十二、夏の記憶

70 気になること

 ふと、あかねくんの人間関係が知りたくなった。

 今のあかねくんは学校が終わった後、すぐバイト先に行って、その後は私と一日を過ごす。そんな普通の日常を繰り返していたけど、その中で私は不安を感じていた。もちろん、あかねくんのことを疑ったりしないけど……、それでも一度捨てられた私は不安を感じるしかなかった。


 あかねくんはまだ高校生なのに、私……大人気ない。

 いちいち確かめないと気が済まないこの性格は……、あの人のせいだと思う……。


「…………」

「先生?」

「あっ。あ、あかねくん……? どうしたの?」

「えっと、買わないんですか? ジュース」

「あっ! そ、そうだね!! ちょっと仕事のことでぼーっとしてて、ごめんね」

「いいえ」


 昼休み、ぼーっとして廊下を歩いていたらいつの間にか自販機の前に立っていた。

 悩みがあったけど、あかねくんのことだから言えなかった。

 そして最近、ずっとスマホをいじってるような気がしてすごく気になる。あかねくん、普段は何をしてるのかな? 家にいる時は私のそばにいてくれるけど、それ以外のこと……私は知らないから……。誰と連絡をしてるのかすごく気になる……。


「…………」


 変な妄想をする私が嫌だった。

 ただ、そばにいてほしいだけなのに、いなくなるのが怖くて何もできない。


「ねえ! あかねくん」

「はい?」

「誰とラ〇ンしてるの?」

「えっ? ああ……、知り合いとちょっと……」


 なんだよ……。その曖昧な答えは。

 まるで、何かを隠してるような……。


「何、話してるの?」

「え、えっと……。それは言いづらいですね……。でも、変なことじゃないから気にしなくてもいいと思います!」


 なんで、私には言ってくれないの……?

 私も知りたいのに……。


「そろそろ授業ですよ? 先生」

「あっ、う、うん……」

「えっ? な、なんで落ち込んでるんですか? 先生……」

「な、なんでもない……」


 私も、昔はこういう人じゃなかったのに……、あの人のせいでどんどん疑心暗鬼になってしまう。

 私が心配してるようなこと、あかねくんはするわけないのにね。

 でも、夏だから……あの時のことを思い出してしまう。


 ……


「何してるの? 早川はやかわくん」

「ああ……、ちょっと大学の友達とラ〇ンしただけ。どうした? みなみ」

「女?」

「ええ……、そんなわけねぇだろ。俺にはみなみしかいないから!」

「うん! あのね! 夏が終わる前に、海行かない?」

「海か! いいな〜。行こう行こう!」


 付き合ったばかりの頃、早川くんはいつも私のそばにいてくれる優しい人だった。

 さりげなく手を繋いで、頭を撫でてくれて、早川くんはずっと恋愛が苦手だった私にいろいろ教えてくれる大切な人だった。でも、どこから間違ったのか、どれだけ考えてもあの時の私にはよく分からなかった。


「あのさ、今日……うちに泊まってくれない?」

「なんで……?」

「なんか、みなみと離れたくないっていうか……。気持ちいいことがしたいっていうか……」

「あ、それは……ちょっと」


 早川くんは私とあんなことがやりたかったと思う。

 でも、私はそれが怖かったから、早川くんを断るしかなかった。


 そして夏から冬になるまで、私たちの関係はずっと曖昧で、壁を感じていた。

 電話をしても五分以上話さないし、ラ〇ンの返事も適当。

 一緒に海に行こうって約束も結局守ってくれなかった……。そして数ヶ月が経った後、彼は私に「もう、別れよう」って終わりを告げる。私には早川くんしかいなかったのに、いきなり振られてすごく慌てていた。


「なんで? なんで!!」

「やってくれないじゃん。俺と」

「…………」

「面倒臭いし。俺、みなみより好きな人ができたから……」


 私とあんなことができないから、浮気をするなんて……。

 じゃあ、なぜ私と付き合ったの……? 本当に、私が早川くんとあんなことをしないから捨てられたの……? そんなことするために彼女を作るの……? 振られたあの日、私はその疑問を抱えて一人でお酒を飲んでいた。


 そして私の荷物を取りに行ったあの日、私は早川くんのラ〇ンを見てしまった。

 今までたくさんの女とラ〇ンをしてて……、たくさんの女とあんな行為をやっていた。ラ〇ンのチャットルームには「今日はすごく気持ちよかった」とか「またやる? 時間空いたら連絡するよ」とか……、私がアレを断ったあの日から早川くんは他の女とアレを始めた。そして、私が最後に見たのは「今日、彼女と別れたからフリー! 〇〇ちゃん、今うちに来ない?」だった。


 それは開けてはいけないパンドラの箱。

 私は……、早川くんのことを信じていたのに、どうして……?

 一緒に海行きたかったのに、一緒に思い出を作りたかったのに……。


 裏切られた。


「あっ、みなみ。まだいたのか? もうちょっとで友達が来るからさ……。急いでくれない?」

「うん……」


 一つ一つ……ゆっくりでいいよって私にそう言ったくせに、自分はたくさんの女とあんなことやこんなことをしていた。

 胸に釘を打たれた。

 私の知らないところであんなことをするのはやめてほしかった。でも、私は止められなかった。あの人は最初からそういう人だったかもしれない。私は帰る前に三十分くらい彼と口喧嘩をしたけど、結局私とあんなことができないからって……。彼はそれだけを言ってくれた。


 そして帰り道、私の荷物を全部捨てた。

 悲しすぎて、自分がどこにいるのかすら分からなかった。


 いつからそんなことを考えていたのか、私は知らない。

 私は彼氏のそばにいるのがすごく好きだったから、彼氏が何をするのか知りたかったから、かまってほしくて……毎日彼氏とくっついていた。

 そんなこともできないなら、どうして私と付き合ったの……? なぜ、私に好きって言ったの? 早川くんは私の大切な人だったから、別れたくなかったのに……。その悲しい結末が私をずっと苦しめていた。


 私のことが好きだったら、もっと私に集中するべきでしょ?

 それができない人なら最初から私にそんなことを言わないで……。好きとか。


 そしてあかねくんに拾われたあの日も、耐えられなくて一人でお酒を飲んでいた。

 死にたいほどつらかった。


 ずっと好きだったのに、今更連絡するのもひどい。

 私はちょろい女じゃないから……、二度とあんな人と付き合ったりしない。

 今の私にはあかねくんがいるから、あの人よりカッコよくて、あの人より私のことをよく理解してくれるあかねくんがいるから……! いらない、あんたみたいな人。


 大好きだよ、あかねくん……。

 私にはあかねくんしかない。


「はあ…………」

「あれ? 先生? どうしましたか?」

「今日……、あかねくんと話したいことがあるから早く帰ってきて……」

「は、はい。分かりました」


 それは、私のトラウマだった。


「…………」


 海とか、夏祭りとか、高校時代になかったその思い出を……。

 私は好きな人とたくさん作りたかったのに、あの人のせいですべて水の泡になってしまった。


 あの時は叶わなかった私の夢を、あかねくんがきっと叶えてくれるから……。

 私のあかねくんはそんなことをしない。

 私はそう信じたかった。

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