第26話 名探偵がそこにいれば必ず起こるもの。

 村の中心地を目掛けて一行が歩いていたところ、ふと思いついたかのようにシベリアオオヤマネコがこんなことを言った。


「さて、皆さんそろそろお腹が空いたんじゃないですか?」

「……えっ、なんでわかったのっ!?」


 ズバリ図星なタイミングであったらしく、こっそり考えていたことを言い当てられたメメは大仰に驚いた。その反応を見たシベリアオオヤマネコは得意げになり、ふふんと鼻を鳴らして高らかに言った。


「そりゃもう、名探偵ですから!」

「さ、流石ですわ…!」

「シベリアオオヤマネコは気配りも出来るんだな」


 素直に感銘を受けるコモモの隣で、レクトもある意味感心していた。


 今の時刻、空を見上げると太陽は頭上のてっぺんに辿り着こうとしている。つまりは昼頃なので、そろそろメメのようにお腹を空かせた人物が現れ始めて何ら不思議ではないのだ。


 これを名探偵の推理と呼ぶには些か簡単すぎる。

 そんな含みを込めてレクトはと言って褒めた。


 しかしこだわりがあるのか、シベリアオオヤマネコも譲ろうとしない。


「…名探偵、ですから?」

「ははっ、そういうことにしとくよ」


 結局レクトが折れて、この村に名探偵が誕生した。


 そのまま皆で歩き続けて、初めての道のりが覚えきれない長さになってきた頃。突如として周囲の建物が前後左右に捌け始め、中心の噴水を囲む丸い広場が彼らの目の前に現れた。


 半ば反射的に彼は尋ねる。


「ここが村の真ん中か?」

「あわわっ、分かるんですか!?」


 どうやらドンピシャの大正解。

 コレにはさしもの名探偵も驚きを隠せない。


「村のシンボルになりそうな立派な噴水が置いてあるからな。もしかしてそうじゃないかと思ったんだ」

「ふむ、レクトさんも中々鋭い観察眼をお持ちのようで…」


 真っすぐな賞賛がどうにもむず痒く、レクトは首を横に振る。


「買い被りすぎだ。こんなの当てずっぽうさ」

「いえ、レクトさんはすごい方だと常々感じておりますわ!」

「そうですよ、あまり謙遜しないでください!」

「あ、ああ…」


 不思議なことに彼が一度否定したら、今度は二人からのお褒めの言葉を預かることになってしまった。居心地の悪さは倍増するのだが、また否定してここにメメまで入ってきたらいっそ危機である。


 だから、彼は振る首の方向を変えざるを得なかった。


「さて、今から辺りを周ってもいいんですが……先にお昼にしましょうか! すぐ近くにカフェがあるんですけど、そこのカレーライスがとっても美味しいんですよ~っ!」


 その味を思い出し、ほっぺに両手を当てて《《にへら》と表情を緩ませる。


「か、カレーライスっ!?」

「おっとメメさん、実は好物…」

「…って何だっけ?」


 料理に疎いメメもその仕草から、きっとそれが美味しいものであると感じ取ることが出来た。逆にメメに対する推理が外れてしまった名探偵は、少しだけしょんぼりとして話を続ける。


「知らなくてその反応ですか…」

「美味しそうな気配がしたからね!」

「まあ見てみりゃ分かるさ。すぐに行こうか」

「ええ、そうしましょう」


 そして彼らは件のカフェに向かう。


 といっても徒歩数十秒。

 村の中心からそう遠くない。


「ここです!」


 ぱっと見は木造のおしゃれな建物。軒先のテラスには幾つかテーブルが並んでおり、そこに刺さったパラソルが床に丸い影を形作っている。


 しかし、人影がない。


「なんか静かだな」

「変ですね。いつもは窓から中にいるお客さんが見えるんですが……先に入って、やってるか聞いてきますね」


 シベリアオオヤマネコがそう言うので、レクトたちは状況の確認を彼女に任せて店の前で待っていることにした。ドアに括り付けられたベルが甲高い音を鳴らして、それからしばらくの時間が経つ。


 やがて、待つのに飽きたメメが爪先で地面に絵を描き始めた頃。


「た、大変ですっ!」


 店のドアが勢いよく開け放たれ、名探偵が大声を出しながら姿を見せた。彼女は皆の顔を交互に見回して、自らが耳にした話を彼らに伝える。


「お店の倉庫が泥棒に襲われて、料理が作れなくなってしまった……と!」


 一同、ぎょっとする。


 泥棒なんて言葉は滅多に聞かないし、今日日そんな奴はほとんど現れないのだから、これが真っ当な反応である。


「ど、泥棒?」

「衍獣だろうな、他に盗みを働く奴らはいない」


 実際の体感としても、半分以上どころか七割程度は衍獣の仕業だ。


「あたしのカレーライスが~~~っ!」

「まだメメのは無いんだが……放っておけないな」


 どうあれお昼ご飯が満足に食べれないのは困った事態だ。

 迅速に解決せねばなるまい。


「ですが、野菜を盗んだ衍獣がどこに向かったのか分からないのでは…」

「いや、諦めるには早いさ。……だろ、名探偵さん?」

「当然ですっ! 楽しいランチタイムの邪魔をするを、許してはおけません!」


 レクトがそう言いつつ目配せをすると、シベリアオオヤマネコが元気に応える。むしろ溌溂さは先程までより増しているようにも見えて、活躍の場が巡って来たことが嬉しいのかもしれない。


 だが、一言。


(あれ、今…)


 とある言葉がレクトの頭に引っ掛かる。


「まずは現場の様子を確かめましょう!」

「…ああ、そうだな」


 しかしそれを指摘している時間は無いようだ。


(気になるが、一旦それは後だな)


 一行はシベリアオオヤマネコの案内に続き―――店の裏にある倉庫、即ち事件現場へと向かうのだった。




§




「現場の倉庫はここのようですが……うわっ、ひどく荒らされていますね」


 引き戸の隙間から差し込む日光が倉庫を照らす唯一の光であり、しかしその僅かな明るさだけで十分に惨状を理解できるほど、倉庫はひどく荒らされていた。


「倒れた段ボールから野菜がこぼれていますし、きっと箱ごと持ち去られた野菜もあるでしょう。台車や扉の裏など、野菜そのものとは関係のない物にも傷がつけられているのを見るに……やはりセルリアンの仕業で間違いありません」


 中をあちこち歩き回り、推論を口から並べ立ててゆく。


「確かにアイツら、気まぐれなところがあるからな」

「少なくとも計画的な犯行ではないと考えられます。白昼堂々犯行に及んですぐ発覚したのも、衝動的に盗みに入ったからでしょう」


 ビシッとポーズも決めながらカッコよく推理を続ける。

 その様子は中々に好感触のようだ。


「おお、探偵っぽい…」

「探偵です、れっきとした」


 メメの感想にもキッチリ指摘を挟み、その表情には段々と貫録が表れてゆく。


「犯人の当たりは付いたらしいが、衍獣の奴らは何処に逃げたと思う? この現場に、それを特定できる手掛かりはありそうか?」

「いい質問です。レクトさんがいると話がスムーズに進みますね。……どうです? 一緒にこの事件を解決した後、わたしの『ワトソン君』になってくれる気はありませんか?」

「わ、ワトソン…?」


 つまりは、探偵の助手。


 シベリアオオヤマネコはレクトを自らのお手伝いにしたいらしい。


 しかし名探偵がその誘いを投げかけた途端、彼女は全身を締め上げられるような強烈な悪寒を感じた。まるで蛇に睨まれたかのように身体が強張り、表情も歪められないまま冷や汗が額から流れる。


 その殺気の主を探るため視線を横に向けると……コモモがいた。

 名探偵は、全てを察した。


「……いえ、今のは忘れてください。どうやらわたしはようですね」


 命の危機を感じたのはいつぶりだろう。

 そんなことを思いながら、彼女は再び名探偵を取り繕う。


「話を戻しましょう。逃走経路を見つけるには、まず現場の様子を詳しく確かめなくてはなりません」


 未だ身体に残る寒気の残滓を振り払うかのように彼女は大きな動きで倉庫の中を歩き回り、或いは外に出て地表をじっくりと睨みつけて、衍獣の痕跡を洗い直す。


「ふむふむ、なるほど……」

「どうだ、分かりそうか?」

「ええ、彼らは想像以上に単調でした」


 シベリアオオヤマネコは一行を外に連れ出して、一つの方向を指差す。


「この村を出てあっち側に真っすぐ行くと、小高い丘を越えた先にゴツゴツした岩肌が特徴的な地形があります。入り組んでいるのは勿論のこと、洞窟もあるので隠れるにはピッタリな場所です。……足跡が向いているのもその方向ですし、間違いないでしょう」


 推理が一本筋で繋がった。

 そうして結論が得られたのなら、あとは選ぶのみ。


「……で、どうする。追うか?」

「当然です、逃がしはしませんっ!」


 即答。

 名探偵に退く気はない。


「二人は?」

「レクトさんが行くなら、わたくしもお供しますわ」

「うんうん、それに楽しそう♪」

「なら決まりだな」

「にっくき泥棒セルリアンをとっ捕まえてやりましょうっ!」


 皆の見解は一致したようだ。


 その後店主に衍獣を退治しに行くという方針を伝え、一行は衍獣が潜むと思われる荒野の洞窟を目指して村を出発した。

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