第4話 ダイコー印刷

僕たちは次に彼女の勤め先のダイコー印刷に向かった。

聞いていた住所についた僕たちは、驚いた。

街の印刷所を想像していたら、都心に大きな自社ビルを構えた会社だった。

僕たちはアポなしだったため、社長への取次ぎは半ば諦めていたが、受付嬢は快く取り次いでくれた。


応接室へ案内され、待っていると、50代くらいの夫婦であろう男女と30代くらいの女性が入ってきた。

30代くらいの女性は僕たちにお茶を勧めてくれ、そのまま出て行った。


「初めまして、僕は探偵の赤崎と申します。今日は突然の訪問にご対応いただきありがとうございます。こっちは、助手の境田といいます。」

紫音が自己紹介をすると、

「ダイコー印刷の宍戸といいます。こちらは家内です。

アジサイ園の木村園長からお話を聞いていますよ。ゆう子さんの事ですよね。私たちも力になれればと思っております。」

「木村園長から連絡が行ってらしたんですね。どうりでアポなしなのにお会いできたはずだ。こんなに大きな会社の社長さんが、突然の訪問に応じていただけるなんて驚いていたところです。」

「家内とコツコツやっていた結果です。大きくなればなるほど、責任も大きくなって、今ではなかなか大変ですよ。」

にこやかに話す様子は下町の気のいい工場主って感じだが、こんだけ大きな会社にするってことは、かなりヤリ手なんだろう。

隙がない感じがするのは、紫音も感じているようだ。

「早速なんですが、ゆう子さんはこちらでどんなお仕事をされているんでしょうか?」

「彼女の部署は、印刷の受発注を主に受け持つ部署になりますね。例えば出版社からの印刷の依頼が来ると、印刷する冊数や納期なんかを打合せして取りまとめて印刷所に発注するんです。その仕事をしてもらってます。彼女はとてもよく仕事のできる人で、周りの者たちも信頼してるんです。明るくて面倒見もよくて人気者ですよ。」

彼女が自分で話していた私生活の様子とは何か違うような印象を受けた。

紫音も、少しいぶかしいような表情をしている。

「で、彼女の何を御調べになっているんでしょうか?ここ数日は有休をとっていまして、出勤してないんですよ。体調がよくないとかで、こちらも心配しておりまして。」

「彼女のお姉さんのお話はご存じでしょうか?」

「お姉さん?彼女にはお姉さんはおりませんよ。まぁ、施設出身ですからね、姉と慕う人がいるかもしれませんが…でも、そんな話は聞いたことがありませんしね。」

「そうですか。いや、お邪魔いたしました。ゆう子さんの会社での様子をお聞きしたかったので。ありがとうございました。よくわかりました。」

紫音は彼女のイマジナリーフレンドの件は言わないつもりなのか。紫音は立ち上がり、一礼して出口に向かった。僕も慌てて立ち上がり、軽く会釈して出て行った。

ドアを出る際、ちらっと見えた宍戸夫婦は、僕たちをすごい怖い顔で睨んでいた。

さっきまでのにこやかな笑顔が噓のようだった。


「紫音、お姉さんのこと、何も聞いてないけど、どうするんだよ。」

「うん、たぶん何も出てこないよ。きっと何もしゃべってくれない。」

「まぁ、さっきあの宍戸夫婦、俺たちが帰るとき、すごい怖い顔で俺たちを睨んでいたからな。かなり警戒されてただろうね。」

紫音と僕はエレベーターを降りてエントランスにいた。

すると、後ろから声をかけられた。

「探偵さん。すいません。ちょっといいですか。」

さっき、応接室でお茶を持ってきてくれた女子社員だった。

「なんでしょうか?」

「ここでは、人目もあるので、外で。」

そういうと、出口に向かって歩き出した。

出口を出たところで、その女性は話し出した。

「実は、ゆう子さんの事でお伝えしたいことがあって。私、ゆう子さんにはすごくお世話になってるんです。うちの会社、割とパワハラ体質というか、ブラック企業なんです。ゆう子さん、上司に無茶な仕事を押し付けられたときとか、いつも庇ってくれて。でも、最近ここ一週間ぐらい様子がおかしくて。いつもなら自信たっぷりな感じなのに、自身なさげというか、元気もなくて、ボーっとしてる時もあって。

一回、社長にかなり怒鳴られてるところを見てしまったんです。あの社長かなりのワンマンでパワハラなので。その日以来ゆう子さん出社してないんですよね。

ゆう子さん、大丈夫でしょうか?ゆう子さんの事助けてあげてください。お願いします。」

「お話しいただいて、ありがとうございます。少しヒントになりました。」

紫音はその女性に、にっこりと笑っていった。

「ゆう子さん、元気になりますよね。」

「はい、きっと。」

その女性は、最後にホッとしたように笑って、お辞儀しながらビルのほうに戻っていった。





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