第23話 力は誰が為。
集落の外れ、だだっ広い緑の野原。
レクトとフォルは互いに武器を手に取り、数十メートルの距離を取って向かい合っていた。真剣な命のやり取りではなく、かといって長閑なひとときの中にいる訳でもない、おおよそ膝上まで浸かる程度の非日常。
今にも大きく、波打とうとしている。
「……レクト先輩、お願いしますッ!」
「ああ」
柄を力強く握りしめる。
レクトは不甲斐ない姿を見せないように。
フォルはカッコいい姿を見せられるように。
気合を込めて、戦う。
「行くぞ」
先に動いたのはレクトだった。
地面を蹴って速く飛び、一直線の動きでフォルへと突っ込んでいく。
「っ…」
フォルは大剣を身体の前に構えてそれを待ち構える。
レクトの単調な動き故にカウンターを狙うことは難しくないが、彼は特に対人戦において急激な動きの変化による不意打ちを多用する癖がある。
そのために仕掛ける直前までは、なるべく簡単に動きを追える方が良い。
フォルが考えている間にも二人の距離はぐんぐん縮まっていく。
最初の攻撃が行われる時もそう遠くはない。
―――接触まであと数秒。
フォルは全神経を極限まで研ぎ澄まし、レクトがどんな動きをしてきても即座に対応するつもりでいた。大剣の威力があれば大抵の攻撃は往なすことが出来るだろうと、そう考えていた。
―――均衡が破られるまでコンマ数秒。
(……いや、違う)
彼はふと思い直す。
過去に先輩に貰ったアドバイスを思い出して。
(大剣の動きじゃ、全速力の先輩には追い付けない)
脳裏に過る言葉。
『近付けさせるな、手を出させるな。当たれば相手は一溜りもないんだ、ならその強力な武器を振り回して……向こうに対応を迫ればいい』
それを試す時だ。
「……はあっ!」
横向きに、胴を両断するかのように剣を振り抜く。
「おっと…」
流石に直前の攻撃とあってダッシュの勢いは殺し切れないとの判断。
フォルが先手を取ってきたことに僅かばかりの驚きを見せて、レクトは仰向けにスライディングをしてそれを避ける。
「まだまだぁッ!」
剣を一度振った後に足を強く踏み直して、フォルはそのまま自らの背中側に斬撃の半円を描く。後方へとスライディングで抜けていったレクトの動きを制限するのが狙いだ。
その目論見通りレクトはすぐに起き上がることが出来ず、フォルからある程度離れたところでやっと立ち上がり、次の行動の準備に移ることができた。
「……全く。やるじゃないか」
フォルの猛攻はまだまだ終わらなかった。立ち上がったばかりのレクトに対し、彼が攻勢に踏み切れないように更なる追撃を加えていく。
重い金属が空を切り、鈍い音が響く。
レクトは回避に専念しながら付け入る隙を探すが、これが中々難しい。
(フォルの心配さえしなければ、幾つもやり様はあるが……)
流石に模擬戦だ。
怪我をさせて仕舞っては良くない。
友人としても、先輩としても。
(……さっきと同様、直球で行くか)
小細工は必要ない。
真正面から打ち崩す。
何より、もうそろそろボロが出始める頃合いだ。
「はぁ…はぁ……っ!」
先程からフォルは間髪入れることなくあの重い剣を振り続けている。
日々の鍛錬によって培われた持久力がそれを可能にしているのだが、真っ当な生き物である以上はいつか終わりがやって来る。
レクトの反撃を防ぐための連撃。
真っ当な戦術といえる。
しかしその間に一撃、少なくとも相手の体力を自分より多く削るだけの成果を生まなければ、最後に優位に立つことはできない。
そろそろ終わりだ。
フォルの瞬間的な体力が限界に達し、振り抜いた剣が返しの斬撃に動けなくなった途端、レクトは軽い一突きを見舞った。
「ぐっ…!」
「甘いっ!」
なんとか身を捩ってフォルは槍先を避ける。
流石の動きだが、それは本命ではない。
レクトの狙いは大剣を握っている腕の方。
「……ぐあっ!?」
綺麗な回し蹴りが手の甲に命中し、フォルは剣の柄を手放してしまう。
そしてすっかり丸腰になった彼の首筋に槍先がそっと添えられて、この短い戦いの決着と相成った。
「…参りました」
「お疲れ様。いい動きだったぞ」
「そう思ってもらえたなら、良かったです…!」
戦いの直後ともあって声の覇気は普段より数段ほど衰えていたが、フォルはまだまだ元気そうな様子だった。
それを見たレクトが”集落の周りをダッシュで十周”と、体育会系もビックリな冗談を言い放ってみたら本当にフォルが走り始めようとしてしまったため、力ずくで押し留めて水を飲ませる。
やっと休み始めたフォルを見て安堵と、少しの後悔。
(コイツにこの類の冗談はもうやめておこう…)
レクトはそう深く決意した。
§
「……で、だ。お前の腕試しに付き合ってやったんだから、約束通り”こんなこと”を頼んできた理由を教えてもらおうか」
早速に取り組むは訓練の後始末。
槍に付いた土埃をタオルで拭いながらレクトはそう尋ねた。
「大層な理由じゃないですよ。もっと強くなりたい、それだけです」
「だとしても、そう思う切っ掛けがあった筈だ」
フォルが訓練を頼み込んできたのは突然の出来事だった。
どこか焦っているようにも見えて、だからその時は事情を深掘りすることなく二つ返事で応じたのだが、そろそろ詳しく話を聞いても良い時期だろう。
じっと相手の言葉を待つ。
彼は地面に目を落として何から話そうか悩んでいる様だったが、しばしの後に心を決めてゆっくり話を切り出した。
「ティレッタから聞いたんだ。先輩が、この前の湖の騒ぎを一人で片付けに行ったって。……いや、エピリさんに一人で向かわされたって」
エピリへの不満を感じさせるような言い方ではなかった。
ごく単純に、レクトの身を案じているらしい。
レクトはこの時口を開いて、『自分の心配なんていらない』とフォルに伝えようとしたが……そういう問題でもないのだろうと考え直し、そのまま静かに話の続きへ耳を傾けることにした。
フォルは言葉を連ねていく。
「その時エピリさんは、先輩の強さを信頼して向かわせたんですよね? だったらオレも強くなれば、先輩の力になれると思ったんです…!」
語る口調は段々と、彼の情熱のように熱く燃え上がっていく。
「先輩が強いのは誰よりもオレが分かってます。だけどだからって、先輩を一人で危険の中に放り込んで良い筈がないッ!」
「フォル…」
些かの驚きが心に芽生えた。
まさか自分がこんなに心配されているなんて、レクトは思いもしていなかった。
「オレだって、伊達にこの剣を握ってる訳じゃない。オレだってみんなを守ることができる。……そう思えるように。そう、思ってもらえるようになりたいんです」
それまでの言葉の強い勢いに反し、最後の一言は呟くように小さかった。
確かな想い。
確かな決意。
それ故の、静かな幕引きであった。
「……驚いた。ここまで真っ直ぐな想いだとは」
「せ、先輩?」
「それならこれからも、一緒に頑張らないとな」
これを聞いて、手を差し伸べないなんて選択肢はなかった。
「だけど思い詰めすぎるのも良くないぞ、お前の長所は戦いだけじゃない。料理だって上手に作れるし、なんならそれを目当てにお前をここに置いてる二人組もいる」
情熱は十二分にある。
必要なのはきっと道標。
「まあ、気長に強くなろうな」
「……はいッ!」
それになろうと、彼は思った。
その後、二人は特訓に使った道具を綺麗に片付けて、丁度いい時間になったこともあってお昼ご飯にありつくことにした。
エピリ宅の食堂の厨房を借りて、フォルが存分に腕を振るった。
コモモにアドバイスをしているだけあって、やはり彼の料理は格別なものだ。
ゆっくり食事を楽しみつつ、二人は談笑に耽る。
「ところで先輩。今までの話とはぜんぜん関係もないし、もしかしたら失礼かもしれないんですけど…」
「なんだそんなに畏まって、気にせず言ってみろ」
これから振られる話題の中身を知らないレクトは、軽い気持ちで首を縦に振る。
フォルは安堵して、無邪気に目を輝かせながら尋ねた。
「その……コモドドラゴンさんとは、もう付き合ってるんっすか?」
「はぁっ!?」
ガタンッ!
レクトの座る椅子が大きく揺れた。
フォルは気にせず続ける。
「先輩にそういう縁が巡って来たなら全力で応援しますし、先輩が何か悩み事を抱えてるなら……正直オレもこういうの疎いんですけど、話くらいは聞けますんでッ!」
「あ…いや…」
動揺し、レクトは口ごもる。
「先輩、どうしたんですか?」
「いやいや何でもない。その話は、ティレッタにでも聞いたのか?」
「え、なんで知ってるんすか?」
話を逸らすために言い放った適当がクリーンヒットし、レクトは冷や汗を額から流しながら口を回し続ける。
「あぁ、勘だ。なんとなくそんな気がしてな」
「『フォルなら同性だし力になれるかも、あとセンパイに踏ん切りが付くかも』とか言って、なんか急に詳しく教えてくれたんです!」
「そう…なのか…」
レクトは心の中でティレッタに文句を付ける。
頼むから純朴なフォルに余計な知恵を入れないでくれと。
しかしここで黙りこくっていても不自然なため、彼は適当に答えを出してその場を乗り切ろうとする。
「……そのうち、な。いつかはそうなるだろ」
「お、いたいた」
そこに、エピリがキョロキョロと辺りを見回しながら現れた。彼女は二人を探していたようで、彼らを視界に捉えるといつも通りニコニコしながら近づいてくる。
「やあレクト君、それにフォル君も。二人の友情のひとときを邪魔していなければいいんだけど」
椅子から立ち上がり、レクトは呆れ顔で彼女に応対する。
「また面倒事か」
「やだなあ、私を何だと思ってるんだい?」
「エピリさん、何か用ですか?」
「まあね、レクト君に素敵な招待状を持って来たのさ」
その三文字をやけに強調して言うので、レクトの警戒心は高まる。
「…招待状だと?」
「タルジャの奴に勧誘されているんだろう?」
エピリは単刀直入に切り出した。
そして彼の返事を待つことなく続ける。
「今回君に渡された任務はそれほど難しいものでもない筈だ。だけど、協力関係を続けていくうちにより難しい仕事を任されることもあるだろうし、或いはその仕事内容が互いの信頼関係に傷を付けるかもしれない」
珍しく、年長者らしい意見だった。
もしかすると経験済みなのだろうか。
「一度結んだ手を切り離すことは容易じゃない。だからこそ、君は相手のことをもっとよく知るべきだ」
「……その手助けってことか?」
「ご名答」
差し出されたのは一枚のメモ。
それを見ると時刻が一つ、記されていた。
「明後日の朝、この集落から一台の荷車が発つ。新地球街の近くにアニマルガール達の集落があってね、そこ宛てのとある荷物を任せるつもりなんだが……小さい荷物ゆえに、荷台に結構空きがあるんだ」
本当に序でなのか、それともこの機会を生み出すためにわざわざ配達を手配したのか、気になりこそしたが彼は尋ねなかった。
「それに相乗りすれば、その集落で新地球街についての話を聞くことができる」
「直接、新地球街に乗り込める訳じゃないんだな」
回りくどい解決策にため息を吐くレクトに、エピリは笑った。
「流石にそれは難しいよ。
表情を隠すように踵を返すと、冷たい声が響き渡る。
「……特に、アニマルガールに近しい存在はね」
「だったら彼女らの集落に行ったところで、大した話は聞けなさそうだが」
「安心したまえ、きっと収穫はある筈さ」
また彼女が振り向くと、普段通りの微笑みがある。
手慣れたポーカーフェイス。
ならば徹頭徹尾隠し通せたはずだ。
一瞬だけ見せたのは、警告なのだろうか。
「複数人で乗れるだろうから、コモモちゃんとかも一緒に行くといいよ。それじゃあ、またね」
言いたいことだけ言い切って、彼女は書斎へと戻っていった。
レクトは受け取った稚拙なチケットを見つめて。
フォルもそれを後ろから覗き込む。
「先輩、どうするんすか?」
「……行ってみるしかないかもな」
紙切れはポケットへと。
懸念は幾つもあるが、百聞は一見に如かず。
そう、心を固めるより他ない。
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