角と北極星

「どうしてわたしにだけ角が生えてるの?」


 幼い妹の舌足らずな問いかけに射抜かれ、両親は石像のように固まった。


 なぜという疑問が求めているのは、遺伝子のどこにどういう欠損が起きて額に骨の隆起ができたのだとか、そういう冷淡な因果関係の説明ではない。起こったことの意味だ。それを起こした大いなる何者かの意図だ。


 そのことを無意識に知っていたのか、父は答えた。


 「お前が前世で悪いことをしたからだよ」と。





 妹はとても「良い子」に育った。両親や先生の言うことをよく聞き、誰にでも完璧に優しく、自分の不利益もかえりみずに正しいと思われることをした。


 学校で妹は「鬼の角を持つ天使」として有名だった。凡人の私は妹と比べられてからかわれたりもしたが、そんなことはどうでもよかった。妹がなぜ天使になったのか私だけは知っていたから。


 妹は一生をかけて償うつもりなのだ。覚えてもいない、本当にあるのかどうかも確かめようのない前世の罪を。


 角のことで罵られても寂しげな笑みを返す妹を見ていられなくて、私は前世の罪なんかないと説いた。


 あったとしても罰として角が生えてくるなんてあり得ない。あまりにも荒唐無稽。


「じゃあ無駄に頭にくっついてるだけの腫瘍を抱えたまま無意味に生きていけっていうの?」


 鬼のような妹の怒りを十数年ぶりに目の当たりにし、私は少し安心した。





 冷房に浸り続ける毎日に時間を止められたような不安を覚えて、日が暮れてもまだせいろの中にいるような熱気の残るベランダに出た。


 計量スプーンの形をした北斗七星、W形のカシオペア座。想像力によって生まれた二つの星座の間にあるのが北極星。夜空の中で特別明るいわけでもないのに特別な星。宇宙の回転の中心である星。


 地球の自転軸の延長線上にたまたま位置していただけ。たまたま地球からは止まって見えるだけ。地軸が数度ずれていたら、北極星と呼ばれているあの星は他の有象無象の星たちに紛れていただろう。


 最初はただ毛色の違う星として見出され、実用上の意味が芽吹き、神話の枝葉が伸びて意思が付与される。人間の知り得ない何者かの意図の中に、筋の通った理由が浮かび上がる。予測不能の偶然の連続を生きていくことに人は耐えられないから。


「何してるの?」


 子供用のスリッパを引きずった妹がベランダに出てきて、私の視線の先を追う。横顔の額に隆起した骨の塊が麒麟の角のようによく見える。


「その角は真実を見るためにあるのかもしれないね。普通って言葉で隠されてるものをさ」


 私はそうして物語を書き換えようと足掻く。妹は笑顔の癖がついた顔で不思議そうに私の顔を見つめていた。

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