73 太陽、海、そして先生②

「あかねくん! こっちだよ!」

「は〜い!」


 子供みたいに砂浜を走る先生、俺はそんな先生を見ているだけなのに……、すごく楽しい。本当にこんな日が来るとは思わなかった。先生と海に来て、恋人っぽいことをしながら砂浜を走る……。


 まるで、夢みたいだ。

 想像すらできなかったそんな薔薇色の人生を、その大切な時間を、今先生と一緒に過ごしている。


「はあ……、暑い〜!」

「だから、いきなり走らないでくださいよ〜!」

「いいじゃん! 私、やってみたかったからね! こうやって砂浜を走るの」

「ええ……」

「ふふっ」


 疲れたからすぐ俺に抱きつくのか、先生は本当に距離感とか意識しないんだ……。

 まあ、いいけど、それでも先生の体を直接触るのはちょっと恥ずかしいな。


「何もしてないのに、すっごく楽しいのはなぜ!」

「えっ? みなみさん……さっき海に入ったり、砂浜を走ったり……、山崩しをしたり…………いろいろやったんですけどぉ」

「そうだったの? だから、疲れたんだ! えへっ!」

「少し休みましょう。アイス買ってきますから」

「うん!」


 ……


「暑いな……」


 先生と一緒にいるのも楽しいけど、まだ先生の水着姿に慣れてないから少し……息抜きをする必要があった。そして本当に大人なのか、たまに先生のことを同い年だと勘違いしてしまう。もし、先生も高校生だったら……学校で堂々と歩いてたかもしれない、とそんなことを考えていた。


「ソフトアイス二つ、ください」

「はい〜」


 でも、俺は先生とどうなりたいんだろう。

 それはよく分からなかった。

 手を繋いで、腕を組んで、抱きしめて、キスをして……。今まで先生とやってきたことはすべて恋人同士でやるべきことだった。先生が言ってる「好き」が本当なのかどうかはまだ分からない。トラウマのせいで、適当に言ってるかもしれない。俺も先生のことは好きだけど、いつか……捨てられるかもしれないから、100%人を信じるのは無理だった。


 みおも俺にそんなことをしたからさ。

 この癖はいつ直るんだろう。


「うん? 誰だ?」


 そして先生のところに戻った時、知り合いではなさそうな人たちがナンパをしていた。


「すみません」

「あー! あかねくん」

「誰? この男」

「彼氏だけど? 問題ある?」

「はあ? 若すぎるだろ……。おいおい、お前本当にこのお姉さんの彼氏なのか?」

「マジかよ。彼氏いたのかよ……」


 彼氏か、なんか面倒臭いことに巻き込まれたような気がするけど……。

 今は仕方ないよな。


「はい。そうですけど、そして若いってよく言われます。で、どうして人の女に……勝手に声をかけるんですか?」

「…………」

「チッ……。行こう」

「分かった〜。分かった〜」


 確かに、先生は一人でスマホをいじってたから……あの人たちが声をかけるのも無理ではない。すごい美人が一人だからな。

 そして———。


「あかねくん…………」

「…………」


 先生の視線がめっちゃ気になる……。

 さっき先生の彼氏って認めたからか、ずっとこっちを見てる先生にすごく緊張していた。なんで、さりげなく「そうです」って言ったんだよぉ……。俺が先生の彼氏だなんて、そんなことできるわけないだろ。バカかよ、俺は! 早く、さっきのことを否定しないと、先生に変なことを言われそうだ。


「彼氏くん!」


 えっ、マジか……。


「な、なんですか! その呼び方は」

「彼氏だから!」

「誰が……」

「あかねくんが、私の彼氏だから」

「うるさい! ソフトアイス、食べてください!」

「ありがと〜」


 ……


 俺は……、初めて見た。

 先生はソフトアイスを食べてるだけなのに、どうして溶けたアイスが手の甲や膝に落ちるんだろう。食べ方が下手すぎ! そんなことより早く食べないのが原因かもしれないな。なんっていうか、先生……たまにアホっぽくてめっちゃ可愛い……。


 舌でソフトアイスを舐めるのも、ちょっと……。

 恥ずかしい。


「……ソフトアイス、食べにくい」

「先生の食べ方が下手すぎるからです」

「ひん……。あかねくんのソフトアイスどんな味? チョコ?」

「はい。チョコです」

「私! 食べてみたい、あかねくんのアイス」

「えっ? いいんですか?」

「あーん」

「はいはい」


 口つけたアイスを旨そうに食べる先生、間接キスも構わないってことかな。

 全く……、キスまでしたくせに……何を考えてるんだろう。俺は。


「あーん」

「うん?」

「美味しい〜」


 ぼーっとしていたら、いつの間にか俺のアイスが消えてしまった。


「あ! なくなっちゃった!」

「うん?」

「わ、私のあげるから!」

「…………」

「もしかして、バニラ味嫌い?」

「いいえ……。ありがとう……ございます」

「ふふっ♡」


 先生が舐めてたアイスを俺が食べるのか。

 いや、そんなこと……意識してはいけない。意識するな、俺!


「彼氏くん〜♡」

「ケホッ……! み、みなみさん!! やめてくださいよぉ……」

「ひひっ♡」

「からかわないでください……。俺、そういう冗談に弱いです」

「冗談じゃないよ? 私は本気だから」

「うう…………」


 めっちゃ恥ずかしい。

 なんで、こんな時にあんなことを言い出すんだよ。先生は。


「ああ! あかねくん、また顔が真っ赤になってる! へえ……、可愛い〜! めっちゃ可愛い!!! たまらない! 早く客室に戻って、二人っきりであんなことやこんなことがしたい……! キャー! 想像しただけなのに興奮しちゃう!! 好きぃ———!」

「…………」

「好きぃ……!」

「はいはい……! 好きが多いです!」

「好き!」


 先生、なぜか壊れてしまった……。

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