十三、どうして

76 何もない

「はあ……、はあ…………」


 なんで、お母さんまでそうなってしまったのか、俺には分からなかった。

 なんで、俺の大切な人はいつもこんな風に消えてしまうのか、分からなかった。

 何もないこの世界がすごく虚しい。


「…………」


 車から降りて、ずっと走っていた。


 なんでだ。

 なんで、俺はずっと……家族という言葉に怯えているんだ。


「はあ……」


 急いでみおがいるところに向かう。

 今俺がそばにいてあげないと……、変なことを考えるかもしれない。あの時の俺がやったことと同じことを、考えてるかもしれない……。でも、本当にこうなるとは思わなかった。


 急がなきゃ。


「あかね……」

「みお……」

「お母さん、もうここにいない。もうここにいないよ……」

「遅くなってごめん」

「ううん……」


 俺を抱きしめたみおは声も出せず、静かに……一人で泣いていた。

 そして、みおの手がすごく震えている。

 俺にできるのは泣いているみおを抱きしめることだけ、本当に何も言えない俺だった。その痛みを知ってるのに、何も言ってあげられないなんて……。でも、何を言えばいいのか、よく分からなかった。


 俺も、悲しかったから。


 ……


「あかね……。あかね…………。私、あかねと離れたくない。この家で一緒に暮らしたい」

「…………」


 実家に帰ってきた俺たちはソファでくっついていた。

 てか、さっきちゃんと涙を拭いてあげたのに、また泣いている。みおの涙が止まらない。ぼとぼと、彼女の膝に落ちていた。


「ねえ、同棲しよう。私と、一緒に…………ずっと! ずっとね!!」

「みお……。俺は……」

「ダメ……? やっぱり、みなみの方が好きなの?」

「みお、俺……」

「あかねから……みなみの匂いがする。みなみと……やったよね?」

「いや、覚えてない」

「服、脱いで! 私の前で全部」

「えっ? なんで……」

「私の言う通りにしなさい!」


 それはあっという間だった。


 ソファに倒して俺の服を脱がすみお、彼女は首筋と鎖骨のところにある先生のキスマークを見ていた。いつこんなことをしたのかは分からない、目が覚めた時は先生にやられた後だった。俺は裸になったことと、先生とくっついていたことで状況を推測するだけ。多分、先生とあれをやったかもしれない。


 そういう状況だった。


「…………私のあかねだよ?」

「みお……」

「あかねは中学生の時から……、私と気持ちいいことをしたのに……。どうして、今はみなみとあんなことをするの? 私、あかねが高校を卒業したら一緒に住むつもりだった……。なのに、どうして私のそばにいてくれないの?」

「みお、俺たちは家族だ。ずっと……、家族だから……。あの時みたいなことはもうできない。そして、俺は……」

「みなみと付き合ってるよね?」

「…………」


 なんだ。そんなことまで知ってたのか……? みおは。


「みなみは高校生の時から男が苦手だったのに、あかねだけは特別だったかもしれないね」

「そっか……」

「そして、私にも特別な人だから。あかねは」

「…………うん」


 そして、俺の体に乗っかるみおにキスをされた。

 あの時と……同じ。

 みおはいつもこんな風に溜まったストレスを解消してきた。家に帰ってきて、すぐ俺の部屋に来て、勉強していた俺をベッドに倒して……。さりげなくキスをした。あの時の二人は……家でやってはいけないことばかりやっていた。


 みんなの知らないところで、そんなことばっかり———。


「この温もりがほしかったよ……」

「…………」


 ……


 中学生の時、お父さんが再婚した。

 そして家に帰ってきたある日、俺は当時高校生だったみおと出会う。近所にある高校に通っていたみおは当時の俺にただの他人だった。新しい「家族」って言われても他人、俺はずっと距離を置いていた。なぜ、離婚したのか。なぜ、再婚したのか。お父さんは俺に何も言わず、一人でそれを決めたから……。こんな家族はどうでもいいと思っていた。


「あっ、あかね!」

「は、はい……。誰ですか?」

「私! あかねのお姉さんだよ!」

「えっ? そ、そうですか?」

「え……、私の名前覚えてる?」

「いいえ」


 でも、みおは違った。

 いつも俺に声をかけて、明るい笑顔で俺の名前を呼んでくれた。


「ねえ! 今日、お父さんとお母さん帰るの遅いって! 今日は二人っきり」

「そうですか……」

「あかねは何がしたい? 私ね! あかねといろいろ話したい!」

「いいえ。いいです。勉強しますから……」

「ええ! なんで?」

「そういう宮崎さんこそ、どうして俺の邪魔をするんですか?」

「邪魔……?」

「俺に、家族なんて……意味ない」

「あ、あかね!」


 嫌いだった。反抗期が始まったのはあの頃だったと思う。俺はまだお母さんのことを忘れてないから……、そんなお母さんを裏切って他の女と再婚したお父さんがずっと嫌いだった。なんで、そう簡単に別れるんだろう。大人は……。


「ねえ! 今日はあかねとファミレス行きたい!」

「いいです。さっき夕飯食べました」

「…………」


 みおは本当に優しくて綺麗な人だったけど、俺にはただ面倒臭い人。

 いつも声をかけて、いつも俺と何かをしようとするから面倒臭い……。


「なんでだよ! 私は……あかねのお姉さんなのに……! どうして私のことを避けるの?」

「だから、俺に家族なんかいらない! 俺は……一人だ! ずっとそうだったからもう俺に声かけるな!」

「…………」


 家族と同じ空間にいるのに、一人ぼっちじゃないのに、すごく寂しい。

 俺はそう思っていた。


 そして、ずっと部屋に引きこもっていた。


「…………」


 俺は一人だった。

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