第3話 お腹が痛いのですが……


「そこのハゲ。さっきの言葉の意味を教えてくれない?」


 私はアルの口元を拭いながら、ガタイのいいハゲに尋ねます。このハンカチ、乾く前に水洗いしておきたいという衝動が頭の中を駆け巡りましたが、聞いておかなければならないことは、今聞かねばなりません。


「ハゲではなくスキンヘッドだと何度もいっているだろう……まぁ、今回の話を持ってこられたのがガラクシアース伯爵夫人だからだ」


 え?そもそもこの話を持ってきたのが、お母様だったのですか?この王都に来ていただなんて、私は全然知りませんでした。それなら、屋敷に寄って顔ぐらい見せてくださっても良かったですのに。


「今は手が離せない案件があるから、他の人にお願いすると、『冒険者アリシア』に頼むのであれば、依頼料を三分の一ほどに下げてから釣り上げれば、上手く釣れるから、そこに赤竜騎士団のネフリティス副団長をつけておけば、丸くおさまると」


 お母様‼ 全てはお母様の手のひらの上で転がされていたのですか……流石、あの父と結婚してお金を稼ぎながら、上手く領地を回している伯爵夫人です。私などまだまだですわ。


 お母様の手が入っていたのでしたら、仕方がありません。私など、はした金に飛びつく矮小な人間に過ぎないのですから。


「はぁ。それはわかったけど、その作戦をそのまま使ったハゲに鬱憤を晴らしてもいいよね?」

「違うだろう。それから今回のダンジョン調査の依頼は『黄金の暁』と『黒衣のアリシア』に依頼する形だからな。そこは違うだろう?」


 何を言っているのでしょうか?このハゲは……お母様の策に『黄金の暁』を足しただけではないですか。そもそも『黄金の暁』との共闘は嫌ですわ。


「『黄金の暁』と一緒なら依頼は受けない。ちょっとその鎧に魔物の体液がついたぐらいで大騒ぎするなんて、とてもじゃないけど、一緒にダンジョン調査なんてできない」


 私は金ピカの鎧を指します。

 そもそもダンジョンが清潔かといえば違います。色々ダンジョンによって形は異なりますが、限られた空間で魔物と戦闘するということは多少は汚れるのです。それで一々足を止められてしまえば、ダンジョンの調査どころではありません。


「あれが“ちょっと”?」

「あれは酷かったっす」

「ワシでもビビったのぅ」

「『黒衣のアリシア』……いいえ、ガラクシアース伯爵令嬢。魔物を吹き飛ばして、空中で肉塊になるなど、普通はありえません。その所為で血の雨をかぶる身にもなってもらいたいものです」


 何を皆様は言っているのでしょう?珍しく盾のドワーフまで私を非難するように言ってきましたわ。あの大群に襲われているところで、その場で魔物を退治すれば、足元に魔物の死骸が折り重なって、逆に身動きが取れなくなってしまいますわ。その場合は斬りながら遠くに飛ばして足場を確保するのがセオリーではないのでしょうか?


「魔物の体液ぐらい避ければいいじゃない。それから……」


 私は髪と目を黒色に変えます。そして堂々と口にしました。


「私のことは『アリシア』と呼んでください。オルグージョ伯爵家の五男に名乗った覚えはありません」

「奇遇ですね。私も名乗った覚えはありませんよ」


 私と金ピカの間で火花が散ります。そう、『黄金の暁』のリーダーの彼は貴族の血が入っています。しかし、五男ともなると己の身で生計を立てなければならず、普通であれば騎士としての職を得て、騎士伯爵の地位を承るのです。


 しかし、彼はとある騎士団で問題を起こしたらしく、冒険者に成ったという経緯の持ち主です。

 ですから、冒険者ギルドの受付の女性が彼らでは問題が起こると決めつけたのです。


 騎士団と揉め事を起こしたデュナミス・オルグージョの名を持つ彼がいる『黄金の暁』が依頼を受けることに。


 ただ、この依頼にはジークフリート第二王子が絡んでいるため、貴族の出身の者が受けることで、冒険者ギルドとして体裁を整えたいと考えているのでしょう。

 何か問題を起こしたときに背後に貴族の影があるかないかで、騎士団側の対応も変わってくるでしょうから。


「仲がいいな」


 私が金ピカと睨みあっていますと、背後からとても低い声が聞こえてきて、私を抱えている腕の力が増していき、お腹がギリギリと締められていっています。

 アル。仲は良くないので、お腹を絞めないで欲しいですわ。


「アル様。仲は悪いですのよ? 名乗りあったこともありませんから」


 互いに名乗ったことはありませんが、冒険者としての彼が『デューク』と名乗っていることは知っています。しかし私は金ピカでいいと思っています。


「うん。これはアルフレッドの機嫌の為に彼らは外した方がいいですね。こちらとしては、ガラクシアース伯爵令嬢にお願いしますよ」


 第二王子。聞いていましたか? これは冒険者の『黒衣のアリシア』に依頼されたのです。決してガラクシアース伯爵令嬢の私ではありません。


「ジークフリート第二王子様。この依頼は冒険者アリシアが受ける依頼です。お間違えなきようにお願いします」

「では私のことは団長と呼ぶように」


 白銀の前髪をかき上げながら、紫紺の瞳を私に向けて、美人と言われる第二王子が凄く偉そうな顔をして言ってきました。

 あ……なんだか。過去の映像が浮かんできて、イラッとしました。


 いいえ、第二王子ですので、偉い人ではあります。イライラを抑えながら私は笑みを浮かべ先程の言葉の訂正を行います。


「そうですね。赤竜騎士団団長様」


 名は呼びませんよ。団長と呼ぶように言われたのですから、しかしお腹の締め具合が段々とキツくなっているのは気の所為でしょうか?


「ではこの度の依頼は『黒衣のアリシア』のみの同行で問題ないとのことでありましょうか?」


 ハゲは下手に出ながら伺っているものの、どこか安堵しているようにも思える表情をしています。

 そんなに『黄金の暁』に依頼を受けさせたくなかったのあれば、別の人選を……いいえ、一番融通が利くのが『黄金の暁』だったということですか。


 貴族の血を引いていて冒険者という職を選択している時点で普通では無いのです。個性的と言えば聞こえがいいですが、戦闘狂だったり、遺跡巡りの趣味が高じて冒険者になった変わり者だったり、冒険者がかっこいいからと言って冒険者になった者だったり、一筋縄ではいかない性格の持ち主たちです。

 騎士団という集団の者たちと上手くやっていけるかと言えば、かなり厳しいでしょう。しかし『黄金の暁』はまだ他人と歩調を合わせることができるチームだということです。


「問題ないよ。知らない仲でもないしね」


 ふぉ!お……おなかが!このままだと、口からキラキラエフェクトを出してしまいそうですわ。これは貴族云々というより、淑女として人前でそのようなことは絶対に許されません。


「アルさま……すこし……ちからの加減を……」


 締め具合が緩んで、なんとか私は体裁を保てました。危なかったです。命の危機は何度か感じたことはありましたが、このようところで、まさか淑女としての危機を迎えようとは露程にも思いませんでした。


「ジークフリート。シアと仲がいいとはどういうことだ?」


 え? そんなこと一言も言ってはいませんでしたよ。『知らない仲』を聞き間違えたのですか?アル。


「そうだね。屋敷を行き来するぐらいだったね」


 うっ!これはお腹に指が食い込んでいませんか?今付けているベスト状の皮の鎧は普通の服のように見えても、ワイバーンの革でできた鎧なのです。それを革ごと凹ませているのですか?


「それは初耳だ」


 怒気と殺気が混じった空気が辺りに満ちています。しかし目の前の第二王子はそんな重苦しい空気をどこ吹く風かのように受け流し、ニコニコと笑みを浮かべています。

 そして、『黄金の暁』は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、この場からさっさと去って行ってしまいました。赤竜騎士団の人たちはいつもの事だと言わんばかりに一定の距離を保って、二人の間に入って止めようとはしていません。


 はぁ、ここは私が説明するべきでしょう。


「アル様。目の前の赤竜騎士団団長と呼ぶように強制した者は、不法侵入の常習犯です」

「ん?」

「酷い言い方ですね。ガラクシアース伯爵夫人に弟子入りに来たと説明するところでしょう」


 怒気と殺気は一瞬にして消え去り、どういうことだと私の顔をアルは覗き込んできました。

 そして、第二王子。私は今でもアレを弟子入りとは認めていませんよ。




 あれは私が八歳のときでした。社交界シーズンも終わろうかという時期、冬の太陽が少し暖かいと感じるようになった庭で、三歳になる妹のクレアにお遊びを取り入れた剣術の稽古を付けているときです。冬でも青々とした生垣が揺れ、一人の少年が侵入してきたではないですか。

 勿論私と妹は警戒を最大限に引き上げました。妹も幼いながらもガラクシアースの血を持っています。ここに侵入してくる者がいるとはどういうことか理解をしているということです。


「おや?君たちはガラクシアース伯爵家のご令嬢かな?」


 私達がガラクシアースだということは、白い髪と金色の目を見ればわかります。このガラクシアース伯爵家の本家は一族の血の結晶と言って良いほど、ガラクシアース伯爵家を守るために血を重ねてきた存在です。それは誰が見ても私と妹がガラクシアースだとわかることでしょう。

 しかし、それを侵入者に答える義理はありません。


「侵入者は排除します」


 私は十三歳ぐらいの少年にただの木剣を向けます。見た目は銀髪に紫紺の瞳を持ち、美少年と言って良い容姿で、幼い私でも耳にするほど有名な第二王子に似ているようですが、そんなものは構いません。侵入者は排除するのみです。


「あ、私はガラクシアース伯爵夫人に弟子入りに来たのです」


 お母様に弟子入りとは、この侵入者は何をおかしなことを言っているのでしょうか。


「侵入者は排除します」


 私はそう言って、生垣を背負うようにして立っている少年の目の前まで一気に距離を詰め、首元に木剣を突きつけます。


「お帰りを」


 ただそれだけを言葉にします。しかし、少年は私の脅しにも屈せず、両手を顔の横まで上げて抵抗をしないという意思表示をしながらも、ご自分の要望を口にしたのです。


「私はこの第二王子なのですよ。その私に剣を向けるということが、どういう意味かご令嬢にはわからないかもしれませんが、ガラクシアース伯爵夫人に取り次いでもらえるのであれば、この不敬を見逃してあげてもいいですよ」


 侵入したことを謝るどころか、この私を脅してきたのです。それも私を見下して偉そうな顔をして言ってきたのです。


「今この場で私に侵入者である貴方が第二王子だという証明ができるというのですか?お付きの人も見当たりませんね。第二王子という身分でしたらお付きの人の一人や二人ぐらい、いるものでしょう」


 そうなのです。この少年の服装は王族というよりも、見習い騎士のような簡素な隊服を着ており、この周りには私と妹と少年しか人の気配がありません。遠くのほうでは、この様子を覗う気配は感じますが、これは王族の付いている影という者の存在でしょう。


 私が指摘すると、少年は自分の顔を指で差しました。


「この顔を見ればわかりますよね?」


 ……まだ八歳でしかない私に王族と謁見する機会があったとでも思っているのでしょうか?絵姿は一般的に売られているようですが、貧乏貴族である我が家に王族の絵など一枚もありません。


「私の知り合いに貴方のような人はおりません。侵入者の方、貴方はどの未来を選びますか? ガラクシアースの敵として排除されるか、このまま帰られるか」

「うーん。まさか敵扱いされるなんて、予想外だね」


 そう言いながら私の木剣から逃れようと、横に移動する素振りを見せます。


「クレア! 足止めですよ」

「あい! ねぇーたま」


 私は背後にいた妹のクレアに指示を出しますと、三つになるクレアは十三歳の少年の右足に突撃します。

 すると、少年はバランスを崩し生垣に身を沈めました。


「いいわ。クレア、そのまま締め上げなさい」

「あい!」


 右足に抱きついたクレアの腕の力が徐々に強くなってきているのでしょう。声にならない声を漏らしながら少年は口をパクパクしています。


「さぁ、侵入者の方。このまま妹に足を折られるか、まだ無事な足を引きずって帰るかどちらがよろしいですか?」


 少年は流石に耐えきれなかったようで、泣きながら謝ってきました。ガラクシアースはどんな理由があろうとも、当主と嫡男を外部の者と接触させることは極力避けなければなりません。


 これが、少年だった第二王子と私の出会いです。ここに仲の良さなど、一欠片も無いことが、おわかりになっていただけましたか?


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