勇者パーティの魔術師 〜最強に至るまでの脇役の話〜

@senryu-

港町・ルクス篇

「魔術師 ビル・クリフト」

 港町・ルクス。

ルクス湾沿いに発展した、人口は150万人ほどの中規模なアーヴァン王国領の街だ。

 古くより海運事業などが栄え、さらに南北に大国が存在していることもあって、商業の要所として名が高い。

 東の方に進めば野原が広がっており、さらに進むと集落や森が多くなる。

 さらに進んだ先の森は魔物が異常に多く棲息する危険地帯、通称"悪夢の森”が広がっている。

 そこの魔物を目当てに、ルクスに住まう狩人達がその森へと出かけてゆき、何泊もしながら大量の収穫物を得て帰ってくる、という光景が日常的になっていた。

 しかし、一人の狩人は少し異なっていた。


 ルクス西門

「ルクスに入ってもいいか?狩人証はこれだ」

「少し待ちな...えー、ビル・クリフト、24歳...問題ないぜ。通りな」

「ありがとよジャック」

「...全身ローブは初対面だと怪しいやつだと思われるって言わなかったか?」

「だからジャックが居る時を狙った」

「そういう問題じゃねぇ...」

狩人ビル・クリフトはジャックと呼ばれた門番と短く会話し、門を通っていく。

(ギルドに顔を出しに行くか。たしか近々クリスの結婚祝賀会があるはずだが...)

そう考えながら大通りを歩いてゆく。

道中、古びた木製の看板が下がっている薬屋に入っていく。

「あら、ビル?今日は何を買いに?」

「咳止めを3個ほど頼む。それから湿布を10枚ほど。」

「はいよ。またグレイさんのお使い?」

「そうだな。ありがとう。代金は置いておく」

買い物を手短に済ませ、さらに大通りを進んでゆき、目的の狩猟者ギルドへと到達した。

扉を開けてみると、こんな昼間から酒を飲んでいるのか、はたまた自分に陶酔しているのか話し仲間に周りを見ずに大声で話しかけている男や世間話をしている老人の集まり、何やら会議をしているまだ学生だと思われるパーティなどでごった返していた。

その連中を無視し奥に居た受付嬢に話しかける。

「なにか依頼は来ているか?出来れば簡単に終わるやつを頼む」

「ビルさんっ!?どうしてここに!?」

受付嬢のびっくりしたような甲高い声がギルドに木霊する。

するとつい先程まで己のことで騒いでいた連中が軒並み騒ぐのを止め、囁くように会話をし始めた。

「クリスの結婚祝いはいつだ?」

「ああ、クリスさんは今日ギルドに来る予定ですよ。参加します?」

「飛び入り参加できるならな。」

「オマエまさかそのために来たのか?」

「それ以外の何がある?俺が宴会好きだと知っているだろ」

急に話に割り込んできた大男が詰ってきたがそれを難なくいなす。

呆れたように大男はため息を一つ吐き、話を続けた。

「いつも来い....それと依頼の件だが、一つちょうどいいのが来ているぞ。」

「なんだ?」

「ルクス湾に海竜が出たそうだ。危険度C+級のな。船が既に何隻か沈められてて懸賞金も跳ね上がってる。オマエなら余裕だろ」

「一つ聞く。海竜はバラしても良いのか?」

「良いんじゃないか?」

「無責任だな、責任者ギルドマスター。貴族に何を言われても知らんぞ?」

「構わんさ。」

責任者ギルドマスターは責任が自分に擦り付けられることも問わないようだ。

中々勇気のあることをするな。

「そのせいで経済が回ってないんだ。貴族はどうせ何も言わん」

「......。」

「ちなみに懸賞金は30,0000レーンだぞ。」

「...挑んだやつはいたのか?」

「いや、海だからだろうな。挑んだやつはまだ居ないぞ」

「そうか。じゃあ今からソイツを倒しに行くか。責任者ギルドマスター、小舟を貸してくれ」

「好きに使いな。倉庫にあるから」

長々と会話を続ける気にもなれなかったのでそれだけで会話を切った。

受付嬢に「新聞をくれ」と頼み15レーンを払いギルド広報新聞を手に取る。

...どうやら海竜は3週間も居座っているらしい。

(俺がカタをつけるか)


倉庫に行って小舟を手にした後。

たった一人でルクスの港に向かい、小舟に乗ろうとしたところ、

「あんた、止めといたほうがいいぜ?見た目的に魔術師なんだろうが...海竜を倒すの

はどうやっても無理だ。足場もないし、魔術を唱える時間も稼げるかどうか...」  

と俺とほぼ同年代の女性から忠告された。どうやら心配してくれているようだ。

たしかに彼女の言う通りなのだ。海竜とは厄介な魔物であり、まず竜とは言うがいくらレベルが低くとも海に潜る。そして強力な水魔法を放つのだ。

水中という性質上、重い鎧は着けることができない。さらに遠隔攻撃系の武器も

届きにくく、近距離武器も使用が困難となる。

とすると生身で向かい拳、或いは魔術による撃破を目指すのだが、海竜の放つ水魔法は強力無比であり、装備のないものが巻き込まれれば命はない。

総じて非常に戦闘が困難な敵なのだ。一応、討伐する手段はあるがそれは『多人数により水魔法の狙いを固定させないこと』であり、死者を多数出す。

魔術使いとはい単独戦は難しい相手なのだ。

だが。

「心配は要らん。むしろ海竜が善戦できることを祈ってやりたいばかりだ。」

「そうなのか...まあ頑張ってくれよ」

(舐めているのか?コイツは...)

ビルは口から出かかった言葉をなんとかこらえて小舟を漕ぎ出した。

(新聞で見たところ、直近では船がそもそも来なくなっているらしいな。小舟であろうと船影を見れば襲ってくるだろう)

そんな分析を立てながら、よく海竜が姿を見せるという地点に向かった。


______________________________________



海竜がどこにいるか探し始めてから20分は過ぎた頃...

俺は空腹感を覚え、昼飯を食べることにした。

時間的にも正午を過ぎていた。

(しかし動きがないな)

昼飯を食べながらそんなことを思った。

(訊いた話によれば海竜は最後に船を襲った際ひれの一部を船に引っ掛けケガをしている状態らしい。傷を休めているから襲ってこない、などという推察を立てるのは分析としては失敗だろう。一体何が原因なんだ?餌場を移したか...?しかし海竜にはそこまで変えるメリットが存在しない...むしろ競合してさらに傷つく可能性も決して小さくない。復讐のためだとするならばもっと速く行動していただろう)

あれこれと思考を巡らせる中、一つの結論にたどり着いた。

(自分を傷付けたものに的確に反撃しようとするということか。まあもう既に壊されてるんだが...)

傷付けてしまった船は海竜によって壊されている。

(今度は何に復讐するんだ?)

そう思った瞬間、突如として海に嵐が起こった。

波もどんどんと高くなっていく。

(来たか。)

そう思い戦闘態勢を整えた直後、全くもって想定していなかった事態が起こった。

海竜が現れた。2も。

1頭目は小さく、身体に一筋の傷が入っている。2頭目は傷もなく、1頭目よりもさらに大きな体躯をしている。

(親子か!)

ビルは想定外すぎることに驚いたが、その程度で取り乱すはずもなかった。

(ちょうどいい。親は売って子は引き取らせてもらおう)



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(もっと強く止めておけばよかった...)

港でビルに声をかけた女は座り込んでそんなことを考えていた。

(今頃海竜が目覚めているんだろうな...)

と心のなかで呟いた直後、沖の方で激しい嵐が起こった。

(ああ、生きていてくれ、頼むから_____)

「あそこで戦っているのは誰だ?」

不意に背中の方から声がしたのでその声に向かって

「全身黒ローブの人。多分魔術師だけど_________」

と返すと

「なんだ、ビルか。気にかけただけ損したな。」

「やっと終わったぞ。やっとだ!船が出せる!」

「魚が食える!」

「注文した弓が届くぞ!」

「やったぁ!」

などと嵐はまだ止んでいないのに呆れと喜びの混ざった声があちこちから聞こえた。

「え?あの人そんなに強かっ_______」

言いかけた直後、嵐のほぼ真ん中に巨大な雷が落ち、数秒のうちに嵐が止んだ。



数分後、1艘の小舟が2頭の海竜を引っ張ってきた。

2頭の海竜の死体を海から引き上げたあと、ギルドまで運ぶためにその場に居合わせた何十人もの人に手伝って貰った。

本当は手伝ってもらうつもりはなかったのだが「ありがとう」などと口々に言いつつ手伝おうとする人たちを無視することができず、今に至るのだ。

そうして運んでいるうちにルクスの人たちが店を放り出して見物し始めた。

ぞろぞろと子供が集まってきたので「危ないぞ」と言ってやったら「危なくなる前に逃げる」と答えて退こうとしない。

仕方なく大行列のままギルドへと向かっていったのだった。



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「本当にすぐに終わらせて来るとはな...」

責任者ギルドマスターは呆れ返ったようにギルド前の広場に置かれた2頭の海竜を見てそう言った。

「別にこれぐらいは余裕だ。それで、子供の方は貰ってもいいよな?親の方は引き渡すから問題はないだろう」

「ああ。でもまさか2頭いたとはな。たまたまオマエが来たから船もこれ以上止まらずに済んだが...」

そう話していた最中、

「海竜の死体じゃないか!しかも2頭も!」

と、人を不愉快にさせるような随分偉そうな子供の声がした。

「どれどれ...ふぅむ!素晴らしいな!いくら市場を探したって出回らんぞ!」

その声がそっくり大人になったような不愉快な声がもう一つ聞こえる。

群がっていた群衆はすぐに遠のき、声を潜める。

話をしていた俺達は面倒事を察知して話を切り上げ、そちらの方に面を向けた。

「10,0000レーン!10,0000レーンでどうだ?高すぎるぐらいだろう?」

そう不愉快な大人が受付嬢に詰め寄っていた。

「ですが...討伐したのは___」

「口答えするのかね!?そもそも依頼を出していなかったらお前達はそもそも狩れてすらいなかっただろうに!」

なんだコイツ。

「お待ち下さい、カリベク伯爵。」

思わず魔術を放ちかけたが責任者ギルドマスターがその男に話しかける。

「その2頭を狩ったのはこのビル・クリフト一人です。そしてその狩りによってその2頭は名義上ギルドのルクス支部に納められています。交渉するならば彼を交えた三者で行いたいのですが。」

責任者ギルドマスターはそう言い相手の出方を見ようとしている。

一方カリベク伯爵とやらは俺を豚を選ぶかのような目で俺を眺め回し、

「オマエが狩った?冗談もほどほどにすると良い!ギルドマスター!」

「そうだ!この海竜がオマエみたいな奴に負けるか!」

...海竜の擁護し始めたぞ。

「『魔術で倒した』などとほざくのだろう?バカを言え!名も知らんそんな陰気な___」

「《小痺ショック》」

ドサッ

おっと、つい頭に魔法を打ち込んでしまった。

「陰気ななんだって?バカな魔術なのだから起き上がって続きを述べることぐらいできるだろう?なんとか言ったらどうだ?」

「......」

「......」

「その辺にしとけ。ソイツらは仮にも伯爵だ」

「...自分の取り分取られかけてしかもバカにされたらキレるだろ?」

「お前がキレたのはその取り分のところだけだろ...無類の研究材料であることは間違いないが...」

「あれほど強力無比な魔法を行使する魔物だぞ?その身体は一生で何度手に入れられるかわかったもんじゃあない。誰がみすみす逃すものか。」

「わかった、わかった。まあこの件は俺がなんとか片付けるから。それは持ってっていいぞ。」

そう責任者ギルドマスターが話をまとめると辺りに居た人たちが戻ってきてギルドの作業を手伝い始めた。



______________________________________



2時間後



ギルドの作業も終了し、無事にギルドでクリス・ベレットの結婚祝賀会が始まった。

彼女はかなり人当たりがよかったのでギルド内は人でごった返していた。

彼女とは何度かギルドで顔をあわせる程度だったのだが、会うたびに魔術を教えていたので、彼女の使う魔法はどこか俺の魔法に似通っていた。

「ギルドマスターから聞いたぞ。冒険者辞めるんだってな。魔術はどうするんだ?」

と直接聞いたところ、

「辞める、といったって家事に専念するだけだからいざとなれば夫と一緒に活動するよ!」と元気そうに語っていた。

人の多さによる熱気に気圧され、夫の方に結婚祝いのワインを置いていった後、一人ルクスの街を後にし、家のある集落へと帰っていった。

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