拠点改築

 アーヴァン王国首都・レヴェンにて。


 レヴェンの狩人ギルド内の会議室をあるパーティが貸し切っていた。

「海竜が出現したって!?」

 リーダーのフレッド・スタンフィールドが驚愕の声を上げた。

「海竜って言えば...」

「討伐難易度が恐ろしく高いわよ」

「ああ。被害が出るのは免れんぞ...」

 メンバーの3人がそう話をつなぐ。

「ええ。ですが...既に討伐されたそうなんです。たった一人の手によって」

「なんだと!?」

 報告したメンバーのレイ・リラードの言葉に更に驚愕するフレッド。

「...そいつの名は?」

「そこまでは聞けませんでした...でもソロの魔術師だそうです」

「ソロの魔術師...か」

「会いに行ってみます?」

「価値はあるんじゃないか?」

「俺も賛成だな。ちょうど足りてねぇだろ」

「私もよ。ちょっと今のままじゃ荷が重いから。」

「私も同感ですね。」

 彼らはメンバーを欲していた。

 その理由は少し前に遡る。



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 世界では「レリア聖教」という宗教が当然のように信仰されている。

 その理由は、レリア聖教が「レリア」という唯一神を崇めており、そして

 人に神託を授け魔王に対抗する力を与える、としているためだ。

 神託を与えられたものは畏怖と尊敬の念を込めて「勇者」と「聖女」と呼ばれ、そして受け継がれ、魔王との戦いを繰り広げていた。

 今代勇者、フレッド・スタンフィールドや今代聖女、レイ・リラードもその一人だ。

 彼らは旧知の仲であり、フレッドが勇者に憧れ養成施設に入った際も、

 レイは同じく養成施設へと入った。

 そして月日は過ぎ、加護を授かる日。

 レイは聖女の神託を与えられた。

 しかし、それに答える彼女の声は震えていた。

 代々受け継がれるその名の重責と周囲の期待。果たさなければならない使命。

 穏やかな性格である彼女にとってそれが重荷となっていることをフレッドは理解していた。そして彼は密かに願った。

 ーーーレイを助けるために、俺が勇者であって欲しいーーー

 と。

 時同じくして、レイも

 ーーー見知った人が勇者であってほしい。特にーーーー

 と願っていたのだ。

 その願いを汲み取ったのかは定かではないが、唯一神はフレッドに勇者の神託を与えた。そうして、彼らは魔王たちを滅ぼすべく、旅に出たのだ。

 その旅の最中、2人の魔王を倒した直後だった。

 また別の魔王に敗北を喫した。

 いくら勇者が聖なる力を纏っていようと、

 いくら聖女が魔法を使えど、

 人数不足による役割の集中は致命的だった。

 そのため彼らには仲間が必要だ、と分析した。

 幸い、勇者一行の名は広く知られている。

 有力なソロで活動していた狩人に声をかけ、加入してもらったのだ。

 盾使い、ゲイル・ノックス。

 弓使い、カミラ・スペンス。

 探索人、オリヴィア・ロゼット。

 これで5人になったとはいえ、まだまだ心細い。


 彼らはまだまだメンバーを集めるつもりなのだ。



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「どうする?今すぐ会いに行くのか?その魔術師に」

「そうしたいんだけどな...」

「問題でもあるのか?」

「...貴族の方々との面会の予定が立て続けに入っているんです」

「あー...」

 ゲイルはその話を聞き苦虫を噛み潰したような顔をした。

 世界的に信仰される宗教の顔となるパーティ。

 それがメンバーを募集していると聞けば、利益にがめつい貴族は寄ってたかって身内の実力者を売り込もうとしてくる。

 勇者の支援をしている、などとは比べ物にならない名声を手に入れることができる。そんな機会をみすみす逃すわけにはいかないのだろう。

 しかし断ってやれば後々支援を受けることができなくなるかもしれないから断る事もできない。

 「オリヴィア、しばらくその魔術師の情報を探っておいてほしい。情報が少なすぎるからね」

 「わかりました」

 「あと、レイは時間があったらその魔術師に会いに行ってほしい。」

 「そんなに気になったのですか?」

 「...貴族の人々が売りつける人らに比べたら、ね」

 そうして面倒な貴族との面談を待つ勇者たちなのだった。


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 ルクスからの帰り道、彼はあることを考えていた。

(悪夢の森での拠点に顔を出していなかったな...周囲の点検もしていなかったし...いい機会だし明日は久々に掃除でもするか)

 月のないために星がより輝いて見える夜空の下、悪夢の森に拵えた家を改造する計画プランを彼は練っていたのだった。


翌日、悪夢の森にて。


「......。」


 ビルはたった一人で、目の前の樹木に向かっていた。


 その樹木は強烈に魔素を溜め込んだものであり、ありとあらゆる魔術が跳ね返される。

 ...はずなのだが。


「《斬風スラッシュ》」


 そう呟くと、その樹木は幹を地面に完全に平行に真っ二つに断たれ、向かい側に倒れた。

 ビルは全く興味無さげに切られた樹木を小屋の前まで魔術で吹き飛ばす。

 その単純作業を延々と繰り返す。


 夜明け前から始めていたはずの作業はあっという間に時間が経っており、太陽が己の真上まで来ていた。

 木々で鬱蒼としていた辺りは木を樵り続けた影響で葉と小枝が散りばめられた空き地へと姿を変えていた。

 ビルは一度小屋へと戻り、軽食の用意をしようとした。

 が、重大なことに気がついてしまった。

 

「...飯がない」

 

 焦って小屋の農園を探したところ、野菜は確保できた。

 だが、主菜になるものはどうやっても見つけることができなかった。

 

「諦めるか...しかし飯の旨味が無くなるのは......」

 

 散々悩んだ末に、ビルは答えを出した。


 「行くしかないか。嫌な予感しかしないが......」


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 悪夢の森は非常に広大である。

 と一言に言っても伝わらないだろう。

 だが、そういうしか無いのだ。

 地図で見れば、悪夢の森はやや歪んだ円を成している。

 その森を越えようと思えば、徒歩ならば10ヶ月かかってしまう。

 しかもこれは「魔物に襲撃されず、最短距離を歩き、一日18時間進んだ場合」である。

 かなりの乱高下もあり、木々が生い茂るため常に薄暗い中災害級のモンスターに襲撃され、しかも方向を見失わず、というのはあまりにも難易度が高い。

 それはたとえ魔族であったとしても例外ではない。

 悪夢の森を挟んだルクスの反対側には魔族の都があるが、この森が存在するため、全く魔族からの影響を受けることはない。

 それほど広大な森なのだから、当然湖沼や河川も多いのだが...


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 目的の地点についたとき、嫌な予感が当たったと反射的に理解した。

「え」

「はぁ...」

「またあんたに遭った!?」

「やはりお前がいるのか...」


 河川や湖はとても水質がよく、このあたりで取れる魚は臭味もなく非常に美味なのだが、その裏返しとしても存在する、ということだ。

 以前から釣りに行くと、何故か必ずと言っていいほどコイツと遭遇する。

 ...釣りの地点は毎度変えているのだが。


「やっぱり人魚族ウチを狙ってんじゃないの!?ビル!じゃないとおかしいよ!こんなに遭うなんて!」

「何度違うと言えば理解する...捕獲が目的なのに釣り竿だけ持って来る阿呆がどこに居るんだ?カーラ...」


...人魚族は奴隷などで高値で取引される傾向にある。人間の手中に収まりにくいし、ましてや人魚族そのものが強力なのだ。

 保有可能な魔力量もずっと多い。それでいて容姿にも優れるのだから、値段が高騰しやすいのだ。

 おそらく彼女もそのことを伝え聞いていたのだろう。でなければ初見の相手にいきなり水弾を撃つような真似はしないだろうからな。

「詠唱なしの魔術一発でクマと人の両方の意識を奪える人ならできるかもしれないじゃん!」

「だとしても釣りぐらい許せ。それとあれは正当防衛だ。」

「むー...」

 大人しく引き下がってくれたようで助かる。

 ようやく釣りを始められる......。


 釣りを始めてからすぐに2匹ほど体長42cmほどの魚を釣り上げた。

 流石に物足りなかったので、すぐに再度用意を済ませ、糸を再び放った。

 今度はすぐにはかかってくれず、暇な時間を過ごしていた。

 そんなとき、水面から目だけを出していたカーラが徐ろに聞いてきた。

 「なんかそっちで面白いニュースでもあった?」

 「どうした?人間の新聞でいいならあるが...」

 「ちょっと見せてよ」

 俺は昨日ギルドでもらった新聞をカバンから引っ張り出す。

 彼女は今俺が座りこんでいる岸に上がるとそれを受け取り読み始めた。

 ギルドは中が忙しないため水で濡れにくい紙でできているのだが、思わぬ形で役に立ったな。

 

 新聞を読んでいる最中に、彼女はあるパーティについて触れた。

「...勇者パーティメンバー募集?欠員でも出たのかな?」

「いや、元々今代の勇者はパーティを組んでいなかったらしいぞ」

「じゃあどうして急に?」

「知らん。俺も世間に詳しいわけじゃあない。まあ魔王に負けて考え方改めたってのが大筋だろうがな」

「ふーん。」

 釣りをしている間中、カーラは新聞を読み続け、時折俺に聞いてはそれに答え、また読み進めるということを繰り返していった。

(勇者パーティのメンバー募集か。なんか面倒なことでも起こっていそうなものだ。)

 

必要な量の魚を釣り終えると、カーラと別れ小屋に戻っていった。

 見慣れたで調理して飯を食うのもなんだか味気なく感じられたので折角なら、と 小屋からある程度の調理器具を引っ張り出し、外で調理を始める。

 すぐに野菜を切り、魚を捌き終え一斉に鍋に入れて煮込む。

 ルクスで買ってきた調味料で味を整え、仕事用のスープの完成である。

 5、6人分ほどの量を用意したが、当然今日食べ尽くす訳では無い。

 連日作業する予定なのだから、すぐに食べられる料理が好ましい。

 となると、材料も集めやすい作りおきのスープが良いのだ。

 すぐに食べ終え、再び木を集める作業を始めた。



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「思ったよりも集まったな...」


 気がついて辺りを見回せば陽は既に落ち、空は橙と紺の二色が互いにグラデーションを形成していた。

 周囲には尋常でない数の材木と集めている最中に狩り続けた魔物の金になる部位が散乱しており、片付いているとは到底言い難い状況になっている。

 (夜には魔物の活動が活発になる。早めに小屋に撤収しよう。)

 そう思い立ち、辺りにあった自分の荷物をカバンに集めると、詠唱を始めた。


「《覆い隠せ、全ての物を。そして遮れ、全ての知覚を。感知不可結界アンノウン・ゾーン》」


 唱え終わると、彼は小屋の中へ入っていった。そして夜が明けるまで、眠りこけたのだった。

 

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翌日。


 昨日に引き続き朝早い時間から作業を始めた。

 ビルはとにかく本棚を欲していた。

 街には魔法のアイデアが多数眠っておりそれらを全て記録するためだ。

 しかしそんな理由ではこんなに材木を集めることはない。

 もう一つの目的はこの世の本や新聞を収集するためだ。

 ビルは暇さえあれば本を読み、新聞に目を通し、魔術を研鑽する。

 単身ソロの狩人であるビルは日々時間を持て余しているため、

必然的にとんでもない量の本や新聞が集まる。

 その結果、彼の持っている古代宝具『空間拡張バッグ』の容量が圧迫され、本来海竜を三匹入れても平気なはずの空間拡張バッグにはもはや海竜を一匹も入れられなくなっていたのだ。

 そんな訳で、彼は一心不乱に木を伐り倒し、伐り倒した木から木材を切り出し、乾燥させ、組み立てて...ということを延々と繰り返していた。



数時間後。



 途中から作業が軌道に乗ってきて、日も暮れないうちに大量の本棚を作り終えることができた。

 (気晴らしに辺りを歩いてみるか。ちょうどいい魔物にも出くわすかもしれないし)

 作り置きのスープを飲みながらそんなことを考えていたのだが、

 (狼の咆哮?)

 結界を出て歩き始めた直後、低く轟くような声が辺りに響いた。

 ビルは声の聞こえた方向に歩き出した。

 

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ーーーやべぇ!死ぬ!

 やっぱ悪夢の森はクソだ!

 ギルドで良い報酬が貰えるってんで行ってみりゃ黒狼の群れに出会するなんて駆け出しの冒険者じゃあるまいし!

 どうする!?武器も奪われたし後ろからは追ってきやがるし!

 ビルから教えてもらった身体強化ブーストももうすぐ切れちまう!

 ...あ、切れた。


「グォォォ!」


 ...あ、バレた。

 終わったーーーーーー。

 

「何をやってんだ?アラン」

 

 ...え?

 

「《斬風スラッシュ》」



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 歩いて向かった先には何故かアランがいた。


「悪夢の森にお前が居るとはな」

「いやぁ、報酬が良かったんでね...」


 あはは、と頭を手にやりながら失態を認めるアラン。

辺りには首の真ん中あたりで切られた黒狼の死骸が散乱しており助けられたばかりのアランはその素材回収に勤しんでいた。

それにビルは呆れながら話を続ける。


「...それで報酬ってのはなんだ?」

暴れ猪ワイルドボアの角だよ。今高くなってんだぜ?」

「何故だ?」

「船が止まってて来ねぇんだよ」

「...?なぜ船が止まっているんだ?」

「それも知らねぇのかよ...」


 アランは呆れたように俺を見やり、

 

 「海竜だよ。海竜が居座ってんのさ」


 と答えた。

 (海竜?ふむ、コイツはやはり馬鹿らしい)


 「...海竜は俺が倒したぞ」

 「......」

 

 拍子抜けしたような顔を浮かべ、直後

 「え?もしかして値段落ちる?」

 「だろうな。もしかしたら依頼そのものが取り下げられてるかもし...」

 「クソ...さっきの命がけの逃避行は何だったんだ...」

  

 ビルは急に悔しがり始めた奴に言葉を繋ぐのは酷かと思い途中で言葉を切る。

 (...なんだか申し訳ないことをしたな。)


 「まあ生きていただけ良いだろう。妻には怒られるかもしれんがな。」

 「うう...」

 アランはクリスの夫である。常々クリスの方がしっかりしているのでは?と思ってはいたが今日ほどそれを実感した日はない。

 まあ、頑張ってもらおう。

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