第7話 不可解なダンジョン
「エルディオン。私が居ない数日はネフリティス侯爵家にお世話になりますが、ファスシオン様の言うことを聞くのですよ」
「わかったよ。姉様」
私はほんわかと笑顔を浮かべている弟のエルディオンの姿を見て不安しかありません。過保護と言ってしまえば過保護なのでしょうが、下手をすると『街に行って自分の代わりにパンを買ってきて』と言われれば、『わかったよ』と答えて一人で街に行って、弟の容姿から攫われてしまう可能性があるのです。これが領地でしたらここまで心配はしないのですが、王都には犯罪がなく平和かといえば違います。下街に行けば黒竜騎士の姿を見かけない日は無いほど、何かしらの問題が起きているのです。
「ふむ。ワシが付いておるので安心して行ってくるとよい」
昔は金髪だっだと思われる白髪の
これはアルから前ネフリティス侯爵様にお願いしてくれたのです。
「義姉上。私もついていますから、義姉上は怪我なく戻ってくることだけを考えてください」
この場にファスシオン様がいることに、私は疑問に思っています。この時間にファスシオン様がいるということは、学園を休むつもりだということです。そこまでしていただくことは無いと思うのです。学業は大切だと思います。
「あの……お願いしている立場であるのですが、ここまでしていただくつもりはなく「よいよい」……」
何が良いのでしょう?
「孫が遊びに来ただけのこと。そなたが気にする程ではない」
「ほら、シア行くぞ」
まだ前ネフリティス侯爵が話しているというのに、アルに肩を抱かれ、待機している馬車に乗るように促されました。
でも……まだ……あの……はい、行きます。
弟のエルディオンが心配ですが、ここでは人の悪意にさらされることはないでしょう。エルディオンが変な気を起こして外に出ない限りは。
私は後ろ髪を引かれながら、ネフリティス侯爵家の馬車に乗り込みます。そして、定位置でありますアルの隣に腰を下ろしました。今日も黒髪の冒険者アリシアの姿です。
結局昨日は依頼の詳しい内容を教えてもらうことが出来ず、何があっても対処できるように色々亜空間収納に詰め込んできました。
そして、馬車の中は厚いカーテンを引かれ外が見えないように、なっています。これは私に場所の特定をされないためでしょうか?
元々怪しい依頼だと思っていましたが、増々きな臭くなってきました。
「シア。エルディオンのことは、そこまで心配しなくてもいい。ファスシオンがついているし、お祖父様の屋敷の警備は万全だ」
アルは心配する必要はないと言ってくれます。ただ、人様の家にお世話になっているということが私は引っかかっています。
お世話になっているからと言って、あれを手伝おうとか、これを手伝おうとかするでしょう。
「アル様。エルディオンを侮ってはいけません。これで大人しくしてくれているなら、私と妹が揃って王都に来ることもありませんでした。しかし、今言っても仕方がないことですね」
問題は他にもありますが、今日と明日の二日間、妹のクレアにはお茶会の予定が入っています。何故かお茶会に参加することに、意気込んでいるクレアにエルディオンの首根っこを押さえておいて欲しいとはどうしても言えませんでした。
昨日、クレアは右腕を素早く繰り出す練習をしていたのですが、お茶会に必要な動作とは思えなかったです。
私が考え事をしていますと、アルに腰を引き寄せられました。
「シア。ガラクシアース伯爵夫人は三日程だと言っていた。三日後には戻ってこれる」
アル、今その情報をくれるのですか? それは昨日聞きたかった情報ですわ。
「シアはその三日間は怪我をしないように気を配っていればいい。あとフードを深く被って顔はさらさない。俺の側から離れない。ジークフリートとか他の者たちと話をしない」
最後の部分がよくわかりませんわ。ある程度コミュニケーションをとっていないと、いざという時に行動ができません。共に行動するのであれば、信頼関係は必要ですわ。
「お話ぐらい、いいのでは?」
私は斜め上を見上げて首を傾げます。すると更に抱き寄せられ、身体が密着するほどの近さにです。思わず顔に熱がこもってきました。心臓もドキドキして、肩もギシギシと……ギシギシと痛いです。え? 昨日に引き続き物理的に噛まれています?
「アルフレッド様!」
先程まで空気のように存在感を消していた、侍従コルトが声を上げます。
「フェリシア様がお可愛いいのは誰もが認めることですが、フェリシア様の婚約者はアルフレッド様ですので、誰も取っていきませんよ」
侍従コルト、アルは私と第二王子が仲がいいと勘違いしているから、怒っているのですわ。私が可愛いとか、婚約者云々は関係ありませんわ。
「しかしコルト……」
あ、肩が解放されました。戦闘に長けた私達はこれぐらいの傷は簡単に治りますが、ダンジョンに潜る前に怪我をすることになるとは思いもよりませんでした。
「アルフレッド様。侯爵と成ることを決められたのであれば、フェリシア様は侯爵夫人となり社交を行っていかねばなりません。お話ぐらいは許容されてはいかがですか?」
侍従コルトの言葉にアルは思ってもいなかったのか『なんだと』と言葉を漏らしています。
アルが侯爵に立てば婚約者である私は必然的に侯爵夫人となることにでしょう。しかし、私はガラクシアースですので、最低限の貴族の令嬢としての教養しかありません。
アルは何を思って侯爵に成ると決めたのかわかりませんが、私はそのようなことは望んでいませんよ。
驚いて固まってしまっているアルの人を食ったような口元を拭います。そんなに驚くことは侍従コルトは言っていませんよ。
そして、目的地に着いたのでしょう。馬車がガタンと揺れ、馬車留めが置かれたようです。ただ、未だにアルは放心状態から回復しておりません。
視線だけを侍従コルトに向ければ、声を出さずに口パクと身振り手振りで私に訴えてきました。え?それは……私が?
それを行わなければならないのでしょうかという視線を送れば、侍従コルトは深く頷いてきました。
ふーっと息を一つ吐いて落ち着きます。しかし、心臓がドキドキしていることには変わりません。
座席に膝で立って、放心しているアルのキラキラ王子の顔に近づいて、その頬に唇を落とします。
「アル様。到着したようですよ?」
すると、瞬きを何度か繰り返したアルが私に視線を合わせてきました。
「アル様。着きましたよ」
私はニコリと微笑んで首を傾げます。そんな私の腕を引っ張り、アルは私を抱きしめてきました。
はぅ! 顔が熱いです! 心臓がドキドキしています! 肋骨がギシギシいっています……。私はダンジョンに潜る前に命の危機に瀕していました。
「……(まさかこんな落とし穴が……地位を得れば守れると思ったが、更に問題が……しかし今のままだと……)」
ボソボソとアルは口にしてますが、落とし穴はどこにもありませんでしたよ。
「アルフレッド様。大旦那様を見習えばよろしいのですよ。それから、既に皆様がお待ちですので、いってらっしゃいませ。私めは三日後にお迎えにまいります」
侍従コルトはそう言って馬車の扉を開きました。そこからはダンジョン特有の湿気の匂いと魔物の何とも言えない匂いが漂ってきました。もしかして、既にダンジョンの中にいるのでしょうか?
「ああ」
アルは一言答えて、私を解放してくれました。そして、私を抱えたまま馬車を降りて行きます。
あの……私は自分で歩きますよ。
外に出れば、仄かな青白い光に満ちた、周りを岩盤に囲まれた巨大な半球状の空洞でした。
青白い光は空中に浮遊しながら発光するとても小さな虫です。それが壁や天井についていたり、空中を浮遊しているのです。
正面には昨日会った第二王子と、あとお二人が臙脂色の隊服を着て背後に控えていました。昨日と比べてかなり人数が減っています。どういうことでしょうか?
その赤竜騎士たちの背後には古代神殿のような真っ白な石の建物が岩に埋まるように造られています。
これがダンジョンなのですか?
「遅かったですね」
銀髪を揺らしながら、こちらに第二王子が近寄ってきました。が、途中で足を止め、私のある一点に視線を留めました。
「怪我をしているようですが?」
第二王子が自分の首元を指して言ってきました。もう傷は塞がっているので、依頼遂行には問題ありません。
「問題ありません」
「ならいいですが……アルフレッド。私を睨むな。では、時間が惜しいので行きましょう」
第二王子は挨拶もそこそこというか、その言葉が私の肩を見て吹き飛んでしまったようです。そして、踵を返し白い建物の奥に行こうと足を向けていました。
私はその背中を見て首を傾げてしまいました。何をしているのでしょう?
アルが私を抱えたまま歩き出そうしましたので、引き止めます。
「アル様。いざというときに動けないのは困りますので、下ろしてください」
「シアは道を示してくれれば、それでいい」
その言葉を昨日も聞きましたが、それでは私が困ります。
「冒険者はその場に立って空気を感じて正しい道を選択して進むのですよ。アル様はこのまま赤竜騎士団団長に付いて行くのですよね。それは正しい選択ですか?」
ここに私を呼んだ理由は何かと、アルに問いました。
「違うのか?」
アルは第二王子の背中を指して言います。正確にはその奥の白い神殿のような建物です。私はニコリと微笑み頷きます。
「ジークフリート団長。そちらではない」
アルは私を下ろしながら、第二王子に声を掛けました。すると、第二王子は振り返りながら驚いたように目を見開いています。
「しかし、ガラクシアース伯爵夫人は入り口を入って真っ直ぐに進むようにと言っていた」
第二王子がお母様の言葉を口にしています。私は既に馬車がいなくなった背後を振り返り、光が漏れる入り口を見て、神殿を見ます。
勘違いが酷いですわ。
「赤竜騎士団団長様。入り口はあちらですよね。神殿に行くには斜めに進まなければなりません。どこがまっすぐなのですか?」
「団長。そもそもダンジョンの入り口が違っていたってことじゃないですか」
「それは目的地まで、たどり着きません」
赤竜騎士の二人の方が肩をすくめながら言っています。第二王子であり団長という立場の人にトドメのように指摘するとは、赤竜騎士団は仲がよろしいのですね。
「一番初めもジークフリートがこっちだと言って、自ら進んで行っていたな」
アルも冷たい視線を第二王子に向けています。その第二王子はふるふるとしながら、顔を赤くしていました。
「昨日と今日とで団長もかたなし……あ、すみません。口が滑りました」
「お前は黙っておけ」
昨日と今日? 肩書が崩れるほどの何かがありましたか?
しかし、これはとてもおかしな事が起きていると気がつきました。何故、依頼主である第二王子自身がダンジョンの入り口ですら知らないのでしょう。
「とととと……取り敢えず」
第二王子はとても動揺しているようです。そんな状態でダンジョンに潜っても大丈夫でしょうか?
「本来の入り口はどこです」
私はその言葉に岩の壁の一角を指し示しました。そこは岩の亀裂が入った岩壁があるのみ。しかし、そこからダンジョン特有の湿気の匂いと独特の魔物の匂いが漂ってきます。
「確かに入り口からまっすぐですね」
「確かに」
赤竜騎士の人はウンウンと頷き、第二王子は『まさか』という疑心暗鬼に囚われたような表情をしています。
「シア。行こうか」
アルは何故かごきげんで私の背中を押すのでした。
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