第五章

 思えば朝御飯の時からだった。ラッキーの様子は、その時からおかしかったのだ。落ち込んでいるというよりは思い悩んでいる、のほうが正しくて、何か悩んでいたらうちにため込まずに誰かに相談する性格だからこそ、わたし達は特に心配してみていた。味噌汁を飲んでいるときも溜息が止まらず、いつも相談役を担っているデス男はおろおろとしていた。ちなみに、基本的にわたし達の相談先は兄さんが多いのだが、ラッキーだけはデス男に相談しに行っている。兄さんは嫌われてんのかな、なんて落ち込んでいたけれど、実際はその逆なのだろう。デス男が負担かけたくないのよ、とフォローすると、そうかぁ、と納得する様子を見せていた。

 隣に座るシイは、ラッキーに対して問いを投げかけ悩ませる側だったりするのだが、今日はそのシイもラッキーのことをやんわり励まそうとしているように見えたくらいには、皆ラッキーのことを心配していたのだ。朝御飯が終わって、皆散り散りになったあと、今日は部屋で本でも読もうかな、と個室が並ぶ方へ行こうとすると、わたしを呼びかける声が聞こえた。落ち着く声、郷の声だ。

「どうしたの?」

 後ろを振り返ると、デス男とは違う大きなシルエット。デス男ががっちりしていて縦にも横にも健康的に伸びている、と言うのなら、郷はその横が全部縦に振られた感じだろうか。とにかく長い。

「あ、っと……。ラッキー、今日なんか調子悪そうだったろ。元気つけたくってさ……。なんか、ラッキーの好きなこと知らねえかな、なんて……」

 少し目を逸らし、照れくさそうに言う郷に、なんだかほっこりとしてしまって、わたしはその話に乗ることにした。ラッキーは先ほど部屋に戻ったのを見たため、せっかくだし、とわたしは食堂兼談話室の方を指さした。

「せっかくだし、談話室で話さない? もしかしたら皆からの意見が聞けるかも」

 そう提案すると、郷はとても嬉しそうに、おう、と笑った。


 談話室には誰も居なかった。普段ここに一番居るのはラッキーなので、その本人が居なければ誰も居ないのも頷ける。わたし達が普段座る椅子ではあまりにも遠すぎるので、わたしはトウの席に座らせてもらった。郷はいつもの席に座っている。

「ん、いいのか? いつもの席じゃなくって」

 郷が不思議そうに尋ねてきた。郷がここに来てから献立が一回更新されたが、やっぱりまだ慣れない様子で居た。その代わり、わたし達とは打ち解けてきて、当初郷が違和感を持っていた名前についても、もう違和感を持たなくなってきているようだ。ただ、こういったローカルルールというか、細かなルールはやっぱりまだ知らない。ゆっくり覚えて慣れてくれればいいな、なんて思うのだけれど、もうゆっくりする時間も……。……考えすぎては郷に心配をかける恐れがあるため、わたしは郷の言葉に集中する。

「うん。普段の御飯以外ではいいんだよ。とはいっても皆やっぱり普段の席に慣れてるから、わたしと郷とか、シイとトウとか、両端の人が話す場合以外はいつもの席に座ることが多いかも。わたしと兄さんとデス男が話すときなんかは、横一列になることが多いよ」

「へえ……俺、シイと話すとき、対角線で話してたわ」

「シイから席を動くことは、少ないからね。わたしの席とかラッキーの席を使うといいよ。八号室とかでもいいかも」

 わたしが八号室、と言うと、そうだ、と郷が言う。

「八号室、あれどうしたんだ? 三号室と九号室は普通に空室だろうなって感じだけど、八号室だけなんか異質だろ。厳重に閉ざされすぎじゃね? 扉に木の板貼り付けてるだけじゃなくって、鉄っぽいのまで内側に貼られてんじゃん」

 こう、こうさ……と手を交差させて八号室の有様を再現する郷の姿を見ながら、そういえばそうだな、と思う。ふと、昔、兄さんと共に八号室の謎を解き明かそうと思って八号室に忍び込もうとした夜のことを思い出した。


 あの日はやけに眠れなくって、部屋の中で一人うずくまっていた。わたしが五歳だか何だかの出来事だ。何もすることがない、けれど眠れない、と思っていると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。

「イッちゃん……」

 それは兄さんの声だった。あの頃のわたし達は同年齢であることもあって非常に仲が良く、悪巧みをするときも怒られるときも一緒だった。けれど兄さんと居ると毎日が楽しくて、毎日一緒に遊んでいた。ちなみに今でこそ悪いことをしたときによく叱るのは兄さんになっているけれど、あの時は最年長がインの七歳だったので、怒るのは東堂さんほどではないがしっかりしている斉藤さんだった。斎藤さんは怒るととてつもなく怖いけれど面倒見がよくて、皆から好かれていた印象だ。わたしが八歳になったころにやってきたシイと入れ違いになって、居なくなった。本人いわく、「いい人みつけちゃった」とのことだった。外では男女の恋愛以外は認められていないから、斎藤さんはいい男性を見つけて結婚でもしたのだろう。幸せであるといいな。

 そんな斎藤さんによく怒られていたわたしだったが、兄さんとなら怖くはなかった。あの日も迷わずに部屋の扉を開けて、兄さんを招き入れた。

「どうしたの?」

 と問うと、兄さんは無邪気に笑って、

「はちごーしつ! 侵入しちゃおうぜ!」

と言った。楽しそうだったので二つ返事でOKしたわたしは、兄さんと共に八号室の前まで抜き足差し足で向かった。そんな瞬間も楽しかった。今でこそ許されているけれど、昔は健康のために消灯時間が決められていて、夜更かし、また部屋の外を消灯時間を超えて出歩くなんて言語道断だった。斎藤さんは保育士になりたかったの、と言っていたから、きっとその欲望をわたし達にぶつけていたのだろう。

 あの時の八号室は今よりガードが緩くて、鉄の板なんてなかった。それに、ガード自体も飾りのように張られている木の板一枚だけだったから、鍵さえあれば簡単に侵入してしまえた。

「かぎはあるの?」

 小声で話しかけると、もっちろん、と兄さんは手を見せてきた。その手の平にはマスターキーが握られていた。兄さんはなんというか、泥棒の才能があるのかしらないが、どのジャンルにおいても手先が器用だった。それを見て笑ったわたしを見て、更にいたずらっ子のように笑った兄さんは、鍵をさしこんだ。

 八号室は嘘みたいに簡単に開いて、兄さんがドアノブに手をかけて、部屋の中を見ようとする。同じようにわたしも部屋の中を覗こうとして……。

「こらーっ! やーっぱあなたたちねにーちゃんにイッちゃん!」

「やっべ!」

 食堂の方から斎藤さんが走ってきて、わたし達では逃げ切れるわけもなくしっかりとつかまり、その後はこっぴどく叱られた。

 その後、その話を八号室に興味を持った六歳のシイにしてやると、

「けれど、もう斎藤さんはいないわよね」

と微笑んでいた。兄さんとわたしは顔を見合わせたけれど、もうこりごりだね、なんて笑った。その後、数日後から警備が厳重になった。シイが泥まみれになってシャワー室に籠っていた時期と重なるけれど、何となく、何が起こったのかは聞けなかった。


「イッちゃん?」

 郷にそう呼びかけられて、目を覚ます。まずい、考え込んでしまった。

「ご、ごめん」

 と急いで言うと、郷は朗らかに笑って、

「いや、いいよ。イッちゃんの気質は俺だって分かってる。生まれ持ったもんだし、仕方ねえよな」

と言ってくれた。その言葉にほっとしていると、

「それで、考えてたのは……八号室のことか?」

と問われたので、少し濁して、けれど本当のことを答えることにした。

「昔、八号室に忍びこもうとしていたことを思い出したの。兄さんと……」

「ああ、そんなこともあったな」

「うおっ」

 郷が驚いて、個室側を見る。そこには兄さんが階段を上っている姿があった。

「はは、失敗して、こっぴどく怒られたんだよなあ。けどぱっと見何もなかったような気がするよ」

 お邪魔してもいいか、という問いに反対するものは居らず、兄さんはせっかくだし、と八号室の椅子に腰を下ろした。

「それで、何話してたんだ? 八号室の話か?」

 そう兄さんが首をかしげると、わたしは本題の話を思い出して、ああ、と声を出した。

「そうだよ兄さん。ラッキーが元気なかったでしょ? だから元気つけたいって、郷と」

 そう言って郷に目線を向けると、そうだった、と力強く頷いて、

「ああ。兄さん、なんかラッキーの好きなものとか知らないか?」

と問う。兄さんはそれなら、と笑った。

「はは、ちょうどよかったかもしれないな。ラッキーの好きなものかは分からないが、この前用意して喜んでたものを用意するよ。ただ少し時間かかるから、昼御飯のあとにここに集合って形にしてもいいか?」

「それは構わないが……俺にも手伝えることとかないか?」

「わたしも……」

 と二人で声をかける。兄さんはやっぱり自分でなんでもやってしまいがちで、手を貸してあげたい、と思うのだ。手伝えることはないかと問うと、半分くらいの確率で何かしらやらせてもらえるのだが、今回に限っては兄さんは明確に首を振った。どうしてだろう、と思っているわたし達にかけられた声は、納得しか感じないものだった。

「料理だからだ」

 そう、わたしは料理ができない。なのでわたし達の中で料理を任せてはいけない人一位に入っている。しかし、以前同率になった人が居る。それがわたしの目の前にいる、郷だ。

「……頑張って」

「……すまん」

 わたし達が一斉に目を逸らしたのを見て、兄さんはあはは、と高らかに笑った。簡易的な料理しかできないはずの料理室をぐちゃぐちゃにした前科があるわたし達は、料理室出禁を佐藤さんから言い渡されている。


 昼御飯の時もラッキーはやはり元気がなくて、郷に興味津々といった感じで出席率のあがっているトウとシイの頭よさげな会話が繰り広げられている間も、ラッキーはどこか上の空だった。デス男の大丈夫? という問いには、覇気のない声ではい、と答えていた。郷とわたしは目を見合わせて、大丈夫かな、なんて心を通わせた。兄さんはラッキーの方を見ながら自信があるような顔で御飯を食べていたため、大丈夫だとは思うが、ここまでラッキーが落ち込むのは初めてくらいなので、やはり心配だった。

 御飯を食べ終わって、皆散り散りになっていく中で、わたしと郷だけが残った。さきほど、兄さんが「すぐ戻ってくる」と耳打ちして去っていったため、動くにも動けず、そのすぐ、という言葉に席を移動することもないまま時間が過ぎていった。

 兄さんが去っていった施設側、料理室側を見て、郷が

「大丈夫かな……」

とつぶやく。それに答えないわけにもいかないため、わたしも確証はないけれど、

「……きっと」

と返す。これは決して適当に答えているわけではなくて、兄さんだからこそこう言えるのだ。十七年の絆はやはり大きい。

「そうか……」

 わたしの根拠が少しだけある根拠のない自信に、郷も少し安心したのか、そわそわとした感じはほんの少しだけなくなっていた。そうこうしていると兄さんが手を振りながら帰ってくる。バスケットを抱えていて、ちらっと見える中身にはクッキーのようなものが入っていた。

「さ、行こうぜ」

 郷がなるほどなあ、という目で兄さんを見ていたけれど、わたしにはなんとなく分かる。多分、ラッキーが好きなのはクッキーではなく、クッキーの作り手だ。そう考えると、ラッキーの悩んでいることがもし恋愛のことだったら……と少し不安になった。


 個室側に行くと、ちょうどラッキーが自室に出てきたところだった。どこかへ行こうとしていたのだろうか、こちらを向いたラッキーの目は、先程よりもはるかに曇りなき目をしていた。……いや、曇りはまだあるのだが、どこか吹っ切れたような、何かを決心したような、そんな目だった。

「あっ」

 兄さんが声を上げると、ラッキーは少し驚く素振りを見せた後、ラッキーの心臓に胸をあて、深呼吸した後、手を振ってくれた。

「こっ、こんにちは! ちょうど良かった、今から皆さんに会いに行こうと思っていまして……」

 上ずった声はそのままに、ラッキーがこちらに少し駆け足で寄ってくる。兄さんが持っているものに気づくと、

「わあ、今から皆さんでお話ですか?」

と、少しだけ勢いを落として尋ねてきた。

「半分正解。今からラッキーの部屋に行こうとしてたんだ。郷とイッちゃんがさ、元気が無さそうに見えるラッキーに何かできないかな、って言ってて。僕はその手伝い? というか。皆で食べないか?」

 兄さんがそう言うと、ラッキーは心底嬉しそうに笑って、

「いいんですか? それじゃ、談話室に行きましょう。ボクの部屋じゃ、狭いだろうから……」

と、談話室の方を指して言った。元々そうするつもりだったわたし達は、一緒に談話室へと向かった。郷が「元気そうだな……?」と耳打ちしてきたときには、わたしも特に何も言えずに、そうだね、と返すしか無かった。ただ気になるのは、ラッキーは(わたしと兄さん以外にバレていたとはいえ、)もう少し兄さんへの好意を隠していたと思う、ということだ。今のラッキーは、あまりにも、分かりやすい。この前悩んでいたことが嘘みたいで、別人になったのかと錯覚するレベルで、ラッキーは吹っ切れていた。

 クッキーを食べながら話している間も、ラッキーはいつもニコニコとしていた。それどころか、ずっと兄さんのことを見つめていて、シイの席に座る郷にもラッキーの持つ感情が伝わったのだろうか、どこから出てきたか分からないメモらしい紙に『恋の病だったのかもな』と書いて、机の下から渡してきた。ちら、と見たら、郷はポケットの中に本当に小さな、豆サイズのメモ帳を忍ばせているらしかった。

「最後の一個、頂いてもいいですか?」

 普段ならお譲りします、と言ってくるラッキーがそう言ったのを嬉しく思い、また不思議に思いながらも、もちろん、と総意があったので、嬉しそうにラッキーは最後の一個を口に入れた。そんな様子を見て、兄さんも嬉しそうにしていた。

「ふふ、そんな喜んでもらえると、僕も嬉しいな。クッキーが好きなのか?」

 兄さんが微笑みながらそう言うと、ラッキーはうーん、と唸った。目線をあちらこちらに向けては、わたし達の方を見た。

「……心配、してくださって。ありがとうございます。……ボク、決めたんです。

イッちゃん、前に読書会で、色々話しましたよね。郷さんにも、恥ずかしくてあまり詳細には言えませんでしたが、相談に乗っていただいたことを、覚えています」

「ああ、あれな。俺の経験が役にたってたなら、嬉しいけど」

 そう言えばこの前、郷とラッキーが何やら立ち話をしていたな、なんて思い出す。仲良くなれたんだ、よかった、とその時はのんびり構えていたが、何やら重い相談でもしていたのだろうか。……そして、何か、あったのだろうか。郷にも、ラッキーと同じ、恋をしてひと悶着あったような、そんな何かが。

「はいっ。ボク、あれから色々考えて……、イッちゃんとシイと読んだあの物語も、もう一度読みなおして……。

……ボクは、後悔したくない」

 ラッキーは最後に、本当にありがとうございました、なんて言って、兄さんの方へ向き直った。この中で唯一事情を本当に知らない兄さんは、とても不思議そうな顔をしていた。

「兄さん」

「……なんだ?」

 ラッキーの目には、決意が見える。それは、何かと決別するときのような、そんな瞳だった。兄さんは、きっと、ただごとじゃないと感じ取ったのだろう。至極優しい声と瞳で、これからのラッキーの言葉を静かに待っていた。

 一拍おいて、深呼吸を挟む。きっと兄さんは、何を言っても受け入れてくれるけれど。言うのは、躊躇するものだ、やっぱり。……息を吸う音が、わたしにも聞こえる。ラッキーの鼓動がこちらまで伝わってくるような、そんな緊張感に、場が包まれる。郷もわたしと同じかそれ以上に、緊張した様子で、ラッキーを見守っている。ラッキーの口が開いた。

「好きですっ、兄さん。ずっとずっと好きでした。男性である兄さんが、ボクは好き……!」

 そう言われた兄さんは、予期していなかったのか、えっ、と短く言葉を発した。一度あふれ出した言葉はもう止まらない、そう言うかのように、ラッキーは間髪入れずに次の言葉を発した。

「最初は、尊敬でした。いつも落ち着いているけれど、たまに悪戯っぽくて、自分らしく生きるキミのようになりたくて、ボクは……。それが、いつしか恋に変わっていました……。かっこよくて、かわいいキミが好きだ……」

 言っているうちに顔が赤くなっていくラッキーの熱が移ったのか、兄さんまで顔が赤くなっている。はあ、はあ、と息を切らしながら顔を下げていくラッキーを兄さんが見る。その目には優しさと、それから戸惑いが映っていて、どうするべきかと悩んでいるようだったが、とにかく何か言わなければならないと思ったのか、

「す、すまな」

とまで声を発した。そんな兄さんの声を遮るように、ラッキーがいえっ、と叫びながら、顔を上げた。髪がふわりと浮かび上がる。

「ボクは、女の人を好きになりたいんです。でも、考えても考えても兄さんのことが大好きで、たまらなかった。きっとそれはボクの恋愛思考とかそんな話じゃなくて、兄さんのことが、人間的に、好きだったんです。……だから、ボクに、失恋させてください。どうか何もいわないで。言うだけ言って、諦めさせてください。……そして、どうかボクを、恨んでください。……大好きでした」

 ラッキーが兄さんに向かって、微笑んだ。その時の感情は、言いにくいけれど、シイといい勝負をするくらいには儚くて、悲しくて……それでも、幸せそうだった。兄さんは少し悩んだ後、微笑み返して、手を出した。

「手、出して」

 そう言われたラッキーが素直に手を出すと、兄さんはその手を握って、優しく語り掛けた。

「ありがとう、ラッキー。素直に、嬉しかった。ふふ、こんなこと言われたの初めてで混乱しちゃったけど……。……返事は、僕からは何も言えないし、言わないよ。でも……。……うん。僕……そう、僕を好きになってくれて、ありがとう。ラッキーが外に出るの、応援してる」

 兄さんの表情は穏やかで、どこまでも優しくて、そして、何よりも、嬉しそうだった。ラッキーは目を潤ませながら、

「はいっ……はいっ!」

と泣きながら、笑っていた。その姿はきっと、兄さんに恋しているラッキーの最後の姿で、兄さんしか見ちゃいけないと思ったから、目線を目の前の郷に移すと、郷と目が合った。また机の下から回ってきた紙には、『若いな』とだけ書いていた。わたしがくす、と笑う様子を郷に見せると、郷も笑って、……そう、どこか、懐かしそうに笑って、ラッキーと反対側の壁を、ただ見つめていた。その目に映っているのは、一体誰なのだろう。どこかも分からない場所を見つめて、わたしはラッキーの最後の、そして最初の声に耳を傾けた。落ち着いたときには、もう晩御飯の鐘が鳴り響いて、心配していたデス男とシイに顛末を話したラッキーは満足げで、最初こそ驚いて心配していた二人も、ラッキーの目を見て、安心したように微笑んだ。

 正解が何だったのかは分からない。それに、ここから出るのが正解だとも限らない。出ていったファーもインも、どちらが幸せなのかは本人のみぞ知るし、本人同士比べても幸せなのはどちらかなんて全く分からない。ただ、自分が決めた道が一番幸せなのではないのかと、わたしなりに思うのだ。それが正解なのかも、全く分からないけれど。

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