第2話 受付の義務

 黒いローブの男はそのスタイルを崩すわけではなく、

 2冊のファイルを持ち出してきた。


「引継ぎってわけではないが、この店の説明だ」

「ちゃんとマニュアルあるのね」

 小さな個人商店のようだから口頭で説明しかないと思っていたが、

 きちんと研修する気のようだ。

「受付すると人の寿命が見えるの?」

「いや、このモノクルを通すと見える」

 確かに私の寿命を見たときも着用していた。白銀の縁が付いてるモノクルだ。

「私がSの寿命を見てあげようか?」

「いや、俺は信じていないんだ」

 少しばかり怖がっているように感じる。

 そっとモノクルを持ち上げてのぞき込んでみる。

「ふーん」

 ちなみにSの上には残りの寿命が見えている。

 男性の平均寿命まで確かにありそうだ。本人の希望ゆえ口にはしない。

「私がやることは?」

「占い、寿命をみること、そして寿命を売り買いすることだ」


「誰に売り買いするの?」

「死神だよ」


「本当にそんなものが存在するの?」胡散臭い店主は面倒くさそうに返事してきた。

「見えるんだし、実際商売相手なんで、いるんだろうな」

 この日は最低限の説明を受け、自宅に帰ることになった。


「明日また来るね」

「よろしくな。Z」

「はぁ?」


「だから、この店で活動するときの名前だよお前はゼット」

「かわいくない」


「本名には全く関係ない斬新なネーミングだろ」

 1つわかったことだが、店主のネーミングセンスはおかしいようだ。

「お疲れ様です。では」


 確かに死神と取引するのなら必要な措置なのかもしれない。

 もっともそんな存在がいるのなら、

 本名も住所も何もかも簡単に調べられるはずだが。

 変な客の対応には使えるだろう。


「そんなに変な客が来るのかしら」

 結論として仮名は必要だった。

 モノクルをつけて鑑定をする。

 例えば、男性客に逆恨みされたりもした。

 切羽詰まった客から刃物を突き付けられることもあった。

 

 そのたびにSが出てきて追い払ってくれたものの、女が一人だとなめられがちだ。

 金目のものはないかと物色して来ようとする客の多いこと。


「今日は助かりました。S」

「なんてことはないさ。それよりも今後考えな。そんな立ち回りではなめられるぞ」

「はい。精進します」

 そんな客層ばかりなのもどうかと思う。


「Sは占い特化にするつもりはないの?」

「そんなことしてみろ。別の意味で変なやつらが湧いてくるだろうが。お前は暴漢相手にするのと見えないものを信仰する暴徒どちらを相手にしたいんだ?」

 目的が分かった方が対処もしやすい。

 金ではなく信仰を対象とする場合、

 争いは大きくなりがちだ。


「暴漢の方がましかもしれないです」

「だろう? 好き好んでこの客層にしているわけじゃない」

 フンと鼻を鳴らして接客もどるS。

 商売は理由があってターゲット層を絞っているのだ。


(まだまだ人に聞かないとわからないものだなぁ)

 この店は胡散臭いが奥深い。

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