75 〇

 あったかい……、なんでこんなに温かいんだろう。


「…………」

「……っ」


 あれ……? 俺、今何を触ってるんだろう……?

 なんか、柔らかくて、温かくて、まるで人の肌を触ってるような感じだ。そして、すごくドキドキしている。この感覚……、俺は知っているかも。これは人の心がドキドキする時の感覚だった。


 でも、なんで……? 誰の鼓動だろう、これは。


「…………っ……」


 なんか、いい匂いがする。

 これは先生の……、匂い。


 先生の……。


「…………えっ?」


 目が覚めた俺はなぜか裸姿になって、先生と同じ布団で寝ていた。

 先生とくっついて寝ていた。

 どうして、こうなってしまったんだろう……? 昨日は……先生と話した後、そのまま寝たはずなのに。もしかして、先生とあの行為をやったのかな……? そうじゃないと今のこの状況を、どう説明すればいいんだ……? 分からない。


 こういうのは初めてで、どうすればいいのか分からなかった。

 そして、裸姿の先生がこっちを見ている。


「あかねくん……、おはよう」

「お、おはようございます。みなみさん……」

「ふふっ♡」


 さりげなく俺の頭を撫でる先生、起きたばかりなのに……すごく可愛い。

 俺は本当に先生と付き合ってるんだ……。昨日のあれは夢じゃなかったんだ……。


「えっと…………」

「うん?」

「昨日、何かあったんですか……? なんで……、俺もみなみさんも……裸に」

「ううん……。あかねくん、汗かいてたからね。なんかつらそうに見えて、浴衣脱がしちゃった……。へへっ」

「そうですか……」

「そしてあかねくんだけ裸になるのは恥ずかしいと思ってね……! 私も……、脱いじゃった」

「そんなことしなくてもいいのに……」

「でも、恋人だから……いいと思う。いいじゃん!」


 恋人、俺は先生の恋人…………。


「…………」

「ねえ……」


 そして起きたばかりの先生とキスをした。

 二人はくっついて、先生の小さい手が俺の背中を掴んでいた。


「うう……♡」

「どうしましたか? みなみさん」

「なんか、本当に彼氏……って感じだから……」

「そうですか? あの、一応……、服を着てください。恥ずかしいです」

「あっ……! そうだね。ごめんね……!」


 知らなかったけど、俺の首に先生がつけたキスマークがたくさん残っていた。

 昨夜、俺は先生と何をしたんだろう。

 思い出せない。それより、汗をかいただけなのに……パンツまで脱がす必要があったのか……? そして先生も下着をはいてなかった。よく分からないけど、俺は先生とあの行為をやったかもしれない。体のあちこちに……、先生が残した赤い傷痕がたくさんある……。100%だよな。


 でも、みおの時と違うって気がした。

 なぜだろう……。


「…………あかねくん?」

「は、はい」

「ごめんね……。昨日はやりすぎたかも……」

「な、何がですか?」

「首のあれ……」

「ああ……、大丈夫です!」

「わ、私…………。寝てるあかねくんがすごく可愛く見えて……、その……」

「そ、そこまで! いいですよ。みなみさんの気持ちは分かります! お、俺も! みなみさんのこと好きです!」

「うん!」


 先生の笑顔はとても可愛かった。

 俺は……このまま卒業して、先生と残りの人生を送るようになるのかな……。


 今の先生、すごく幸せそうに見える。

 好きってすごいな。


「あかねくん! 電話来たよ〜?」

「はい!」

「みおだけど……」

「そうですか……」


 みおが俺に電話を……?


「みなみさん」

「うん?」

「先に朝食食べてください。電話が終わったらすぐ行きます」

「あっ、う、うん!!」


 ……


 みおがどうして電話をしたのか、その理由を俺は知っていた。

 俺もバカじゃないから、それくらい知っている。

 ただ、現実から目を逸らしていただけ。まだ……子供だから、俺は大人じゃないからそれを受け入れるための時間が必要だった。結果は変わらないのに、電話に出ないといけないなんて、なんか……つらいな。


「あかね」

「みお……」

「————」


 結局、お母さんも……俺を離れた。


「会いたい、私のところに来て」

「今は無理、午後ならそこに着くかも……」

「どこ……?」

「海」

「海…………。誰と?」

「…………」


 俺は先生と海に来たことをみおに言えなかった。

 みおが俺にやったことを、俺は先生とやったから……。本当にそうなりたくなかったけど、人生って不思議だ。みおと先生は同い年なのに、俺はみおと距離を置いている。あの時からずっとみおと距離を置いていた。


 みおは家族だから、そんなことはダメだ。

 俺は……、そこから逃げたかったかもしれない。


「もしかして、みなみと一緒にいるの?」

「…………」

「やっぱり、みなみの方がもっと好きだったんだ…………」

「みお……?」

「私と、あんなことまでやっておいて……。結局、みなみのところに行っちゃったんだ……」

「俺は……何も!」

「覚えてないの? あかね、みなみのこと好きって言ったじゃん」


 いつ……? いや、全然覚えてない。


「じゃあ、帰ってきたら……。久しぶりに二人で話そうか」

「分かった」


 ……


 俺は、どこで先生と出会ったんだろう。

 それを考えながら、先生のところに向かった。


「あっ! あかねくん!」

「すみません。話が長くなって……」

「ううん! 気にしなくてもいい」

「あっ、それより……せっかくここまで来て、俺もこんなこと言うのが迷惑って知ってますけど」

「うん?」

「今日……、お母さんのところに行かないと……」

「…………」


 なんか、「お母さん」って言っただけなのに……。

 すごく……、虚しい。


「…………」


 もしかして、顔に出たのか? 先生もすごく悲しい顔をしていた。


「うん。分かった。じゃあ、帰ろうかな?」

「すみません……」


 せっかくここまで来たのに、遠いところまで来たのに、俺はそこに残っていた。

 一人でずっと。

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