遺品
決闘の翌日。
レヴェン中を決闘の決着の話が駆け巡った。
大穴の空いた闘技場を見に前日よりも大勢の人が押し寄せその様子はより鮮明に伝えられていった。
だがどうもその話は悪い方向に進みつつあるらしい。
ビルは営業を始めるちょうどの時間にレヴェンのギルドへと出向いて一通りニュースを把握するために新聞を購入し、近くにあったテーブル席に1人で腰をかけ水を片手に読もうとした。すると一面に太字で「正体不明の現象発生、闘技場を消滅」と載せられていた。
(正体不明?あの場で詠唱もしたはずだが...)
より読み進めてみると「ビルと名乗る風魔術師の魔術」を推測として書いていたが「ドリュアス家の魔術」だとか「風天魔王の魔術の余波」などと変な憶測込みの情報まで載せられていて挙句の果てには「深層は闇の中」だ。新聞とは何なのか疑いたくなるような内容だった。
(アテにならんな。新聞がデマを流すとは何を血迷ったんだ?確かに抑風に関しては情報を与えんために声をほぼ出さずに使用したが2つ目に至っては普通に使用したじゃないか?)
ちなみにビルが詠唱の声を抑えたのは彼がある縛りをしていたからだ。
それは「一種類の魔術、かつレベルは一定のものしか使用できない」という通常の魔術師の勝負であればまずありえない縛りで戦っていたのだ。「相手の魔術に対し抵抗可能な魔術を用いて相殺し相手の手を上回りダメージを与えること」が重要視される魔術師の勝負においてそれはあまりにも致命傷。ビルはそうであっても勝つ自信はあったがそれでも懸念していることがあった。
それは「魔術を見抜かれ完全対策をされること」だった。
如何にレベルが高かろうと分析されてしまえば先程の前提がそのまま履行され勝利は限りなく低くなってしまう。声を抑えたのはそれ故だったのだ。
だが2つ目に至っては対策されることもないと判断した上ではっきりと声に出した上で詠唱したにも関わらずまるで名家の秘術だの天災だのという憶測が新聞に載せられたことにビルは憤慨していたのだ。
「風天魔王の余波など余計ありえんだろうに。勇者と魔族の大戦が起こったときでさえ戦線に赴くことがなかった魔王が戦闘?その余波?この世の見識がないのか?」
「まあ魔王についてそんなに知る人は少ないだろうしね。普通の人なら天災の類としか知らないと思うよ」
「なら民衆は天災の類にしては弱すぎると考えられんのか?勇者」
「だから勇者はやめてくれって...」
軽く話をしながらフレッドが隣の席に座りグラスに注いだ水をテーブルに置いた。
「にしても随分早く起きるんだな。まだ5時じゃねぇか」
「もう5時だ。森で魔物を狩っていたらこの程度の生活は普通だぞ」
「行ってみてぇな...悪夢の森」
「やめておけ。あそこは色々と面倒だぞ。特に初見はな」
「そうなんですか?」
「行かなかったんだ?レイ」
「タイミングを見失いましたので」
もう一人がフレッドの向かいへと座った。後から来た聖女にしろ勇者にしろ普段着ているような服とは異なる私服で座っていてビルは意外に感じていた。
「なにかお困りのようですが...」
「そうだな。何で困ってる?」
「これが余りにも納得いかん。なーんで食らった側が無傷で発動した側が消滅するなどという考えが出せるんだ?なんで引きこもりの天災が暴れたなどという考えが出るんだ?」
「おー自覚無いのか?なんでそうなったのか」
「どういうことだ?」
「お前が戦った場所はどこだ?」
「闘技場」
「今どうなってる?」
「民衆が押し寄せてる」
「違ぇよ...」
「どういうことだ?」
「えーっとですね、つまり...魔術の威力が高すぎたんです」
「高すぎた?」
「はい。風魔術であることはわかりやすかったですが破壊の規模が大きすぎたんですよ。普通相手を巻き込んで終わるだけの辺りへの被害が少ないとされる風魔術があんなに地面を抉ったら疑る人も多いんですよ。ドリュアス家は今となっては炎熱魔術を得手としていますが元々風魔術にも長ける名家。風天魔王はその名の通り風嵐の魔王。皆さんからしたら辺境の魔術師が使用したと考えるよりも秘術の代償を受けた、や魔王の力の片鱗と考えるほうが納得がいきやすいんです」
「なるほどな...」
聖女の解説を聞いて腑に落ちたビルはテーブルの上のグラスを取り一気に飲み干した。
「納得がいったところで本題に入るがいいか?」
「わざわざギルドに来た辺りそうだろうなとは思ったが...要件は何だ?」
「メンバーだろ...要件とか言うな。まあ簡単に言えばメンバーとしての初仕事だ」
「仕事?面倒事じゃないだろうな?」
「失礼だな...国王との面会だぞ?」
「...一体何のようだ?」
「そりゃ自国から勇者パーティに加わる国民が居たらそりゃ会ってみたくなるんじゃないか?色々と時間はかかるだろうがな」
「...行くしか無いか」
「私達も同行しますけどね」
「どこか嫌な予感がする」
「ははは...メンバー募集を始めてからずっと嫌な予感はしてるぞ?」
「今更どうにもできんか」
「どうにもできませんね」
3人は他の3人をゆっくりと待つことにした。
7時間後。
「遅い...」
「遅いな...」
「どうしたんでしょうか」
「どーせ寝坊よ」
「寝てるだろ」
新参のベリルとビルは集合から5時間も遅れているメンバーを待ちくたびれていた。レイは真面目に心配するもののカミラとフレッドは寝ているだけだと断定した。
「ギルド外に出て待っていても長すぎると普通に迷惑だろ?」
「そうなんですが如何せん連絡手段がなく...」
「オリヴィアらしいといえばらしいが...」
「国王との面会だってのにこんな遅れて大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。あと1時間余裕がある」
「見通していたのか?」
「当然だろ?オリヴィアが時間通りに来ることなんてまず有り得な____」
「すみません、遅れました」
「やっと来たか」
「やっととは失礼な。ただの寝過ぎでしょう」
「寝過ぎてるんだよなぁ...」
やっと到着したオリヴィアを特になじるようなことはせず6人はすぐに街の中心部、王宮へと向かった。
門番にも事情は話されていたようですんなりと通され王宮のそのさらに中心部に位置する一つの間へと連れられた。
そこは縦長の長方形の形で全面が白い石で構成されていて壁面のステンドグラスが綺羅びやかに輝いているが何より目を引くのは中央に敷かれ左右を均等に分断する真紅のカーペットのその先にある僅か数段の緩い階段を経た先の金銀宝石の装飾が所狭しと施された玉座だろう。その斜め後ろにはそれぞれアーヴァン王国の国旗が掲げられており玉座の後ろの壁には大きな天使が模された巨大な絵画が設置されている。ビルは余りにも無駄な金の使い方をしているその空間に辟易してしまった。それでいて玉座のある段には誰一人居ないのだから余計癪に障る。なぜ誰も居ないのに数段下がったところで6人揃って一言も話さずに跪いているのか。この首をなぜ誰も居ない段に向けて下げなければならないのか。そんなことを考えながら首を下げて時間がすぎるのを待っていた。
やがて30分ほど待つと1人の者が玉座の段の横にある重そうな黒みがかった木製の扉から兵士4人と従者2人を携えて入ってきた。そのままどっかりと玉座に腰を据えると「面をあげよ、勇者らよ」
などと吐かした。特に逆らう理由もないのでゆっくりと頭を擡げると銀色のひげを蓄えて如何にも高級そうな玉座に負けんほど細かい装飾のなされた黒い服に縁に国旗ほどに細かい刺繍が施された赤いマントを羽織ったでっぷりとしたアラフィフのおっさんが玉座に腰を据えていた。
「余はグレイグ・ドーヴァ・アーヴァンである。そなたらの一行にわが国から仲間が加わったことを喜ばしく思うぞ。名乗ってみよ」
「...ビル・クリフト...です」
「声が小さいのぉ...まあよい。ところで勇者よ。他に仲間を集めてはおらんのか?例えば、獣使戦士とか、さらに魔術師などは」
魔術師という言葉を聴いた時ビルはピクリと反応した。
「いえ、現時点ではこれ以上集めるつもりはありませんよ」
「そう言う事なかろう。実際に見てみてはいかがかな?おい、入ってこい」
国王が6人が入ってきた扉の向こうへと声をかけると1人の男が入ってきた。
見た目は20代前半といった辺りだろうか。金髪に染めていて翡翠色のピアスも付けているチャラい男の具象化のような存在だが腰には太刀と言うには短いが小刀というには少し長い程度の刀を携えていて革製で上裸に羽織っているだけの黒いレザージャケットにも金色の装飾が施されている。
「急に呼び出されて行ってみりゃいい女がいっぱいじゃん。ジジイの呼び出しにも試しに従ってみるもんだな」
開口一番とんでもないことを吐かす。即座に扉近辺にいた衛兵2人と王の付近に居た4人の衛兵が自らの槍を向けるも一睨みされただけで身をすくめてしまった。
王はその様に呆れるような素振りを見せながらその男の言葉を聞き流した。
「...失礼ですがあなたの名を伺っても?」
「あぁ?めんどくせーなぁ。あんたが新しく入った魔術師だって?噂は聞いたぜ?魔王の気まぐれで勝ったんだってなぁ?オイ」
「何が言いたい?」
「おいちょっと待て暴れる気か?ビル」
「流石に止めてくださいよ。貴方もです。いきなり新しい仲間を貶すような真似をされたくはないです」
「うっせーよ」
挑発するような若い男の物言いに反発するような態度を取る。即座に勇者、聖女までもが止めに入るが自分に自信しかない男にそんな言葉は通じない。
「ともかく、その立場を分けろよオッサン?そんな勝ち方で情けなくなんねーのか?お?バカじゃねーんだったらさっ___」
「さっさと退け。次は首を断つぞ」
「え?..ギィャァァァァァァァァァァ!!!!!腕がぁぁぁ!!腕がぁぁぁぁ!!?あがっ」
「五月蝿いのはどちらだ?」
詠唱すらせずに発動した風魔法によって切り分けられた金髪男の両腕が扉の衛兵2人の方へと飛んでいく。重い西洋鎧を付けながら高速で避けるマネはできずべったりとそれぞれの兜と鎧に付着する。それに加え玉座の間には斬られた痛みによる悲鳴をあげ続ける声が響いており王都外のスラムかのような有様へとなっていた。流石に不快だったのでビルは地面に転がっている悲鳴をあげている混乱状態のブツを蹴っ飛ばした。
「住心地の良い田舎から出てきて早々に帰れとはな。頭がどれ程軽いのやら」
「余がわざわざ紹介したものを切り捨てるとは何事だ!無礼者め!」
「あ゛?」
「ヒィッ!捕らえよ!この極悪人を捕らえるのだ!」
王が何か喚き立てるもビルは一睨みして威圧する。王は恐慌状態に陥り衛兵に命令するもわざわざ苛立っている魔術師に槍を向ける勇気なぞあるわけがない。
「来るなら斬り刻んでやろうか?見本にそこの偉そうなやつで実験するか?」
「そこまでにしておけ」
腰に携えていた剣を引き抜いた勇者が玉座の真後ろに立っていたビルに向かって話しかける。勇者からは普段からは想像付かないエネルギーが溢れ出ていた。
「なぜ止めようとする?俺を止めようとするなら、という見本には丁度いいだろう?」
「紹介はこちらへの親切でもあっただろう。お前が不快になったのは結果に過ぎないぞ。国王へ危害を加える気か?ただ事じゃないぞ」
「...撤回する」
「......非礼をお詫びします。国王様」
「あ、ぁあぁ、こちらこそすまんかった」
「ただまあいい機会だ。俺も少し高揚しているんでな。少し付き合え、勇者」
「なに?」
「簡単なことだ。一度この城を出てから、だがな」
「...なんだ?」
勇者は訝しみながらも剣を鞘にしまい国王に挨拶をして6人揃って街の円の内側にある平坦な石造りの広場へとやってきた。移動の最中、オリヴィアはその狙いについて考えていた。
在る一つの仮定を立て、それが確実だろうなと思いながらビルに訊ねた。
「...まさかこの広場で闘う気ですか?」
「寝坊女の推測はよく当たるな。その通り。結界は貼るから安心してかかってこい。勇者」
「...本気か?」
「ああそうだ。呑まなかったら...そうだなぁとりあえずアーヴァン王国を灰に変えてみよう」
「危険すぎるな...本気で止めに行かせてもらうぞ」
「その意気だ。クハハハハハハ...!!」
聖女にベリル、オリヴィアに加えカミラはビルが貼った結界に押し出された。
勇者は剣にオーラを纏わせ聖剣を目覚めさせ両手に握り上段に構えた。ビルは奪い取った刀を左手で持ち地面に水平になるように横に構えた。
「完全に悪者の台詞だな...」
勇者が大きく前に突進しながら聖剣を振り下ろす。ビルは片足を半歩引き結界と合わせそれを横にいなす手を取った。凄まじい衝撃が走ったものの聖剣は下へと流されていた。勇者は全く動じること無くそのまま上へ斬り上げる。今度はビルは上段から両手で構えた刀でそれを振り下ろす。受け流すだけでも相当な威力が加わっていた奪い取った刀はそれだけで呆気なく壊れる。弾かれた聖剣が軽く床に当たるだけでも亀裂が走り身体に喰らえばまともに生きていることは不可能だろうと推測される。ビルはそのことに驚きながらもまた斜め下から斬り上げられる攻撃を今度は念動術式で後ろに飛んで間一髪で避ける。そして距離を保ったまま魔術を放つ。
「
「
放った火の弾は聖剣に当たっただけで消滅する。代わりに勇者が距離を詰めながら放ったレーザーがビルが身に纏っていた結界にヒビを入れる。当たる直前にビルは
「
「ホーリーレ__っ!?」
先程と同じ魔術を撃ったビルに対しまた遠距離の魔術で対応しようとした勇者は咄嗟に詠唱を止め聖剣で火魔弾を斬ろうとするも聖剣は押し戻され勇者に火魔弾が命中する。
「やはりそうか」
「「...っ!?」」
「勇者や聖女が纏っているそのオーラ...聖力とか言ったか?その特性は「魔力排除」「魔術術式の解体」とはな。厄介なものだと思っていたが...「魔術術式の解体」ももっと聖力が練られていたならば今のも無効化できたのだろうが所詮は特性だ。簡易なものしかできんようだな」
「どういうことですか...?」
結界の外に居る聖女までもが驚きの声をあげる。
「つまり通常ならば低位で済む術式をより高位に、複雑化させれば結局通じるということだ。まあ恐らく「魔術術式の解体」は「魔力排除」の一部なのだろうな」
「なんだと...?」
「ただ膨大すぎる威力はどうしようもないな...どうしたものか...」
「...俺の負けだ。対策された時点でもう負けは決まっている」
勇者は聖剣に纏わせた力を解いた。聖剣はそれと同時に神々しい大剣から少し錆びている
「お?いいのか?まだ聖剣は残っているし何より聖力魔術が残っているだろう?」
「聖力魔術は確かに強力だが本物の魔術師と同じ真似はできないし聖剣だってお前に当てられる確証もないんだぞ?第一仲間を傷つけようなんて
「...勿体ない。もう少し楽しめると思ったんだが」
「でもまさか無効化できない魔術が出てくるとはな...どうしてこの特性を突破できると気付いたんだ?」
「俺が振り下ろした聖剣をいなした時があっただろ?全てはあれがトリガーだ」
「たしかにあったが...」
「俺の周りに展開してある結界は外側ほど構築のレベルが低くなるように作ってある。常時作動するのは3層だけだが前層が破られたことを確認するとすぐに作動するようになる。だがあくまでも掠めただけ、当たってすらいないはずなのに最初の6層が破られていた。そこにまともに攻撃を食らって結界にヒビが入ったんだ」
結界をコンコンと叩きながらネタバラシをする。
「結果としてその特性に気付いたからダメージを与える手段を見抜いたわけだ」
「その通り。あとは
「とんでもねぇな...なんでそんな事ができるんだ?」
「急に使う魔術を複雑化させるなんてとんでもないじゃないですか...」
「オマケに体術もすげぇと来た。こりゃヤバいぞ...」
「結界ってそんな簡単なモンなの?本来多重結界なんて神業レベルでしょ?」
用もないので辺りに貼っていた結界を解く。許可したもの以外には結界内部の知覚情報を遮断していたのだがそれでも周囲に勇者の仲間が居れば何かあったと気がついたようだ。かなり大勢の人が集まっていた。その中から1人、色は地味でジャラジャラしたものは付けていないものの服の装飾は豪華な服の男が出てきた。身体は細身かつビルよりも僅かに低いほどの背丈で柔和な顔をしていながらもどこか窶れたような様子を感じさせた。
「私はヴァルター・ドリュアスという者だ。君が、ビル・クリフト君かな?」
「そうだが...」
「少し時間を貰えないだろうか?私の屋敷に来てもらいたいのだが...」
「構わない」
ビルは即答し歩き出したヴァルター・ドリュアスの後についていく。ガチガチの重装備と背丈ほどの槍を持った2人の衛兵がヴァルターの半歩後ろの左右を歩いていく。再び街の内円へと入っていき暫く歩いた後に大きな屋敷に連れてこられた。
ビルは応接室へと通され扉には帯刀こそしているものの手には得物を持っていない衛兵が扉の前に立っていた。応接室はベージュ色を基調としており壁には何もかかっておらず2つのソファーが一つの黒みがかった茶色の長方形のテーブルを挟んで存在しているだけで机の上に置かれている火が灯されていない照明も小型でなんとも落ち着いた部屋だった。ただしその机の上には1つの濡れてまた乾いた形跡のある新聞と2尺ほどの白い木で作られた魔術杖と掌に収まるサイズの銀色の懐中時計が置かれていた。
ビルは片側のソファーの真ん中に座り目を閉じてヴァルターが入ってくるのを待っていた。
3分ほど経った頃だろうか。衛兵によって内開きの応接室の扉が開けられて両手で皿を作りたくさんの物を持ってヴァルターが入ってきた。ヴァルターは反対側のソファーに座るとそれらを机の上に広げ、重ならないように並べながら口を開いた。
「悪かったね、急に声をかけてしまって」
「いや、ちょうど落ち着いたタイミングだったからな」
「そうか、なら良かった」
「...悪いことをしたな」
「決闘は決闘。決まった時点でどちらかが死ぬ。それは古来覆しようもないことだから...こうなるかもしれないと思ってはいたが...」
「俺が悪いと糾弾しないのか?」
「決闘をやる前の私が浅はかだったんだ...負けるはずがない...うるさい他の貴族も黙らせられるって...」
「......」
どんどんと落ち込んでいき言葉と言葉の間が大きくなっていくヴァルターにかける言葉を見つけられずビルは沈黙していた。
「負けることが怖かった...他の貴族に何を言われるかが怖かった...だから無理をしてでも勝てって...家宝まで託して...重圧を負わせすぎたんだ...」
「...家宝?」
「腕輪だよ...あれはドリュアスに代々受け継がれてきたもので...魔術のサポートをするものだった...」
家宝という言葉が気になってビルはヴァルターに問う。すると薄々勘づいていたものが該当した。
(腕輪か...女学生が手に入れるものにしてはやたらとハイスペックだと思ってはいたが家宝だったのか)
「でもまだマシだったのかもしれない...あれほどの魔術を見て死んだ娘を持つ者を嘲笑するものはいなかった...君に少し救われた...それから頭を冷やして考えれば...私は貴族としての面子に拘っていただけだったんだ...ただ...くだらない物のために私は
「...ならこれらの品は?」
「遺品だよ...ミライアの物だ...これは私の戒めだ...君も持っていたらわたしてくれないか...?ミライアの物を...」
「...あの女の覚悟は見事だった」
ビルはそう言いながらバッグから一つの腕輪を取り出して机の空いているスペースに丁寧に置いた。ゴトとなるべく音が立てられないように置かれたその腕輪をヴァルターは驚いた。
「家宝の腕輪...?なぜ...」
「決闘の勝者は相手の物を奪ってもいい。そのルールに従ったまでだ」
「そうか...」
「戒めにするといい。それから...」
「それから?」
「俺はあの女を殺していない。まああの女のことだから恐らく帰ってくるぞ」
「なに!?それはどういう意味だ!?」
「そのままの意味だ。じゃあ俺はここで失礼する。この場に居ては命令をしっかり聞いていない子飼いの兵士達に殺されてしまうかもしれんからな」
「...気付いていたのか」
「後を追っている時から殺気がなんとなく感じ取れたんでな」
「そうか...」
「じゃあな。長生きすれば会えるかもしれんぞ」
「勇者パーティの一員として頑張ってくれ、ビル・クリフト君」
ヴァルターはそうとだけ言ってソファーに腰を下ろしたまま目で衛兵を制止しテーブルへと目を向けた。ビルはそのまま屋敷からゆっくりと出て広場へと戻っていった。
(あの場に遺品を残したのも、手にあふれるほどの小物を持って入ってきたのも恐らく俺を襲うケースの場合に使うものだったんだろう。少しヒヤリとしたな...)
ヴァルターがじっと見つめているテーブルの上の懐中時計は16時半を指していた。
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