74 海が見える場所で

「はあ……、本当に美味しかったぁー。綺麗な景色を眺めながら、あかねくんと夕飯を食べるなんて! 最高だよ!」

「はい。すごく旨かったんです」

「ひひっ♡」


 日が暮れた夜、涼しい風が吹いてくる客室の中で先生と話していた。

 てか、さっき先生と夕飯を食べたけど……、それがどんな料理だったのか全然分からなかった。食べたことない高級料理ばっかりで、むしろ先生に負担をかけたんじゃないのかと心配していた。


 この宿も高いはずだから……。


「また、食べたいな〜」

「はい……」

「どうしたの? あかねくん。やっぱり美味しくなかったの?」

「あっ、いいえ! なんか、先生に負担をかけたような気がして……」

「あはははっ。あかねくんはまだ学生だから、そんなこと気にしなくてもいいよ。そして……私がそうしたいから、あかねくんと思い出を作りたいから、本当に心配しなくてもいいよ……。私と一緒にいてくれるだけで十分だからね!」

「は、はい……」


 そして今日ここで……、先生と一緒に寝る。

 なんか、急に恥ずかしくなった。


「あっ、みなみさん。俺、先に……お風呂入ります!」

「…………」

「えっ?」


 なぜか、俺の手首を掴む先生。言いたいことでもあるのかな?


「私、あかねくんと一緒に……露天風呂……入りたい」

「えっ? あ、あっちの?」


 こくりこくりと頷く先生、この状況で俺はどんな反応をすればいいんだろう。

 下を向いている先生がめっちゃ照れていた。

 てか、露天風呂……一緒に入ってもいいのか? それって、つまり……裸の二人が風呂に入るってことだよな……? どうして、一緒に入るんだろう。そんな恥ずかしいことを先生とできるわけないのに……。なんで、さりげなく俺にそんなことを聞くんだろう。分からない、すごく恥ずかしい。


 そして、顔と耳が真っ赤になってる。先生…………。


「ダ、ダメかな……?」

「あ、あの……服を着たままならいいと思います」


 自分で考えてもこの答えは良くない。アホか。

 でも、先生と一緒に入るのはやばすぎるから……仕方ねぇだろ! 本当に……。


「冗談……?」

「いいえ、実はみなみさんと一緒に入るのがちょっと恥ずかしくて……。まだ! 付き合ってないから、そういうのはダメですよ? みなみさん」

「…………」

「そんな目で見ないでください……!」


 何が言いたいのか俺も分かってるけど、それでも「はい」って答えるのは難しい。

 そして、先生は本気でそうするつもりだった。真剣な顔をしている。


「…………」

「はいはい」


 ここまできて「できません」って言うのもあれだし……。

 てか、先生とキスまでしておいて……、今更……何を。


 一緒に入るしかない。


 ……


 ドキドキしすぎて、すごく緊張していた。


「はあ……」


 目の前に広がっている限りのない水平線、そして……体にタオルを巻いた先生が風呂に入ってくる。その雰囲気に俺の心臓が爆発しそうだった。


「そばに行ってもいい……?」

「は、はい……」


 夜空が綺麗だな……とか、そんなことを考えないとすぐ倒れそうだった。

 すぐそばに先生がいるから……、落ち着かない。


「…………」


 そして湯気が立つ風呂の中、俺は精一杯自分の気持ちを抑えるしかなかった。


「温かい……」

「はい」

「あのね、あかねくん」

「はい」

「私ね、今めっちゃ楽しい……。ずっと好きな人とこうなりたかったよ。なんか、それに執着してるみたいで気持ち悪いかもしれないけど……。それでも、私はこういうのが好き…………」

「また、やりましょう。まだ時間はたくさんあります……。えっと、高校三年生だから今年は忙しくなるかもしれませんけど、卒業したら……また先生とどっかに行きたいです」

「…………」


 なんか、これからもずっと一緒にいたいみたいなことを言っちゃったけど……。

 もし、俺でいいなら……。俺も先生が考えてるその関係になりたい。

 それは俺の口で言えないことだから、まだ口に出せないけど……。いつかチャンスは来ると思う。


「あかねくん……」

「はっ———」


 えっ……? 風呂の中でキスをするのか。

 一言もなく……、そんなに激しく……。


「はあ……」

「私は、あかねくんと過ごすこの時間が好き。ずっと……、元カレのことで苦しくて耐えられなかったから。でも、あかねくんに拾われたあの日……。私は、私に優しくしてくれたあかねくんが……好きになっちゃった。大人なのに、そして教師なのに、生徒の前でこういうのはよくないって私もちゃんと知っているのに。それでもね」

「…………はい」

「私ね……。本当にあかねくんじゃないとダメなの……。人と出会うのが怖い、また新しい恋をするのが怖い。あかねくんがそばにいてくれるだけで十分だから、私はそれだけで十分だから…………」

「はい」

「話の意味……、分かる?」

「なんか、告白みたいですね……」

「うん。そうだよ……」


 告白だったのか、俺は先生に告白されたのか……? ここで?


「…………」

「もっともっと……、気持ちいいことたくさんしよう……」

「…………」


 そう言いながら俺に抱きつく先生、二人は風呂の中でじっとしていた。


「綺麗だね。夜空…………」

「はい」

「甘えん坊でごめんね……」

「いいえ……」

「そして、答えはいつ…………」

「はい。俺も、みなみさんのこと好きです。だから……答えはこれで十分だと思います」

「…………」


 恥ずっ。まさか、先生の方からそんなことを言うとは……。

 てか、俺今まで彼女できたことないから、これからどうすればいいのか全然分からないんだけど……? 付き合った後はどうすればいいんだ……? 俺、なんも知らない。


「うん……。好き」

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。あかねくん」

「はい……」


 でも、どきどいする。これが……、付き合うってことか。

 不思議。

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