第2話 この状況の打開策を誰か教えてください
「アリシアさん。今日は白の曜日ですのに珍しいですね」
私が依頼を受けようと、冒険者ギルドの受付に顔を出すと、今では顔なじみとなった受付の女性が珍しいと、驚いた表情をしました。因みに冒険者アリシアで名を登録しています。
「今日の予定が無くなったからね。暇だから依頼を受けようと来ちゃった」
今の私は貴族の令嬢ではないので、砕けた言葉を話しています。そして、私の後ろの方では私の事をコソコソ話している者たちがいます。『黒衣のアリシアだ』とか『強欲のアリシアだ』とか『守銭奴のアリシアだ』とか怪しい二つ名を呼ばれていますが、否定することはありません。お金がなければ生きていけませんから、色々な仕事を取っていきますよ。
因みに『黒衣の』というのは今の私は平民によくいる黒髪黒目に色を変え、上半身を覆う黒い外套を羽織り、容姿がバレないようにフードを深く被り、動きやすいように短パン、ニーハイ、ショートブーツの姿です。貴族の娘としては有り得ない姿になっているので、私が貴族とは誰も思わないでしょう。
「だったら、ちょうど良かったです!この依頼を受けてみませんか?」
出された依頼の内容を確認すると、新たに出現したダンジョンの調査依頼でした。金額はかなりいいのですが、これは受けることができませんわ。
「泊まりがけの仕事はNGって言ったはずだけど?」
家を空けるような仕事は色々問題があるので今まで受けてきませんでした。特に弟の問題です。
「ぜひぜひ!アリシアさんに受けて欲しいです!Aランクのアリシアさんが入れば、冒険者ギルドとしても体裁が保てます」
何か引っかかる言い方をしてきました。冒険者ギルドとしての体裁ですか。この言葉の中には複数人で受ける依頼だということと外部との協同調査という意味です。しかし、そのようなことはこの依頼書に書かれていません。時々このように条件が漏れている依頼は裏があるのでやはり受けないの一択ですね。
「悪いけど、これはパス」
そう言って、私は依頼書を突き返しました。
「アリシアさん。お願いします!この依頼を『黄金の暁』が受けたのですが、もう絶対に問題になることが目に見えているのです!成功報酬を倍にしますので、どうかよろしくお願いします」
受付の女性はそう言って私に頭を下げてきました。Bランクの『黄金の暁』ですか。何故か金色の鎧を着たナルシストのリーダーに、ドワーフの盾の戦士。女と見れば誰でも口説く槍使い。いつもヘラヘラと気味の悪い笑いを浮かべている狩人。
ダメです。拒否反応しか出てきません。
「『黄金の暁』が受けたのなら良いよね。私は別の依頼を受けるから」
「待ってください。アリシアさんが受けてくださるのなら、『黄金の暁』は依頼人から断ってもらうということもできます。お願いします。依頼人とモメるのだけは避けたいのです」
この話からいきますと、依頼人と共に調査をするということなのでしょう。どこかの遺跡がダンジョン化したとかそのようなものでしょうか?
ここまで条件を提示してくるとは、冒険者ギルドとしては、事を構えることはかなりの問題に発展すると考えているのでしょう。
ただ、Aランクが私しか居ないかといえばそうではなく、それなりにはいますが、色々個性的な方々なのは否定できません。
今までに出された条件を精査しますと、
・ダンジョンの調査依頼のため1日では終わらない。
・依頼者と共にダンジョンに潜る。
・お金は倍……倍!!
今月も弟の所為で色々出費してしまいましたし、来月には妹の知り合いの公爵令嬢のお誕生日会があり呼ばれていますので、ドレスを新調して何かしらのプレゼントを用意して……
「成功報酬を3倍に」
「のった!」
はっ!思わず答えてしまいました。
「それは良かったです。これで私の首も繋がりました。ギルドマスターも人が悪いですね。アリシアさんには最初は三分の1の報酬金額を言うようにだなんて」
「は?」
「今、依頼人の方々が会議室に来て話し合いをしていますので、アリシアさんも参加してきてください」
「いや、ちょっと待って」
「本当にアリシアさんが今日来てくださってよかったです」
完璧にはめられました。お母様からは人は騙す生き物だから気をつけるようにと、何度も言われてきましたのに、まさかこのような手に引っかかってしまうだなんて、私はまだまだですわ。
「もし、文句がお有りでしたら、直接ギルドマスターと交渉してください」
「そうですか。あのハゲを絞め上げればいいと言うことですね」
「あ……その……はい。マスター、私にはご武運をここから祈ることしかできなさそうです」
神に祈るポースをしている受付の女性に背を向けて、会議室がある二階を目指します。今日は何故かモーゼの海の如く人が道を空けてくれますわ。
フツフツとした怒りを心の内に留めながら、二階に上がる階段を踏みしめて行き、人の気配が複数ある部屋の扉の前に立ちます。
そして、両開きの扉のドアノブを両手で持って、勢いよく開け放って言い放ちます!
「悪いんだけどさぁ。無理だから、他を当たってもらえ……」
あ、ヤバいです。確かに図体のデカいハゲのオッサンの姿があるので、ギルドマスターがいることがわかります。そして、光を反射する金色の鎧が視界に突き刺さり『黄金の暁』がいることも窺うことができます。
ただ視界に見慣れない臙脂色の騎士団の隊服を着た人たちがいます。そして、私は斜め上に視線を向けました。
「……ます……か?」
なんとか最後まで言葉を続けましたが、私の怒りは飛んでいき、侵入してきた私を排除すべく剣を首元に向けている人物を見て冷や汗が背中を伝ってきました。
婚約者のアルフレッドが驚いたように目を見開いて私を見ています。これ絶対に私だとバレていますよね。貴族の令嬢として有り得ない姿をした私は、私の立場を守るために取るべき行動はどれでしょうか?
1.そのまま何事も無かったかのように振る舞う。
2.正直に事の経緯を話す。
3.逃げる。
私の選んだ選択肢は③ですが、ギルドマスターに文句は言っておかなければなりません。
ですから、正確には①になります。
剣を向けているアルを無視して、私は向けられた剣を避けるように身を屈め、瞬時にギルドマスターの背後に立ちます。
「報酬がいいからって、人を騙すようなやり方は好きじゃない、このハゲ。私はこの依頼は断るから、このハゲ」
「アリシア、何度も言うがハゲではなくスキンヘッドだ」
ギルドマスターの言い分は知りません。私は言いたいことは言ったので、そのまま背後にある窓枠に手をかけ、外にとんずらしようとしたところで、私の手に重ねるように大きな手が置かれました。しかし、条件反射でその手を弾き返します。
そのまま私を逃してくれないのですか?気配を感じさせず近づいてきたアルからジリジリと私は距離を取ります。
無表情に見下ろすアルは離された距離を詰めるようにジリジリと近づいてきました。
「ネフリティス副団長。席に着け」
アルの行動を止める声が聞こえて来ましたが、アルは私から視線を外しません。
「ネフリティス副団長。彼女は冒険者ギルドに所属している人物なのだろう。そこまで警戒する必要はない」
同じ声がアルを諌めていますが、それは見当違いというものです。警戒ではなく、私を確保する気満々という感じでしょう。
アルは一気に距離を詰めて手を伸ばして来ましたので、身体を傾けて手を避け、アルの背後に回り込みます。そして再び窓から脱出を計ろうとしますと、瞬時に回り込まれ阻止してきました。ですので、私は床を蹴り、天井を足場にして入ってきた扉の前に降りた……てませんでした。何故かアルの腕の中にすっぽりと収まっているではないですか。
「くぅー!今まで鬼ごっこで負けたこと無かったのに」
子供のときはアルと鬼ごっこをして私が負けたことなんて一度も無かったのです。今回もアルの隙を抜けきれると確信していましたのに、捕まってしまいました。思わず悔しさが小声で漏れます。それに対しアルは『ふっ』と笑いをこぼし、珍しく口角が上がっていました。あれ?怒っていない?
そして、私はそのままアルに連れて行かれ、赤竜騎士団の人たちが10人ほどいる席に連れて行かれ、アルは元いたであろう席に着きました。ということは抱えられた私は必然的にアルの膝の上に乗ることになるのです。
「あ……これは……ちょっと…え?なにこれ?」
プチパニックです。私は何故アルの膝の上に鎮座することになったのでしょう。周りの人達もざわざわとなっています。
「あー。お嬢さん、すみません。ネフリティス副団長。それは元のところに返して来なさい」
先程とは別の声が聞こえて、そちらに視線を向けようとすると被っていたフードを更に引き下げられ、前が見えない様にされてしまいました。
それにしても、私は捨て猫のような扱いですか?拾ってきた猫を元いた場所に戻すように言われるなんて。
しかし、アルは動く様子はありません。
「いやぁ、流石アリシアだな。鬼人と噂高い赤竜騎士団のネフリティス副団長に気に入られるだなんてな」
ハゲが何かを言っていますが、なんですか?キジンとは?
「
金ピカの鎧が何かを言っていますが、そんな派手な鎧がいれば獲物がここに居ると示しているようなものなのです。集中砲火を浴びている貴方を助けて上げれば、鎧が汚れたと逆切れをしてくる。魔物の体液ぐらいでピーピー喚かないでいただきたいものです。
「このアリシアという女性は有名な冒険者なのですか?その名には聞き覚えがありませんが」
私を猫扱いした声が“アリシア”という名前に聞き覚えがないと言っていますが『黄金の暁』ほど有名ではないでしょう。私が受ける依頼に大物の魔物の討伐はありません。そんなことで有名になってしまえば、自分で自分の首を絞めるようなものですから。
「このアリシアはいわゆる万能型ですな。一人で何役もこなせるので、本来であればダンジョンの調査などには向いております」
ハゲがいつもより丁寧な言葉を話している。国家機関となれば、それなりに対応しなければならないと。……あれ?そもそも何故騎士団が冒険者なんかに依頼をしてきたのでしょう。普通であれば相容れぬ存在です。ダンジョンの調査など騎士団だけで賄えることだと思います。
「本人も断っていましたが、何か問題でも?」
「アリシアの個人的な都合で日をまたぐ依頼はNGなのですよ」
私が我儘を言っているような言い方をしないで欲しいですわ。ハゲ。
「それはそうでしょ!家に年老いた老人二人と妹と色々問題を起こす弟がいれば、家を空けることなんてできないの。私は家族を見ながら稼がなければならないからね。ダンジョン調査なんて無理」
私はいつも長期の依頼を断る文言を言います。これでいつも皆納得してくれます。騎士団の人も『それは大変ですね』と同情してくれましたが、ただ一人雰囲気が変わった人物がいます。はい。私を抱えているアルです。
「シアが稼がなければならないとはどういうことだ?」
私の耳元で小声がボソボソと聞こえてきました。あ、しまった。ネフリティス侯爵家から月にそれなりのお金をいただいているのに、私が働かなければならないことに疑問視されているのですね。
私はここでは声にして答えられませんので、左手の平を膝の上で上に向けてそこに文字を右手で書きます。
“去年の冬。父が壺を買った”
アルならこれだけで状況は理解してくれるでしょう。毎年冬は社交の為に父と母が王都に滞在するのですが、目を離した隙に父と弟が居なくなり、慌てて探すと二人が人が入りそうなほど大きな壺をどうやって持って帰ろうかと悩んでいるではないですか。
先代の借金も返せていないのに、更に借金が増えることとなり、母が必死で働いて、その借金を半年かかってやっと完済したところです。我が家に余裕がある時期などありはしないのです。
私の文字を見たアルからため息が降ってきました。我が血族の男は危機感というものが備わっていない人たちなのです。
「だから、私は別の依頼を受けるから、解放してもらえる?」
取り敢えずこの状況から解放されたいです。心臓がドキドキしてアルに聞こえてしまいそうです。
「嫌だ」
何故に!なんですか?私にそこまで依頼を受けて欲しいのですか?
「そもそも何故、騎士団が冒険者に依頼を?調査ぐらいなら、騎士団だけで問題ないよね」
「それはですね。先週から何度かダンジョンに潜っているのですが、ある一定のところから進めなくなりましてね。我々が目的としているところまで行けていないのが現状なのですよ。ですから、冒険者であれば進めるのかと思いまして依頼をさせてもらったのですよ」
ん?これはこれでおかしな話です。冒険者ギルドの依頼は発生したダンジョンの調査です。しかし、騎士団の言い分ですと、ダンジョンの全体像の把握をしているけれど、その先に行けないと言っているではないですか。この矛盾はなんでしょうか?
「では一度攻略した人に頼めばいいよね」
「それが頼んでみたのですが、そんなはした金で依頼は受けないとガラクシアース伯爵夫人に断られまして、困っているのです」
お母様!そんなはした金に娘は飛びつきましたよ!
そうですか、母は目的地にたどり着いたけれど、騎士団では無理だったと。ですが、私が受ける理由にはなりません。
「そうですか、私はその辺にいるただの冒険者ですので、他の人に頼んでください」
私はきっぱりと断ります。
「ネフリティス副団長。断られましたので、アリシアさんを放してあげなさい」
「嫌だ」
アルは頑なに拒否しています。これはどうしたらいいのでしょう?
「鬼人の副団長さん。黒衣のアリシアを気に入ったかもしれないっすけど、そいつ昔から好きなヤツが居るって言っていたっすから、諦めた方がいいっすよ」
……狩人!本人を目の前にして何を言ってくれるのですか!何か背後の気配が変わったのは気の所為だと思いたいです。
「そうだよねー。俺が何度さそっても断ってきたし」
女とみれば誰でも口説いている人に言われたくありません!背後がピリピリとした気配をまとい出したのですが、どうすればいいのでしょう。これは私がアル以外に心移りをしていると絶対に思われていますよね。
私の中でこの先に起こる未来が駆け抜けて行きます。
結婚したあと貴族の役目として子を成したあとに、愛人を囲ったり若い男と遊んでいる夫人の話を耳にしますが、私とアルは婚約段階。
この婚約を破棄されてしまえば、私は他の貴族との婚姻は絶望的になります。となれば、誰も我がガラクシアース家を支援してくれる貴族などおらず、爵位を返納して一家離散して散らばっていくしか生きる手立てはないでしょう。ええ、父と弟は見捨てる未来です。
これは家族しても人としても駄目です。私は何がなんでもこの婚約を手放すわけにはまいりません。
「シアの好きな人って誰?」
とても低い声が背後から聞こえてきました。私は意を決して、変化の魔術を解いてフードを外し振り返ります。
「フェリシアは今も昔もアル様一筋ですよ」
冒険者の私よ。さよならです。
私を見下ろす碧眼の中には白髪に金目の少女が映っています。見た目だけは深窓の姫君という容姿ですが、グリズリーベアを片手で捻り上げるほどのガラクシアース伯爵令嬢です。
すると、ざわめきが起こる中でアルは私を抱きしめて……肩に噛み付いてきました。
え?噛まれている?
比喩ではなく物理的に噛まれています。
昔もこのように噛まれたことがあったようですが、あまりにも昔過ぎて思い出せません。
周りの騎士団の方々がアルに止めるように言っていますが、ゴリゴリと歯が肩の肉に食い込んでいっています。
確か……あれは私が三歳の頃でしたか。ネフリティス侯爵家の番犬と追いかけっこをして八歳のアルを置いていったことがありましたね。その時はアルを除け者にしたと、感情が上手く表に出せないアルが噛み付いてきたことが……アルの成長していない説がでてきました。
これは周りの皆が感情が表にでないアルの意を汲み取って行動してしまう弊害なのでしょう。
「はぁ。一緒にダンジョン調査しますから、機嫌を直してください」
すると大人しく肩から離れてくれました。その時のアルの顔は15年前を思い出されるほど口の周りが人を食ったようになっていました。キラキラ王子様は物理的に肉食だった!
「え?機嫌が悪かっただけ?」
「マジで鬼人じゃないっすか」
「あー。やっぱガラクシアース伯爵夫人がおっしゃっていたとおりになったな」
ん?そこのハゲ!今なんと言いましたか?
「その白髪と金目はガラクシアース伯爵家の色ですね。これは心強いです」
私を猫扱いした人の声に視線を向けますと、どこかで見た人が私にハンカチを差し出してくれています。
なぜ、この方がここに?
あ……お母様の影がチラチラと見えてきました。
目の前にいる御方は赤竜騎士団団長のジークフリート様です。そして、この国の第二王子殿下であります。貴族のご令嬢がジークフリート様の前に立つと見惚れるほど美しい麗人ですが、その実力は母の折り紙付きです。そう母の弟子といえばいいのでしょうか。
その差し出されたハンカチを受け取ろうと手を伸ばせば、殿下の手が弾き返されました。
「シアは俺のだ」
……アル。それはちょっと恥ずかしいですわ。
それに好意でハンカチを差し出してくださいましたのに、手を払い除けるとは失礼ですわ。私の肩の傷は既に閉じて跡形もありませんが。
すると殿下は機嫌を悪くされるどころかクスクスと笑いはじめました。
「ここ数日のアルフレッドの機嫌が最高潮に悪くてどうしようかと思っていたのですが、原因の貴女が来てくれるのであれば、我々としてはありがたいですね。もう本当にシアに会いたい。シアに会いたいと、うるさくてね」
「ジークフリート!黙れ!」
おや?アルは第二王子を名で呼べるほど仲が良いようです。
これはまだ私は冒険者を続けていいということでしょうか?しかし、問題が山積みですので取り敢えず、あのハゲをしばいて色々聞き出さないといけないようです。
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