私の秘密を婚約者に見られたときの対処法を誰か教えてください

白雲八鈴

第1話 貧乏が悪いのです

「悪いんだけどさぁ。無理だから、他を当たってもらえ……ます……か?」


 ただいま、朝の8時40分です。今現在私は人生を賭けた岐路に立たされています。そう貴族の娘が、このようなところにいるなど、世間様に知られれば、貴族生命の危機です。

 例え変装していようとも、目の前にいる婚約者には私が誰かと既にわかっているでしょう。巷で流行っている婚約破棄なんてものをされてしまえば、私どころか家族が路頭に迷い、建国以来続いた我が家の爵位を返納するという事態になりかねません。

 絶対に婚約破棄は駄目です。

 ならば、この危機的状況を打破する選択肢は3つ。


1.そのまま何事も無かったかのように振る舞う。

2.正直に事の経緯を話す。

3.逃げる。


 貴族の娘が冒険者の格好をし、平民のような砕けた話し方をして、婚約者と向き合った場合の正しい対処法を、誰かこっそり私に教えて貰えないでしょうか?





 確かに先週のお茶の時間に言われてはいました。


「シア。来週は急遽仕事が入った為に会えそうにない」


 向かい側の席でその言葉を口にしたのは、私の婚約者であるアルフレッド・ネフリティス侯爵子息です。いつもは無表情がデフォルトのアルですが、今は眉間にシワが寄っており、とても嫌そうです。金髪碧眼の見た目は正に王子様というキラキライケメンなのですが、如何せん表情が乏しいので、いつも機嫌が悪そうに見えてしまいますが、今は本当に機嫌が悪いようです。


「緊急のお仕事ですか?アル様が行かなければならないほど、危機的なことなのですか?」


 アルは弱冠23歳にして赤竜騎士団の副団長の地位にありますが、普段は王都に詰めているため、現場に出ることはめったにないのです。


「ああ、ちょっと厄介なことが発生してな」


 お仕事の事は守秘義務が課せられるため、私に話すことはありません。ですが、赤竜騎士団にはいつも危険な仕事が回されていると聞きます。しかし、実力者が集められた戦闘集団のため、それも致し方がないことなのでしょう。


「そうなのですか?危険な仕事だとはわかっておりますが、気をつけてくださいね」


 私は言葉をかけることしかできません。婚約者といっても私にできることなど、限られているのですから。 


 そしてアルは立ち上がって、私の隣に移動してきました。


「毎週、白の曜日には予定を入れるなと言っていたのに」


 そう言ってアルは私を抱きかかえてきます。私達は白の曜日に毎週会う予定にしているのです。


「お仕事であれば仕方がありませんわね」


 私達の婚約は政略的な意味合いが強いですが、私とアルとの仲は良好です。そうこの婚約は貧乏貴族のガラクシアース伯爵家をネフリティス侯爵家が支援してあげようという意味合いの婚約です。ですから私はお金の為にこの婚約を死守しなければならないのです。

 全てはお金のために!


「あ!アル様。実はお渡ししようと思っていた物があったのです」


 いつも何かいただいているばかりですので、時々お返しに贈り物をしているのです。お金のかからない些細なものですが。


「先日散歩・・に出かけていましたら、綺麗な石を見つけたのです」


 私はそう言いながら、空間に手を突っ込んで、手のひらに乗るほどの箱を取り出します。これは亜空間収納というものですわ。大きな倉庫一棟分のモノが入る不思議な空間という感じです。


 私は木の箱をアルに差し出します。


「これは?」

恐らく・・・幸運の石ですわ」

「恐らくなのか?」

「はい」


 私が言葉を濁した物の正体を確かめるために、アルは箱を手に取り、中を確認するために箱を開けて目を見開いています。


「シア。これはなんだ?」


 アルは箱の中から光の入り具合で、虹色に輝く魔石を取り出しました。とても美しく自ら発光するように光を取り込み、虹色に輝いている石です。


「とても綺麗でしょ?たまたま・・・・見つけましたの。いつもお世話になっているお礼ですわ」


 私は誤魔化すように首を傾げながら微笑みを浮かべて言います。何かよくわからないけれど、見つけたので差し上げますというように。

 実はこの虹色の石はカーバンクルの額の魔石なのですが、虹色の魔石というのはレア中のレアで、たまたま・・・・目に入ったので、仕留めて回収したものなのです。価値で言うなら私が今いる侯爵家のタウンハウスが三棟は余裕で建てられるでしょう。


 お金が必要であればこれを売ればいいと思われるかと思われるでしょうが、この魔石を渡しても足りない程、ネフリティス侯爵家にはお世話になっているのです。 


 ああ、例の問題児が来たようです。今度は何をしたのでしょう。この部屋に近づく気配が扉の前で止まり、扉をノックする音が聞こえてきました。


「アルフレッド様。ファスシオン様が学園からお戻りでございます」


 アルの侍従が背後から声を掛けてきました。アルの弟であるファスシオン様が、貴族の子息だけが通うことが許されたスペルビア学園に最終学年として在籍しているのです。


「はぁ、もうこんな時間なのか?コルト、これを一週間でカフスにしてくれ」


 アルはとても残念そうに言いながら、御自分の侍従に私が渡した虹色の魔石を差し出します。


「これはまた、素晴らしい魔石でございますね。これ程の大きさであれば、いつも通りカフスにした後、ペンダントにされてはいかがでしょうか」


 アルはいつもこの様に価値のあるただの魔石を装飾品に加工して身につけてくれます。私では品物を購入して渡すということができませんので、いつも素材を贈るしかできません。


 そして、アルの侍従と入れ替わるように、ペタペタという足音が聞こえてきました。ペタペタ?この音に不審に思い振り向きますと、白髪に金目の美少年が立っていました。我が弟ながら顔だけはいいですわね。


「エルディオン。貴方、靴はどうしたのかしら?」


 振り返って見た弟の姿はいつもと変わりませんが、何故か足元が室内履きのスリッパなのです。


「姉様、ただいま。靴が無くなって困っている人がいたから、あげたよ」


 弟のエルディオンはとても良いことをしたと言わんばかりに、朗らかな笑顔で言っています。普通は靴なんて無くなりませんからね。


「エルディオン。いつも・・・言っていることですが、靴は人によってサイズが違いますので、差し上げる物ではなく、学園に引き渡す案件です」


 私は座っていたソファから立ち上がり、私より少し背の低い弟と正面に向き合って、いつもの言葉を繰り返します。


「あ!そうだった!」


 何がそうだったなのでしょう!私は怒りをなるべく表に出さないように笑顔でいることを努力していますが、手の震えが止まらないのは見逃してください。


「フェリシア義姉上。俺がもう少し早めに見つけておけば、この様なことにはならなかったのですが、申し訳ありません」


 アルに似た金髪碧眼の美少年が申し訳無さそうにして、私に頭を下げてきました。元々二つ上の学年であるファスシオン様に弟の面倒を見てくれるようにいうのは間違っているのです。


「ファスシオン様!どうか頭を上げてくださいませ!もうこれはガラクシアース伯爵家のさがというものなのですから!」


 そう問題なのはガラクシアース伯爵家の血なのです。私達の婚約にも起因することになるのですが、この婚約は互いの祖父同士で決められたものでした。



 我がガラクシアース伯爵家は建国から存在する家でありますが、とても貧乏なのです。偏に代々の当主がお人好しだというのがあります。


 我がガラクシアース伯爵家にはおかしな家訓があります。当主は本家の嫡男ですが、その妻には分家の娘を娶るという決まりがあるのです。それは何故か。

 この国では男性しか爵位を持てないということが一番に上げられるのですが、一族の男性はみな揃って人が良いのです。いいえ、後先を考えないおバカと言い換えた方がいいでしょうか? 


 だからすぐに騙されて借金を作ったり、伯爵の財産を潰して多くの孤児を保護したり、助けて欲しいと言われれば、“はい”の二文字で返事をするのです。

 ですから見張りとして一族の娘を妻に娶ることが決められました。ただ、我がガラクシアース伯爵家は女性にも問題があったのです。それは後程説明をするとして、私達の婚約の過程は隣の領地であったネフリティス侯爵領が魔物に、襲われたときに助けて欲しいという要望に応え、ガラクシアース伯爵が一族を引き連れて助けに行ったのです。

 ただ、これが婚約者云々の話になるのかと言えば普通はそうはなりません。


 この時期は各地で魔物の活性化が起こり、どこの領地も被害を受け、他の領地に助けに向う余裕などなかったのです。ですが、我が祖父ガラクシアース伯爵はネフリティス侯爵領に助けに向かったのです。勿論、ガラクシアース伯爵領も被害を受けている中でです。

 その助けに行った先で祖母が亡くなり、当時のアルの祖父であるネフリティス侯爵は、謝罪と礼という意味で、ガラクシアースに金銭面で工面をしてくださったのです。


 ただ、普通であれば、一度だけそれなりの金額を支払えば良かったのですが、お祖母様の枷が外れたお祖父様の暴走は計り知れなく、ネフリティス侯爵も見かねて、支援し続けてくださったようです。その契約を対外的に問題がないようにするために、私とアルの婚約が私が生まれてすぐに成立しました。

 ですから、この婚約は死んでも死守しなければならないのです。あ、死んでは意味が無くなりますね。



 という感じで私達の婚約が成立したのですが、弟のエルディオンの学園入学に際し、わざわざ先代のネフリティス侯爵様がファスシオン様にエルディオンに目を掛けるように言ってくださったのです。ここでもまた、アルの祖父である先代のネフリティス侯爵様に頭が下がります。

 何かと問題を抱えた弟ですが、どうにか学園に通えているのは偏にファスシオン様の支えがあってこそ。ですが、来年はファスシオン様が学園を卒業されていないため、どうなるのか姉として、とても心配なのです。


「エルディオン。帰りに靴を買って帰りましょう」


 するとエルディオンはハッと何かに気がついたように目を丸くして、その後俯いてしまいました。


「ごめん。姉様。またお金が……」


 どうやらここに来てやっと靴を誰かに渡してしまった所為で出費が増えることに行き着いたのでしょう。しかし、今そう思っても繰り返してしまうのが、ガラクシアースの血筋です。困っている人を見かけると自分に何か出来ないのかと思ってしまう、お人好しのごう


「いいのよ。……アル様、いつもながら問題が起こりましたので、失礼いたしますわ。次は再来週の白の曜日でよろしいでしょうか?」


 アルに会いに来ても毎回弟を回収して帰るというパターンを繰り返して、三年。これが普通になってしまっています。


「フェリシア様。こちらを皆様でお召し上がりくださいませ」


 そして、いつもアルの侍従から手土産を受け取るのです。今日は焼き菓子のようです。受け取った箱の中から甘い匂いが香ってきました。


「まぁ、ありがとうございます。妹のクレアと一緒にいただきますわ」


 これが私達の一週間分のお菓子になるのです。これを少しづつ食べるのが13歳の妹との楽しみの時間なのですが、流石に二週間は持たなそうですので、残りの一週間は豆がお菓子代わりになりそうです。


「シア。再来週の白の曜日はどこかにデートしに行こう」


 アルが次に会う日は外に出かけようと誘ってくれましたが、これはこれで私が困ってしまいます。 


 アルとネフリティス侯爵家で会うときは三着しかない外出用のドレスを順番に着ているのですが、外に出るとなりますと他の貴族の目があり、ヨレヨレのドレスを伯爵令嬢である私が着ていることで、ガラクシアース伯爵家が陰口を叩かれることになりかねません。

 そう、『今どきあんな時代遅れのドレスを着ているなんて』とか『あんな色褪せたドレスをよく着ることができますわね』とか『所詮ガラクシアース伯爵家ですもの。頭がおかしいのですわ』とか散々お茶会で言われたことを陰で言われるに違いありません!


 ですから私は毎回同じ返事をします。


「私はアル様と二人っきりになれるネフリティス侯爵家でお茶をするほうがいいですわ」


 そう言ってニコリと微笑みます。正確にはこの部屋に五人の使用人が壁際に控えていますが、ネフリティス侯爵家の方々は長い付き合いですので、私の家の事情もよくわかってくださっています。ですから、気兼ねすることなどないのです。


「では、そうしようか」


 表情が乏しいアルの口角が少し上がったので、アルも良いと思ってくれたのでしょう。


「相変わらず二人はラブラブだね」

「姉様、僕お腹空いたなぁ」


 ファスシオン様。ラブラブではなく、ネフリティス侯爵家が我がガラクシアースの命綱なのです。それから、弟よ。貴方の昼食が削減されているのは、自分の出費が重なっていることに、いい加減に自覚して欲しいものね。


 そうして、再来週に会うことを約束をして、私はお金を稼ぐための日々に邁進するのです。


 我が家の事情は現在、父は領地で領民に心を寄せて、あっちこっちで色々やらかしているのを、領民たちが温かく見守っている状態です。ガラクシアース伯爵は代々お人好しと通っているので、怪しい人物が領地に侵入していれば、直ちに排除するという謎の団結力が生まれているらしく、領地に居る限りはまず問題はありません。

 しかし、先代のガラクシアース伯爵の借金が未だに返済できずに、領地経営が厳しいことには変わりはありません。そして、母は各地で魔物討伐の依頼を受けてお金を稼ぐ日々。そうガラクシアースの女性は何故か武に長けているのです。恐らく男性が頼り無いものだから、突然変異をしたのかもしれません。

 と、言うことで当然ながら私も武に長けているというか、一族の中でも飛び抜けていましたので、平民の姿をして冒険者なんてものをしているのです。

 冒険者となれば、脛に傷持つ者が多くいますので、素性を聞かれるということはされず、かなりのお金を稼ぐ事ができるのです。


 ……が、貴族というものは何かとお金がかかります。16歳の弟を学園に通わし、そこで毎日のように何かをやらかすため、その度に出費が嵩みます。13歳の妹は貴族の淑女としての教育とガラクシアースとしての剣術。そして、貴族の令嬢とのつながりを得るために、お茶会に出席するドレスや装飾品のお金がかなり生活を圧迫しています。

 あとは家の体裁を整えるために、庭師兼御者のじいやと私達の身の回りのことをしてくれるばあやとの生活を維持していくお金。二人共高齢のため、あまり無理をさせられませんが、知らない若い人を雇うと人のいい弟を利用しようとする者が出てくる可能性があるので、信用できない者を雇うことはできないため、仕方がありません。


 その生活の維持していくためのお金を私が稼がなければならないのです。


 ですので、白の曜日以外は毎日冒険者ギルドに顔を出して、依頼を受けてお金を稼ぐのです。



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