不快
「よりによってこの時にオマエと会おうとはな...」
「ハッハッハ!安心しな!アタシもそう思ってる」
「俺は戦いたいなどとは雀の涙ほども思っていないぞ」
「あのー...ラークさんとゲイルさんはどういう御関係なので...?」
「ん?あー...まぁ色々とあってだな...」
「お!気になっちゃいます?ちょっと昔話にはなるんですけどね」
有耶無耶にしようとしたゲイルをそっちのけでラークという女騎士は付け焼き刃の敬語と共にゲイルの素性を話し始めた。
「何年前だったかな?アタシが12のときだから...11年前か!騎士養成学院に居た頃ですよ。その時からアタシは剣術で誰にも負けないぞ!って気概に溢れてて誰でも挑みかかってたんですよ。そしたらまだ時期的には剣を習いたての頃のこいつにボコボコにされて...その日以来毎日毎日こいつに挑みかかってはボコボコにされて...っていうのを繰り返してたらいつの間にか学校から逃げてどっか消えてたんです。それ以来こいつを見かけたらその頃の名残で毎日挑んでるんですよ」
「え?ビルさんって騎士養成学院にいたんですか?」
「だからあんなに剣がお上手なんですね...」
「そこじゃない。そこじゃないだろ。2人とも。考えてみてくれ。毎日毎日蠅が付き纏う気分を。ロクに生活できやしない」
「ほー?今アタシのことをなんて言ったんだい?」
「蠅と言った」
「よし!その失礼な物言いの詫びとしてアタシについてきてもらおう!」
「ことわ__」
ビルが言い切る前にラークはビルの胸ぐらをがっしりと掴んだ。そのまま引きずっていこうとしたとき、もう一人の小柄なメガネをかけた女騎士がか細い声でラークに尋ねた。
「あのー...えーっと...護衛...の....任務...は...」
「ん?護衛?何いってんだい?ミラ」
ラークは空いている方の手をミラと呼ばれた女騎士の肩に置いてぐっと握り顔と顔を近づけてニコリとだけ笑った。
「1人で、できるよな?」
ミラは青ざめて震え上がってしまってなにも答えられない。
「帝国騎士だもんな?」
また、答えられない。今度は少し涙目になっている。
「ビルの連れの人、手伝ってやってくれるか?」
「え?私ですか?別に構わないですけれど...」
「お!ナーイス!良かったなミラ!ハッハッハ!それじゃ、お暇」
オリヴィアが引き気味に答えるとラークは大股でビルを引きずって街中を歩いていく。
「連れの人じゃないぞ。あいつはオリヴィア。同じ勇者パーティの探索者だよ」
「へぇー。ホンモノを見るのは初めてだねぇ」
「にしても本当に良いのか?護衛の任務なんか外して。余程のことがなければこんな街中で護衛任務なんて行われないだろ?」
「いやーそれがさ。なんでも『襲撃者が来る可能性があるため絶対に貴族の護衛を行うこと!また撃破の見込み有りと見たならば直ちに撃破せよ!』とか言われてるんだよねぇ」
「...話の全容が掴めたぞ」
ビルは引きずられながら空を仰ぎハァとため息をついた。
(早い話が権力争いってわけか。レッドウォードは元々教会の権力が強い...帝政からしたら邪魔でしか無い...この吸血鬼事件を機にそのバランスを崩そうとしてるってわけか。教会からしてみても帝政は無視できない...治安を維持する騎士たちよりも勇者や聖騎士たちのほうが頼りになるなどとなったらレッドウォードが教会の統治下におかれるようになる可能性も高まる...面倒だな)
もとから権力闘争に巻き込まれることを嫌悪しているビルにとって回避しようのない事態になってしまったことはまさに最悪のケースでありしかも休み無しで戦闘が絡むということがほぼ確定的であるということにビルは思わず空に向かって吠えたい衝動に駆られた。喉元まで出かかったそれをぐっと堪えて諦めたような目つきで首を横に倒した。すると偶然の産物か、武器を沢山並べている店を見つけた。だが武器屋が近いということは近くにはそれを装備する者たちが多いということ。鎧を纏った者たちが大勢いる広場へと到着した。そこにつくとラークは手を離しどこかへと歩いていった。
「騎士の修練場か...また厳ついところへ入れてくれたもんだ」
この修練場は帝国騎士、帝国立騎士養成学院の生徒だけでなく帝国騎士の同伴であれば騎士以外の者も使用することが出来る、と規定されてはいるもののなにせこの騎士の数である。そんな中にわざわざ入ろうとする民衆など更々居ないわけで、だからこそこの物珍しい来訪者に周りから多くの目が注がれているのだ。ビルは余計に気を悪くする羽目になった。そこに木刀が投げ込まれた。ビルは左手で受け取ると立ち上がって木刀を上に放り投げた。
「一太刀入ったら終わりだぞ。長々とここにいるのは不愉快だ」
「まあまあ。気長にいこう」
ラークは両手で柄を握り切っ先をビルの方に向けて構えた。お互いに何も動かないまま半秒が経過したとき、ビルの開いた左の掌に木刀が着地した。その瞬間、ラークが一気に距離を詰め頭目掛けて突きを放った。ビルは木刀を上に向かって強く振りラークの木刀を上に大きく弾いた。ラークは瞬時に後ろに退がった。
「...自信あったんだけどよ。間に合うのかよあれ...」
「慣れだ」
ビルはそう言うと右手でも木刀の柄を握った。次の瞬間、ビルの身体がブレた。ラークが後ろを振り向こうとしたときにはもう遅かった。
「まだまだだな」
「ぐぅぁっ!?」
バァンというけたたましい音と共にラークの右脇腹に木刀が打ち込まれた。木刀がスッパリと折れるほどの威力での攻撃だったにも関わらず、ラークは数歩よろめいただけで平然と構えた。
「これまでの戦いで剣技じゃなくて不死性のほうが身についたか?」
「かもしれないねぇ...!」
「だが残念ながらもう木刀が折れた。俺は帰らせてもらう」
「換えならいくらでもあるぞ...」
「用事がある」
「ないだろ」
「ある」
「ないだろ」
「どうしてそう考える?」
「オマエの性分からしてそういう面倒事なんかには手を出さないだろうからな」
「残念ながらそういう面倒事があるんだ」
「じゃあ言ってみろよ、その用事とやら」
「言えんな。内容がマズい。場所も悪い。言ったら少し面倒なことになる」
「チッ...わかったよ」
「傷はしっかり治せよ」
ビルはそういって木刀の残骸を投げ捨てて修練場から去っていった。
「やっと見つけました...」
「ん?ああセレナとオリヴィアか。どうした?」
ビルが楯を主に取り扱っている武器屋で楯を比べていたとき、不意に後ろから声をかけられた。振り返って見てみると先程別れた3人が揃っていた。
「急に別れてしまってびっくりしてしまって...」
「それで追いかけようとしたら人混みに紛れてしまって今まで探していたんですよ」
「そういう経緯があったのか...」
「今はここで何を?」
「先の戦いでメンバーの楯が壊れてしまったからな。代用品になりそうなものを色々と比べていたんだが...乗馬用の楯が多くてそもそも歩兵用の楯が見つかりにくいようだ」
「この辺り以外にはなにか知っている武器屋は無いんですか?」
「見かけたことぐらいならあるかもしれないが...覚えていないな。最近の鍛冶屋はみんな帝国騎士用か聖騎士用のものばっかり造るようになっちまったよ。お陰様で飽和状態だ。レッドウォードの名が廃る」
「名が廃る?」
ビルの嘆きにオリヴィアが疑問を浮かべた。ミラもよく分かっていないようで首を傾げていた。
セレナと呼ばれた女性がゆっくりと優しい口調で話し始めた。
「レッドウォードという名前は今ではこの赤いレンガ調の町並みが由来だと言われていますが本当はこの辺りが昔から鉄が豊富に集まる地域で、それを目当てに鍛冶職人たちが多く住むようになったことが起因なんです。具体的に何がレッドを示しているのかはわかっていないんですけれどね」
「今は昔ほどの勢いはないがそれこそ当時はジャークバラードにも比肩していたと聞いている」
「ジャークバラード...」
「いずれ行くことになるさ。かなり面倒なところだがな」
「ところで私この方の名前も知らないのですが...」
オリヴィアがセレナの方を向いて名前を尋ねた。
「名乗っていませんでしたね。失礼しました。私はセレナ・ローゼンバーグと申します」
「ローゼンバーグって...公爵位なんじゃ...なんでビルさんはこの人と面識が?」
「まぁ色々あってだな」
「話すとかなり長くなってしまうので...」
2人が揃ってぼかすとミラの目が妙に鋭くなった。オリヴィアがそれを横目に見ながらその場から少し離れて雑多に並べられている斧を見始めた。
「ご挨拶もできたので私はここで失礼いたします。お二方とも、いつかまた会えることを楽しみにしていますよ」
「おう」
セレナが手を揃えて丁寧にお辞儀をしたのに対しビルは会釈するだけで済ませた。それをセレナはクスリと笑いミラを連れてその場から離れていった。
「公爵位なんて...護衛がいたからそれなりの身分なのかと思いましたが...身分もよくて教養もあって美人...」
「滅多にいないだろうな。よかったな。そんな人と会えて」
「どの口が言っているんですか?」
「さぁ?それより本当に合いそうなものがないな。斧の方はどうだ?」
「こっちもそもそも数自体も少ないし合いそうなのも無いですね...」
「お?お客さん方なにをお探しで?」
頭に白い布を巻いた作業着姿のおっちゃんが顔をのぞかせた。
「ああ。歩兵用の、片手斧と楯を探していて...」
「んーそんなもんもう取り扱っちゃいねぇなぁ...なんだい狩人かい?」
「ん?まぁ似たようなものだが...狩人がどうかしたのか?」
「いやぁ最近になってな?狩人の客が急に増えたんだよ。そこの店の旦那によればマスターまで来たらしいんだ」
「......最悪だ」
「ん?どうかしました?」
「災厄が起こるから権力争いになるのか、はたまた権力で揉めているから災厄が起こるのか...先はどっちだ」
「?」
「色々抱え込んでんのな。最近の若い子ってのは。それよりどうだい?一つ買っていくかい?」
「そうだな...あの剣は特に良さそうだ」
ビルが遠くから指さしたところにあった剣は周囲に何個も飾られるように配置されているものだった。だが店主が同じ型の別の剣を取って渡そうとするとビルは横に首を振って指さしたものを渡すように言った。店主は少し不思議そうな表情をしてそれをもとの位置に戻し代わりに指さされたものを持ってきた。
「ちょいと失敗しちまったモンなんだが...」
「それでいい。それでいいんだ」
「んー本当に?無理に買わせてるわけじゃないんだぞ?
「いや、いいんだこれで。代金はいくらなんだ?」
「3000レーンだ」
「あいよ」
サクッと支払いを終わらせてビルはその剣と鞘を貰いそれをバッグの中に仕舞った。
「やっぱり便利ですねそのバッグ...」
「ほぼ無制限に入れられるとなるとな。利便性がまるで違う。重さは変わらないけどな」
ビルとオリヴィアはそう言って歩き出そうとした時、なにかを感じた。かなり遠いところで、何者かが気配の隠匿をほんの一瞬だけ解除したのだ。普通、ビルでもただの人の気配であればこれほどの距離が離れていると感じ取れない。だが人外の気配ともなると加護の力を持つオリヴィアだけでなくビルにとっても気づくことが出来たのだ。
「....いた」
「わかってる。どうする?オリヴィアは行くか?」
「いえ...遠すぎて到達するころにはおそらく私は追いきれないかなと」
「なら先に先代勇者のところに合流しているのが筋か?おそらく先代勇者以外気づけていないだろうからな」
「ええ。そうしましょう」
お互いに確認を終えるとオリヴィアは騎士の修練場に向かう方向と正反対の方向に歩き始め、ビルは大きく跳躍し街道沿いの建物の屋上に着地し、そのまま建物伝いに屋上を移動していった。気配を感知した付近の場所に着くと、扉を開けて中に入った。
そこは空き家で、窓もなく真っ暗な空間だった。2部屋しかない本当に狭い空間で、1人で暮らすのが限界かのように思えた。
だが、ビルがそこを歩いているとき、傷んだ床を踏み抜いてしまいビルはそこに転落しかけた。だがそのおかげで隠された空間に気づいたのだった。ビルは空いた穴を少し壊して広げその中に入っていった。
屈んでやっとほどの広さ。しかし通れるほどの広さ。これは何かが潜んでいる証であるという確信を与えるには十分すぎた。
そして少し通るうちに、たっても頭が当たらないほどの高さの開けた空間に出た。その空間には、赤い目が4つ浮かんでいた。
「こんなところに隠れていたのか。余程光が怖いと見える」
ビルの挑発を受けて2つの赤い目が前に進み出た。あと2つの目は後ろに下がった。
「闇を恐れて止まない人間風情がここに何の用だ?」
「吸血鬼を倒しに来た。それだけの用事でこんな黴臭いところまで来させられたことが不愉快で仕方ないからさっさと2匹とも倒させてもらうぞ」
「ほう。倒すすべがあるというのか?光も差さないここに?興味深いな。聖力でも使うのか?」
「んー。それも確かにアリだが...ここは人が来ない」
「救援も呼べんのだぞ?」
「はっはっはっ。呼んだら本気を出せないだろうが」
ビルは哄笑し始めた。吸血鬼は眉間にしわを寄せた。次の瞬間、ビルが笑うために閉じた目を開いた。
その目は金色で仄かに光り輝いていた。
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