第3話 いざ、接客へ
マニュアルを見て、しっかりと確認する。
「年齢や残りの寿命割合で値段が変わるの?」
「ああ」
「へー。かなり細かく設定されるのね」
40代男性A氏の場合。
「3年分の寿命を売りたい」
「これで3回目だろう。後悔はないのか?」
「ない。競馬につぎ込んで何が悪い」
店内に酒とたばこの香りが充満する。
「……ワルクナイデス」
否定することはできない。
何を優先にするか、
何を趣味とするかは個人の自由だ。
「この前よりも下がっているじゃないか」
「残りの寿命、ご年齢、取引の価格。総合的に判断した結果です。お取引に来られてもこれ以上上がるというのは考えにくいです」
「それでもいい。金をくれ」
「かしこまりました」
3年分で250万。高いと思うか安いと思うのか人によるのだろう。
Sは来店し、成約した顧客の顔を覚えているのだという。
「そんなことできるの?」
「出来るんじゃない。するんだよ。手段は何でもいいから覚えろ」
「はい」
どんな職業でもプロは違う。
30代女性B客の場合。
「お金が必要なの」
「2回目のご利用ですが、前回10年分お取引があったようですが」
「家族のために必要なの。私がどうなろうと子供の成人までは」
「お子さんはおいくつなんですか?」
「15歳と8歳よ」
「お体を大切になさってください」
「お金が必要なの」
彼女は同じことを繰り返す。随分と切迫している。
「5年分で400万円になります」
「そう。お願いするわ」
母親は自分の運命を受け入れているようだった。
「どうかこれで最後にしてください」
「――出来たらね」
彼女は切なく笑う。彼女自身も察している。
大部分の寿命を売っているこの女性は
残りの寿命的に第二子の成人を見られないだろう。
家族のために売る女性を見るのは切ない。
10代男性C客の場合。
生きたくないから。
私が一番共感できる理由ではあるが、
他人の口からきくとなんとも複雑な気分だ。
「はい。10年分で600万になります」
「そんなになるんだ。じゃあ、売るわ」
軽々と決める男性。
私に怒る権利はないが、やるせない。
もっと自分を大切にしてほしい。
「契約成立ということで。現金をご用意させていただきます」
この青年は大金を手にして意気揚々と帰っていった。
常連にならないといいなと思う。
閉店後はランタンやろうそくで明かりをとるものだから
よけいに怖い空間となっている。
私、柏木ミコトの場合。
「んで、Zは寿命を売るのか?」
今日一日接客しただけでも様々な理由の人がいた。
自分と似た動機の人もいる。
でも、必死な大人たちに比べたら小さな悩みだなと思った。
「売らないわ。なんか価値観変わってきたかもしれない」
「ここにいればいつでも寿命の取引はできるから。悲観して死を選ぶ必要はない」
「確かにそうね」
「欲を言うなら、死に方も注文出来たら完璧なんだが」
「それが一番、人類が望んでいることかもしれないわ」
この日は帰宅することなったが、心の奥底でのザワザワがとまらない。
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