第6話 侍従コルト
「アルフレッド様。馬車を路地に入ったところに停めております」
扉がノックされて聞き慣れた声が耳に入ってきました。どうやら、アルの侍従が迎えに来てくれたようです。
「コルトか。思ったより早かったな。入って来てくれ」
扉が開きますと、ロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけ、ブルーブラックの落ち着いた色合いのスーツを着たアルの侍従が入ってきます。
「はい、このような時間に呼び出されることはありませんので、何かあったのかと急いでまいりました。それに気になる報告も受けましたので」
確かに普通でしたら、今の時間であればアルは赤竜騎士団の本部に詰めていることでしょう。午前中に、それも貴族街ではなく、一般庶民が暮らす地区に来るように言われれば、何かあると思って当然です。
そして、アルの侍従は私の方に視線を向けて、頭を下げてきました。
「これはフェリシア様。今日の装いはいつもと違ってガラクシアース伯爵夫人を思わせる勇ましさがございますね。とてもお似合いでございます」
相変らずアルの侍従の目は素晴らしいですわ。実はこれはお母様が着なくなったベスト状の鎧と外套を譲り受けたのです。
「ふふふ。コルト、私はまだまだお母様の足元にも及びませんわ。今日もお母様の手の上で転がされてきましたのよ?」
「さようでございますか。その件でアルフレッド様とご一緒にお帰りとなったのでございますね。あの者が焦って何事かと思えば、まだまだでございますなぁ」
最後の言葉の意味はわかりませんが、侍従コルトは一人納得しているようです。
「そうだ。その件で少し話したいことがある。取り敢えず馬車に行こう」
そう言ってアルは私を抱えて立ち上がりました。あの……歩けますよ?
私達はカフェに入る前に通った路地まで戻り、そこに待機していたネフリティス侯爵家の馬車に乗り込みました。私とアルが隣同士で腰を下ろし、向かい側に侍従コルトが席につきました。そして、ゆっくりと馬車が動き出します。
「コルト」
「はい、なんでございましょう」
「兄上を排除するにはどうすればいい?」
アルは諦めてはいませんでした! 私は思わずアルの腕を掴んで、首を横に振ります。
「そうですね。ギルフォード様が次期当主として認められている理由は、偏にカルディア公爵令嬢が婚約者であるからでしょう」
シャルロット・カルディア公爵令嬢。彼女は幾度となく私に文句を言ってきた公爵令嬢です。シャルロット様は私より一つ年上なのです。そして、公爵家という家柄であれば、婚約者は直ぐに決まって当然。しかし、シャルロット様の婚約が決まったのは十六歳のときです。
「やはりそこか」
「問題は互いに引くことができないということでございましょう」
そうです。何が問題だったか。彼女はとても我儘だったのです。いくつかお見合いをしましても、アレが嫌だとかコレが嫌だとか本人を目の前にして言うのです。それは相手の方も断るでしょう。そして十六歳になるまで婚約が決まることはありませんでした。ですので、生まれた時に婚約が決められた私に何かとケチを付けて文句を言ってくるのです。
「父上も何故あんな公爵家の口がうるさいだけの女を家に入れようとしたのか」
「あの時は仕方がなかったのでしょう」
あの時……それは二年前にギルフォード様の婚約者の方が病で亡くなり、嫡男としての体裁を整えるためにシャルロット様との婚約が成立したのです。
しかしお二人の仲は壊滅的に悪いのです。いいえ、最初はギルフォード様も心を寄せようと努力をしておられましたが、シャルロット様の一言で関係は修復も出来ないほど亀裂が入ったのです。
『何故。このような年上の者が婚約者なのですの!』
年齢は自分では決めることができませんし、貴族の婚姻では十や二十離れていることはそれほど問題にはなりません。
現在ギルフォード様は御年三十歳。シャルロット様十九歳。何も問題は無いはずです。
「兄上もさっさと婚約破棄でも突きつけておけばいいものを」
「ギルフォード様の立場では、それも難しいでしょう」
普通であればギルフォード様が婚約破棄を突きつければよろしかったのですが、ここで問題になるのがギルフォード様が前妻の子供という立場です。私はよく知りませんが、前妻とネフリティス侯爵様との間に色々あったらしく、強く言えない立場だと言うことです。
「一年後にはお前たちもあの女に頭を下げなければならないんだぞ」
「私めは一生をアルフレッド様に捧げるつもりでありますので、二年後にはアルフレッド様に付いて行くつもりであります」
侍従コルトは他人事のように言っていますが、シャルロット様が二十歳になれば婚姻しネフリティス侯爵夫人になる予定です。その一年後には私は契約通りアルと婚姻し分家をいう立場になりますので、本家の女夫人に頭を下げなければならいことには変わりありません。
「しかし……そうですなぁ。大旦那様に頭を下げては如何でしょうか?」
「コルト。このままお祖父様の屋敷に向かってくれ」
え? ちょっと待ってください。何か話がとても大きくなっていませんか? それに私は前ネフリティス侯爵様にお会いできる格好ではありません。
「アル。私を途中で下ろしていただきませんか? 私が突然お訪ねするのも失礼ですが、この格好は色々問題があると思うのです」
「シアは可愛いから大丈夫だ」
アル。それが大丈夫な理由にはなりません。
「フェリシア様であれば、大旦那はいつでも歓迎してくださるでしょう」
侍従コルトは前ネフリティス侯爵様が歓迎してくれると言ってはくれていますが、私には心の準備というものが、いきなり過ぎて出来なさそうですわ。
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侍従コルトSide
皆様お初にお目にかかります。
アルフレッド・ネフリティス様に仕えております侍従のコルトでございます。普通であれば、私のような初老の者よりも歳が近い侍従を充てがわれるのですが、アルフレッド様ご希望で私めが仕えております。
それはもちろん婚約者であるフェリシア様がおられるからでございます。
お二人は毎週白の曜日に室内デートを繰り返しておられるのですが、我々家人の者はその二人の姿を微笑ましく見守るのが務めであります。なんといいますか、お二人の時間はゆっくりと流れており、言葉少なく近況の話をしているのです。
アルフレッド様はいつものように、表情が表に出ず、ぶっきらぼうと言って良い感じでありますが、とても機嫌がいいのが見てとれます。それに対しフェリシア様はいつもニコニコと笑みを浮かべ、アルフレッド様の些細な表情の変化も汲み取っていただける素晴らしい方なのです。
時々アルフレッド様はいつもネフリティス家の室内ばかりだと飽きるだろうと、外に行くことをお誘いしていますが、内心はそんな事は一欠片も思っていないことを、私めは知っております。
フェリシア様本人は気にされていないようですが、フェリシア様のお姿はすべての色を排除した白い御髪に透き通るような白い肌。そして、全てを見通しているかのような煌めく黄金の瞳。その容姿を例えると光の妖精と言われているほど美しいのです。
ということは、フェリシア様が外に行けば人の目を惹きつけてしまうのは必然的。アルフレッド様はそれを少なからずよくは思っておらず、外にお誘いしてはフェリシア様からいつも通りネフリティス侯爵邸の方がいいと言われ、安堵と喜びに打ち震えていることは、このコルトのみが知っています。
そして、私めがアルフレッド様に指名された訳は、年若い者だとフェリシア様に見惚れることがありますので、今も昔も私めがアルフレッド様の侍従を務めているのです。
さて、私めの話はここまでにいたしましょう。
まだ太陽が東に傾いており、そろそろ奥方様のお茶の準備をしなければならない時間に差し掛った頃、ネクタイピンに偽装した魔導通信器が点滅して緊急の連絡が来たことを知らせています。
「何かありましたかね」
通信器を起動し、相手の要件を聞き出します。
『サルス地区のマクルです』
おや? 珍しい人物から連絡が来たものです。カフェのマスターをしている彼ですか。それも何か焦っているようです。
『侍従コルト様。アルフレッド様から迎えの馬車をよこして欲しいと言われたのですが……あの……その……』
アルフレッド様がサルス地区にですか?珍しいこともありますね。しかし何を言い淀んでいるのでしょうか?
「はっきりと報告しなさい」
『それがアルフレッド様が一般市民と思える女性とご一緒に来店されまして、個室にこもられて、それも女性の方から迫られているようでした』
とても信じられない言葉が聞こえたのですが、私めも老いましたね。聞き間違えをするなど。
「アルフレッド様が女性とですか?」
『はい。黒髪の冒険者風の女性です』
「その女性と個室に入ったというのですか?」
『はい。ご注文の品をお持ちすると、女性の方からアルフレッド様の手を握って何かを訴えているようでした』
私めの脳裏には先日のお茶の席での光景が浮かびましたが、黒髪の冒険者ですか。
『もしかして、アルフレッド様はお心変わりをされたのでは?』
この者は何を言っているのでしょうは。それは世界がひっくり返っても有り得ないです。
「直ぐに迎えに参ります」
私めはそう言って直ぐ様準備に取り掛かりました。
フェリシア様が幼い頃から領地の冒険者ギルドに登録して活躍していることは存じております。が、まさかこの王都でもお姿を変えて冒険者をしていたとはネフリティス侯爵家の情報網もまだまだですね。
私めが
黒髪でもその美しさが変わらず、冒険者の動きやすさを重要視した服装は、少々目のやり場に困るものでございました。そのフェリシア様がアルフレッド様の横でニコニコと笑みを浮かべながら、焼き菓子をアルフレッド様に差し出しているではないですか。
我が家のメイドたちが見れば、澄ました顔をしながら『くふくふ』と声を漏らしている光景でありました。
二人の世界を築いていらっしゃるアルフレッド様とフェリシア様には聞こえないかもしれませんが、私めの耳にはしっかりと届いておりますよ。
最近、アルフレッド様の機嫌が悪うございましたが、今のアルフレッド様はフェリシア様の横で機嫌が良いようで、私めも一安心でございます。
と思っていましたが、馬車の中でアルフレッド様は今まで一度も口にしなかったことを言われたのです。
兄であるギルフォード様を排除するということは、侯爵の地位を得たいという意志を示されたのです。
これは今日、なにかあったのでございましょう。平民の格好をしていてもフェリシア様の美しさに変わりはありません。白髪のフェリシア様は全体的に色がなく神秘的に儚げな容姿でありますが、そこに黒が加わることで目鼻立ちがはっきりしてフェリシア様の美しさが際立っています。
これは誰かに言い寄られたのでしょうか?
我々仕える者としましては、アルフレッド様が侯爵地位に立つことに大いに歓迎いたします。
となれば、大旦那の力が必要になってくるでしょう。
提案させていただきますと、アルフレッド様は二つ返事で了承されましたが、フェリシア様はアルフレッド様が当主に立たれることに反対なのでしょう。先程から青い顔をして首を横に振っています。
フェリシア様。アルフレッド様が当主に立たれたほうが全て丸く収まるのですよ。
その後、大旦那様の滞在されている屋敷に向かい、大旦那様とアルフレッド様が話し合っている間。大奥様が黒髪のフェリシア様を気に入られたようで、フェリシア様は大奥様に着せ替え人形にされておりました。
その後大旦那様方と共に昼食を取られ、お二人の仲の良さを大旦那様と大奥様に見せつけるような微笑ましい光景がありました。
私めには、この光景をずっとお側で見る権利があるのでございます。なぜなら、このコルトはアルフレッド様の侍従であるのですから。
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