第2話 職員室
風の音が強く、窓が軋む音が聞こえる。
一人職員室に残り、今日のデータをパソコンに打ち込む音が暫くの間響く。
そのうち雨の音がしたかと思うと、すぐに窓に打ち付ける音が激しくなり、雷の音まで聞こえてくる。
キーボードを打つ手を止めて窓の外を見る。
あの子は無事に帰れただろうか。
その時、廊下をけたたましく走る音が聞こえる。だんだんと近づいてきて、勢いよく職員室のドアが開けられた。
「先生っ! よかったぁ! まだいた!」
職員室の入り口で大声を出した彼女は駆け足で近づいてくる。
「職員室の電気がついてたからさ、もしかしたらって思ったんだよ! 先生いっつも部活の後残ってるもんね!」
彼女は先生の隣の椅子に勢いよく座る。
先生の質問に、彼女はちょっと元気な下げに答える。
「あ、う、うん。ちょっと考え事とかしててさ……」
すぐに元気な声に代わり
「それでさ、先生、お願いがあるんだけど……家まで車で送ってくれない?」
と、顔を近づけてかわいらしくおねだりをする彼女。
先生が了承してくれて椅子をきしませながら喜ぶ。
「ほんと! やったぁ!」
「わかった。じゃあ先生が終わるまでここで待ってるね!」
先生は急いでキーボードを操作して今日の仕事を終わらせようとする。
「おお、先生。タイピングめっちゃ早い!」
彼女は驚きと笑いが混じった声でいう。
「つか、手元見てないじゃん! うわ、どうやってんのそれ、ウケる!! てか引く!」
「カチャカチャカチャッ! ターンッ! あはははは! ウケる! 先生、そういう競技があれば大会に出れるんじゃない? え? あるの? 先生より早い? 嘘! ヤバいなそれ……」
「……何の分野でも、ちゃんと練習した人が強いってことか……」
「てか、先生! ついに画面も見なくなってるじゃん。キモいキモいキモい! なんで顔だけこっちむいて高速タイピングしてるのマジで面白すぎるんだけど! あはははは!」
「ヤバいこれ。ねえ、先生のその姿写真にとってもいい? だめ? なんで? 絶対みんな笑うってこんなの」
「それがわかってるからだめって先生マジウケるなあ……」
彼女は何が面白いのか椅子をきしませながらとても楽しそうに話しかけ、ひときしり笑った後、自分のスマートフォンをいじりながら椅子をきしませる。
外では激しくなる雨音、時折雷鳴。雷鳴は先程よりも近づいてきている。
部屋の中にキーボードのタイプ音だけが再び響く。
ゆったりした時間が流れる。
時折思いついたように彼女が話しかけてくる。
「ね、先生。もうウチら以外みんな帰ったの?」
「そうなんだ。なぁんだ。二人きりかと思ったのに」
また彼女が話しかけてくる。スマホを見たまま。
「あ、なんか電車止まってるらしいよ。やばいね」
また無言の間がしばらくあいた。
彼女は独り言。
「やっぱり台風直撃コースになったっぽいよ。こりゃ明日は学校休みかなあ? でもいっつも夜の間に通り過ぎて朝は晴れてたりするんだよなあ。晴れてくれないと練習できなくなっちゃうよね……」
「でも、あたしンち遠いから先生に送ってもらえて助かったわーラッキー!」
しばらくスマホをいじっていた彼女は飽きたのか、背もたれによっかかり、声のトーンを落として、いきなり顔を近づけて聞いてきた。
「ね、先生って、なんで独身なの?」
キーボードを打つ手が一瞬止まる。が再び高速でタイピングを続ける。
「出会いがないってウケる。モテない人が使う言い訳じゃんそれ」
心底面白そうに笑った後、またトーンを落として
「じゃあさ、先生って生徒と付き合ったこととかあるの?」
今度は先生はタイピングは止めない。
「ほんとにー? 先生って女子の間でまあまあ人気あるんだよ?」
タイピングがゆっくりになるが、止めない。
「なにそれ。嬉しくないの?」
不服そうな彼女。
タイピングは元のスピードに戻る。
「はあー? ウチらがガキなら先生はおっさんじゃん!!」
興奮する彼女。体を動かすたびに背もたれの付いた椅子がきしむ。
「はいはいって、子どもあつかいすんな。はあ? 子ども扱いすんなってセリフがすでに子ども!? じゃあなんて言えばいいんだよ!」
発狂した彼女を気にする様子もなくタイピングを続ける先生。
「無視すんなし……」
相手にされず不貞腐れた彼女。
しばらくして、先生はひとまずやるべきことを終え、ノートパソコンを閉じる。
「終わったの? 別にあたしはまだまだ遅くなってもぜんぜん大丈夫だよ。今日親帰ってこないし」
先生は帰り支度をしている。バッグをあけ、ノートパソコンをしまう。
「えー、別にいいじゃん。誰もそんなこと気にしないって。それとも先生はあたしと一緒にいるの嫌なのー?」
また、顔を近づけて囁くように彼女が言う。
さらに追い打ちをかけるように顔を耳元に近づけて、いたずらにそっと囁く。
「なんなら先生……うちくる?」
先生が立ち上がる椅子の音は荒々しく怒っているかのようで、続いて彼女が慌てて立ち上がる。
「あっ! 待ってよ! 置いてかないで! 待って待って! ごめんって! 冗談じゃんか!」
二人で職員室を後にするが、その間も風と雨と雷の音は弱まるどころか強まっていくようだった。
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