お姉さんを探してください。
第2話 CAFE PRINCE
翌日、紫音からの着信で目が覚めた。
酒の配達は、基本午後からのことが多く、前日に割と遅くまでPC作業をすることが多いので、僕は割と朝が遅い。
でも、紫音は夜の仕事をしている割に、早朝に釣りに行ったりすることもあるらしく、朝が早い。いや、むしろいつ寝てるんだ?と思うぐらいだ。
「おはよう!迅。おきてるか?」
紫音の声はえらく嬉しそうだった。朝からテンションが高い。
「紫音、何時だと思ってんだよ。まだ朝の8時じゃないか。僕にとってはまだ深夜だよ。ブルブル、寒いな。」
「おい。もう、しっかり朝だぞ。そろそろ起きろよ。」
「なんだよ、やだよ。昨日遅くまで作業して、俺寝たの、5時だよ。」
「昨日の女性から電話があったんだよ。今日の10時にカフェに待ち合わせだ。」
「まじかよ。あと2時間しかないじゃんかよ。あぁ、わかったよ、起きるよ。」
「じゃ、20分後にbarでな。」
「あぁ、わかった。」
まったく、紫音はいつも強引だ。
僕はスマホを切り、しぶしぶベッドから出て、欠伸をしながら洗面所に顔を洗いに行った。
僕は、実家の酒屋で祖父と父との三人暮らしだ。男所帯の気楽さで、食事や身の回りのことはもう自分たちでやることになっている。母が早くに亡くなっているので、父は家事全般をそれなりにこなせるし、僕も小さいころから、家のことは一通りできるようになっていた。だから、父にも祖父にも僕の生活リズムに文句を言われたことはない。
僕の家は2階が住居になっていて、1階は店になっている。
出かける用意をして、1階に顔を出した。
「父さん、今日の配達は?」
配達は僕の仕事になっているので、配達スケジュールは毎日チェックすることになっている。
「あぁ、今日は早いな。今日は配達はいいよ。近所の武ちゃんところに行くだけだから、後で俺が行っておく。」
「そっか。ありがと。じゃ、俺出かけるわ。」
「あぁ。いってらっしゃい。気をつけてな。」
実家から紫音のBAR KINGまでは徒歩で十分ほどだ。
眠気を覚ますのにはちょうどいいぐらいの距離だ。
そういえば、どんな依頼だったんだろう。なんか、幸薄そうな感じの女性だったなぁ。そう思いながら、ぶらぶら歩いたら、雑居ビルについた。
BARが入っている雑居ビルは、昼間は一階の古書店だけ開いている。
「おはよう。今日は早いね。」
古書店の店主が声をかけてきた。
「あ、おはようございます。朝から紫音にたたき起こされました。まったく、寝不足ですよ。」
古書店の店主は物静かなロマンスグレーだ。紫音の話だと、世の中のことで知らないことはないんじゃないかというぐらい物知りらしい。
挨拶を交わして、僕は雑居ビルのエレベータのボタンを押して三階に上がった。
BARのドアを開けると、紫音が今か今かと待っていた。
「五分遅刻だぞ。」
「朝早くに起こしておいて、少しは大目に見ろよ。」
紫音はバーカウンター内にある酒を並べている棚の一部に手をかけた。
そこには古い年代のバーボンがあるが、紫音はそのバーボンを手前に引いた。
すると、棚が手前に開きその奥から薄暗い階段が現れた。
実は、このビルには隠し通路があり、その入り口が三階のこのバーなのだ。
そしてこの隠し通路の存在は、このビルのオーナーと紫音、そして僕しか知らない。
この階段は、地下までつながっており、その地下は住居と探偵事務所として紫音が使っている。
僕と紫音は階段を降り、地下の部屋に入った。
地下の部屋は割と広く、2LDKになっている。
「迅、朝飯作ってやるよ。どうせ、食ってないんだろ。フレンチトーストでいいな。頭の栄養は糖分だからな。」
室内の電気をつけながら、紫音は僕に言った。
「あぁ、濃い目のコーヒーもつけてくれ。まだ頭の中がもやもやしてる感じだ。」
僕は、欠伸をしながらリビングのソファーに倒れこんだ。
この部屋のリビングにはカウンタのキッチンがついており、そこで紫音がフレンチトーストを作るのを眺めながら、僕は紫音に聞いた。
「で、あの女性どんな依頼なんだ?」
「うん、人探しだそうだ。」
紫音は僕の前に、甘い匂いをさせたフレンチトーストと香りだけで目が覚めそうなコーヒーを置いた。この紫音という男、BARのマスターという職業のくせに酒に弱い。そして、かなりの甘党である。僕の前に置かれたフレンチトーストも、シロップとバニラアイス、そしていちごジャムが添えられた、かなり映えるできである。そして、これが実にうまいんだ。
僕はフレンチトーストを食べながら、
「その、依頼人からの電話、録音してあるんだろ。聞いてもいいかな。」
「あぁ、今から再生する。」
依頼人からの電話、会話に関しては、すべて、録音することにしている。
後々のトラブルを防ぐための措置だ。
紫音は、その電話の会話を再生した。
「もしもし、私、佐伯ゆうこと言います。」
「合言葉をどうぞ。」
紫音の音声は変成器で加工された音声になっている。
「えっと、『悪魔が来りて笛を吹く』で、いいんでしょうか。」
合言葉はいつもだいたい紫音がその時に読んでいる本の題名であることが多い、
今回は横溝正史のミステリーか。金田一シリーズ好きだったな。
「ありがとうございます。私共への依頼はどういった依頼でしょうか。」
「人探しをお願いしたいのです。私の姉を捜してください。」
「お姉さん、いつからいなくなったんですか?」
「それが、いつの間にか。いつも私のそばにいたのに。片時も離れずに。」
そういうと、女性は泣き崩れ、しばらく録音は女性のすすり泣く声になった。
少し落ち着いたころに紫音が言った。
「わかりました。詳しいお話を伺いたいので、明日の朝十時にカフェPRINCEに来てください。その際、カフェのマスターに先ほどの合言葉を言ってください。場所はわかりますか?」
「はい、わかると思います。よろしくお願いします。」
録音が終わり、紫音が僕のほうを見た。
「だそうだ、あの年で、片時も離れない姉って、いつの間にかいなくなったって、なんかおかしくないか?」
僕は、フレンチトーストを食べ終わり、苦いコーヒーを飲みながら、
「本当に、文字通りの片時も離れないじゃないと思うけどな。で、今回は依頼人に直接会いに行くのか?」
紫音が、依頼人と交渉をする方法は、二通りある。
まず、紫音が直接カフェに赴き、直接依頼人と会い交渉する。
この場合、紫音は特殊メイクを施し、変装をしたうえで依頼人に会う。
で、もう一つの交渉が、PCを使ってオンラインで交渉を行う。
その場合、相手側に見える交渉相手は紫音のアバター。
PCはいつも交渉場所のカフェに置いてあるから、出向く必要がなくなる。
で、その交渉場所になるカフェPRINCE、実はこのバーが入っている雑居ビルの家主、つまりオーナーがやっているカフェなのだ。
このオーナー、紫音とは切っても切れない縁があるらしく、何かと紫音の手助けをしてくれている。
この二つの交渉方法は、その時の紫音の気分で決められている。
今回はどうやら、特殊メイクをして直接カフェに行くみたいだ。
今回の依頼人に興味があるらしい。
てか、なんでこんなに七面倒な回りくどいやり方をやっているのか、いまだ僕には理解できないんだが。はぁ。
さて僕も、これから紫音の変装の手伝いをしなくてはならない。
紫音は、昔から手先が器用で、なんでも割とすぐに習得してしまう。特殊メイクもどこかのサークルに潜り込んで習ってきたらしいが、はた目には本当にわからないぐらいの技術を持っている。
今回は、和装で年配の男性で行くらしい。設定は50代らしい。
鏡の前で、ご満悦な紫音を見ながら、毎回なんでこんなにまどろっこしいのか不思議になる。もしかして、顔がばれたらまずいことでもあるんじゃないだろうか。
まさかな。まぁ、紫音が楽しいんだったら、いいんだけど。
カフェPRINCEまでは、BARから徒歩で20分ほどのところにある。
紫音は交渉場所まで一人で歩いていく。
紫音の眼鏡にはカメラとマイクが仕込まれている。
僕はBARからその交渉の様子を見ることになっている。
「ジン、見えてる?まぁ、一方通行だからね。返事できないか。」
紫音が歩きながら、話しかけてきた。
はいはい。聞こえてますよ。こちらからは応答できないですけどね。
カランカラン。紫音がカフェに到着したらしい。
「あぁ、いらっしゃい。お客さん、来てるよ。」
マスターは60代前半だったと思う。若いころは色々スポーツやレジャーをやっていたというだけあって、かなり身体が仕上がっている。いまでも、トレーニングは欠かさないらしい。若いころは、それはそれはかなりモテたらしい。うらやましい限りだ。僕みたいな、人見知りの女性恐怖症には縁のない世界だ。
「ありがとうございます。マスター、じゃ、いつものお願いします。」
「はいはい。」
依頼人は、奥の過度の席に座っていた。紫音は、その席に近づき、
「佐伯さんですね。ご依頼を受けました、赤崎と申します。」
依頼人の女性は、びっくりした顔でこっちを見た。
「えっと、私…」
「あぁ、すいません。こんなおじさんが来るとは思ってなかったですか?あのBARは窓口にしているだけでして。」
女性はまだ、かなり警戒をしているようだ。そりゃそうだよな。いきなり、まったく知らないおじさんが現われてるんだから。
「お待たせ。」
その時、マスターが紫音が注文したクリームソーダを持ってきた。
緑色のソーダ水にバニラアイスが乗ったオーソドックスなクリームソーダ。
紫音の好物だ。
いやいや、今日の変装にはミスマッチだろ。
突っ込みどころ満載の紫音を想像しながら、遠隔で突っ込んでいたら、彼女がくつくつと笑い出した。どうやら、紫音のミスマッチがツボにはまったのだろう、しまいに爆笑しだした。
「いやいや、そこまで笑わなくてもいいでしょう。」
紫音が心外だとばかりに、女性に言うと、
「あははは、ごめんなさい。あまりにもミスマッチすぎて。わかりました。赤崎さん、でしたっけ?念のため、合言葉って、いってもらっていいですか?」
「えぇ、『悪魔が来りで笛を吹く』ですね。これで信用していただけましたか?」
「はい。」
女性は納得したようだった。
「では、依頼の詳細をうかがいたいのですが。」
紫音は、カバンの中からタブレットを取り出し、こちらのPCとオンラインでつながった。これで、こちらからのアクセスもできるようになる。
紫音が画面を見ながら、女性に聞いた。
「人探しと聞きましたが。お姉さんを捜されてると?警察には届けは出されてますか?」
「いえ、捜索願は出してないんです。というか、受理してもらえなかったんです。どこからどうお話すればいいのか。」
「ゆっくりでいいですよ」
紫音は女性に優しく促した。
女性は、すこし俯き加減で困ったように話し出した。
「姉というのは、私の本当の姉ではないのです。でも、小さなころから私と姉はずっと一緒でした。姉は3つ上で常に一緒にいました。」
女性は何か遠いところを見る目で話し出した。
「私は、非嫡出子です。母は、銀座のクラブで働いていたそうです。そこで知り合った男性と恋に落ち私が生まれたそうです。父は母が妊娠したということを知ると、母にお金をわたして。別れるように言ったんだそうです。母はそれを承諾し、私を秘密裏に出産しました。なので、私は父親が誰なのかどんな人なのか、知りません。
母は私を生んで暫くして、病気でなくなりました。
母には身寄りもなく、一人残された私は施設で育てられました。その施設の園長が母とは同級生で、私が生まれる前の事情はその園長先生から聞きました。
姉とはその施設で出会ったんです。私たちはいつも一緒にいました。物心つく頃には姉は私の傍にいました。
姉は常に私の傍にいて私を守ってくれていました。
高校を卒業して、私は就職をしました。今、印刷工場で事務員の仕事をしています。
姉はとても喜んでくれました。その仕事先でも姉は常に一緒にいてくれました。
私、姉がいないと何もできないんです。
「ゆう子ちゃんは私が守るのよ」これが姉の口癖でした。
今年に入って、私にお付き合いする人ができました。その頃から、姉は私の傍からいなくなる時が多くなりました。」
「片時も離れないっていうのは、本当に文字通りの意味なの?」
俺はそうPCに打ち込んだ。依頼人と話をするときに俺の方からの質問はPCを介して紫音に送る。
「ちょっと待って、片時も離れないってのはまさか、文字通りの意味なんですか?」
紫音が彼女に質問した。
「えぇ、その通りです。片時も、いつも常に一緒にいました。喧嘩をしていても、学校の授業中も。おかしいですよね。私も、他の子たちと違うんだってことを意識した時があって、姉になんでこんなに一緒にいるのか聞いたことがあるんです。そしたら、
「ゆう子ちゃんの傍にいてあなたを守っているのよ。周りの人は敵ばっかりだから。」そう言うんです。過保護すぎですよね。でも、私も、姉がいないと本当に何もできないので、それに、あまり周りに溶け込むということが苦手な性格なので、姉に甘えていたところがあると思うんです。
それに、周りの人たちには姉の姿は見えないようで、色んな人におかしいとか、妄想だとか言われてるんですけど、でも私にははっきりと姉の姿が見えているんです。姉にも、そんな周りの言葉なんか気にしちゃだめだって言われて。
本当は見えているはずなのに、あなたを独り占めしてるから、やきもちを焼いているのよと言ってました。
でも、最近は周りにはわからないようにしていました。」
僕はまたPCに打ち込んだ。
「それって、イマジナリーフレンドじゃない?」
紫音はその質問はスルーすることにしたらしい。そのまま彼女の話の続きを聞いている。
「彼とお付き合いするようになって、姉は私の傍から時々離れるようになりました。彼と一緒にいるときは、姉はどこかに行っちゃうんです。
どこに行っているのか聞いても、「内緒」というばかりで何も教えてくれませんでした。
一か月前、実は姉と喧嘩をしてしまったんです。原因は彼のことでした。
私は彼に時々お金を貸していました。そのお金は初めのころはきちんと返してくれていたんです。でも、最近返してくれることが少なくなって、そのことを姉に相談というか、愚痴ったんですね。そうしたら、すぐに別れろと姉が言い出して、それが原因で大喧嘩をしてしまったんです。
その後、姉は部屋を出て行ってしまって、それから帰ってこないんです。」
「もう、一か月姉は姿を見せません。連絡もありません。で、警察にも相談したんですけど、取り合ってもらえず。あなたなら助けてくれるとある人から聞いて。」
「そうですか。ところで、そのお姉さんのお名前や行きそうなところとか、聞きたいですね。あとお写真を見せていただきたいんですけど。」
そう、紫音が彼女にいうと、彼女は困ったような顔をした。
「えっと、実はそれが警察が動いてくれなかった原因で、私、姉の名前を知らないんです。いつも一緒にいていつも傍にいたのにおかしいと思うでしょうが、私、姉のこと何も知らないんです。
好きなものは、私と同じだし。行きたいところなんかもいつも私と一緒。
いつもずっと一緒にいたから、呼ぶときも「お姉ちゃん」だし。私、ほんとに何も知らないんだって、すごくショックを受けて。彼にも相談してみたんですけど、逆に気味悪がっちゃって。」
僕は頭を抱えた。それって、正にイマジナリーフレンドじゃないか。そりゃ誰だって気味悪がるよ。
「あ、でも写真はあるんです。一枚だけ。これなんですけど。」
そう言って、彼女は一枚の写真を取り出した。
その写真には確かに彼女ともう一人女性が写っている。
イマジナリーフレンドじゃないのか?イマジナリーフレンドなら、写真なんかに写ったりしないだろ。なんか、話があらぬ方向に進んでる気がするぞ。
「これが、あなたのお姉さん?」
「はい、私の姉です。最近の写真ではないんですが、2年前に姉と一緒に初めて旅行に行って、その時に撮った写真です。確か、東尋坊という福井の名所なんですけど、姉の写真はこの写真一枚だけなんです。なぜかこの写真以外は、写真を撮ることを拒絶され、とることができなかったんです。」
「この写真、お預かりしても?」
「はい、たぶんそういわれると思ったので、プリントをしてきたんです。なので、この写真、お渡しします。」
おいおい、紫音、この依頼受けるつもりなの?ちょっと、雲をつかむような話だし、それにぶっ飛びすぎてるよ。
まさか、幽霊とかお化けとか?やめてくれ。
「では、この依頼、受けさせていただきます。
依頼料は前金でまず5万。経費としていただきます。お支払いはオンラインバンキングでお願いします。
解決した場合、成功報酬と必要経費を後日同じ口座にお支払いいただきます。
よろしいですか?」
おいおい、まじでこの依頼受けるつもりか?まったく、変な依頼受けるの勘弁してほしいな。
今回の依頼はあまりにも情報が乏しい。
捜す人物の名前も服装なんかもわからない。行きそうな場所も分からない。
大体、本当に存在しているのかすら曖昧だ。でも、写真があるんだから、きっと存在はしているんだろうけれど。
とりあえず、紫音には依頼人に関する情報をいくつか聞いてもらわないと、これじゃ八方塞がりだよ。
僕は、急激に目向けに襲われ、
「紫音、依頼人に勤め先や施設の名前なんかお一応聞きだしておいてくれ。おれ、少し寝るわ。」
僕は少し休むことにした。
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