第4話
「お電話した通り、今日から住人が増えます。しばらくバタバタするので、もしうるさかったら教えて下さい」
「わかったよ。ヤマトくんは礼儀正しいねぇ。黙って彼女と同棲しても分からないのに。わざわざありがとうね」
「突然申し訳ありません。よろしくお願いします」
「礼儀正しい子の彼女は礼儀正しいねぇ。こんなにちゃんとした子は久しぶりだよ。手狭になったらうちのファミリー向け物件を紹介するよ♪」
カナを連れて家に帰り大家さんに挨拶に行った。大家さんはご機嫌に俺たちを歓迎してくれた。
事前に電話したのが良かったんだと思う。やっぱ根回し大事だわ。大阪土産が大家さんの好きなチーズケーキだったのも良かったかもしれない。
部屋に戻りしばらくすると、ハヤトから電話がかかってきた。問題なく書類が揃ったので、相続放棄の手続きを進めるそうだ。裁判所から書類が来たら終わりらしい。
「忙しいのにありがとな。助かったよ」
「仕事だから気にすんな。住所を嘘吐いたのは上手かったな。俺は仕事柄嘘はつけないからヤマトが上手くやってくれて良かったよ。あのじいさん、そのうちカナさんを探しに行くような気がするんだよ」
「やっぱりかー。カナには携帯の番号変えるように言っとく」
「それが良いぜ。連絡は俺を通せって言っておいたけど、言う事聞くタイプじゃねぇしな。接見禁止の書類を書いて貰ったから、なんかありゃ訴えられるぜ」
「ありがとな。ハヤト」
「おう。落ち着いたらカナさんも誘って飲もうぜ。しっかり守ってやれよ」
ハヤトとの電話を切り、カナに状況を伝えるとホッとしたのか泣き出した。しばらく泣いていたカナを落ち着かせたら、もう夕方になっていた。
「今日はデリバリーにしよう。今のうちに配信の準備したらどうだ?」
「そうだね。うるさくないかなぁ?」
「あー、俺の防音コーナー使って良いぜ。カナの家みたいに完璧じゃねぇけど、そのままやるよりだいぶマシだろ。音漏れするようなら明日買い物行って対策しようぜ」
俺の趣味はギターだ。近所迷惑にならないようには部屋の一角に防音コーナーを作っている。今は楽器屋やネットで簡易的な防音コーナーが買えて便利だ。設置した時に音漏れしないか確認したし、今のところ苦情は来てねぇからある程度の効果はあると思う。
カナの配信はそんなにうるさくねぇ。俺のギターより静かだろうから大丈夫だろ。
「うん。ありがとう。ねぇ、私配信やめた方が良いかな?」
「なんで?」
「だってその……ヤマトと結婚するんでしょ。家の事とかしなきゃいけないし」
「結婚しても配信やればいいだろ。カナはゲームの腕で人気になったんだから、俺の存在明かしても閲覧数あんま減らなかったじゃん。子どもは出して欲しくねぇけど、顔出さないなら俺も協力するぜ。ママさんゲーム配信者はアリじゃね。子育て中なら配信ゆっくりペースにしますとか言いやすいし、人気減っても俺も働いてるし問題なくね? 一人暮らし長いんだから俺も家事出来るぜ。料理だってそこそこ好きだし、なんでカナが家事を抱えようとしてるのか分かんねぇ。カナが仕事辞めたいなら止めないけど、やりたいなら続けろよ」
「……いいの?」
「なんで俺の許可がいるんだ?」
「だって……ヤマトが旦那様になるんだし……」
「ごめんマジで意味が分からん。結婚したらなんか変わるん? 子ども産まれりゃ変わるだろうけどさ、じゃなかったら今まで通りで良くね?」
「え、旦那様の言う事って絶対じゃないの?」
「んなわけあるかぁ! うちの母さんしょっちゅう父さんと喧嘩してるし、父さんの意見が通る事も、母さんの意見が通る事もあるぜ。俺の言う事なんでも聞くカナなんて嫌なんだけど。嫌なもんは嫌って言ってくれよ」
「じゃあ、料理苦手だからあんまやりたくない。とかも良いの?」
「んじゃ、料理は俺がメインでやるよ。残業の時は頼むわ。無理なら弁当でも良いし。洗濯と掃除は二人でやろうぜ」
「え、そんなんで良いの?」
「ちょっと散らかってても死にはしないし、洗濯も急ぐなら近くに二十四時間のコインランドリーがある。料理だって無理な時は惣菜とかデリバリーで良くね?」
「そっか……それで良いんだ……」
「なぁ、あんま言いたくねえんだけど……カナのうちってどうなってたんだ? 夫が絶対って価値観、俺はあんまり好きじゃねぇ。夫婦って対等じゃねぇの?」
「やっぱりヤマトはそういうタイプか。良かった」
「ん? もしかして俺を試した?」
「てへ、バレた?」
「あー……良かった。おかしいと思ったんだよな。小悪魔かよ。可愛いな」
「いえーい! うち、お父さんが亭主関白でさー、我慢できなくなったお母さんが逃げたの。私を置いて」
「え……」
「お母さんを探すって出てったお父さんとお母さんは、次の日事故で死んでた。何があったかは分からない。けど、普通の事故じゃないと思う。多分なんかあったんだよ。おばあちゃんもおじいちゃんに尽くしてたみたいで、死んだおじいちゃんの遺言だからってボロボロなのにあの家から出ようとしなくてさー、おかげでお金かけてリフォームする羽目になった。費用ぜーんぶ私が出したんだよ。それ、あのじいちゃんに取られたんだよ。ばあちゃんは優しかったし育ててもらって感謝もしてるけど……やっぱりあの遺言はすっごいムカつく。あ、時間だ。ごめんねヤマト、防音室借りるね」
カナはすぐに配信を始めた。配信中は話しかけられねぇし、そっとしておくしかねえけど、まだ時間あったよな。
カナがああやって逃げる時は、本音を言った時だけ。多分、ばあちゃんを悪く言ったことを後悔しているんだろう。
カナの親が事故で死んだのは知ってた。けど、そんな理由があったとは。カナの父さんには会った事がある。立派な人に見えたけど……外面だけが良いタイプだったのかもしれねえな。
ふと、カナが持って来たばあちゃんの骨壷が目に止まった。
ばあちゃん、カナは俺と幸せに暮らすよ。だから安心してくれ。
あの遺言は、俺も納得してねぇ。けど、最後に会ったばあちゃんはカナを頼むと何度も俺に頭を下げてくれた。そんなばあちゃんが、カナを悲しませるような遺言を残すとはどうしても思えない。
……もしかしてばあちゃんは、カナに自由になってもらいたかったのかもしれない。カナにあの家を残せば、カナは家に縛られる。だから……あのじいさんに……。
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