第25話 外郭、境界線、存在意義。

 三人横並びになって座席に腰を下ろし、ガタゴトと揺られながら窓の外を眺めること数時間。皆を乗せた荷車は荒野を越え、橋を渡って川を横切り、やがて瑞々しく草木が生い茂る平原へとやって来た。


「ご覧ください、アレがわたし達のおうちですっ!」


 レクトらをはるばる迎えに来てくれた彼女、暖かそうなベージュの毛皮と白縁のメガネが特徴的なアニマルガールであるシベリアオオヤマネコが、段々と近づいてくる家々の集団を指差してそう言った。


「わあ、いよいよ到着ですね♪」

「はいっ、長旅おつかれさまですっ!」


 彼女は元気よくそう言った。


 荷台の中で過ごしたこの数時間で、沢山おしゃべりをしたコモモとシベリアオオヤマネコはすっかり打ち解け、レクトとメメも彼女の人となりについて何となく掴むことができた。


 この分ならば、向こうに着いても楽しく時間を過ごせるだろう。


「そして、奥のアレが…」

「新地球街、だね」


 だがレクトには真剣な目的もある。新地球街とそこに住む”都会人”について、彼らの近くで生活をしている者に尋ねること。


 タルジャとの契約の是非を問うために、それは欠かせないことだ。


「レクトさんはあの街について聞き込みをしたいんですよね。奇遇ですね、わたしも名探偵をやっているので、人々への聞き込みは大得意なんです!」


 シベリアオオヤマネコは席から勢いよく飛び跳ねて、ポケットから取り出した大きめの虫眼鏡を天に掲げる。その姿は不思議と貫録を帯びていて、本当に実力がありそうに見えた。


 飽くまで本人が図々しくもを自称していなければ、そうだった。


「はは、名探偵って自分で言うのか?」

「……お、おほん! とにかく、聞き込みのやり方が分からなかったら気軽に聞いてくださいね」


 ほんのりと顔を赤らめて彼女は虫眼鏡を仕舞い、座席に座り直す。


「その前に、お荷物を届けましょうか! レクトさん、箱に書かれている宛名は誰なんですか!?」


 そう問われ、レクトは脇に置いていた箱を手に取る。表面をささっと視線でなぞり、側面に貼られていたもう使われていない業務的なシールを見つけると、場違いに太いペンの筆跡でそこに書かれていた宛名を読み上げた。


「……コアラ、らしいな」

「なるほどコアラさんですね! わたし、あの子のお家は知っていますからご案内できますよ」


 そんなことを話している間に、目的地の村は目と鼻の先。

 全員が一方向に引っ張られる感覚を覚えたのなら、それは到着の合図だ。


「着いたみたいですね、行きましょうっ!」


 高揚のあまり三人を置き去りにして飛び出してしまったシベリアオオヤマネコを追いかけて、レクトたちも村へと足を踏み入れる。


 村を訪れた彼が真っ先に抱いた印象は、太陽の明るさと晴れ渡る開放感だった。


 それも仕方がない。彼が普段過ごしている場所は木々の多い森林地帯であるため、この場所のように遠くまで視界が広がっているような場所は丘陵のてっぺんくらいなものだ。


 しかしここではどうだろう。原っぱは見渡す限りに広がって地平線はその姿をほとんど隠すことなく、地面に生い茂る芝生はありったけの自由を謳歌している。


 彼がつい立ち止まって、その景色に見入ってしまったのも不思議なことではない。


「……レクトさん、どういたしました?」

「ああいや、何でもない」


 しかし寂寥感に意味は無い。

 感情を振り落とすため、彼は顔を横に振る。


「そんなこと言って、ホントはあたしに見惚れてたんでしょ?」

「ははっ、んなわけ……」

「違います、絶対にそんなことはありませんっ!」


 メメの軽口を適当に流そうとしたところに捻じ込まれるコモモの強烈な否定。その急加速した勢いに、レクトは思わず戸惑ってしまう。


「…コモモ?」


 いや、そろそろ慣れるべきだろうか。

 彼は考える。


 自らに対して向けられるこの底なしの好意に、向き合う踏ん切りをつけるべきではないだろうか。


 彼女の声に耳を傾ける。


「仮にそうだとしても、レクトさんはわたくしに見惚れていましたっ!」


 すると聞こえる真っ直ぐな出任せ。

 彼はツッコまずにはいられなかった。


「いや、そもそも景色を見てただけだぞ…」

「うふふ、レクトさんって大人気なんですね」


 のほほんと、シベリアオオヤマネコ。

 今日が初対面で、深く事情を知らないから笑っていられるのだ。


 もしも彼女がこれまでの経緯を全て知ったとしたら。


 ……まあ。

 多分呆れる筈だ。


「此処みたいだな」


 そんな風に右往左往する雑談を交わしながらも足は進み、とうとうコアラの家まで来てしまった。先導する名探偵の言葉がなくとも、拙い字で表札に彫り込まれた『コアラ』という文字が彼らの到着を歓迎している。


 さあ、すぐにこの箱を彼女に渡そう。


 コンコン。

 ドアをノックする。


 それに合わせて、シベリアオオヤマネコが中の住人に声を掛けた。


「おーい、いますかー」

「はーい、待っててくださーい」


 すると中から返事がやって来ると共にトタトタと足音が鳴り始め、少し後に扉が開かれた。グレーのインナーの上に白いエプロン、頭の上に丸くて大きい耳が生えている彼女は、確かに”コアラ”のように見える。


 少なくとも、過去の時代の動物図鑑を読んだことのある人物なら、彼女の容姿と動物のコアラとの間にある共通点に気付くことができるに違いない。


「あんたがコアラさんか?」

「はいー、そうですよー」


 本人確認を早速済ませると、レクトはコアラへと手に持っていた箱を渡す。


「届け物だ。森の集落の、エピリさんから」

「わあ、ありがとうございますー!」


 するとコアラは枕元のプレゼントを見つけた12月25日の子供のように、その箱をぎゅっと抱き締めて喜ばしく飛び跳ねた。


「ところで中身は何なのでしょう…?」

「あー、たぶんお砂糖とかですねー。よりおいしいパップまんを作るためには良い材料が必要だと思って頼んだんですよー」

「その頼みをエピリさんに? あの人、思ったより顔が広いんだな…」


 食材ならすぐ近くにある新地球街で調達すればいいのではとも彼は思ったが、信頼できる知り合いに確実に用意してもらえるという安心感は、ヒトの社会とはまた違った立ち位置に存在するアニマルガールならではの感覚だろう。


 尤もレクトは、エピリを信頼できる知人だとは全く思っていないのだが。


「で、パップまんって!?」

「おお、気になりますかー?」


 ところでメメは、コアラが作るパップまんとやらに興味がある様子だ。その好奇心に彼女も喜びを見せるのだが、おそらくその正体を知っているであろうシベリアオオヤマネコが横から話に飛び入ってくる。


「……まあまあ、それは今度にしましょう? お三方はこれから村を回ることになっていますので!」


 おそらく、一癖あるのだろう。

 察したレクトは今後の安全のために話をぶった切ることにした。


「と、その前に。コアラさん、って呼んだ方がいいか? 時間があるなら少し質問がしたいんだ」

「コアラで平気ですよー。あと、皆さんのお名前も聞きたいですー」


 そう言われて、荷物を渡しただけで自己紹介をしていないことに気が付いた。


「悪い、忘れてた。俺はレクトだ」

「コモドドラゴンと申します。お気軽にコモモとお呼びください」

「あたしはメメ! お目目が綺麗だから、メメっ!」


 約一名、必要以上にキラキラしているが、まあよいだろう。


「よろしくお願いしますね。それで、ご質問って?」

「この村のこと。それと、あの街のこと。何でもいい。あんたの知っていることを教えてくれれば」

「うーん、そうですねー…」


 コアラは目に見えて悩み始めた。

 質問が少し抽象的過ぎたようだ。


「基本的な情報でしたら、このシベリアオオヤマネコに任せてくださいっ!」


 そこに頼もしい助け舟がやってくる。シベリアオオヤマネコはおほんと芝居がかったように咳き込んで、この村について話し始めた。


「この村ができたのはそもそも、あの街が理由なんです。新地球街という大きな街が出来上がって、多くのヒトやアニマルガールがそこに集まろうとしました。ですが、大きな問題が起きてしまったのです」

「…問題?」

「あの街って、すっごく”都会”なんですよっ!」


 大きい物を示すジェスチャーで、彼女はその過ぎた程度を表現する。


「道は……ええと、アスファルト? とかで綺麗に舗装されていますし、建物とかもヒトが作ったハイテクな素材で作り上げられています! だからすごく便利な生活が出来るんですけど……」


 なんとなく、続く言葉がレクトにも理解できた。

 その答え合わせのように、コアラが笑って話を繋ぐ。


「えへへ、アニマルガールには合わない環境だったんです」

「”不自然”ってことだな」


 なるほど確かに、悲しいが合理的な結末だ。


「はい。そんな環境にアニマルガールの皆を置いておくわけにはいかないと、新地球街のリーダーをやっている”おじいちゃん”が、この村を作ることを提案してくれたんです!」


 この村を作ったという”おじいちゃん”。

 名前こそ聞けそうにないが、恐らく重要人物であることはよく分かる。


「おうちは自然の中に。でも、ヒトとアニマルガールがいつでも協力できるような共同体を。それが、この村ができた理由なんです」


 しかしまあ、少なくとも悪人ではなさそうというのが現時点での印象か。


「最初はあそこで暮らしてても平気だったんだけどねー。しばらくしているうちに段々具合が悪くなってきちゃってー」

「こういう影響は一朝一夕で出るモノではありませんから。もちろん、それが厄介なんですけどね」


 コアラとシベリアオオヤマネコは各々、当時の様子を振り返っている。彼女らもある意味で”公害”の被害者だと考えると中々に生々しい光景かもしれない。


「ね、レッくん」

「…ん?」

「この話、ちゃんと覚えておいた方が良いと思うよ」

「それってどこからだ?」


 初耳の話がかなり多く、彼にその判断は付きそうになかった。


「知らなーい。自分で考えてっ!」

「急に不親切じゃないか…」


 エピリといいメメといい、多くを知っているのに碌に事情も語らず秘密をひた隠しにする人々は、どうしてこうもお道化て振る舞うことが多いのだろう。


 きっとそのお調子者の仮面が、彼女らの鎧であるに違いない。


「では一度、村の中心へと参りましょう!」


 一通りの解説を終えて満足したのか、シベリアオオヤマネコは陽気な調子で一行を別の場所へと案内しようとする。とりあえずここに留まったままでも仕方ないので、彼らはそれに従うことにした。


 歩きながら、彼は思案を重ねる。


(でも、確かに気にしておいた方が良いんだろうな。……新地球街。本当に、な場所なのか?)


 まだ分からない。


 だからこそ答えを導くための一助を、ここで得られることを願おう。

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