、無駄の極みというものです。でしたら、ポーターを雇うほうが効率的です。
先程の赤竜騎士のお二人もその役目だったと思われます。一人はこのダンジョンの目的地に運ばなければならない物を。もう一人は三日分の食料と水を背負っていたのです。そこにテントが入るという選択肢が無かったのでしょうが、ダンジョンを侮っていると痛い目に遭うのですよ。
「神殿の中は魔物はおらず、巨大迷路のようなところだったから、必要ないと判断した……ようだ」
アルがソファに腰を下ろしながら、答えてくれましたが、第二王子の指示のようですね。そもそもそこはダンジョンですらなかったですが。
「そうですか。汚れを落としてから食事にしますので、少し待っていてくださいね」
「ん?シアが作るのか?」
「料理は毎日作っていますよ」
貧乏貴族は料理人を雇うお金がありませんから、ばあやと妹と三人で作っています。
「それは楽しみだ」
アルの口角がわずかに上がっていますが、ネフリティス侯爵家で食べるような料理は作れませんよ。
そう思いながら私は先程入ってきた扉を開け戻って行きます。実はこの廊下の左右の扉の一つがシャワールームなのです。そうなのです。キッチンがあるということは、水回りが完備されているのです。四枚の扉の内側は、シャワールームとランドリールームとトイレと分かれ、最後は食料庫になっているのです。これを作るのにいくらお金をかけたのかはわかりませんが、西へ東へと忙しく移動しているお母様には必要なものだったのでしょう。
本当にダンジョンって嫌ですわ。埃っぽいですし、独特の匂いがありますし、好き好んで潜りたいとは思えませんわ。
補足
第二王子がダメ人間のような印象ですが、今までは普通に騎士団の団長として問題なくやってきました。ただ、フェリシアが絡むと色々ボロが出てきたようです。
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