61 のあのこと⑤

 なんか、すごく悪い夢を見たような……気がする。

 そして気を取り戻した私は、なぜか空き教室に倒れていた。

 誰もいないのに、手足が誰かの制服に縛られて動けない状況。なぜここにいるのか分からなかった。確かに、安田と話した後……、すぐ倒れた気がするけど、その後はどうなったのか思い出せない。


 そういえば、私……あの人にお腹を殴られたよね……。

 まだ痛い。


「あれ、起きたぁ〜?」

「や、安田……? 私に何を……」

「ううん……、ちょっと二人で気持ちいいことをしただけだよ。すごく気持ちよかったぞ? のあちゃん」


 半裸の姿で現れた安田が、床に落ちている私の制服を拾った。

 なんで……、私の制服がそこに……?

 もしかして……、安田に殴られた後……気絶して、その後……安田に変なことをされたの? 口に出せないその汚い行為に、私はどうすればいいのか分からなかった。私にできるのは、目の前でくすくすと笑う安田を睨むだけ。


 ここは……、地獄だった。


「…………」

「可愛かったよ……。本当に……、めっちゃ可愛かったよ!! のあちゃん! 大好きだ!!」

「私に……何を…………」

「俺さ、ずっとのあちゃんのことが好きだったからさ……。たまらないんだよ! 抱きしめた時の感触と匂い……、のあちゃんのすべてが好きだからさ! あかねのことはもうどうでもいいだろ? あかねにのあちゃんはただの他人だから……、だから! 俺と一緒に楽しい思い出を作ろう! 今からたくさん……、気持ちいいことをしようよ!!」


 話が通じない状態の安田、本当にやばい状況だった。

 なんで、その汚い手で私の顔を……。


「…………触んないで!」

「なぜだ……? 俺は……ずっとのあちゃんのことが好きだったのに、どうして俺はダメなんだ……? 俺、あの時よりカッコよくなっただろ? 暗くないし、たくさんの友達ができて……、のあちゃんに相応しい人になったんだよ!! なのに、その態度はずっと変わらない。なんでだよ!!」

「意味分からない……。そして私に何をしたの……?」


 私が欲しがっていたのはあかねくんの温もりだったのに、気持ち悪い……。

 吐き気がする。

 なんで、あんな人が私に……。そんなことならあかねくんと……、私はあかねくんとやりたかった……。


 死にたい、死にたい……。


「なんで、泣いてるんだ……? 俺のことそんなに嫌いなのか?」

「…………」

「答えろ! なんで、あかねに執着するんだよ!」

「私の好きな人はあかねくんってどれだけ話せば分かっ———」

「……っ」


 なんで、私にキスを……。

 動けない……。助けて、動けない……。動けないよ……。


 その気持ち悪い感触に涙しか出なかった。

 なんで、なんで……こうなってしまったの? 安田は……、こんなことまでする人だったの……? 離れたいけど、体が動かない。そして体のあちこちに……、気持ち悪い感触が残っている。一生消せないそんな気持ち悪い感触が……、私の体に残っている。


 なんで……、私に……。


「うっ……! 嫌だ!!」

「のあちゃんは私の物だから……、どこにも行けないよ? 行かせない」

「…………解放して! これは犯罪だから、私を解放してよ!!」

「そんなことはどうでもいい。あのさ、もし……目の前にいるのがあかねだったら、のあちゃんはすぐ体を許したよな……? あのみたいに」

「何を……」

「初詣に行った時、俺……あかねの後ろにいたから分かる……。あかねからのあちゃんの匂いがしたよ? あかねと何をした? その匂いは中学生の時からずっと変わらなかったからさ。大好きなのあちゃんの匂いなのに、なぜあかねからのあちゃんの匂いがするんだ? 教えてくれない?」

「知らないよ!」

「そっか。まあ、どうでもいい。二人で何をしたのか分からないけど……、のあちゃんが〇ッチなのは変わらない事実。でも、俺はそんなことまで許せるいい男だから、もう諦めてくれない? あかねのこと」


 その顔も声も全部嫌だ。


「…………来ないで!」

「本当に気持ちよかったよ……。のあちゃんを抱いた時の感覚、すごく良いだった……。たまらない、たまらない。この感情は間違いなく好きだ!」

「死ね! 安田ゆう!」

「…………ああ。本当に、折れないな。俺はのあちゃんにずっと好きって言ってあげたなのに、どうして俺を選んでくれないんだよ! あかねを襲った時は気持ちよかったのか? 興奮したのか? 保健室のベッドであかねとやるつもりだったよな!」


 のあを床に倒すゆう、彼はすごく興奮していた。


「一度犯したから、罪悪感など感じない。一緒に楽しいことをしよう。好きだ。のあちゃん……」

「嫌だ……。嫌だぁ———!」

「黙れ! 俺があかねよりカッコいいだろ! それは周知の事実だ!」

「…………」


 私は……普通の恋がしたかっただけなのに……。

 本当に、それだけだったのに……。


「誰かいます……か? えっ……? な、なんですか! この状況は」

「し、下谷……先生……。た、助けてぇ……」

「ここで何をしてるんですか! ここは立ち入り禁止ってちゃんと張り紙も貼ったはずなのに……」

「…………」


 目の前の状況に下谷先生はショックを受けた。


「まさか、ここなら誰にもバレないと思ってわざと……?」

「なんで、こんなタイミングに……」

「安田ゆう! すぐあの子から離れてください!」


 大声を出す下谷先生が安田を止めてくれた。

 そして手足が縛られている私を見て、先生はすぐ警察に通報し、事件は一段落。


「星宮先生……!」

「ど、どうしましたか? 下谷先生……」

「一応、萩原のことを職員室までお願いします!」

「は、はい!」


 制服を着たけど、あちこちにペンキがついて捨てるしかない。

 いや、この制服は捨てなきゃならない。私は……、私は……。


「大丈夫……ですか? 萩原さん……。えっと……、もしよければ私の服を着てください! そして萩原さんのご両親には……さっき連絡をしておきました。もうちょっとで迎えに来るはずです」

「はい……」


 星宮先生はそう言いながら自分の上着を私にかけてくれた。

 

「…………」

「死にたい…………」

「えっ? あ、あの…………」

「はあ…………」


 あの日、私は先生の前でずっと泣いていた。

 そして……死にたかった。


 どうすればいいのか、それを考えることすら私にはできなかった。

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