第9話 干渉をするモノ

「美味しい」

「お口にあって良かったですわ」


 身なりを整え、髪の色も目の色も元に戻した私を見たアルが、自分もシャワーを浴びたいと言ってきましたので、その間に作った簡単な料理がダイニングテーブルの上に並んでいます。今日はサラダとスープとお肉のハーブ焼きにパンですわ。そして、四人掛けのテーブルに私とアルは向かい合って食事を取っていました。


 この料理にはほとんどお金はかけていません。お野菜は農家の方の依頼で畑を荒らす魔土竜もぐら駆除で報酬としていただいたものですし、お肉も依頼の途中で見つけた魔鳥を狩ってきたものです。ですから、パンぐらいしかお金をかけていません。


「これを食べたらアル様は休んでくださいね。私は三日ぐらい寝なくても大丈夫ですので」


 機嫌よく食事をしているアルに仮眠するように言います。すると、アルは食事の手を止めて私を見てきました。機嫌が急降下していっている気がします。


「シアが休め」

「アル様。私は気が付かなかったのですが、あの中身……」


 私は部屋の隅に置かれた箱を指で指します。先程ゴソゴソと音がしていたものです。


「死にかけの何かが入っているのではないのですか?」


 私が気づかないほどの微弱な魔力。これは生きているのが不思議なほどです。


「それならそうと言っていただけなければわかりません。進むスピードも、もう少し考慮しましたよ」


 今までアルは背負うのモノを気遣いながら進んで来てくれたのでしょう。


「所詮部外者である私を信頼できないのは仕方がありません。しかし、これが冒険者として依頼を受けたのであれば、この場で受領反故を申し出てもおかしくない対応です。これと同じことを以前お母様にしたのであれば、依頼を受けたくないというのもわかります」


 これが国からの依頼だとしても、情報開示があまりにもされていません。ダンジョンの場所を隠すことも、本来の入り口をカモフラージュするために、それらしい入り口を作っていることも、最深部に持っていくモノが死にかけている何かだということも、何もかもがこの場に来て知ったことです。

 もしこれが『黄金の暁』であれば、情報を開示されない時点で断っていたことでしょう。

 だからお母様は『冒険者アリシア』に頼むのであれば、その場に『ネフリティス副団長』を連れて行くようにと言った。

 ここまで来て引き返すことはできません。


「もう聞き出そうとは思いませんから、アル様は休んでください。『進むペースは私が決めます』ここに入るときに私が口にした言葉です」


 そう言い切ってアルに視線を向けますと……正面にアルの姿がありません。気配を感じて斜め上を見ますと、何とも言えない表情をしたアルが立っていました。いいえ、元から無表情なのですが、今まで見たことがない虚無感に包まれた雰囲気を醸しています。

 え? 私が休んで欲しいと言ったのが、そんなに駄目だったのですか?


「俺はシアに捨てられるのか」


 ……どうしたら、そのような言葉が出てくるのでしょうか?


「アル様。私は身体を休めて欲しいと言っただけですわよ?」

「俺のことが嫌いに……」


 だから、どうしたらそのような言葉に変換されるのですか?

 すると上からポタポタと水が……えー! 泣いている! 私、アルを泣かせてしまったのですか!


 わたわたと焦る私に、声も無く涙を落とすアル。

 私、アルを泣かすようなことは何も言ってはいませんわよ。これはきちんと説明が必要なのでしょう。


 私はアルの頬にハンカチを置いて涙を拭い、腕を引っ張ってソファに座るように促します。

 そして、アルの横に腰を下ろしました。


「アル様。私がアル様を捨てるなどということはありませんよ」


 この婚約は何がなんでも、手放すわけにはいきません。お金の為に!

 逆に私が捨てられることはあるかもしれません。戦うこと以外なんの取り柄もないのですから。

 私はアルの手を握ります。


「私はアル様のこと好きですよ? 何か私の言い方が悪かったのでしょうか?」


 見上げるとアルの涙は止まったものの、戸惑うような雰囲気を背後に背負っていました。

 私が先程言った言葉を思い返してみても、捨てるとか、嫌いだとか、そのような言葉はひとつも言ってはいません。

 するとアルは懐から一本の短剣を取り出してきました。どうしたのでしょう。

 その短剣の鞘を抜いて、そのまま自分の太ももに突き刺し……何をしているのですか!私が、慌ててその短剣を引き抜こうとすると、その手を逆にアルから握られてしまいました。


「シア。時間が少ししかないから聞いてくれ、俺たちは何も知らない。以前、この儀式に参加した者も知らない・・・・のだ。唯一・・知っている伯爵夫人は言いたくないの一点張りだった。だから、俺もあの中身は知っているが知らな……」


 アルは何かからの力に抗うように、言葉を吐き出したかと思うと、少し斜め上を見上げ、ふぅと息をひと吐きして私を見てきました。


「シアは何も悪くない。シアが作ってくれた食事を食べようか」


 たった今話したことが無かったかのように、アルは食事の続きをしようと言ってきました。そう突然話を変えたのです。これは馬車の中で見た光景と同じです。

 私が今回の依頼内容の話をしていると、突然、お家騒動が勃発する言葉を口にしたのです。


 お母様、娘の私に一言連絡を入れてくれても良かったのではないのですか?お陰で色々問題が発生しているのではないですか。


 心の中でお母様に文句を言いながら、私はアルの太ももから短剣を抜き、治癒の魔術を使って傷口を治します。


「シアに怪我を治してもらうのは久しぶりだ。シアの魔力は優しくて気持ちいい」


 確かに昔はよくアルの傷を治していました。アルの剣術の授業に参加して、アルを再起不能にしたり、魔術の授業に参加してアルをボロ雑巾のように地面に転がしたり……アルの怪我は私の所為でしたね。何故か講師の先生方からは上達速度が上がったと、私が褒められましたけれど。


 それから、私とアルは食事をして、アルは第二王子の様子と外の様子を見てくると言って、部屋を出ていきました。


 ということは、私は怪しい箱と二人っきり(?)になったのです。そっと部屋の隅に置かれた箱に近づいていきます。大きさ的には三歳の子供が入りそうな大きさではあります。ここまで近づいても魔力を感じないということは、生命を維持するための魔力すら乏しいということなのでしょう。

 私がその箱に手を伸ばそうとすれば、横からガシリと手首を掴まれました。


「何をしている?」

「アル様、おかえりなさい。第二王子はまだおやすみでしたか?」

「俺は何をしていると聞いている」


 あら? 手首がギリギリと絞められていっていますわ。


「実はこのテントに回復の陣が常備されているのですわ。お母様が作ったものなのです。そこに移動させれば、少しは回復するかと思ったのですが、駄目でしたか?」

「必要ない」


 必要ないですか。これはそんなものでは、回復しないということですわね。しかし、なんだかイライラしますわ。


 アルの精神に干渉しているコレに。


 アルとコレを引き剥がしたいのですが、お母様が何もしなかったということは、無駄だということでしょう。しかし、アルに休んで貰わないと困りますわ。


「アル様。少しだけ仮眠をしましょう」

「寝ずとも何も問題はない」


 ……箱ごとぶっ壊してもいいかしら?しかし、中に何が入っているか不明ですし、目的に何があるのかもわかりませんし、国が管理している何かを破壊して、私が借金を増やすわけにはまいりません。そうですわね。


 私はアルを見上げてニコリと笑みを浮かべます。


「では、一緒にお昼寝をしましょう。子供のときのように二人で」

「二人で……」

「はい」

「子供のときのように……」

「はい」


 すると、ピリピリしていた雰囲気が和らぎ、アルの口元がフッっと緩みました。すると、締め付けられていた手首を引っ張られ、そのまま抱き寄せられました。自分で提案しておきながら、失敗してしまったかもしれません。私の方がドキドキして休めなさそうです。


「シア。寝室はどこだ?」

「ふぉ! し……寝室ですか?」


 寝室と改めて言われると、ドキドキ感が半端ないのです。なんかいけないことをしている気になってしまいます。


「あの……先程話した回復の陣がある部屋はいかがでしょうか?床にラグが敷いてあってお昼寝にはいいと思いますの」

「ではそこの部屋は?」

「あちらですわ」


 私は部屋の奥にある白い木の扉を指し示しました。すると、そのまま私は抱えられ、回復の陣がある部屋に連れ込まれました。そこは淡いオレンジの間接照明の光に満たされた一室です。私から言えば物置ほどの広さしかありませんが、回復するための部屋に使うのであれば、十分です。そもそも、野宿をしていてこのようなテントを持っている自体が贅沢なのでしょう。


 アルはふかふかの毛皮のラグの上を進んでいき、クッションが並べられた一角に私を下ろしました。実は実際にこの部屋を使用するのは今日が初めてなのです。今まで、泊りがけの仕事をすることがありませんでしたので、使う必要が無かったのです。


「あっ」


 アルが突然声を上げました。何かを思い出したのでしょうか。すると、私の隣に跪いたアルが私の右腕を持ち上げました。


「シア。すまない。手首が赤くなってしまっている」


 あら? この回復の陣に回復以外の効果があったのでしょうか? アルが先程の行動を謝ってきました。


「これぐらい大したことはないですよ」

「しかし……「アル様」……」

「何も聞きませんから、休みましょう。明日は速度を落として、移動に一日かけましょう。その翌日に万全に体調を整えて、最深部に行ったほうが無難ですね」


 するとアルに抱きしめられ、そのままクッションに身を沈めました。ひゃぁ!この状況は近すぎます。昨日から距離感がおかしいですわ。


「シア。俺たちも今回の事は国王陛下から命令されて何も調べなかったわけではない。ただ、箱をダンジョンの最下層まで持っていくだけという命令に疑問が湧かなかったわけではない」


 私がこの状況に身を悶えていますと、アルがポツポツと語り出しました。恐らく今まで、言いたくても言えなかったのでしょう。あの箱の中身の所為で。


「約二十年から三十年周期で行われていることだということまでは突き止めたが、それ以上の情報が何もなかったのだ。綺麗さっぱりと何も出てこなかった、まるで削除されたかのように」


 精神を干渉されて、記憶までも干渉したということでしょうか。なんと恐ろしいモノが箱の中にいるのでしょう。


「唯一二十五年前にこの儀式に参加した人の中でその記憶を維持しているのが、ガラクシアース伯爵夫人だけだった。しかし、そのことを聞こうとすると、『あら? やっぱりジークに回って来たわね』と言われたんだ。そして、『貴方の剣の師になるように命令されたときから嫌な予感はしていましたが、唯一の希望は死の森を生き抜けたことかしら?それならば、全力で抵抗しなさい』と言われた」


 アル。お母様の口真似はしなくていいですわ。

 全力で抵抗ということは、精神干渉のことですわね。“死の森”は別名“狂いの森”とも言われ、全てが狂わせられる森です。方向感覚も時間感覚も視覚も嗅覚も全てが、森から発せられる濃厚な魔力によって狂わせられるのです。その森から脱出する条件は自分の魔力で自分自身を守り、森からの干渉を防ぐことのみ。


「ガラクシアース伯爵夫人はこうなる未来を知っていたのだ。だから、シアを巻き込むように言ってきたのだろう。しかし、俺がシアを巻き込むのを拒んだ。シアを危険な事に関わらせたくないと思っていたのに……」


 結局、私を巻き込んだと。ということは箱の中のモノの意志がガラクシアースが関わることを望んだということですか。


 ポツポツ語っていたアルは回復の陣の効果が効いてきたのか、そのまま眠ってしまいした。結局、人は眠って回復するのが一番です。


 しかし、箱の中身はこのガラクシアースを望んだと。我々、ガラクシアースが何者かと知っているということでしょうか?



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