灰かぶりの宝石
「ほこりちゃん」と私は呼ばれていた。いつも埃まみれになって掃除をしているからほこりちゃん。良い意味ではないのはわかっていたけれど、何となく響きが可愛くて私は気に入っていた。
あだ名を付けたのは下の姉様。2人の姉はいたずら好きで、わざとスープを床にこぼして私に拭かせたりしていた。お母様はいつも見て見ぬ振りをしていた。
いつだったか、姉様が上質の絹のスカートにトマトソースをこぼしてしまった時、母様が「食器も満足に使えない汚い犬ね、今すぐ舐めて綺麗にしなさいよ」と怒鳴っているのを私は台所で聞いていた。たまに父様が帰ってきた時は、夫婦の寝室から唸るような父様の怒声と母様の懇願するような声がする。父様もきっと外では上の人に怯えているのだろう。可哀想な父様。可哀想な母様。可哀想な姉様たち。みんな自分がされたことをやり返してやりたいだけなのだ。私にできるのはその痛みと怒りを受け止めることくらい。
山の雪が岩肌に消えて青葉が大地を覆い始めた春の午後、姉様たちがいつも以上に豪奢なドレスで着飾っているのを見て、「お出かけですか?」と私は訊いた。
「お城で舞踏会があるの。国中の若い娘を集めて、王子様の婚約者を決めるのよ」
上の姉様が上機嫌で答えた。「初対面で婚約を?」と私が首を傾げると、下の姉は「馬鹿ねえ、ほこりちゃんは」と八重歯を見せた。
「国の一番上に立つ方には、国で一番上等の女が相応しいのよ。一番のお金持ちが一番良い宝石を手に入れられるのと同じ。全部集めて比べ
て吟味して、一番綺麗に輝く宝石が選ばれるの」
なるほどと私は頷いた。だから姉様たちは自分を光らせるためにこんなにも必死で磨いているのだ。
意気揚々と馬車に乗り込んだ母様と姉様たちを見送って戻ると家に知らないおばさんがいた。
「おっと、追い出さないでおくれよ。あたしは大昔からこの屋敷に住んでる妖精さ。あんたみたいな良い娘が意地悪されてチャンスを奪われるのを見ていられなくて出てきたんだ。魔法でドレスと馬車を出してあげるから舞踏会に行きなさい」
おばさんが杖を振ると染みだらけだった私の服は南の海みたいな青いドレスに変わり、外にはいつの間にか立派な馬車が待っていた。
「真夜中になったら魔法は解けちまうから、それまでに帰ってくるんだよ!」
押し込まれた私を連れ去る馬車におばさんの声が追いついて、それきり蹄と車輪の音しか聞こえなくなった。
現実とは思えないきらびやかな城の中を案内されるがままに進んでぼんやりしていたら若い男の人に声をかけられた。彼の言っていることはよくわからなかったけれど何となく微笑んで相槌を打っていたら、二人きりで中庭に行くことになっていた。
広間の喧騒を離れ、上品な花の香りに満たされた薄暗い中庭に、十二時の鐘の音が響く。魔法が解ける時間だった。
「申し訳ありません」
私はみすぼらしい服で頭を下げた。
「妖精に言われるがまま、魔法で仕立ててもらったドレスであなたを騙しました。何なりと罰をお与えください」
彼は私の肩に手をかけて頭を上げさせた。やっぱり言葉が難しくて何を言っているのかよくわからなかったけれど、私を褒めているようだった。
彼はどうやら王子様本人だったらしく、私は王子の婚約者に選ばれていたようだった。
色々なことが勝手に決められて、私は家に帰れなくなった。
私が舞踏会に出るまでの経緯を知った王子は母様や姉様を打ち首にすると言い出して、必死に止めたらそれがまた王子のお気に召したようで、この分不相応な立場を降りることはますます許されなくなった。
面会に来た姉様たちは人が変わったように優しくて、私が姉様たちの誇りだと言ってくれた。私が宝石になることで家族が幸せになるなんて、今まで考えたこともなかった。目を覆っていた分厚い鱗が落ちるようだった。
私はちゃんと宝石になろうと思った。次期国王の冠を飾るに相応しい宝石に。
この立場に求められる立ち居振る舞いを教えられた通りに身につけて、私という宝石の周りを小さな宝石で飾って、私を選んだ王子が恥ずかしくないように努力した。あとは新しい、私以上に大きくて輝かしい宝石を産むことが私の最大の使命だ。
目まぐるしい日々を過ごしていた実りの季節、夜中に目が覚めて、あの妖精のおばさんが枕元に立っていることに気づいた。
「見事に王子様を射止めたね。ずいぶん良い暮らしができるようになったじゃないか。どうだい、今、幸せかい?」
私は再び眠りに引きずり込まれそうな頭で考える。
「私の幸せに何か意味があるんですか?」
おばさんは目を丸くして、それから眉尻を下げ、私の手を温かな両手で包んで言った。
「あたしはあんたを救うことはできなかったんだね」
おばさんはなぜかとても悲しそうで、優しいこの人をこんなにもがっかりさせてしまう私はやっぱり土埃にまみれた邪魔な石ころなのだろうと私は思った。
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