第6話 お姉さんと対面

翌日、僕と紫音はcafe PRINCEに向かっていた。

紫音は先日、佐伯ゆう子と会った時の変装をしている。

PRINCEについた時まだ「近藤奈央」は来ていなかった。

いつもの席で二人で待っていたら、少し遅れてその人はやってきた。

「すいません、少し遅れてしまいました。初めまして。近藤奈央といいます。

佐伯ゆう子の「姉」です。」

遅れてきたその人は、快活そうでメイクも割と派手な女性だ。

だが、見た目は佐伯ゆう子とそっくりで、というか佐伯ゆう子その人だ。


マスターが注文を取りに来た。僕と女性はコーヒーを、紫音はメロンソーダを注文した。

「やっぱりメロンソーダを注文されましたね。ふふふ。

赤崎さん、お気づきですよね。私と佐伯ゆう子が同一人物だと。」

その人は不敵な笑みを浮かべて僕たちを見た。

「私は、ゆう子の別人格です。近藤奈央という名は養護施設で出会った少女の名前です。それも、きっともうご存じですよね。」

僕たちはきっとすごい顔をしていたと思う。


「奈央さん。ゆう子さんはあなたを探してくださいと僕たちに依頼されました。

僕たちの調査では、ゆう子さんが、幼少期の辛い体験から解離性同一性障害という病気にかかっているんじゃないかと推察しているんですが、そういう見解で間違いはないということですね。」

紫音は、近藤奈央の眼を見て言った。。

「はい、あなたの見解でほぼ間違いはありません。私の事を聞いてほしくて今日はお呼びしました。少し長くなりますが、聞いてください。

ゆう子は、養護施設時代に、ある男性職員から性的虐待を受けていました。解離性同一性障害を引き起こす要因の一つとして幼少期の性的虐待は大きな要因です。

ゆう子は、逃げたくても逃げる場所もなく結局自分の内側に逃げてしまったのです。そして一時は声が出なくなる時期もありました。ちょうど、養護施設で出会った少女の近藤奈央が川で溺れ亡くなった時期と重なっています。

実は近藤奈央も性的虐待を受けていたようです。彼女は内側に逃げるのではなく、自らの死を選んでしまったのです。これは、ゆう子しか知りません。なにせ、ゆう子の

目の前で川に飛び込んだんだって、ゆう子が話してましたから。」

ゆう子の目の前で川に飛び込んで自死した近藤奈央。彼女もまた性的虐待を受けていた。ショッキングな事実がどんどん出てくる。僕は少し寒気がしてきた。

「ちょ、ちょっと待ってください。解離性同一性障害は、複数の人格が出現するといわれていますよね。3つ、4つと出現するといわれている。あなた・達?は二つの人格なんですか?」

紫音が話を遮って質問をした。

「いいえ、私たちも複数の人格が交互に出てきていました。ただ、ゆう子自身が、大人になるにつれて、統合される人格もあり、今では私とゆう子の2人です。

私もいずれ統合されて消えてしまう人格です。

そして、私たちはとても稀有な症状なのですが、私だけ、元の人格つまりゆう子と話すことができるのです。たぶん、私が近藤奈央であるからなのでしょう。

ゆう子自身が、近藤奈央である私に助けを求めている。」

「ちなみに、カウンセリングとか心療内科とかの診察や治療なんかは受けてないんですか?」

今度は僕が質問してみた。

「以前は、少し受けていたこともあります。ちょうど、性的虐待が発覚してその後のケアということで、施設から通うように言われて。でも、施設を出てからは受けてはいません。ゆう子にとってそのカウンセリングはあまり好意的ではなかったようです。

施設を出て、今の職場で働くようになって、だんだんと複数いた人格も統合されていきました。職場での人格は私が出ています。もう、お二人はお気づきですよね。」

彼女は、ゆっくりと僕たちを眺めた。

「今の職場は、施設から紹介されました。社長が施設出身者で、園長とも親交があったからなんですが。社長は私たちの虐待の事も知っていました。園長が、良かれと思って社長に話していたのでしょうね。あの男は最初は本当に親身になって相談も聞いてくれたりしたんです。でも、ある時ゆう子の人格だった時に体の関係を迫ったんです。虐待の件を持ち出して、脅して。ゆう子は、その時必死で抵抗して、逃げ出せたんですが、でもその後、あの頃少し落ち着いていたのに、あの男のせいでまた不安定になって。しかも、あの男からの嫌がらせが始まったんです。セクハラ、パワハラなんてもんじゃなかった。明らかにいじめです。

私は、ゆう子を守るために、職場での人格をすべて引き受けました。私は、ゆう子とは真逆の人格を持っています。ゆう子のこうなりたいという願望が私を体現しているのかしら。職場で、あの男の嫌がらせから、守ってやらなくてはいけないんです。」

僕たちは、驚いて何も言えなかった。

彼女はとても依頼をしてきたゆう子さんとは思えない感じだった。

彼女の話はまだ続く。

「ある時、ゆう子は今の彼氏を連れてきたんです。

その彼氏は本当にダメな奴で。ゆう子に金の無心をするし、金使いも荒い。お酒を飲むとゆう子に暴力をふるう。でも、ゆう子は彼に依存しているようなんです。

私としては分かれてほしいんですが。

で、お願いなんですが、ゆう子に彼との関係を清算させて、会社も転職して新しい人生の一歩を踏み出すきっかけを作ってほしいんです。

私はもう少しすれば、ゆう子の人格に統合されます。だから、その前にあなたたちにお願いしたかったんです。」

そう、彼女は話を締めくくった。


何か引っかかるものがある気がする。ただ、それが何かわからないという感じだった。

ふと、紫音を見ると紫音も同じような顔をしている。

紫音が、

「ひとつ伺いたいんですが、ゆう子さんはあなたの事を自分の中の別人格だと理解しているんでしょうか?理解されているのでしたら、私共に依頼をされることはなかったと思うんですが。」

そうだ、そうなのだ。なぜ、ゆう子さんが僕たちにこの奈央さんを探してほしいと依頼したのか。

しかも、写真の謎もある。あの写真はいったい誰なのか。

「ゆう子は私が自分の内なる別人格だと、理解していません。そして、最近ではゆう子の人格と私の人格が同時に出現することが、なくなりました。それが、私の人格が統合されるサインだと思うのです。きっともうしばらくしたら、私はゆう子に飲み込まれます。そうなれば、彼女は私という人格が自分のうちにいたであろうことも、きっと忘れてしまうでしょう。だからこそ、もう時間がないのです。彼女がこの先一人で生きて行けるように、お願いします。」











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