第5話 和室・筋トレ

<和室>


 襖を開ける音。

 二人の畳の上を歩く足音。

 襖が閉まる音。


「ここって茶道部が使う部屋じゃん。なるほどねー。ここなら布団敷けば寝られるね。先生頭いいね!」


 呆れたように。

「って教頭先生の指示か。なーんだ」


 先生は襖を開ける。

 彼女は大慌てで先生にしがみつきながら懇願する。

「え、待って、どこいくの? 一緒の部屋には泊まれない? ムリムリムリ! だって先生さっき見たでしょ! ……あたし雷とかマジで無理なんだって。それにこんな広い部屋で一人っきりって、無理だよ……」


 先生の返答に、なおも食い下がる彼女。

「隣の部屋じゃダメなの! 一緒にいてよ! お願い!」


 数秒の間が空く。彼女の荒い呼吸が聞こえる。

 ようやく答えた先生の返答に彼女は嬉しそうに

「ほんと? 一緒にいてくれるの?」

 すぐに怒り出す彼女。

「なんで少しだけなんだよっ! ここで先生も寝ればいいじゃん! それだけはダメ? なんでよケチ!」


「あーまって嘘嘘。少しだけでいいから、先生ここにいて? お願い」


 ゆっくりとつぶやくように、だけどはっきり聞こえる声で。

「ありがとね、先生」


 和室の中の二人。和室は校舎の中ほどにあるため

 雨音や風の音は職員室に比べて小さい。雷鳴も遠目に聞こえる。

 しばらく無言の二人。


 とつぜん、彼女が動く音がする。

 彼女は横になると、腕立て伏せを始めた。


「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ!」


 彼女の力む呼吸音が聞こえる。


 先生の質問に、ちょっと辛そうに答える彼女。

「何って見ればわかるでしょ、腕立て伏せ。あとは腹筋とスクワットと……うん。毎日やってるよ。だって先生が毎日欠かさずやれって言ったんじゃん」


 また腕立て伏せを再開する彼女。

 だんだん、力んでいく。

 そして、腕立て伏せの1回にかかる時間が伸びていく。最後は力を振り絞るように。

「ふっ! ふっ! ふーっぅ! はぁーち、きゅぅーう、じゅぅぅぅぅう……!」


 バタと倒れる音がして、彼女の荒い呼吸音。

「はー、腕立て終わりー。はあ。はあ。次は腹筋だね。あ、先生、足首抑えててくれる?」


 先生が体勢を動かして彼女の足を掴む。

 再び彼女の腹筋が始まる。

「いーち、にーい、さーん……ね、なんで横向いてるの?」


「ああ、パンツが見えるから? あはは、先生それでもほんとに大人なのー? パンツくらい女子校なんだから毎日何人も見えてるでしょ」


「そういう問題じゃないって、じゃあ何が問題なの?」


「気にし過ぎだよ。もしかして先生って女子高生のパンツみて喜ぶ変態さん?」


「嘘嘘。じゃあ腰にはわるいらしいけど、膝のばしてやるからさ、先生は膝を押さえておいてよ。それなら見えないでしょ。あたしのパンツ」


「続きするからね? え、目閉じてんの? 見てもいいって言ってんのに、ウケる」


 彼女は腹筋を始める。

 今度は体勢が変わったせいで、彼女の顔が体を起こすたびに、接近する。

 吐息が顔にかかるほどの接近。

 だんだんと、呼吸が荒くなっていく。

 

「しーい、ごーお、ろーーーく、はぁはぁ……しーち、はーーーち、きゅうううう。はぁはぁ。十!」


 腹筋を終えて、寝転ぶ彼女の膝はまだ抑えられたまま。


「最後のは反動つけたからだめ? 嘘でしょ、ここで熱血顧問出しちゃうの? はいはい。わかりました。やればいいんでしょ」

 文句を言いながらもどこか嬉しそうに彼女は言う。



「じゅーーーーーう! あいたっ!」

 ゆっくりやった最後の一回。彼女と先生の顔がぶつかってしまう。

 その時彼女の唇が先生の顔についてしまった。


「ご、ごめん先生! 大丈夫だった?」

 最初は慌てて先生の様子を心配する彼女だったが、すぐにそれどころではなくなる。


「う、うん。あたしは……大丈夫……だけど……」

 先生は目を閉じていたのでどこに何が触れたのかはよくわかっていないようで、だからといって先生に口が当たったことを言うのも恥ずかしく、何も言えない彼女。


「今日はスクワットはいい。疲れた。今日くらいはいいじゃん。毎日やってるんだから!」

 彼女は照れ隠しに声を荒げる。


「べ、別に怒ってないよ。……初めてだったのに……バカ」

 最後はほとんど聞き取れないような声だっだ。


「もう大丈夫だから、先生も休んでいいよ」

 元気なく言う彼女


「ほんとに大丈夫。先生こそ大丈夫? 痛くない?」


「うん、おやすみなさい」


 ふすまがしまり、ドアの閉まる音。




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