雪が止んだ街

門の前に6人が到着したことに壁の上に居た兵士たちが気づき街側に何かサインを出した。すると2枚の門が同時に空いてそのまま街へと入ることが出来た。入っていくと兵士の集団が2つ左右に別れて待機しており、その間に一人の男が立っていた。

「また、逃げてきたのか?」

「いや、逃した」

「そうか」

端的な言葉をフレッドと交わしてそのまま兵士に声をかけ、彼らを連れて門の外へと出ていった。そして2つの門が閉じる直前に、ビルは集団を率いる男に声をかけた。

「俺の名はビル・クリフトだ。忘れるなよ、ドーズ」

ゲルバー・ドーズは全く反応せずにそのまま壁の外へと出ていった。門が閉じられて彼らの姿が見えなくなってから、フレッドら6人は見送るために振り向いた首を前に向け、止めた足を再び進ませはじめた。

「逃した、か。間違ってはないが悔しいな」

「あれは最大のチャンスでしたね...逃げられたのはかなり勿体なかったというべきか...」

「追撃できなかったわ...」

「まぁ、全員無事で良かったですよ。あの威力の魔術に巻き込まれていたら正直どうなっていたか考えたくはないですが...」

「あれはマジで怖かったぜ...」

「なんだ?俺がヘマすると思ってたのか?」

「そういう訳じゃねぇんだけどよぉ...あのデッケェ奴があんな簡単に倒せるぐらいに弱くなるなんてなぁ...ホントあれは何だったんだよ?」

「確かに私が対峙した魔族も食らってから明らかに速度が落ちていましたね...でもそれも単に負傷したことが原因なのでは?私はそう思ったのですが」

「あーまぁそうかもなぁ...?」

「種明かししようか?」

「頼む。多分分からねぇけど」

重砲ヘヴィ・ドライブは元々単独で成立する魔術だ。重力の負荷を与えるビームを放つ、ただそれだけだ。だがこれだけでは重力に対抗可能な技能スキルを持つ者が居た際にダメージを与えられない。そこで俺は質量を得た状態の魔術からの追発チェイン魔術として発動することで実体を伴う砲撃に重力攻撃が加わった攻撃を創ることに成功した、という訳だ」

「意外と解りやすかったな」

「大分端折って話しているからな。それだけのダメージを与えれば生き残っていようと技能スキルは使えなくなる」

「どういうこと?」

「技能というのは誰が授かるか、そのものの仕組みは、能力の性質は、という点では異なるがそれ以外の部分においては人間がレリア神より授かる加護と大差はない」

「そうなのか?」

「初耳ですね...」

「あー、2人にもこれは話しとくべきかもな。これは俺の推論の域を出ない話だからまあ参考程度にしておいてほしいんだが、『技能スキルはその使用者に瞬時に膨大なダメージを与えると使用不可になる』らしい」

「え?」

「そうなのか?」

「ああ。理屈としては加護や技能スキルの能力としてそれぞれが有する特殊な効果の他に『使用者の身体に負荷がかかる際それらが肩代わりする』というものがあるんだろう。そしてその効果が本来肩代わりできるはずの上限を超えてしまうからそれらがダメージを受け使用不可になるんだろうな。実際、そうやって使えなくして倒したことは何度もある」

「つまりあのデカブツはガード系の技能スキル持ちだったってことか?」

「おそらくそうだろうな」

「ん?ガード系ならあのダメージは防げるんじゃないのか?」

「さぁ?」

「さぁって...」

「なにせ俺もよく考えずにぶっ放したからあんまり威力とか考えてはいなかったし俺がその技能スキルの使い手というわけではないしな。それに言っただろ。俺の推論だって」

「そういうモンか?」

「そういうモンだ」

技能スキルに関することをビルや他の5人が話しながらある場所に向かって歩き続ける。そしてたどり着いたところは病院前で、そこには何枚か敷かれた布の上に大量の負傷者が並べられていた。皆それぞれの治療を受けさせられて寝かされていた。腕や足などを欠損している者は数多くそうでないものも骨折や出血などで全身のあちこちが包帯や絆創膏がつけられていた。5人が止まった中、レイだけが前へと歩んでいって治療を行っている2人の女性に話しかけた。2人の顔が僅かに明るくなり、2人は病院へと戻っていった。

レイは彼らと話すのをやめてすぐに近くに居た左腕の肩から先がない男と両足が包帯でグルグルに巻かれた男にそれぞれ左手と右手をかざした。すると彼らが寝ている地面に2つの円陣が出来上がり2人の男を金色の光が包み込み、数秒してから消滅した。片腕を無くした男は起き上がり、無くなったはずの左腕があることにまず疑問の表情を浮かべ、次に「異変はないですか」と尋ねた者を見てから驚愕しひたすらに頭を下げていた。それは両足が包帯の男も同様で2人揃ってボロボロと涙を零しながら頭を下げていた。レイはそんな彼らにまた一言声をかけるとまた別の近くに居た負傷者に両手をかざし再び彼らを治療した。

「出鱈目な...」

遠くからその様子を見ていたビルが呟いた一言はまさに彼の心境を表していた。

「だろ?これがレイの力だよ。僕が扱う聖力は攻撃面にかなり特化しているからレイに勝るけどこういう場面だとレイが圧倒的に活躍できる」

「それもそうだが...ああも簡単に他者の治療が可能とはな...フレッドはできるのか?」

「うーん...運次第...かなぁ」

「え?この前戦ったときは私を治療したわよね?」

「あれは賭けだったんだよ。確実に成功させられるのは無理だ」

「それをああも簡単になさるんですね...やはりすごいです、レイさんは」

尊敬の念のこもった言葉を聞いてビルがオリヴィアに尋ねた。

「なんだ?憧れてたのか?」

「10年ぐらい前ですよ。まだ5つか6つの時ですから」

「ん?今16なのか?」

「そうですよ?あれ?皆さんはおいくつなんですか?」

「21だぜ」

「まぁオマエゲイルはそんなとこだろうと思った」

「バッサリ言うなって...カミラは?」

「20よ。多分この6人だと真ん中ぐらいじゃないかしら?ビルはどうなの?」

「22だな」

「歳いってんなー」

「おい、オマエとは1年しか差がないんだぞ?似たようなモノだろう。で、期待の新星勇者様は?」

「急になんだよ...ですか。17です。17。レイと同じ」

「5つ差か?だいぶ幅あるな」

「ゲイル、後で財布出しな」

「なんでだよ!?今はそういうイジりしてもよかっただろーよ!」

「先輩にタメ口か?お?」

「理不尽じゃねーかです!」

もはや言葉も変になりはじめたゲイルをさらにビルが攻撃してそれをオリヴィアやカミラがイジりフレッドが諫めるという謎の構図が出来上がってレイが大方の治療を終えるまでの時間を潰していた。


終わった頃にはもう既に辺りは真っ暗になっていた。街の灯りは幾つかが壊れてしまっているせいで場所によっては光が全くない、という場所も多々あった。フレッドら一行は兵士たちが集まって待機している場所にいることで夜を越すことになった。レイは次に市民の治療も始めたようで一つの火を囲む影は5つだった。

「で、明日からはどうするんだ?」

「明日の早朝にグレイフォードを発つよ。みんないいか?出発は明日の早朝だ。目的地は魔王の城、到達するのはおそらく2日後だ。その日に決着を付ける」

「それで問題ないわよ。元々そのつもりで来てる訳でしょう?」

「随分と強行軍だな...想定済みだったのか?」

「いや、元々この街に到着してすぐに戦って、休憩を取りながら魔王の挙動を警戒しながら動かないようであれば仕掛ける、というプランだったんだよ。まさか初日に襲撃してくるとは思わなかったけどそれ以上の想定外として魔王が敗走したからね。追撃することにしたんだ」

「それはもうレイさんは知っているんですか?」

「うん。魔王が敗走してからすぐに話し合ってそれを決めたよ」

「俺たちが知らなかったってことか」

「そういうことになるわね」

「そういうわけでみんな早めに寝ておこうか。行く荷物を整えてから、だけど」

「わかった」

雪が降らなくなって消える心配が無くなった炎を見つめながら5人はまた別の話を始めた。



恐怖で夜眠れない街は、昼も怖くて眠れない。

それはひとえに魔王のせい。

そして忘れるな。魔族は常に人の想定を超える生き物だということを。


「ここか...」

夜が明ける前から移動し始めた6人はその日中雪原やら森やら山やらといったところを通り、日付を超える頃にようやく氷雪魔王の住まうと推測される城へと到着した。魔王城に近づくほどに寒さは厳しくなっていったにもかかわらず全員の気力が衰える様子はなかった。

「氷で出来てる...」

「氷...もそうだが魔水晶もところどころ見られるな。建材も普通に使われているのか」

「ここに本当に魔王がいんのかよ?」

「確かに居るはずですよ。この気配が何よりの証拠です」

「気配...?」

「私は何も感じないですが...」

「加護の影響じゃないか?それより...」

ビルが城を観察しながら5人より前に出て右手を前に出して城門に触れる。バチンという音がして大きく後ろに弾かれた。

「やはりあったか」

「結界が...」

「やるしかないか?」

「ですね...」

レイとフレッドがハァと白い息を吐いてビルに近づく。その様子を見てビルは首を傾げた。

「ん?何をするんだ?」

「結界を壊すんだよ」

「は?」

「結界を壊すしか無いじゃないですか。今見ていた限り弾かれてしまうので...」

「解くという発想はないのか?」

「解けるのか?」

「そりゃそうだろ...そもそも下手に壊したらこの結界に付与された効果が付いちまうだろ。それを打ち消す方が面倒くさ...あぁそうか」

ビルが後ろを振り向いてフレッドとレイに話しかけたが彼らの顔を見て合点が行ったのか1人で勝手に納得して再び城に向き合った。左の掌を開いて上に向け、右手はそのまま拳を作って結界を殴りつけた。再び弾かれる。今度は右の手を開き結界に押し付ける。三度、弾かれた。ビルは目を閉じて右の人差指と中指を揃えて額に当てた。

「何やってんだ?ビルも結局結界殴ってんじゃねぇか」

「普通そうするでしょ...」

「なんで?」

「ほら...結界を解くことどころか結界自体が高難度の技術でしょう?簡単に言えば残留する術式のようなもので...」

「結界は物理的には貫通可能なものでもダメージとしては蓄積されていく。繰り返し効果を使えば徐々に摩耗していく。結界を壊すためには繰り返すことが最適、と私は習いましたね。結界の習得は余程の天才でも貼ることは難しいからその方がよい、と。まぁ、レイさんは結界を貼れますが」

「私は簡易的なものであれば貼れますがそれも聖力で創るものですしガードとか治癒などの強い効果を載せることも出来ないですね。魔王城に使われる結界には遠く及びません。その習得だけでも2年以上かかってしまったのに他の方の結界を解くことはまだ出来ないんですよ」

「結界は法則ルールさえ分かっちまえば別に難しくないぞ?この通り、な!」

ビルが左手に蒼い半透明な球を創るとそれを結界に押し込んだ。球は結界に弾かれずゆっくりと結界に入っていく。完全に入り切ると結界内でその球が急速に大きくなり、魔王城の結界の内側にピッタリと張り付いた。ビルはその状態になったのを確認してから話している4人に声をかけて右の拳で魔王城の結界を殴った。今度はビルの腕は弾かれずに結界にはヒビが入っていった。ヒビが裏側までいったと同時に内側に展開された蒼い結界ごと粉砕された。

「よし、行こう」

「待て待て待て待て、なんだあの蒼い球は...」

「アレは結界だぞ?」

「それは納得いくんだが...なんで急に割れたんだ?」

「黙秘」

「えぇ...」

「原理を聞いても無駄ですか...」

「だろうな。ちょっと今回は複雑だったから説明が面倒くさい。もし2人が無理やり割っても聖力で無力化する手が使えず後の戦いに支障が出ていた、ということだけは明かしておこうか」

「え?」

「マジか?」

「マジだ。俺がやったほうがそういうリスクを抱えずに済むだろ」

魔王城に貼られていた結界の効果は、「秘匿」「侵入阻止」「反発」「制限」の4つ。この内「秘匿」は常時発動する効果であり結界の存在又は内部に存在する者の気配を秘匿する。「侵入阻止」「反発」は誘発する効果であり「侵入阻止」が壁となる効果、「反発」が壁となる効果だ。「反発」が無効化されても「侵入阻止」が有効になる、という構図。「制限」は結界が破壊された際大幅に破壊した者の持つ力が制限されるという保険の効果だ。この制限は保持する魔素や聖力に対しても有効に働くため生半可に結界の破壊手段を持っている者に対して有効に作用するようになっている。

対してビルが展開した結界は「中和」の一つのみ。一つだけだったが効果を強めに設定したことで4つの効果の完全無効化に成功し、結果的にそこに効果の付与されていない結界が誕生したために拳一つでダメージが許容可能範囲を超え破壊に成功した、というわけだ。

余談だがビルは最初に結界に触れる前から大凡の結界効果を予測していたが、何度か触れるうちに「侵入阻止」「反発」が具体的には「城の管理者の許可なく侵入することを阻止・反発する」という条件付き効果だったことが分かり結界の術式が強化されていたことで「中和」の効果のレベルを1つ向上させた。

「リスクを抱えずに、ですか」

「ああ。今回はまだ穏便だったが後々どうなるかわかったものじゃない。無理に壊すのは今後しないほうがいい」

「ああ。任せるよ」

「早くいこーぜ、寒い」

「少しは風も凌げるでしょうし、急ぎましょう」

6人はゲイルとオリヴィアを先頭にして城門を通った。より一層冷たい空気が先頭の2人を襲った。

「「寒っ!」」

思わず後ずさりした2人に続いてフレッドとレイが入っていった。

「おー、さーむっ」

「どうなってるんですかこの寒さ...」

2人は身を寄せ合ってその場に立ち竦んだ。カミラは来ていた服のお陰か口元を上着の中に埋めただけで耐え、ビルは自身に貼った結界で寒さが弾かれて無影響だった。

「寒さで体力を削ろうってか。いい度胸じゃねぇか」

「居場所ならすぐに捜してみせますよ...!」

寒さでブルブルと震えながらオリヴィアとゲイルが気合を入れ、オリヴィアは先に進み始めた。


数十分後。

6人で隈なく城内部を探索した結果、一つの大きな厳つい扉があるところに到着した。城には侍従の1人でさえもおらず、6人の足音しか響いていなかった。

「残るはここだけか...気を引き締めていこう。確実に、

そういってフレッドが取っ手の付いた大きな扉を開いた。ギィィィィィという音を立てて開いた重厚な扉の先には、魔王が脚を組んで玉座に腰掛けていた。

「やっと来やがったか?勇者め」

「お前に合うのはこれで4度目だな、氷雪魔王」

「遺言はそれだけでいいか?俺はせっかちなもんでね」

「せっかち、か。そんなことはそのボロボロの体を見りゃ判る」

「なんだ?今度はそうはいかないぜ?対策させてもらったからな」

「対策、か。そりゃ無駄だったな」

ビルがそういって右手を上にあげた時、魔王の顔が不敵な笑みから警戒の色が籠もった表情へと変化した。腰に下げた剣の束に手をかけ、脚を僅かに動かした。

両者とも何もしないまま、緊迫した間が続いた。魔王が眉を顰めた時、ビルが手を振り下ろした。しかし何も起こらない。

ブラフか」

「腕を上げただけなのに必死になってくれて助かるな。力量が知れた」

「ハッ...力量が知れたからなんだよ?勝つぜ、俺は」

「いいハッタリじゃねぇか。今度は俺もいるしビルだっているぜ?」

「関係ないな。頭数が増えたからなんだ?」

「啖呵切るわね...」

「今度は逃しませんよ」

各々が持っている武器を構える。魔王も鞘から剣を抜き切っ先をこちらに向けて構えた。

フレッドは鞘に収めた剣の束を握り抜刀の構えをした。レイは杖を左手に持ち、上に掲げた。

強化魔法を唱える寸前に、魔王が凄まじい速度でレイを狙い、それをフレッドが抜刀しながら魔王の剣を受け止めた。

ここに、氷雪魔王ガルベリアと、今代勇者パーティの戦いが始まった。

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