レッドウォード篇

予想外

御者との会話を弾ませながら馬車に揺られて数時間。

乗っていた馬車はほかに何台も停められているところに停まりそれと同時に御者は乗っていた2人に声をかけた。

「お二方。着いたよ」

「よく作られた関所ですね。近くでみると迫力がありますね」

「そうだろ?あんまビビらないほうがいいぜ!ここの衛兵は特にビビってる奴を警戒するんだ」

御者の言葉を聞きながら2人は馬車から降りて関所の前に何人もいる衛兵の一人に話しかけた。

「レッドフォードに入りたいのだが」

「...身分を証明可能なものは?」

「こいつは俺の連れでな。俺はこういうものだ」

そう言うとレリア教のとある部署の所属であることを証明するカードをまず手渡し次に狩人証を手渡した。衛兵はそれを詳しく確かめると「問題なし」とつぶやいた。

「ふむ...連れと言われた方は?」

「狩人です。狩人証もありますよ」

「......なぜこの街に?」

「道具類を買い揃えに来た」

「他のパーティメンバーは?」

「グレイフォードに留まっている」

「......そうか。不審者ではないと判断した。通ってよし」

2人に3枚のカードを手渡して衛兵が横にそれ門をくぐる道を開けた。ビルとオリヴィアはすこし駆け足でそこを通り抜けた。

「だいぶ怪しまれてましたね」

「今の勇者フレッドは力を明らかに示してきているし偽物が出始める頃合いだろうからな。疑われるのはそれだけ活躍できているということ。そこまで重く捉えなくてもいいんじゃないか」

「それにしても狩人という言葉にかなり反応していましたね。なにかあったのでしょうか?」

「さぁ?色々事情がありそうなものだが....ん?」

歩いているうちにとても大きな人だかりができているのを見つけた。それも女性の数が圧倒的に多い。ある変哲もない店の1つのオープンテラスの一か所を中心に何か感じなれた気配を感じた。

「行ってみようか」

「え?あなたそういう人でしたっけ?」

「違うぞ。ただ挨拶するだけだ」

「??」

ビルはそのまま人だかりに向かって歩き始めた。ローブを脱いでいて白いシャツに黄白色のズボンという特に目立つこともない格好をしているにも関わらず外円にいた若い女性がビルの方を振り返るや否や赤い目に怯えたのか横にはけ、それに乗せられるように全員が円の中心にいた男から離れた。

その男は彼らの動きにのせられてビルの方を見ていた。金髪に黒目、ビルよりはすこし低いほどの身長でガッシリとした体つきでポケットの多いズボンと柄シャツの上にカーキ色の上着を着ているその男はビルに歩み寄って

「確か君は...ビル・クリフト君だったかな?なにせ覚えきれていないもので合っているかどうか....」

とにこやかに笑いながら話しかけた。

「恐縮です。先代勇者。まさかここで会うことになろうとは」

ビルも差し出された手を握り無表情のまま言葉を返した。

「ボクもさすがにこれは想定していなかったな。そこにいるのはオリヴィアさんで合ってるよね?」

「はい。お会いできて光栄です」

「あれ?もっと居たよね?フレッド君もレイ君もいないじゃん」

「4人はグレイフォードの復興を手伝っていますよ」

「へぇ...じゃ、なんで2人だけ先に?」

「いろいろと必要なものを買いに。装備とかが激しく壊れたもので幾つか見繕っておいてほしいと頼まれた」

「ふーん...手伝ってきたの?」

「そう責められると予想していた。だからこうする」

ビルはバッグから掌に乗る大きさの水晶玉を取り出しそれを空中に浮かせた。水晶玉にはボロボロになったグレイフォードの様子が映し出されていた。

「30秒待つ。危険につき瓦礫の近くにいるものは離れてくれ。繰り返す。30秒待つ。危険につき瓦礫の近くにいるものは離れてくれ」

声が届いているのか水晶玉に映し出されていた瓦礫の上にいた男たちは慌ててそこから離れた。30秒立った時、映し出されていたグレイフォード全体から瓦礫が浮かび上がり空に集結した。ビルはそれを確認すると水晶玉で映し出す景色を変更しグレイフォードからそう遠くなく、かつ交通の妨げにもならない場所に移動させゆっくりと地面におろした。

「これで良いだろう?」

「...驚いたな。君がここまでの術者とはね」

ビルが見せた光景を真剣な表情で見つめていた先代勇者はそうつぶやいた。

「そして...気づいたか?」

「...水晶玉を取り出したときに気が付いたよ。上手いね。本当に」

「先ほど見せたことと同じことをする」

先代勇者の方から顔を背けある一方向を見ながら小さくつぶやいた。

「《天召雷ヘブンズスパーク》」

見ている方向にすさまじい強さの雷が発生した。先代勇者はすぐにそちらの方向へと走り出した。ビルとオリヴィアもそれを追うように走り出した。

到着したところにはすでに全身が真っ黒になった女がいた。先代勇者が駆け寄って状態を確認する。

「意識はなし...心臓の鼓動はある...まだ生きているな」

「絶命させるか迷ったので威力は抑えたが...」

「ありがとう。でも万が一蘇生して暴れられても困るから命は絶っておこう」

勇者はそう言うと自分の手から強烈な光を放った。光は頭を焼き消し、体は頭を失うと徐々に崩壊していった。

「...魔族ですか」

「具体的なところで言うと吸血鬼だな。日光を克服する手段を持たされているが実力としてはそこまで強くはなかった」

「そして今の行動。戦闘ではなく、逃亡。これはおそらく...」

「尖兵だな。やられたぞ」

「...しくじった。秘密裏に来ていたのだが...情報を得ようとして与えてしまったなぁ」

「しかも俺たちが来ていることもバレたか」

「どちらにせよ仕方のないことだ...確かに痛手だがやりようはある」

勇者が真剣な表情で顎を左手で触りながら考え事をしていた。

「ボクがなぜここにきているか分かっただろ?少なくともビルくんは確実に。手伝ってくれないか?」

「とんでもないことに巻き込まれたようだな。だがこれは避けようもない事態」

「手伝いましょう」

ビルとオリヴィアは二つ返事で了承した。

「わかった。場所を変えよう。ここだと少し心配事が多いから」


「ボクはここが最も安全な場所だと考えているけれど...」

「先ほど探ってみたが吸血鬼はいなかった。いたとしても排除されているだろうから心配はないだろう」

そういってビルと先代勇者は教会の応接室にて向かい合って座った。

「いろいろ詳しい経緯はあるのだけれど、とりあえず現状だけ共有しておこうか。今レッドフォードには僕のメンバーが全員来ている。全員潜伏しているけれど情報交換は毎日やっているよ。書類にすると万が一があるから口頭で共有しようか」

そういって先代勇者は口頭で5人の位置を2人に伝えた。

「なるほど...手品トリックの達人がいるだけある...よく潜めたな...」

「うん。ただその潜めている場所もボクが接触してしまっては意味がない。出来れば君たちが行ってくれることが理想だ。何でもない聞き込み調査の体で彼らに聞くといいよ」

「吸血鬼に遭遇した場合は戦闘してもいいか?」

「大規模にならない限りは。...でも一対多になっても知らないよ」

「ところで今のところ吸血鬼は何体確認していますか?またそのうちの何体を討伐しましたか?」

「先ほど討伐したのを含めてもまだ3体だ。そのうちの一匹はもう片方に足止めを食らってしまって逃してしまったよ。恐らく逃げた方は序列上位なんだろうね」

「先ほどの忍び込み方を見るに俺も直視したりそいつが場を離れたりしない限りは探し出すのは困難になりそうだな」

「私もです」

「そうか...じゃ、先程言った通りの手はずで頼むよ」

「わかりました」

先代勇者はそう言うと応接室から去っていった。

「吸血鬼ですか...」

「戦ったことはあるか?」

「無いですよ。あくまでも習った程度です。倒し方もわかりません」

「そうか...」

「それよりビルさんって大分おかしくないですか?サラッと流しましたけど色んな属性の、しかも出鱈目な威力の魔術を使ったりして」

「やれば出来るさ。人間皆やろうとしないだけだ」

「そういうものではないと思いますが...」

言葉を交わしながら2人も応接室から出て来た道を戻っていった。


「さて、どうする?俺は現状の凡そは解るが詳細まではわからないし今に至る経緯も知らない。なるべく街の人から情報を集めたいんだが...」

「私一人で吸血鬼と単独で遭遇したら厳しいと思います」

「だろうな。なら2人で動くか?吸血鬼が俺たちの方に注目ヘイトを向けてくれれば先代勇者だって大分やりやすいだろうしな」

舗装された道を歩きながら2人は今後の方針について話を続けた。既に2人が来ていることは吸血鬼達にバレていると仮定してその上で機密条項への言及は避けるようにしていた。

「そういえば私あの方の本名を知らないんですよね」

「あえて隠しているんだろう。データも一切ないからな」

「不思議な方ですね...」

「何かしらあるんだろうな。だが俺たちが考えることじゃあない」

陽が落ちていて徐々に暗くなり始めている空を見上げながらビルがそう言った。すぐに前に視線を戻し歩き始めた時、不意に後ろから声をかけられた。

「えっと...あの...ビル・クリフトさんですよね?」

「......?」

ビルは警戒の色を目に宿しながら後ろを振り向いた。

振り向いた先にはくすんだ銀色の長髪と黄色がかなり強い黄緑色の目をした女性がいた。黒いワンピースに身を包んでいて若干不安そうな表情を浮かべていたがビルの顔を確認するとホッと安心したようで、ゆっくりと歩み寄りさらに声をかけた。

「覚えてらっしゃいますか...?」

ビルはその顔を確認すると眉間に皺を寄せ顎に左手をやって、上を見たりその女性の顔を間近で見てみたりしたがいまいち思い出せないようでさらに目を閉じて左手をこめかみにやってグリグリと頭を押してみたが思い出すのにはかなりの時間を要した。

「...すまん。確かに会ったことも顔も覚えてはいるんだが名前を思い出せない」

「ふふっ。ビルさんらしいですね」

その女性はビルの素っ気ない回答をどこか楽しそうに聞いて喜んだ。

「セレナ様?何をしてらっしゃって...」

護衛と思しき騎士が話しかけてきた女に話しかけた。その騎士はビルの方を見ると口角を上げた。

「何年ぶりかしらね?ビルくん?」

「予想外だ...」

ビルはため息混じりに空を仰いで呟いた。

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