第4話 幼児に負ける少年たち
「アル様。この団長という方は、ことあるごとにガラクシアース伯爵家に侵入しようと試みて、私とクレアに追い返されるという愚行を繰り返していたのですわ」
すると、私の上からアルのため息が降ってきました。
「ジークフリート。ガラクシアース伯爵家を敵に回したのだな」
アルはこの言葉だけで、第二王子がガラクシアースを敵に回したことを理解したようです。流石ですわ。
「いや。敵には回していない」
「ガラクシアース伯爵夫人に嫌われていると自覚していないと思っていたが、理由を聞けば納得だ。今回のことを拒否されたことも、剣術の指南を乞うているときに、夫人が容赦なかったのも、最終試験だと言われ死の森に叩き入れられたのも、全部それが発端だ。最終試験を付き合わされた身にもなって欲しいものだ」
第二王子はアルから見てもお母様に嫌われていたのですね。二年間懲りもせずに侵入を繰り返して何度も追い返された第二王子は、とうとう国王陛下の権力を用いて、お母様に剣の指南を乞うことになったのです。
その様子は私は知ることは無かったですが、アルの話からすると、かなり容赦がなかったのでしょう。最終試験が死の森とは、お母様はきっと事故で命を落としたら、第二王子の実力不足だったと言い切るつもりだったということです。
そして、周りにいる騎士団の方々も青い顔色をして『あれはやっぱり普通ではなかったのか』とか、『何度死が脳裏によぎったことか』とか『それは脱落していく奴らがいるよな』とか口々に言っていることから、周りの皆様は第二王子に向けられたお母様の怒りの余波を受けたのでしょうね。
「ということですので、そこの団長という方とは仲がいいわけではありません」
私は話を締めくくるように、アルの言葉を否定します。そして、現実的な問題を口にしました。
「それで数日、屋敷に戻れないと問題が起こったときに対処が出来ずに困った事態になると思うのです。そこが解決できない限り、私はダンジョン調査には参加できません」
問題とは勿論、弟のエルディオンが起こす問題です。お人好しであるエルディオンは学園で直ぐにからかわれて、騙されるのです。
靴を人に渡して帰ってくるなど可愛らしいものです。
ある日学園から戻ってきて、授業に使う書物が欲しいと、とても高価な書物の名を挙げられて、不審に思いアルの弟のファスシオン様に確認をしてもらえば、授業では必要のない書物であったり、雨の日にネクタイピンを落としたから一緒に探して欲しいと言われ、雨の中一人で草むらの中を四つん這いになっている姿を発見したり、剣術の授業で怪我をしたと言われ迎えに行けば、十数人から手合わせをお願いされたと本人は言っていましたが、聞くところによると一対一ではなく一人対十五人だったというではないですか。
少年たちは悪ふざけの延長という感じなのでしょうが、私からすれば、悪意しか感じません。
しかし、貴族社会で正面切って仕返しをすると問題になりますので、エルディオンに誰に言われたのかを聞き出すのです。
そして、遠目にターゲットを確認して、親指と中指をデコピンするように構え、指に力を込めて弾きます。圧縮された空気の弾はターゲットの膝裏を直撃し、膝カックン現象を引き起こし、ターゲットは意味が分からず倒れていくのです。
隣であわあわしているエルディオンの背中を押して連れ帰るというのが、白の曜日以外の日課です。
こう見えても私は忙しいのですよ。午前中から昼過ぎまで冒険者ギルドの依頼をこなし、夕方に御者の爺を伴ってエルディオンを学園に迎えに行き、ほぼ毎日起こる問題に対して、制裁を加えるのです。まぁ、こうして貴族の間でガラクシアース伯爵家を敵に回すと恐ろしいということが身しみていくのです。これもまたガラクシアース伯爵家を守るために必要なこと。
そんな弟を数日放置するということは、その数日間の間で悪意のある悪ふざけが増長する可能性があるのです。エルディオン自身は良いことをしたとしか思っていませんが、ガラクシアース伯爵家がナメれられたままは危険なのです。これはエルディオンの婚約者を領地から呼び寄せた方がいいでしょうか。
「赤竜騎士団の誰かを派遣しましょうか?」
第二王子がとても愚かなことを言ってきました。
「今度は事故のように見せかけるのではく、直接お母様の剣で殺されたいのですか?」
他人を屋敷に入れるなど言語道断。お母様だけでなく、私も第二王子の背後を狙うことでしょう。
「数日の間、エルディオンをネフリティス侯爵家で預かるのはどうだ? 数日であれば、学園を休んでも問題にならないだろう。遅れた分はファスシオンに教えさせればいい」
「アル様。流石にこれ以上ネフリティス侯爵家のお世話になるのは、如何なものかと思うのです」
ただでさえ、お金の面でお世話になっていますのに、追加と言わんばかりにエルディオンをファスシオン様がフォローしてくださっているのです。昼食もなるべく一緒にとってくれているようですし、校内をウロウロしているエルディオンを保護して、何かしようとしているエルディオンを止めてくださってもいるのです。流石に数日間とはいえ、エルディオンを見てもらうとは……しかし考えてみれば一番理に適っているかもしれません。
学園に行くから問題が起こるのであって、屋敷内であれば、誰かの目があるのですから。ええ、勝手に外に出ない限りですが。
「それであれば、妹のクレアに頼みますわ。ガラクシアース伯爵家からエルディオンが出なければいいのですから」
「シア。シアに無理を言って来てもらうのだ。それぐらいさせて欲しい」
「まぁ、アル様」
無表情ながらも、少し眉を下げて申し訳なさそうな表情をアルはしています。本当に今回の依頼は私に無理を言っていると思っているのでしょう。エルディオンを預かって、その上勉強まで見てくれると。
「団長。恋人が居ない自分はこれを見せられ続けられるのでしょうか?」
「恋人欲しいなぁ」
「でも、騎士団にいたら出会いなんてないですよ」
何か外野がうるさいですわ。するとアルに頭を抱えられ抱き寄せられました。
「シアはやらないぞ」
「誰も副団長の婚約者を取りませんよ」
「そもそもガラクシアース伯爵夫人から剣を教えられた者としましては、関わりたくないのが本音ですね」
アル。そもそも婚約者として家同士で婚姻を決めているのですから、何か決定的な問題が無い限り、この婚約は無くならないでしょう。そう、今回のように貴族の令嬢が平民の姿をしているという有り得ないことが起きない限り。
「アルフレッド。十五歳の私が十歳の彼女に勝てなかったのですよ。そんな凶暴な恋人は押し付けられてもごめんです」
あれは王命を持ってきた第二王子に対して、お母様がけしかけたことですので、私が悪いわけではありません。
お母様が言いたかったことは、十歳の娘にも勝てない第二王子に教えることなんて、できないと言う意味が込められていたのですが、第二王子の付き人の方はボロボロになった第二王子を担いで、これ程強い令嬢を育てることができるのであれば、期待できると言って去っていかれました。
しかし、お母様が容赦なかったおかげで、第二王子の剣の腕はメキメキ上がり、次期統括騎士団長は第二王子だと噂が流れるほど、功績を次々と上げていっているのです。
「俺は三歳のシアに勝てなかったぞ」
アルはどうどうと言っていますが、あれはお遊びの延長上のようなものでしたので、第二王子のときとは違い正面から剣を構えたものではありませんでしたよ。
「あのガラクシアース伯爵家の令嬢はヤバいという噂は本当だったのか」
「俺なら絶対に立ち直れない」
「三歳ってないですよね」
横目でその様子を見ていますと周りの方々が口々に好き勝手に言っているのを聞いていた第二王子の顔色がだんだんと悪くなってきています。三歳児に負けたという言葉に引っかかっているのでしょう。私はアルの手をのけて、第二王子に視線を向けます。
「そう言えば赤竜騎士団団長様も三歳児に足を折られかけられましたね。そして、泣きながら「あ~~~~~‼」……」
第二王子がらしくもなく、いきなり大声を上げて私の言葉を遮りました。
「アルフレッド。アリシア嬢を屋敷まで送り届けて上げるといいでしょう。そのまま上がっていいですよ。今日は天気がいいですから帰りにデートでもするのもいいかもしれませんね」
その言葉を聞いたアルは私を抱えたまま立ち上がりました。これは黒歴史を知っている私を追い出そうと、しているのでしょうか?
そして、周りの騎士団の方々の視線が何故か第二王子に生暖かい視線を向けています。
「ジークフリート団長。明日にはダンジョンに再び潜れるように整えておきます」
アルは先程まで呼び捨てにしていた第二王子に対して、上官に対する態度をとり、大股で会議を出てきました。あの、私は下ろしてくれないのでしょうか?
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「あー……なんだ。ガラクシアース伯爵家は特殊な一族ですからな。そのようなこともありますよ」
今まで空気のように存在感を無くしていたガタイの良い大男がスキンヘッドの後頭部を右手でバリバリと掻きながら、擁護するような言葉を言っているものの、会議室の広い部屋の空気はとても重かった。
「団長。泣かされたんですね」
「三歳児に泣かされるって何があったのでしょうか」
「普通は無いでしょう」
「いや、副団長があの『光の妖精』に勝てなかったと言っていたぐらいですよ」
「あ、自分初めて『光の妖精』を見ましたけど、伯爵夫人と違って、とても儚そうな感じですね」
「儚くなるのは敵対した者だ。言葉を間違えるな」
「もしかして、団長は貴族の令嬢たちの間で噂になっているクレアローズ伯爵令嬢に勝てなかったということなんですかね」
「ああ、あれだろう?見た目は正にガラクシアース伯爵家だけれども、喧嘩っ早いという噂の」
「だったら仕方がないと思います。先日のお茶会で紅茶を男爵令嬢に掛けたと聞きましたよ」
「ヤバいな」
「ヤバいですね」
臙脂色の隊服を着た者たちが口々に言ってはいるが、中心にいる赤竜騎士団団長であるジークフリートは片手を額に当てて項垂れている。
この国の第二王子であり、赤竜騎士団団長である者としては、決して表に出したくない黒歴史だったのだろう。
少し前まで、騎士たちをまとめ上げる団長として威厳を保っていたジークフリートが、『光の妖精』と称された者の所為で、その威厳は吹き飛んでしまっていた。
そして、騎士たちの話は噂話へと移り、それなら仕方がないという方向になってきた。だが、結論として仕方がないとは些か、擁護にも何もなってはいない。
そんな言葉を振り切るようにジークフリートは勢いよく顔を上げる。
「ギルドマスター。今回のご助力感謝します。それでは我々はお暇させていただきましょう」
ジークフリートはさっさとこの場を去ろうとしたところをギルドマスターが引き止めた。
「少しよろしいでしょうか?」
ギルドマスターの問いかけにジークフリートは視線だけを向ける。言いたいことをさっさと言えということだろう。
「『黒衣のアリシア』は万能型でありますが、それは個人で動いたときのみです。集団となりますと、周りを巻き込む可能性がありますので、気をつけていただきたい」
「どういうことですか?」
「彼女に付いていけない者が被害を被るということです。ですから、人選はかなり選ばれた方がいいと思います」
ギルドマスターとして、いち冒険者のことを口にするほど、『光の妖精』はかなり危険人物指定をしているようだった。いや、流石Aランクの冒険者と言ったところだろう。
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数ある小説の中から読んでいただきまして、ありがとうございます。
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ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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