十一、日常

62 おうちデート

 今日は先生の家に泊まる予定だ。

 この間、盗撮されたことでずっと悩んでいた俺に、先生は「それが心配ならうちに来ない?」って言ってくれて今先生の家に向かっている。学校からけっこう遠いし、普段は車でうちに来るから俺もそこなら問題ないと思っていた。


 ただし……。


「みなみさん、なんか嬉しそうに見えますけど……?」

「そう? ふふっ、今日はあかねくんがうちに来るからね! 今、めっちゃドキドキしてる!」

「今日だけですよ。生徒が教師の家に行くなんて、なんか……やってはいけないことを……やっ———」

「大丈夫よ! いつも私と一緒だったじゃん。場所が変わるだけ、心配することは何もない」

「…………」


 確かに、場所が変わるだけだよな。


 ……


 先生の家には一度来たことあるけど、この女性の部屋って感じが苦手だった。

 そういえば、萩原の家に行った時もそうだったよな。

 いい友達だと思っていたのに、どうして……そんなことをしたんだろう。本当にいい友達だと思っていたのにな……。


 ふと、萩原のことを思い出して玄関前で立ち止まる。


「あかねくん!」

「は、はい?」

「お帰りのハグしよう!」

「えっ! 嫌です!」

「私はしたい! 最近仕事で疲れたから、これくらいいいじゃん〜!」

「…………は、はい」


 玄関前でくっついていた俺たちはそのまま五分間じっとしていた。

 スーツ姿の先生と制服姿の俺、マジでやばい。

 なんで、先生は家に帰るとすぐ俺に甘えてくるだろう……。それも不思議だった。


「ねえ、早く卒業して〜」

「卒業して……、何を……するつもりですか?」

「ええ……、あかねくんも知ってるくせに〜。意地悪い〜」


 たまに恥ずかしいことも言うから……困る。

 俺は……その、先生のなんだろう。

 いつもそれについて考えていたけど、やっぱりこれは恋人ごっこだよな……? 子供の頃によくやってた……、そんな遊び。ただの……遊び。でも、先生にはどこまで遊びなのかよく分からなかった。


 そして俺も……、どこまで合わせればいいのか悩んでいた。


「……っ。せ、先生が何を考えているのか俺には分かりません! だ、だから! 早く夕飯食べましょう!」

「ひひっ、うん! あっ! そうだ。私ね、ずっとあかねくんとやりたいことがあってね。この前に注文したのが今日届いたの」

「えっ? なんですか?」

「じゃん! ス〇ッチだよ!」

「ゲーム機?」

「うん! 夕飯食べて、お風呂に入って、その後二人でゲームをしよう!」

「は、はい……」


 なんか、テンションめっちゃ高いな。


 ……


 二人っきりの夜、先生と夕飯を食べて俺はお風呂に入る。

 そんな日常が続いていた。


「…………あっ」


 鏡……あまり見ないから知らなかったけど、髪の毛けっこう伸びたな……。

 でも、切るのは嫌だった。

 別にこだわってないけど、高校生になってからみんなと距離を置くためにわざわざ髪の毛を伸ばしていた。暗い印象を与えて、俺に声をかけないように……。そんな風に他人と俺の間に壁を建てていた。


 普通の生活に憧れてたけど、自分の手でそれを潰したやつだからな。俺は。

 でも、先生のおかげで今普通の生活を送っている。不思議。


「あかねくん〜。まだなの〜?」

「は、はい! 今すぐ出ます!」


 そして、なぜか洗面所で俺を待っている先生だった……。なぜだ……?


「あ、あの……。みなみさん?」

「うん?」

「えっと……、どうしてここに?」

「あかねくんのことが心配になってね……! ずっと出てこなかったから……」

「あっ、あ……、はい! す、すみません」

「服……! 持ってきたよ」

「で……、みなみさん」

「うん?」

「俺……今裸だから、すごく恥ずかしいんですけど……」

「へへっ。意外といい体してるね。あかねくん♡」

「…………早く出てください!」

「ひん……」


 なんで、服も着てないのに入ってくるんだよ……! 先生は。

 一応……下半身にタオルを巻いてたからセーフだと思うけど、それでも……普通なら外で声をかけるよな……?

 恥ずかしい、耳も顔も赤くなってる。


「あっ! 来たぁ〜」

「みなみさん、今日はテンションが高いですね……?」

「うん! 仕事で疲れたけど、明日は休みだから! 当たり前のこと!」

「そうですか」

「…………」


 じっとこっちを見つめる先生。


「どうしましたか?」

「なんか、あかねくん髪伸びたよね?」

「あ……、はい。普段は縛らないんですけど、やっぱり伸びましたね」


 先生は俺の前髪を触りながら微笑んでいた。

 てか、普通に触ってるし……。


「私、あかねくんの顔好き。そして今の髪型も好きだけど……、やっぱり髪は切った方がいいと思うよ」

「はい……」

「そろそろゲームしようかな〜? 私、あかねくんに絶対負けないからね〜」

「ええ、負けませんよ。あっ、そうだ。ケーキ持って来ましたけど、食べますか?」

「食べる!」

「はい。コーヒー淹れますからちょっと待ってください」

「はーい!」


 ソファで足をバタバタしている先生と、キッチンでそんな先生を見ている俺。

 目が合った時に笑ってくれるのも、そして俺のためにいろいろやってくれるのも、全部好きだ。この時間がいつまで続くのかは分からないけど、今を楽しみたい。俺にできるのはそれだけだった。


 この時間だけは誰にも邪魔されたくないな、と思っていた。


「ねえ、あかねくん」

「はい?」

「ゲームで負けた方が勝った方の言うことを一つ聞いてあげる! という賭けはどうかな?」

「いいですか? 俺はそう簡単に負けませんよ〜?」

「ふふっ。テンション上がる!」


 先生の笑顔、それを見るのが好き。

 なんか、楽しいな……。

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